2005年12月31日

ゲド戦記

スタジオジブリが、アーシュラ・K.ル・グウィンの「ゲド戦記」のアニメ映画制作を発表した二週間前、思わず小躍りしたのは私だけではないでしょう。
→ スタジオジブリの公式ページはこちら
ファンタジーの中で何が好きかと聞かれれば、もちろん「ナルニア国物語」は絶対に外せないし、「指輪物語」も「ハリーポッター」もすばらしいのですが、私は今まで知名度のやや低かった、この「ゲド戦記」を一押ししたいと思います。
強大な魔力を持つゆえに禁断の呪文を使ってしまう少年ゲドの冒険に満ちた一生と、アースシー世界の光と影の戦いを描く壮大なドラマです。

ゲド戦記?.こわれた腕環 今年最後のおススメとなるのは、全6巻(外伝含む)の「ゲド戦記」シリーズの中でも、私が一番鮮烈な印象を得た

「ゲド戦記?・こわれた腕環」

墓所の地下迷宮の暗闇の、既視感さえともなうリアルさ。その中を自分の世界として生きるひとりの少女巫女の、自由を求める心の成長の軌跡は、まさにファンタジーの王道の醍醐味を味わえます。

アニメ化決定をチャンスにぜひ、「ゲド戦記」のすばらしい作品世界に触れてみてください。
私もこのお正月、久しぶりにもう一度読み直してみたいと思っています。

2005年12月28日

今年もありがとうございました

風邪をひいた方が多いとうかがっていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
かくいう私も、やや体調不良をかこっております。厳寒のユニバーサルスタジオジャパンに行って、ジュラシックパークライドの最前列でずぶぬれになったのが原因なので、家族からあまり同情してもらえませんが。
クリスマスの聖歌隊の伴奏は、楽譜を譜面台から落とすという、それこそ身も凍るようなトラブルがありましたが、メンバーの協力を得て、なんとか全曲弾ききりました。やっと今年も終わったという安堵感でいっぱいです。

さて、本館サイトは、「手編みのマフラー」第2回を更新して、今年の更新は終了です。三周年企画ということで、4周年の来年1月18日までには連載を終えたいと思っています。

今年は、自分の書いたものが読者の皆様に喜ばれているという自信がだんだんなくなり、作品をアップするのが怖くてしかたない、という状態におちいり、それは今も続いていますが、どうにかみなさまの励ましと感想によってここまで来ることができました。ありがとうございます。
そんなわけでストックもほぼ使い果たし、来年の更新速度はやや落ちると思われますが、その分少しでも納得のいくものを書き続けるように肝に銘じていきたいと思っています。
来年のメインは「夜叉往来」の完結と、後日談や番外編のアップ。
春以降は、「新ティトス戦記」のスタート。
セフィロト第二部と「ギャラクシーシリーズ」ランドールくん奮闘編(笑)の連載などになると思います。

ここでひとつご紹介を。
じぇみさんが、ご自分のブログ「タイムマシーンにお願い」で、「ティトス戦記」の設定をベースに、じぇみさん独自のアイディアを盛り込んだ創作長編「サルデス国再興記」を連載開始されました。私の設定資料を綿密に調べて、まったく違うティトスワールドを建て上げてくださり、そのご報告を受けるたびに私も刺激を受けて、おおいに励まされています。
週一連載で、短くても1年?数年、という壮大なお話になる予定で、「新ティトス戦記」との並行連載になりそうです。こちらのほうもごひいきにお願いいたします。

さて最後に、少し早いですが、四周年企画のことを発表しておきますね。
今回は、四周年記念お絵かき掲示板を期間限定で設置します。一応、1月初旬から2月末までの予定でいます。
こんな感じになる予定です(ただし、今は管理人以外は書き込めない設定にしてあります)。

私もできるだけ、自キャラのイラストなどを落書きしたいと思いますが、みなさまにもお絵かきを楽しんでいただきたいのです。何を描いてもOKですが、できればうちのキャラ絵の贈呈品があれば、すんごく嬉しいな、と思い切り他力本願の企画ではあります。
しかし甘えてばかりもいられないので、今年1年、BUTAPENNに書いてほしいお話のリクも同時にうけたまわりたいと思っています。「こんな場面をこの作品のキャラで書いてね」などというラフ画などをいただけたら、より具体的にイメージがわくと思いますので、どしどしリクエストください。これも考えようによっては、アイディアをくださいという他力本願かな?

このブログ日記は年末年始もときどき更新しますので、のぞいてやってくださいね。
それではみなさま、よいお年をお迎えください。

2005年12月22日

Lift Up Your Heart

Lift Up Your Heart

もしあの夜 野原の牧人たちが
星空を見上げなかったら
重い税金 理不尽な差別
日々の暮らしに 疲れ果て
天使の軍勢に気づく余裕さえ なくしていたら

それでも 御子はベツレヘムの馬小屋で
ひそやかに お生まれになっただろう

Lift Up Your Eyes

もしあの夜 東方の賢者たちが
星空を見上げなかったら
強盗のうわさ 耐えがたい渇き
果てしない砂漠を前に おじけづき
導く星さえ 見失ってしまったとしたら

それでも 御子は誰も祝う者のない場所で
ひそやかに お生まれになっただろう

Lift Up Your Eyes

もしこの夜 大切なあなたが
華やかなご馳走 友との馬鹿さわぎ
美しいイルミネーションに 心奪われているとしたら

それでも 御子はあなたのために
ひそやかに お生まれになっただろう

Lift Up Your Heart

羊飼いは来て みどり児に会い
そして戸惑う
なぜこの方は 飼い葉桶に寝かされているのか
家畜のための 不潔なえさ箱などに
なぜこの方は 布に包(くる)まれているのか
死者の埋葬のための 縁起でもない布に

東方の賢者たちは来て 幼子に会い
そして驚く
なぜ この無垢な方の未来には
悲しみと孤独 ねたみと陰謀が渦巻いているのか
なぜ黄金乳香とともに 死体に塗る没薬を
祝いに持ち来たるように 神は示されたのか

あなたは来て キリストに会い
そして失望する
宗教に 人を救う力などない
すべては絵空事 美化されたおとぎ話
この無力な男に 俺を救うことなどできるはずはない
 
それでも 御子はほほえむ
ひそやかに ひそやかに
あなたがいつか 十字架の前で
目を上げるのを 待っている

Lift Up Your Eyes

Lift Up Your Heart


 

2005年12月19日

配偶者に望むこと

日本経済新聞の土曜版「NIKKEIプラス1」の12/17号のトップに、「夫・妻に来年直してほしいこと」というアンケートが載っていて、なかなか面白かったので、一部ご紹介します。
ランキングの詳細な内容は、NIKKEIプラス1のホームページでご覧ください(ただし週替わり)。

妻から夫に望むことのダントツ1位は「たばこをやめて」。
またタバコ税が上がるという話も聞くし、これを機会にタバコをやめてねとお願いする奥様も多いことでしょう。
「洋服を脱ぎっぱなしにしないで」「テレビや照明をつけっぱなしにしないで」という回答からは、家では一旦座ったとたんに、縦のものを横にもしない旦那様の生態が浮かび上がってきます。
身につまされたのは、10位の「健康のために休養をとって」という哀願。夜中近くまで残業の毎日は、30代の頃の私の夫にもありました。出社は7時、帰宅は11時という、まさにセブンイレブンの生活。休日は当然のようにごろ寝ばかりになってしまうのです。「もっと夫に人間らしい生活をさせてあげて」と、上司に直訴の手紙を書こうかと思いつめたこともありました。
かと思えば、「収入をもっと増やして」という切実な要求もあり、残業手当ても全くないと困るのよ、という妻の葛藤がよく表われています。

一方、夫から妻へのお願い第1位は、「片づけや整理整頓をきちんとして」。4位の「朝は早く起きて」などと合わせて、妻のぐうたらぶりも浮かび上がってきます。
傑作なのは、「太ると言いながら食べるのをやめて」。これはね、食べ物を捨てるのがもったいないという妻の節約精神の表れですよ。わかってほしいなあ。

夫・妻とも高ランクに挙げられていたのは、「自分が間違えたら素直にあやまって」「頑固で自分の考えを曲げないのをやめて」でした。
違った育ち方をしていたふたりの人間が夫婦として暮らすようになると、どうしても衝突が起きます。それをいかに回避し、また折り合いをつけていくかというのは、何十年経っても会得するのが至難のわざなのですね。
夫婦円満の秘訣、私が心がけたいと思っているのは、「けんかは一晩で忘れること」と、「議論で勝ったと思ったら行動では妥協すること」。なかなかうまく行きませんけど。

ちなみに、我が家の「妻から夫へ望むこと」は特にありません。たばこも吸わないし、洋服も自分できちんと片付けるA型人間だし。「死ぬまで浮気はしないでね」くらいかな(笑)。
「夫から妻に望むこと」は……いっぱいありそうで、怖くて聞けません。

2005年12月17日

ヒーリングミュージック(1)

今日のおすすめは、BUTAPENNの執筆時のBGMとして、日ごろからお世話になっているヒーリングミュージックの中から、テレビのBGMなどでよく聞く有名なものを集めてみました。

〈COLEZO!〉アンドレ・ギャニオン・ベスト 〈COLEZO!〉アンドレ・ギャニオン・ベスト
数々の映画やドラマのサントラを手がけているピアニスト、アンドレ・ギャニオンのアルバム。テレビ・ドラマ「Age35」の主題歌「めぐりあい」をはじめ、聞き覚えのある曲がずらり。テレビのドキュメンタリーや報道番組で使われているのを耳にすることが多いです。透明感あふれる切ないメロディ。ラブストーリーのワンシーンがほうふつと浮かんでくるようなドラマ性を持っています。 寝る前のリラックスタイムに聞くのもおすすめ。まさにヒーリングミュージックの定番です。



透明な音楽 by S.E.N.S 透明な音楽 by S.E.N.S
テレビで耳にすることが多い曲といえば、S.E.N.Sの右に出るものはいないでしょう。TVドラマ「あすなろ白書」、「青い鳥」や、最近では韓国ドラマ「美しき日々」のテーマ曲(Remembering Me)を手がけています。インストゥルメンタルに女性の透明感のあるヴォーカルが重なり、切なくてしかも大草原や大空にさあっと羽ばたいていけるような空間の広がりさえ感じるメロディラインを作り出しています。和風を感じる曲も多いので、「夜叉往来」を書くときにもお世話になりました。


NIGHTFALL by David Lanz NIGHTFALL by David Lanz
この人のピアノを聞いていると、朝もやの中、海沿いの道で車を駆っているような、あるいは静謐な森の中をあてもなく歩いているような、そんな気分になるのです。シンプルなメロディながらイマジネーションがかきたてられるリラクシングミュージック。試聴があるのでぜひ聞いてみてください。どこかで聞いたことがあるという曲があるはずです。 この人のアルバムでは他に、Christfori's Dreamもおすすめです。

2005年12月14日

アメリカ生活のススメ(4)

このコラムは、「ブログコラムス」で「BUTAPENNのTIPS for American Life」というタイトルで連載していたものです。「ブログコラムス」が現在休止中なので、今までの5回分(掲載4回、未掲載1回)を再録していきます。
*  *  *

第四回 「教会へ行こう!」


 私がどこの国に行くときも必ず荷物の中に入れた一冊の本は、犬養道子氏の「日本人が外に出るとき」(中央公論社)だ。
 その中に、日本人を海外に駐在員として派遣する会社の社長に、彼女が進言したことが書いてある。それは、「できうる限り赴任先の国の宗教に関心を持つ人を送れ」ということだった。「共通の土台はそのときすでに、あるていど作られる」からだ、というのだ。
 これは旅行する人にとっても言えることだと思う。遺跡や王宮や美術館に行くのもいいが、その国の宗教施設を訪れることほどその国の理解に役立つことはないと思う。
 仏教国のタイならば、観光名所の壮麗な金の仏像だけではなく、小さな寺院の裏にぐるっと回ってみるとよい。子どもたちの寺子屋らしき黒板や長椅子。タイ舞踊を練習している人。法要の行事の飾りつけをしている人たち。庭に寝そべる猫。宗教に根ざした毎日の生活がそこに見える。だから、アメリカという国を理解するには、キリスト教会に行くのがいちばんいい。
 ただし、それぞれの慣習やタブーは守ること。バンコクがいくら暑いからと行って、タンクトップ・短パンで最も尊い王宮寺院を訪れてはならない。たとえ子どもであっても、上着と長ズボンに着替えなければ中には入れてもらえない。
 教会では、たいていは日曜午前に行けば礼拝があるので、快く迎えてもらえる。クリスチャンでないと参加できない一部の儀式(たとえば聖餐式)もあるが、静かに見ていればいい。説教がまったくわからなくても大丈夫。信者でも半分しか聞いていないから。礼拝のあとに庭で催されるコーヒータイムでカップ片手に、抱きしめたりキスをし合う教会員同士の様子をそばで眺めるだけで、きっと古き良きアメリカの社会が見えるに違いない。

 私たち一家はクリスチャンなので、アメリカに行ったら絶対に現地の教会に行くのだと決めていた。日本にはない、アメリカの良いところを吸収して帰るのだと意気込んでいた。
 最初行ったところは、数百人の信者がいる大きな教会だった。大人数の聖歌隊、マイクを手にオーバーな身振りで説教する牧師。まるでショーを見ているようで圧倒された。しかし、そこは子どもが大人の礼拝に入ってはいけないという決まりがあり、英語がまったくわからないうちの息子たちは別室の教会学校に連れて行かれ、案の上、次の週から行くのをいやがった。
 その次に訪れたのは、家から一番近い教会。メソジストと組合教会が混ざった正統的保守派の教会で、そこは前の教会とまったく違って、会衆はわずか2、30人ほど。牧師は静かな説教をする初老の男性だった。しかし、一番よかったのは子どもといっしょに座って礼拝ができること。牧師は床に座って、子どもたちを前に呼び、ひとりひとりの肩を抱きながらお話をした。私たちはアメリカ滞在中、その小さな教会にずっと集うことに決心した。
 ただ問題もあった。私たち以外、教会員は全部白人だったのだ。
 ロサンゼルス周辺の教会を見て一番驚いたのは、人種ごとに教会が分かれていることだ。日本人教会、中国人教会、韓国人教会、黒人教会、ヒスパニック教会、そして白人の教会という具合である。使う言語の違いが原因と思われるものもあるが、もちろんそうでない場合もある。アメリカ社会はたくさんの人種のるつぼではあるが、実際は地域も住み分け、教会さえも棲み分けているのだった。

 少し話がそれるが、宗派ということに触れておきたいと思う。プロテスタントには宗派がたくさんあるが、互いに争ってそうなったわけではない。アメリカで言えば、もともとは各移民の人種や出身国でそうなった場合が多い。ある意味では、それは人間の性格の違いと似ている。人間にもまじめな性格やにぎやかな性格、外向的や内向的な性格があるが、それでも同じ人間であるように、宗派は違っても同じ聖書を信じている限り、理解しあえることが多い。宗派をひとつにしようという動きもあるが、これは性格の違う人間同士がつきあうようなもので、なかなか進まないことが多い。
 このところ話題になったのは、アメリカでエヴァンジェリカル(福音派)と呼ばれる保守派が共和党の支持母体であり、イラク戦争に賛成しブッシュ大統領再選に大きな力を果たしたという事実だ。日本では福音派と言えば穏健で、政治にあまり関心を示さない人が多いのとは、かなり違う。彼らももともとはそうだったはずだ。違うのは、組織的な政治力を手に入れてしまったことである。
 平和と和解を語るべきクリスチャンが戦争に賛成するというのは、私には信じられない。しかし、現代アメリカに限られず、しばしば歴史の中で行われてきたことだ。そこにある思想は結局、人間が中心であり、人間が正義と感じることが、即正義であるということ。だから、時代が変われば正義は変わる。イラクは悪魔の国だと思えば戦争に賛成し、悲惨な現実が報道されれば戦争に反対するのである。
 本当に聖書が教えていることは、神のみが正義であり、神のみが人間を裁くことができるいうことである。キリストが語ったように、剣を取る人は剣によって滅びる。人間は正義をふりかざしたとき、もっとも凶悪な悪魔になりうる。

 私たちの通い始めたその白人教会は、穏健で内向的な部類だったと思う。私たちは半ば意地になって通い続けたが、かなり長い間、名前を覚えてもらえなかった。それは、ことばの障壁のために雑談をするのも苦痛で、礼拝が終わると逃げ帰っていたからだ。やっとその教会の一員になれたと感じたのは、2年くらい経ってからであろうか。
 けれど、その間に教会の中には少しずつ変革が始まっていた。以前集っていた黒人一家も、毎週姿を見せるようになった。日本人の家族がもう一組増えた。最初の牧師が引退したあと次に牧師をつとめたのは、台湾出身の中国系牧師だった。ロサンゼルスの日本人教会の牧師が週に一回招かれて、日本語の聖書研究を教会堂の一室で持つようになり、数人の日本人が定期的に集まるようになった。私たち一家がそのきっかけになったなどというつもりはない。それをさせたのは、減り続ける教会員に対する彼らの危機感であり、時代の要請だったのだろう。白人である彼らにとって、中国人の牧師を教師と仰ぐのはかなりの英断だったに違いない。でも、彼らはそれをやり遂げた。
 私たちは4年のアメリカ滞在の特に後半、教会の集まりを通して、多くの人たちと心の触れ合いを経験できた。
 バザーや家庭集会、スープとパンの夕食会。子どもの聖歌隊。老人ホームの慰問。彼らはことばの通じない異邦人である私たちのために心を砕き、抱きしめ合い、また互いのために祈り合った。
 ある日、駐車場の清掃奉仕に参加したとき、もうひとりの当番の女性が私に言った。
「あなたが最初にこの教会に来たとき、私はあなたの英語が何ひとつわからなかったのよ。4年間の間に、あなたは本当に英語がうまくなったわ」
 でも、実のところ、私の英語はそんなにうまくなっていなかったのだ。彼女が私の英語が理解できるようになったのは、私に興味を持ってくれるようになったからだ。私という日本人を理解しようと努力してくれたからだと思う。

 あるクリスマス、白人の牧師は私に、折り紙の鶴の作り方を子どもたちに教えてくれるように頼んだ。
 教会のクリスマスツリーを鶴で飾りたいのだという。そして、広島の原爆症で苦しんでいた少女が、千羽鶴を折って回復を願ったという話を読んだ、だから私たちも鶴を折ってクリスマスツリーに飾り、平和を祈りたいのだと言った。
 恥ずかしいことに、私はそのときまで佐々木禎子さんのそのエピソードを知らなかった。
 その年、教会の大きなツリーは、画用紙で折られた真っ白な千羽鶴でいっぱいになった。
 日本に原爆を投下したのは戦争を終わらせるためであり正しいことだった、と信じるアメリカ人が多いと聞く。でも、少なくとも私の集ったあの小さな教会には、日本のことを知り、戦争の痛みを理解しようとしてくれたアメリカ人が確かにいたのだ。

【おことわり】 この情報は十年ほど前のものであり、現在は変わっている場合もあります。また、アメリカは州によって大きく事情が違うので、その点ご了承ください。

2005年12月10日

聖書は持ってますか?

「おすすめ」第一弾は、クリスマスも近いという理由で、「聖書」にしました。
みなさんは聖書を持っていらっしゃいますか?

「学校でもらった」「ホテルの引き出しに入っているのを見た」という方もおられるでしょう。「ギデオン聖書協会」という団体が無料で聖書を配布しているのです。会員の浄財や教会からの献金をもとに、ミッションスクールや看護学校、ホテルなどに寄贈しています。キリスト教会に置いてある場合もありますので、欲しい方はお近くで問い合わせてみてください。

でも、もっと本格的に聖書を読みたいという方は、やはり自分で購入することをおすすめします。ふところが痛むほうが、読み始めても途中でギブアップする可能性が減るし(笑)、もしあなたが小説や戯曲を書かれる方でしたら、聖書を引用したり参考にする場面は、いつか必ず出てくるでしょう。

日本には大きく分けて、文語訳、口語訳、新改訳、新共同訳の4種類の聖書があります。このほかにもカトリック訳や、「私訳」と呼ばれる個人訳の聖書があります。すべて原典(旧約はヘブル語、新約はギリシャ語)から直接、忠実に訳されたものです。逆に言えば、原典から直接訳されていない聖書は、「聖典」と呼ばれる価値はありません。
この中で一番新しいのは、新共同訳聖書 旧新約です。
カトリックとプロテスタントの背景を持つ聖書学者70人からなるチームが18年の歳月をかけて、まさに名の通り「共同」で翻訳した聖書です。三位一体の「御霊」を”霊”と訳すなど、従来の訳に慣れた者からすると、「どうしてこんな訳しちゃったの?」というような部分もあるのですが、宗派を超えて今一番多くの教会やミッションスクールで用いられている「定番」の聖書といえば、これでしょう。

「聖書はどうもわかりづらくて」という方には、平易な日常の文にパラフレーズ(意訳)されたリビングバイブル 旧新約がおすすめです。
一例をあげれば、マタイによる福音書第6章31?34節は、新共同訳ではこうなっています。

だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。 それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。

これがリビングバイブルではこうなっています。

ですから、食べ物や着物のことは、何も心配しなくていいのです。 ほんとうの神様を信じない人たちのまねをしてはいけません。彼らは、このような物がたくさんあることを鼻にかけ、そうした物に心を奪われています。しかし、天の父は、それらがあなたがたに必要なことは、よくご存じです。 神様を第一とし、神様が望まれるとおりの生活をしなさい。そうすれば、必要なものはすべて、神様が与えてくださいます。 明日のことを心配するのはやめなさい。神様は明日のことも心にかけてくださるのだから。一日一日を力いっぱい生き抜きなさい。

かなり会話文に近い、わかりやすい文章になっています。「これなら聖書を読める」という人が多いのも納得できます。ただし個人的には、イエスが「やれやれ、どうなるのかね」と言ったりするのは、ちょっと威厳がなさすぎだと思うのですが……。
それから、もうひとつ、この「リビングバイブル」は原典からではなく、英語の「The Living Bible」を日本語に訳したものです。そういう意味で、これは聖典として教会で朗読することはできません。あくまで参考書としての利用にとどめておくべきものです。

私の子どもの頃あたりまでは、文語訳聖書が使われていました。「元始に神天と地を創りたまへり」(創世記1章1節)という文章が綿々と並んでいて、ほとんど古文の世界。読んでもさっぱり意味がわかりませんでした。
たとえば有名な詩篇19編の冒頭は、こういう訳です。

もろもろの天は神のえいくわう(栄光)をあらはし、穹蒼(おほぞら)はその手のわざをしめす この日ことばをかの日につたへ このよ知識をかの夜におくる 語らずいはずその声きこえざるに  そのひびきは全地にあまねく そのことばは地のはてにまでおよぶ


4820232185.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpg 昔は、文語訳の聖書をすらすらと暗唱しながらお祈りするおばあちゃんが、教会にはたくさんいました。 そう、ことばは難しいけれど、この訳は韻がよく、崇高で暗唱に向いているのです。 今でもたとえば、「復讐するは我にあり」「人の生くるはパンのみによるにあらず」など、巷で聞かれる聖書の引用は、この文語訳が多いのです。 「門前の小僧習わぬ経を読む」と言いますが、私も教会へ通っているうちに、わからないながらもいくつか暗唱できるようになり、高校の古文の文法などは自然と身についていて、とても助かった覚えがあります。今も小説を書くときの、文章の基盤となっているかもしれません。 旧新約あわせたものだと5000円以上しますが、新約聖書と、旧約の至宝である「詩篇」が併せられた文語訳 小型新約聖書 詩篇附 は、リーズナブルで携帯にも便利です。

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コテコテ大阪弁訳「聖書」
最後に、関西弁の聖書を見つけました。
私も読んだことはありませんが、『イエスはんは言わはった。「ええか、耳かっぽじってよう聞けよ。…」』という感じの文章だということで、笑ってしまいます。
イエス自身、都の人々から蔑まれていた田舎のガリラヤ出身ですので、こういう方言を使った聖書翻訳の試みはおもしろいです。
ただし、載っているのは新約聖書の「マタイによる福音書」だけです。

2005年12月 5日

始めることにしました

目ざとい人なら、もうお気づきでしょう。数日前からこのブログに、Amazon.co.jpへのサーチリンクを貼っています。
いわゆる「アフィリエイト」というヤツです。
実はブログを始めた一年前から、このことは考えていました。私の夫が自分のブログでアフィリエイトをやってみたいと言い出し、いろいろふたりで調べていたからです。
結果的には、夫が今年転職したこともあり、彼のブログは作る前からザセツしてしまいました。そのまま、話は立ち消えに。アフィリエイトをすることに私も今ひとつ、ふんぎりがつきませんでした。

私は自分が、小説でお金を稼げるようなプロ作家になることは考えていません。きっと私の書いたものが本になることは一生ないでしょう。そんな素人同然の私が自分の楽しみのために書いたものを、わざわざ読みに来てくださる方がいらっしゃる。それだけでも満足だし幸せ、という4年近くを過ごしてきました。
今でもその気持ちは変わりません。これからもそうやって書き続けたい。でも、このところモヤモヤしたもの――サイト運営に対する疲労感に似たものが胸に渦巻いているのも確かなのです。

リンク仲間の姫さんが、その気持ちに答えを出してくれました。先ごろ彼女のサイト「姫様御殿」では、「応援しるぶぷれ!」を始められました。小説を読みに来てくださった方にサイトの応援をお願いする、というものです。
その中で姫さんはこう言っておられます。

ちまたに溢れているオンライン小説のほとんどは、無料で読む事ができます。
それは、読んでいただく事が作者の喜びでもあるからで、黙って読んでも読み逃げしても、私は何とも思いません。
でも『楽しませてくれた事にお礼がしたい』と言われると、今までその方法が投票とか感想をもらう事しかありませんでした。
じゃあ、そんなことしていらないの? と言われたら、欲しいのです。
好きでやっていることとはいえ、それなりの評価と報酬は得て不思議はないくらいの労働はしております。
たかが道楽じゃないの、時間がもったいないからやめなさい……と、世間様に言わせないだけの誇りもあります。
で、作品の対価を求めてもいいんじゃないか?って気持ちになりました。
これは、金を払わないと読めない……って事ではありません。
読んで面白かったら、その度合いに応じて、ご自身のできる範囲で、大道芸人に投げ銭するように、気持ちをくださればいいのです。
できない人は、そのまま通り過ぎてくれても全然かまわないのです。

私が自信を持って小説サイトを運営していくために足りなかったのは、このアマチュア作家なりの「誇り」だったかもしれないと思いました。自分の書いた小説を通して、たとえほんのわずかでも社会に貢献しているという手ごたえが欲しい。その手ごたえのひとつとして、アフィリエイトという手段をお客様にご提供してもよいのかなあと考えるようになりました。

私の選んだのも姫さんと同じ方法。
アマゾンで、お客様に本・CD・DVDなどをオンラインショッピングしていただく、というものです。もしも欲しいものがあるというときは、そのままアマゾンのホームページに飛ぶのではなく、多少面倒ですが、私や姫さんや、そのほかにアフィリエイトの手段を持っているネット小説サイトに飛んで、そこのサーチリンクから購入手続きをしてくださると、わずかですがサイトマスターに紹介料として、ギフト券の形で収入が入ります。それが皆様からのサイト応援の志になるというわけです。
私から特におすすめの本やCDがあるときには、ここのブログで「おすすめ」というサブタイトルで紹介記事を書くこともあります。その題名をクリックして購入してくださってもOKです。でも、欲しくないものを無理に買うことだけは、おやめくださいね。

私はあまり多くを望んでいるわけではありません。でも一応の目標というのがあって、それは、このサイトスペースのレンタル使用料、年間3675円です。これだけの収入が得られれば、専業主婦の私がサイトを運営しても、少なくとも損はしていないという言い訳が立ちます。でも紹介料はほんのわずかなので、たぶん目標達成は難しいだろうなあ、と思います。
もし皆さまの中に、こういう形で商売をすることを快く思わない方がいらしたら、どうぞ右の欄の「Shopping」の文字をそっとクリックして、閉じてしまってください。そして、これからも懲りずにこのサイトを訪れてください。ひとりでも多くの方が小説を読んでくださることが、私の何よりの喜びなのですから。

2005年11月30日

急激な冬の訪れ

昨日29日の神戸近辺の最低気温は13度でした。今日は8度だったそうです。
それが来週頭からは一気に、零度近くまで下がるとか。北海道や北日本は大荒れの天気模様とも聞きます。
あまりに急激な冬の訪れ。みなさま、健康にはじゅうぶん気をつけてください。

今日、「夜叉往来」の第九話が完結しました。最後の残り一話を目前にして、いよいよまた3年目の年を迎えてしまいますが、なにとぞ最後まで見捨てずにおつきあいくださいませ。
「EWEN+魔王ゼファー」のクロスオーバー」企画、「手編みのマフラー」はただいま鋭意執筆中です。クリスマスお正月の時期をまたがる4回連載になる予定です。そのかわり、クリスマス向けには今年は何も書けないかもしれません。

2005年11月28日

アドベント(待降節)

今週の日曜から教会ではアドベントと呼ばれる期間にはいりました。日本語では「待降節」と言います。
本館トップもそれに合わせて、少しだけクリスマス仕様にしてみました。日曜ごとにアドベントキャンドルが一本ずつ増えていきます。
アドベントの期間は、「11月30日に一番近い日曜日から、クリスマスイブの日まで」ということになっています。今年はクリスマスが日曜なので、いつもの年より多くこの季節を楽しめるような気分になります。
いつもは質素な教会が、1年でもっとも華やいで活気のある季節です。
私の通っている教会も、女性の集い、子どもクリスマス会、地域の教会合同の集まり、ご馳走持ち寄りパーティ、イブのキャンドルサービスなど盛りだくさん。私も聖歌隊で歌ったり伴奏したりする曲が10曲以上あって、練習に明け暮れています。
ただでさえ、主婦にとってはあわただしい時。忙しい忙しいで過ぎてしまわないよう、アドベントの本来の意味=心を落ち着けて降誕の日までを黙想して過ごしていけたらと願っています。

私と同じ教会のメンバーで、クリスチャンのサイトを持っているとくとくさんが、今年もご自分のサイトでアドベントカレンダーを毎日更新しています。フラッシュCGとさんびかと聖書のことばで彩られた癒しの空間。ぜひ足をお運びください。

とくとくさんのサイト → 「God Bless You」

また、クリスマス用フリー素材の老舗サイト、「クリスマスミュージアム」さんも、アドベントカレンダーを公開しています。毎日素材を発表されるそうなので、こちらも楽しみにしています。