2005年11月30日

急激な冬の訪れ

昨日29日の神戸近辺の最低気温は13度でした。今日は8度だったそうです。
それが来週頭からは一気に、零度近くまで下がるとか。北海道や北日本は大荒れの天気模様とも聞きます。
あまりに急激な冬の訪れ。みなさま、健康にはじゅうぶん気をつけてください。

今日、「夜叉往来」の第九話が完結しました。最後の残り一話を目前にして、いよいよまた3年目の年を迎えてしまいますが、なにとぞ最後まで見捨てずにおつきあいくださいませ。
「EWEN+魔王ゼファー」のクロスオーバー」企画、「手編みのマフラー」はただいま鋭意執筆中です。クリスマスお正月の時期をまたがる4回連載になる予定です。そのかわり、クリスマス向けには今年は何も書けないかもしれません。

2005年11月28日

アドベント(待降節)

今週の日曜から教会ではアドベントと呼ばれる期間にはいりました。日本語では「待降節」と言います。
本館トップもそれに合わせて、少しだけクリスマス仕様にしてみました。日曜ごとにアドベントキャンドルが一本ずつ増えていきます。
アドベントの期間は、「11月30日に一番近い日曜日から、クリスマスイブの日まで」ということになっています。今年はクリスマスが日曜なので、いつもの年より多くこの季節を楽しめるような気分になります。
いつもは質素な教会が、1年でもっとも華やいで活気のある季節です。
私の通っている教会も、女性の集い、子どもクリスマス会、地域の教会合同の集まり、ご馳走持ち寄りパーティ、イブのキャンドルサービスなど盛りだくさん。私も聖歌隊で歌ったり伴奏したりする曲が10曲以上あって、練習に明け暮れています。
ただでさえ、主婦にとってはあわただしい時。忙しい忙しいで過ぎてしまわないよう、アドベントの本来の意味=心を落ち着けて降誕の日までを黙想して過ごしていけたらと願っています。

私と同じ教会のメンバーで、クリスチャンのサイトを持っているとくとくさんが、今年もご自分のサイトでアドベントカレンダーを毎日更新しています。フラッシュCGとさんびかと聖書のことばで彩られた癒しの空間。ぜひ足をお運びください。

とくとくさんのサイト → 「God Bless You」

また、クリスマス用フリー素材の老舗サイト、「クリスマスミュージアム」さんも、アドベントカレンダーを公開しています。毎日素材を発表されるそうなので、こちらも楽しみにしています。

2005年11月24日

サンクスギビング・デイ

今日、11月第4木曜日は、アメリカでは「感謝祭」=「Thanksgiving Day」の日です。
日本でも11月23日は「勤労感謝の日」の祝日ですが、もともとはと言えば、戦前は「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれ、天皇がその年の新米を神前に捧げ、また自らも食するという儀式の行われた日でした。
アメリカのサンクスギビングも「収穫を感謝する」という意味は、同じです。

サンクスギビングのそもそもの起源は、ピルグリム・ファーザーズ(清教徒)たちの時代に遡ります。信教の自由を求め、祖国イギリスを離れた清教徒たちが、新天地アメリカに上陸したのは、1620年、今のマサチューセッツ州プリマスという場所でした。

プリマスに今も停泊しているメイフラワー2世号  清教徒たちが暮らした家の復元


希望に燃えていた人々はしかし、寒さと飢えに苦しめられ、最初の冬を越したときは100名あまりのおよそ半分は亡くなってしまったといいます。
苦境を救ってくれたのは、地元に住んでいたネイティブアメリカン(いわゆるアメリカインディアンですね)でした。彼らから土地に適した作物や農耕の秘訣を教わり、清教徒たちは生き延びることができました。
その翌年の秋、豊かな収穫を神に感謝し、隣人であるネイティブアメリカンにお礼するために、彼らは盛大な収穫祭を開きました。

なんだかあまりに美談すぎて、作り話めいているのですが、サンクスギビング・ディナーのご馳走のメニューに当時の作物の様子が色濃く出ているのは、そのためです。

サンクスギビングは、アメリカ人にとってクリスマスよりも大事な、家族とともに食卓を囲むお祝いの日です。全米に散っている家族がこの日をめざして郷里に帰ってくるため、帰省ラッシュが起こって、ちょうど日本のお正月と似ています。
家族のお祝いなので、私たち一家が4年間のアメリカ滞在のあいだ、サンクスギビングのディナーに招待されたのはただ一度だけ、主人の同僚のお家です。
アメリカ人の奥様のこころづくしのご馳走のレシピを一生懸命聞き取って、メモ書きしたことを思い出します。結局日本に帰ってからは、一度も作らなくなってしまいましたが。

サンクスギビングのご馳走

以下がそのときメモした、サンクスギビングのメニューです。

○ ロースト・ターキー
  言わずと知れた感謝祭のメインディッシュ、「七面鳥の丸焼き」です。季節になるとスーパーには冷凍ターキーが山積みになります。通常は中に「スタッフィング」という詰め物をします。紙箱入りのインスタントもあるのですが、招待してくださった奥様はコーンブレッドや食パン、ベーコン、セロリ、玉ねぎなどで手作りしていました。
  切り分けるのは一家の主の仕事。お皿にきれいに取り分けて、濃厚なグレービーとクランベリーソースをかけてくれます。

○ スイートポテト
   日本のさつまいもに似たヤム芋をふかして、ブラウンシュガーやジンジャーとからめ、桃やカシューナッツといっしょにオーブンで焼きます。

○ コーンブレッド
  これも定番だそうです。

○ ワイルドライス
  つけあわせに供される、アメリカ原産の黒くて長いお米。ぼそぼそした味わいです。チキンブロスで炊き、ハム、リンゴ、ナッツと炒めて食べます。

○ マッシュポテト
  ふかして、中身だけを裏ごしし、サワークリームと和えて、皮に詰め戻して焼きます。

○ パンプキンパイ
  これも、サンクスギビングの定番でシナモン、ナツメグ、ジンジャーのスパイスが利いた味です。パンプキンの缶詰と冷凍パイシートを使う人が多いです。

2005年11月21日

掲示板SPAM、傾向と対策

いよいよ界隈のサイトマスターさんも堪忍袋の緒が切れたようですね。とっとさんが掲示板を許可制にしたのに続いて、TERUさんも行動を起こすようです。
はっきり言って、あまりにもひどい。敵は宣伝代行業者として人を雇ってやっているのでしょうが、こちらは仕事や家事の合間にサイト運営しているのです。かけられる人手と金が違う。太刀打ちできるはずはありません。
もちろん、みなさんとてもお困りのはず。対策サイトがあるのではと思ったら、やはり素晴らしいサイトさまがありました。

「掲示板スパム投稿 対策サイト」

これを参考に、私もいろいろ傾向と対策を考えてみることにしました。
前回のエントリーでも書きましたが、うちの掲示板のSPAM書き込みが時間間隔が一定であることを考えて、まず自動書き込みソフトを使っているものを思われます。
IPアドレスからホストを割り出すと(ちゃんと無料で検索してくれるサイトがあります)、いずれも外国サーバーでした(2件は米国、1件はスペインだそうです)。国内のプロバイダーなら抗議するという手もありますが、これではその手は使えません。

ためしに「掲示板書き込みソフト」でググってみると、堂々とネット上で宣伝しているではありませんか。
「1クリックで1000件の書き込み」「ブラウザを通さないで投稿」
もっと驚いたのは、「投稿先選定の参考資料として約○万件の掲示板が収録された掲示板リンク集をサービスとして提供!」
……こんなリストに載ってしまったら、いったいどうなるんでしょう。しかも先の対策サイトさまによると、このリストの件数の多さをソフト販売業者は売りにしているとのこと。

対策サイトさまが挙げている具体的方法は、
「掲示板で宣伝不可を謳っておく」
「証拠の記録を保存した上で、できるだけすみやかに本文削除」
「プロバイダに苦情・報告、または違法性の強い商品の宣伝ならば、各機関に通報」
などの措置があるそうですが、これを実行するのはかなりの労力を必要としそうです。

CGIをいじれる人なら、このサイトに紹介されていた「掲示板改造支援サイト」で、SPAM対策用に掲示板を改造するのも、ひとつの手かもしれません。
「管理人の名を騙らせない」「URLを多数羅列する投稿を排除」「URL欄に書かれたURLがメッセージ本文中にも書かれていたら、排除」「ブラウザを通さない自動プログラム書き込みを排除」などなどの機能があるそうです。おもにKENT WEB系の掲示板用のスクリプトを公開しておられます。
もっとも、うちはKENT WEB系ではないので自分では使えないのですが。
改造が無理な場合は、掲示板を変更することが、もっとも手軽にできる対策のようですね。

今は無事でも明日はわが身。健全なネットコミュニケーションを破壊するこの暴挙に、ウェブマスターの知恵を結集して何とかよい方法を考えていきたいものです。

2005年11月17日

腹が立つ宣伝業者

あー。もう腹が立つ!
しばらく止んでいた掲示板の宣伝業者の書き込みが再燃しました。おととい深夜からきのうにかけて、3件。
うちのはIPアドレスで書き込み禁止措置ができるタイプなのですが、3件とも、IPアドレスも名前もURLも違いましたね。
それなのに、書き込み時刻は「22:51」「02:50」「16:52」と、下二桁はほぼ同じ。これは同一人物のしわざですよね。何かの自動書き込みソフトを使っているのかなあ。

今日のところは、まだ平静ですが。とにかく、こまめにチェックして、見つけたらせっせと消しまくり、アドレス禁止措置しまくる。思いつくのは、こういう対処法しかないのです。
このところ、界隈の小説サイトで、お困りの人を多く拝見します。
たくさんの知恵を結集して、なんとかならないものでしょうか。掲示板閉鎖だけは免れたいし、みなさんに(もちろん業者やいやがらせ除く)思い立ったときに自由にカキコしてほしいので、会員制にもしたくないのです。
どなたか効果的な対処法を発見なさった方がおられたら、ぜひ教えてください。

2005年11月14日

レンタルビデオ

実家の両親が、テレビでやっていた時代劇をもう一度見たいというので、レンタルビデオ店に借りに行きました。
久々にのぞいたテレビドラマのブース。なんだか棚に並んでいる商品が小さくコンパクトに見えました。DVDがずいぶん増えているんですね。結局、借りに行った時代劇もDVDバージョンしかなく、DVDプレーヤーを持っていない両親はがっかりして、借りるのをあきらめました。
従来のビデオに比べてDVDがここまでの割合で普及しているとは。この1、2年で、ずいぶんビデオ事情は様変わりしてしまったようです。
まだ子どもが小さい頃は、レンタルビデオ店に行くと、VHSとベータ方式の大きさの違うビデオが仲良く並んでいたものですが、それも今はまったく見ることはありません。これからは、あっというまに軽くて場所をとらないDVDが大半を占め、その後そう遠くない未来には、レンタルビデオはすべてオンラインで配信されるようになるのかもしれません。
そのたびに、どんどんと新しい電化製品を買い、新しい操作方法を覚えなければならない。若い世代には便利になっても、時代についていけないシニア世代が生活の幅を狭めていってしまうような気がします。
せめてシニア向けの商品は、変化もローペースであってほしいなと思ったのでした。

2005年11月10日

ダイエット決算報告

今年の1月に、「脂肪推定時刻」というタイトルで、このブログでダイエット宣言をした私。
8月に「ダイエットその後」という題で、中間報告をしたこともありました。
まる1年、というにはまだ早いのですが、この辺で決算報告をしておきたいと思います。だって、クリスマスやお正月の前にやっておかねば、また太りそうなんだもの(笑)。
ぱっぱらぱっぱ、じゃじゃ?ん。

体重 11キロ減
体脂肪率 5.5%減
内臓脂肪率 レベル6から4へ
ウェスト8センチ減

標準からするとまだまだ太めではありますが、なんとか目標を大幅クリアしました。
どんな方法だったかは、上記の過去ログを参照くださればわかるのですが、特にむずかしいことはやっていません。
自分なりにコツを体得したなと思ったのは、満腹感をあまり心地よいと感じられなくなったということです。腹八分目のほうがずっと動きやすくて気持ちいいと気づきました。過去の私はいつも食べ過ぎていたのだなとわかります。とは言え、夜遅くまで起きていると、やはり空腹でたまらないときがあります。
それとひとつ発見したのは、夜更かしして睡眠が足りないと体重は落ちないものらしいです。早寝早起きがダイエットのコツということでしょうか。

ただ、ここ数ヶ月、あまり体重の動きがなくなってしまいました。食事制限だけで減らせる量は限界に来たということでしょう。これ以上体重を減らさず、簡単なエクササイズで体脂肪を落とせればいいと思っています。
今やってるのは、腹筋30回を2セットと、ときどき思い出したように「サーキットトレーニング(30秒ごとに有酸素運動と無酸素運動を繰り返す)」です。なるべく自転車を使わず歩くようにもしています。

でも、ひとつ困ったことが起きました。冬物に入れ替えたところ、履けるスラックスやジーンズがない。全部腰回りがだぶだぶで履けないものばかりです。思わぬ出費が必要になってしまいました。
もうひとつ。心なしか顔の皺が目立つような気がする……キャーッ!
今までは、顔や首筋も皮膚がはちきれていたのかしらねえ。パックせねば……。トホホ、また散財です。
ダイエットもいいことばかりではありませぬ。

ねえ、あなた。スリムで皺のある奥さんと、太って皺のない奥さんと、どちらが好き??
夜な夜な、究極の二択を旦那さまに迫っています(笑)。

2005年11月 7日

アメリカ生活のススメ(3)

このコラムは、「ブログコラムス」で「BUTAPENNのTIPS for American Life」というタイトルで連載していたものです。「ブログコラムス」が現在休止中なので、今までの5回分(掲載4回、未掲載1回)を再録していきます。
*  *  *

第三回「学校へ行こう!(2)」

 うちの息子たちが通ったアメリカの公立小学校は、開かれていた。
 文字通りの意味で、鍵のかかった校門もなかったし、ごつい体の警備員もいなかった。治安の悪いと言われるアメリカで、これだけ無防備なのは不思議なほど。
 保護者たちも「教室を見学したい」といえば、すぐ招き入れられた。ボランティアのクラスマザーも交替でいるし、「今日はうちの子の誕生日なので、クラスでお祝いしてほしい」と言って、カップケーキやアイスクリームやジュースを持参して配るお母さんも多かった。
 とにかく、教室に教師以外にいつも誰かがいる。私はこのシステムはとてもよいと思う。今、日本で問題になっている「いじめ」「学級崩壊」を食い止める力は、地域社会が学校に関わることだと言われる。親がまず、教室でのわが子を普段から見つめることが、教室の密室化への歯止めになると私も思っている。しかしこんなことを日本で言うと、大反対になることは目に見えるようだ。教師は、面子がつぶれ、子どもの気が散って授業が進まないと反対するだろうし、母親は、働いているのでそんな暇はありませんと訴えるだろう。アメリカにも、フルタイムで働いているお母さんは多い。そういう人は、夜のPTAミーティングのお手伝いをしたり、週末にクラスで飼っている生き物を家に持ち帰って世話をするという方法で、参加していた。
 男性たちも、直接学校の授業には関われなくても、地域のリトルリーグやサッカーチームのコーチとして参加する。まだ日の明るい夏時間の夕方5時。サラリーマンがその時間にグラウンドに駆けつけることができることが、11時過ぎないと帰宅しないワーカホリック日本人駐在員の妻たちには、とても不思議だった。
 私たちが滞在していた頃は日本のバブル末期だったが、アメリカは反対に未曾有の大不況で、学校の予算もどんどん削られていく頃だった。
 なんと遠足の予算まで削られてしまい、子どもたちは遠足に行けなくなったのだ。そのとき、 校長はPTAに援助を求め、PTAは学校でバザーを開いて、遠足費用を捻出したのである。
 学校は社会のもの。だから、学校活動に参加することは社会人の務め、という土壌がアメリカにはあった。そしてそれを率先して行う人は尊敬の対象だった。
 少し毒吐きモードになるのをお許しいただきたいが、日本に帰国して同じようにPTAに関わろうとしてショックを受けたのは、日本ではPTAや地域活動に関わるのは、「抽選でいやいや」もしくは「そういうことが大好きな、めだちたがりの人」だと思われていたことだ。
 学校は一部の人のものではない。自分の子どもが一日の大半を「生きる」場所だ。時間がないから、興味ないから、で済まされる軽い場所ではないのだ。

 さて、アメリカの教育システムも良いところばかりではない。教師は安月給である。有体に言って、日本に比べれば教師の質は決して良くない。
 のんびりし過ぎてるなあ、というのが私の第一印象。体育の時間と言っても、跳び箱もマット運動も鉄棒もない。ただグラウンドでボール投げをしているだけ。おいおい、みんな遊んでるだけだよ、という授業だった。音楽の時間も歌うだけ。それもそのはず、音楽の専門教師は数校かけもちで、週に数時間、高学年の希望者にフルートなどの楽器を教えるだけだった。
 教室での授業も、低学年は日本に比べればのんびりしている。私はこれは、日本語と英語の違いのせいだと思う。日本人は小学一年生になると、いきなり、ひらがな・カタカナ・漢字(1年ではおよそ80字)を習わねばならない。ところで欧米では、アルファベット26文字で事足りるのだ。もちろん、英語にもスペリングなどという厄介なものはあるのだが、この文字数の差が、低学年の授業の進度に与える影響は大きい。
 算数はたいてい、日本から来た子どもがトップを取ることが多い。親の教育熱心もあるが、日本人は九九という計算システムを持っていることをまず誇るべきだと思う。ただし気をつけなければいけないのは、アメリカでは掛け算は12の段まであることだ。12×12=144まで覚えないといけないので、あわててしまう。
 ところが油断してはいけない。次第に学年が進むにつれて、加速度的に高度になるのだ。2年生になると、「アメリカの歴代大統領について、レポートを書いてきなさい」という宿題が出た。当たり前のことだが、英語で、である。私はそれを聞いて蒼白になって、子どもを連れて図書館に走った。図書館の本をほとんど丸写しで、なんとかリンカーンについてのレポートを数ページにまとめさせた。
 外国人だから余計に、英語で書くのが大変だったこともあるが、よく考えれば、日本では2年生程度で「豊臣秀吉」や「徳川家康」についてのレポートを書かせるだろうかと思う。
 3年になると「理科の自由研究」のレポートの宿題が出た。うちの子は3年生で帰国したが、日本人子女がもっと高学年になると、学校の宿題は親の手にも負えなくなり、家庭教師を雇って教えてもらうところが多かった。自分で調べ、考えをまとめて小論文にするという訓練を、アメリカの小学生が低学年のうちからやっていたのは、驚くべきことだった。

 前回にも書いたが、英語をひとことも話せない外国人児童を教育することは、受け入れる学校側も並大抵ではない苦労が伴うと思う。
 しかし、移民の国であるアメリカはそういうことに比較的慣れている。「ESL=English as Second Language」というプログラムがあって、英語を母国語としない生徒の教育に組織的にあたっていた。普段は他の生徒といっしょに授業を受けるが、決まった時間になると、ESL専門の教師に別室に連れていかれ、ほとんどマンツーマンで英語の初歩の教育を受ける。
 この「取り出し授業」とも呼ばれるスペシャルプログラムは、アメリカの学校のあらゆる場面で見られる。英語がしゃべれないESL児童も、学習障害の児童も、また特定の分野において優れた才能を持っている児童も、個別の「取り出し授業」を受けることで、普段は他の子どもたちと一緒のクラスにいることができる。
 またまた余談になるが、「スペシャル」という英語が私はとても好きだ。日本語に訳した「特殊」「特別」ということばにはマイナスイメージを抱いてしまうのだが、「スペシャル」にはもっと積極的な意味があるように思う。
 たとえば、誕生日を迎えた子は、その日一日「スペシャルパーソン」と呼ばれて特別扱いをしてもらえる。列に並ぶときも一番前になることができる。そして「スペシャル」であることを楽しむのだ。
 「みんな同じでなければならない、同じでなければ不公平」、とは教えない。誰もがスペシャルであるし、スペシャルになりうる。障害でも才能でも、同じようにスペシャルと呼ばれる。
 人種間の差別さえいまだに根強く残っているアメリカの現実を見るとき、それは絵空事であり、理想にしかすぎないかもしれない。でも教育の現場では、理想が堂々とまかり通らなければならないはずだ。
 日本はこの数十年、「競争を廃し、すべてに公平を期す」教育を推進してきた。その結果、子どもたちはスペシャルであることを恐れ、スペシャルであることを互いにイジメの種にするようになっている。私はそれを、憂うべきことだと思う。

 さて最後になるが、学校は子どもだけのものではない。アメリカには大人が通う学校、すなわち「アダルトスクール」というものがある。
 市の経営によって各所に設けられていて、市民は自由に参加することができる、授業料も安い。
シニアシティズン(高齢者)はタダ同然。
 クラスもさまざまあって、大人向けの公式のESLクラスから、エクササイズ、パッチワーク、トールペイントなど、いわゆる市営カルチャーセンターの趣も持っている。
 私も時間の許すかぎり、ここを目一ぱい利用させてもらった。4年間ずっと通い続けたジャズピアノのクラスは、白髪のシニアシティズンばかりだった。全然楽譜が読めないのに、皺だらけの手で20年代のジャズをポロポロンと弾くおじいちゃん。粋でカッコよかった。言葉の話せない外国人の私が演奏すると、大喝采してくれた。朝鮮戦争に従軍したときの、日本の記憶を懐かしそうに話してくれる人もいた。
 私にとってアダルトスクールは、かけがえのないアメリカの思い出である。

 【おことわり】 この情報は十年ほど前のものであり、現在は変わっている場合もあります。また、アメリカは州によって大きく事情が違うので、その点ご了承ください。

2005年11月 3日

お待たせしました

「夜叉往来」第九話「死を紡ぐもの」(3)をアップしました。掲示板でネタバレトークを繰り広げていたため、予想された展開ではないかと思いますが。
あまりにもヒーローヒロインがこれでもかと酷い目に会う悲惨な状況が続いたため、ここまで読む勇気のなかった読者のみなさま、お待たせしました(笑)。
ようやくなんとか、ひとつの区切りがつきました。もうふたりは、「気持ちの上では」(ビミョーな表現ですな)固く結ばれ、二度と離れることはないでしょう。

この後は、副将・満賢と、大将・宝賢との一騎打ちが残っているだけです。宝賢はいわゆる典型的なRPGのラスボスキャラなので、「FF7」のセフィロスみたいにサクッとやっつけるつもりです(笑)。
今は満賢爺さんとの対決を書いているところなのですが、これがまた楽しい。こういう捉えどころのない、腹に一物もニモツも隠してる敵キャラが私は好きみたいです。

更新の仕方を迷っていたのですが、やはり第九話全7回をまとめて連載することにいたしました。
他の作品を待っていてくださる方々、もうしわけありませんが、少しずつ年末に向かって予定がズレこみますので、よろしくお願いします。

  • 1