2007年3月31日

人生はタイミング

東京の桜は満開だというニュースを見ましたが、こちらはまだ咲いていません。
木によっては満開に近いのもあるのですが、ほとんどはチラホラ咲き。
暖冬のあと、つぼみが脹らむころに寒くなり、数日暖かい日が続いたので一気に開花かと思いきや、またも冷え込む日があったり。
どうも今年の神戸近辺の気候は、桜にとってはタイミングが悪いようです。

先日、お友だちと話をしていて、「人生はタイミングだよね」という話題になりました。抽象的な言い方になりますが、人生には何かを始める絶好の時期がやってくるときが、しばしばあるんだなということです。数ヶ月前ならNOだったことが、今はGOになっている。
周囲の環境、体験したことや自分の気持が、すべてをトントン拍子に前に向かわせるときがあるのではないかと思うのです。
その最たるものが、結婚でしょう。
もし○年前に出会っていたなら絶対に結婚しなかった人と、今出会ったから結婚に導かれた。もちろん、その逆もありえます。

私の場合は、26年前がそうでした。会社の仕事がマンネリに感じられ、周囲の友だちが結婚し、なんとなく結婚という二文字が自分の中で現実化してきた頃でした。
そのころ、近隣の教会の青年たちが集まった集会でステキな男性を見かけた私は、ミーハー気分で、すごくあこがれました。
「あんな人なら結婚したいな」とポロリと母親に言ったところ、それが教会の牧師夫人に伝わり、数週間後には、その人ではなく、うちの教会に来ていた四歳年上の男性と見合いさせられました(笑)。
その見合い相手は小学校の頃から知っている人で、そのときまで私は彼に恋愛感情なんてまったくなかったのです。もしそれより一年早かったら、「きゃはは。やだー」と一笑に付していたはずの見合い話。でも、そのときの私はなぜか前向きにその話を考えてみようと思いました。
それがあっというまに恋愛感情に発展するのだから、まさに人生はタイミング。
その見合い相手と結婚して、今年結婚25周年を迎えます。
果たしてこれはグッドタイミングだったのか、バッドタイミングだったのか、神のみぞ知る(笑)。

2007年3月30日

心を入れ替えてがんばるぞ

「新ティトス戦記」の第二部を書き始めました。
その前に、第一部をあらためてきちんと読み返していたら、誤字発見。
「渇いた寝床」ってなんだよ?。こんなものをさらしていたなんて、恥ずかしいです。あわてて訂正し、ダウンロード版も修正しました。
誤字脱字はしないように、できるだけ気をつけてチェックしているつもりでしたが、やはり根絶はできないものです。
みなさまも、もし発見なさったら、ぜひ遠慮なく教えてくださいませ。小説サイトマスターにとって誤字脱字は大敵、聞かぬは一生の恥でございます。
誤滅会

さて今日は、知り合いに頼まれていたブログのCGI設置と移転という仕事を終わらせ、ほっと一息ついています。全記事と写真をひとつずつ手作業で移転したので、時間がかかりました。
きっともっとスマートで簡単なやり方があるんだろうな。でも、教えないでくださいね。今教えられたら、悔しくて卒倒しちゃう(笑)。
しかし、その作業を通して記事をあらためて熟読できたのは、私にとってよい機会でした。ブログかくあるべきと教えられることが多かったです(非公開なので、アドレスをお教えできないのが残念)。
情報ソースの豊かさ、ユーモア、日常をさりげなく切り取った文章の巧みさもさることながら、激務の合間にほとんど毎日(時には一日三回)更新しておられることに頭が下がります。
私もがんばらねばと思い、心を入れ替えて、せっせと拙ブログを更新することを決意した次第。
うん、たぶん三日坊主ですけれどね。明日で三日目か。まあ、そんなものですね(笑)。

2007年3月29日

頭がアルファルファ

気づけばもう十日もブログをさぼっていました。
どうも、眠い。
春眠暁を覚えずとはよく言ったものです。目が開いていられません。
そこでお風呂に入って早々に寝てしまうせいでしょうか、このところ毎朝、起きたときの私の髪の毛がすごいのです。
夫いわく、「頭がアルファルファになってるぞ」。
アルファルファか、かいわれか、はたまたブロッコリスプラウトか。後頭部の髪の毛がもつれて逆立ってしまっている状態を、夫がこう命名しました。
ふん、悔しかったら、自分も立てられるくらい髪を増やしてみろってんだ。

そういえば、この季節、私は髪の毛がピンピンはねてしまうことが多いのです。
真冬ならば、髪が少しでもぬれていると寒いため、しっかりドライヤーで乾かします。逆にもう少し暖かくなれば、髪は何もしなくても自然に乾いてしまいます。
この暖かくも、どこか肌寒い時期。髪をしっかり乾かさずに眠気に負けて、ベッドにもぐりこんでしまうと起きる春特有の現象が「アルファルファ」なのかもしれません。

って、ごたごた言ってないで、眠くて小説を書いていませんと、素直に告白しなさいって?
はい、そのとおりでございます(笑)。
ひとことメールや、ウェブ拍手でのコメントありがとうございます。励まされています。
このところずっとバタバタしていますが、明日くらいから本格的に「新ティトス戦記」第二部の執筆にとりかかろうと思います。
でも、今晩はやっぱりおやすみなさ?い。

2007年3月20日

さくら夙川駅

おととい18日から開業した、「JRさくら夙川駅」。
なぜこういう長い名前になったかと言えば、「夙川駅」というと、すでにある「阪急夙川駅」と混同するから、だとか。
でも、新駅開業と同時に「JR西ノ宮駅」から真ん中の「ノ」を取ってしまったので、今度はそちらを「阪神西宮駅」と混同しそうです。

わが家から、歩いて十分ほどの場所です。きのう、たまたま前を通りかかったので、写真を撮ってきました。私以外にも数人の人が写真を撮っていたので、みんなブログに載せるのかしらん。

さくら夙川駅


ご覧のとおりの小さな駅です。住宅街の真ん中にできてしまったので、駅前のロータリーもなければ、それらしい店も一軒もありません。これから何年もかけて発展していくのでしょうけど、この駅必要なかったんじゃ、という声も地元民からはチラホラ。
それでも、夙川へはほんのすぐなので、お花見の季節はぜひご利用くださいませ。

2007年3月19日

三月のツツジ

ツツジ  アネモネ


うちのツツジが今朝ついに咲きました。
今朝の最低気温は2度。
一気に開かずに、「ほんとうに、咲いていいのかな?」とおそるおそる様子をうかがっているようです。
だって、まだ三月ですもの。迷うのは当然ですよね。
となりで咲いているのは、アネモネです。

昨晩、教会に来ておられた男の方が召されました(クリスチャンは、亡くなることを『召された』と言います)。長い間の闘病で、でも数週間前までは元気に、お子さんやお孫さんといっしょに教会に来ておられたのに。
主にある家族をまたひとり天に送りました。年を重ねるごとに、天国で再会する家族が増えていきます。

2007年3月16日

家電ドミノ故障

ティッシュペーパーというのは、ひと箱使い切れば、すぐに他の箱もなくなる。電球は、一個切れれば、あと二、三個は続いて切れる。
人生の実体験から出た教訓です。
ふしぎだなあ。だって、ティッシュペーパーなんて、よく使う場所と使わない場所がありますよ? それでもなぜか同時になくなる。

ところで私の家は今、家電がドミノ倒しのように連鎖的に壊れまくっています。
まず去年の秋、テレビと電子レンジがほとんど同時に壊れました。そして年末には風呂釜がおしゃかになった。正月を前にして業者も休み、大変でした。とりあえず応急処置でしのいで、年を越しました。
現在は、灯油ファンヒーター二台が大不調で、春を待ち焦がれながら、騙し騙し使ってます(そういうときに限って寒の戻りがあるなんて?)。
そして昨日はついに、冷蔵庫がイカれた。もう泣くしかありません。
風呂釜も困りましたが、冷蔵庫も困る。なにせ、24時間働き続ける勤勉実直さでは頭の下がる家電ナンバーワン。
明日、急遽新しいのを届けてもらうことになりましたが、今日のBUTAPENN家の食事メニューは、溶け始めた冷凍食品のオンパレード<ピザとドリアとチャーハンでした。

これぞまさに「不幸は繰り返す」というマーフィーの法則。ですが、実はちゃんと理由があるのです。
原因は、阪神淡路大震災。
全壊したわが家では、一年後の新築のとき、ほとんどの大型家電を一度に購入しました。それが11年前。家電は8年から10年を過ぎると寿命だ、と言われますが、本当にその通りになっているようです。
この分なら、エアコンも洗濯機も……うわあ。
もしかすると阪神間では、ほうぼうで家電購入ラッシュが起きているのかもしれません。
それにしても、トータル数十万の出費はとても痛い。
メイドインヨーロッパの何十年も持つという電化製品は、日本では望むべくもないのでしょうか。

2007年3月14日

手塚治虫の聖書物語

今回は、久しぶりの「おすすめ」の記事です。

前々回に、「聖書イケメン列伝」という文章を掲載しましたが、そのレスの中で述べたように、私は子どものとき、聖書をマンガ化することが自分のライフワークだと思っていました。もちろんこの画力ですから、その夢はすぐに潰えたのですが、高校くらいまでは本気で「エステル記」をマンガ化したくて、図書館で古代ペルシアの資料集めに燃えていたものです。
数年前にクリスチャン向けのブックセンターで、「エステル記」のマンガが出版されているのを見つけ、感慨深く手に取りました。

さて、故手塚治虫も「聖書物語」をアニメにしているのをご存じでしょうか。
日本のNTVとイタリア国営放送RAIが企画・制作し、手塚治虫が制作総指揮を取った、1992年完成の30分二十六本のアニメシリーズです。
手塚治虫はクリスチャンではないため、イタリア放送協会からこの話が持ち込まれたとき、
「バチカンのお膝元であるローマの国営放送が、なんで日本のクリスチャンでもない私に聖書を創れとおっしゃるのか」と不思議がったそうです。
RAIは、「手塚先生のアニメーションの確かさはもちろん、先生の考え方、思想はよく知った上で依頼しています。クリスチャンでなくともよいのです」と、手塚治虫による自由な解釈を許可しました。
そこで彼はこの仕事を引き受け、情熱をもって制作に打ち込みました。
入院中も、病室にスクリーンを張って、アニメのチェックをしたいと望んだほどです。

手塚治虫の旧約聖書物語手塚治虫の旧約聖書物語

結局、アニメの完成を見ずして手塚治虫は1989年に亡くなり、これが彼の手がけた最後のアニメになりました。
今日紹介する本は、そのアニメシリーズをコマ割りしセリフを書き入れて大型書籍化したもので、手塚治虫のマンガ独特の良さはないのですが、ノアの箱舟の場面などは、ジャングル大帝をほうふつとさせる雰囲気があります。

このほかに文庫版もあり、もちろん、ビデオとDVDも販売されていますので、もしよければ上記のリンクをたどって、チェックなさってみてください。
聖書、特に旧約聖書を読むことは日本人にとっては至難のわざですが、大人もこのアニメに触れることで、エッセンスだけでも味わうことができるかと思います。

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アマゾンのアフィリエイトは、サイトの商品リンクを通じて購入することによって、サイトオーナーに数%の還元がある仕組みです。
もし欲しい商品がすでにある場合は、多少面倒ですが、右側カラムのAmazon検索ボックスからタイトルを入力して購入していただくと、当サイトに還元があります。
この利益は現在までで、年間三千円ほどになっています。サイト運営への応援のこころざしとして、資料購入などに使わせていただきたいと思います。今までのご協力をありがとうございました。
お友だちサイトでも同じようにアマゾンのボックスが置いてありますので、よろしければ、そちらからもどうぞ。

ブログでこういう紹介をすることを不快に思われる方がもしいらしたら、申し訳ありません。その場合は、この文章は無視してくださってかまいません。
ご理解のほどをよろしくお願いします。

2007年3月12日

春の息吹

今ごろになって全国的に寒さが戻り、せっかくの春の息吹が、そのまま瞬間凍結してしまった感がありますが、今日は山歩きをしてきました。山と言っても、うちから一番近い甲山ですが。

中性脂肪撃退とスリム化を目指すオバさん同盟で、
阪急仁川駅 → 仁川ピクニックロード →五ヶ池 → 甲山森林公園 → 甲陽園
というルートを通ってきました。
しかし、最後に甲陽園のツマガリ二階の喫茶店で食べたケーキが、余分なおニクになっただけという結果に(笑)。

小雪のちらつく中でしたが、いい空気とたくさんの春と、ついでにイノシシに出会うことができました。


生まれてはじめて見たサカキの花
 仏花でおなじみのサカキ。
 花を見たのは生まれてはじめてでした。

仁川の川岸
 クレソン摘みの人がいた、
 陽光あふれる仁川の川岸。

梅一輪 一輪ほどの…寒いっ
 「梅一輪 一輪ほどのあたたかさ」と言いますが、
 …寒いっ。
 午後は雪もちらついていました。 

ひなたぼっこする猫
 日向ぼっこする猫がたくさん。

甲山名物イノシシ
 このあたりでは、住宅街にまで出てくることで有名なイノシシ。
 人をこわがらずに餌をねだりに寄ってくる。

2007年3月 9日

聖書イケメン列伝

私の書く小説のほとんどには美形の男性が出てきますが、それはただひたすら作者自身の癒しのためです(笑)。
今日アップした「魔王ゼファー」の新作も、これでもかというくらい美辞麗句が出てきて、「うーむ、この頃私は疲れてるんだなあ」と自分で笑ってしまいました。

このところ、あちこちで、ちょいと凹むことが起きています。
人間というのは、どうしてこう他人を貶めて喜べるのでしょう。他人をコントロールして味わうことのできる優越感など、ほんの束の間のものではありませんか。
「老いという病い」の残酷さに日々直面して、人間というのは弱いものだなあと嘆くことが多いのです。
こういうときは、優しいダンナさまに甘えつつ、美形の登場する小説を書くに限る(笑)。

気を取り直して、今日は聖書の中のイケメンたちをご紹介しましょう。
「え、聖書みたいにカタイ本の中に、そんな記述が出てくるの?」という方もおられるでしょうが、なんのなんの。聖書の中でも、特に旧約聖書はイケメンの宝庫であります。

まず最初は、創世記のヨセフ。イスラエルの父アブラハムから数えて四代目にあたります。
彼は兄弟たちにねたまれ、エジプトに奴隷として売られてしまうのですが、売られた先で才能を認められ、家令の地位について主人の全財産の管理をまかされます。それほど有能なことに加えて、「体格もよく、美男子であった」と聖書には書かれています。
しかし、そのイケメンぶりが災いして主人の妻に言い寄られ、主人の怒りを買って投獄されるという波乱万丈の人生を歩むのです。

出エジプトで有名なモーセも、赤ん坊の頃「両親はその子の美しいのを見て」と書かれているので、さぞや美男だったでしょう。
さて時代が下って、イスラエルに王制が敷かれる頃は、イケメン列伝というにふさわしい記述が続きます。
古代の人は、王の資質に「美形」という要素をかなり重要視していたのかもしれません。
イスラエル初代の王サウルは、

「彼は美しい若い男で、イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった」

という、ヨダレの垂れそうな(笑)描写がされております。
サウルは王となってから驕り高ぶり、神に逆らって王座から追われますが、次の王ダビデがまたイケメン。ペリシテ人ゴリアテと戦って勝ったときはまだ十数歳だったはずですが、「紅顔の美少年」と記述されています。歌もうまく、竪琴を弾きながら歌う姿はさぞ美しかったでしょう。

そのダビデの息子のひとりアブシャロムが、また究極の美男子なのです。
聖書はこう書いています。

「さて、イスラエルのどこにも、アブシャロムほど、その美しさをほめはやされた者はいなかった。足の裏から頭の頂まで彼には非の打ちどころがなかった。 彼が頭を刈るとき、――毎年、年の終わりには、それが重いので刈っていた。――その髪の毛を量ると、王のはかりで二百シェケルもあった。」

つまり髪の毛も、ロン毛でふさふさだったということですな。
しかし、このアブシャロム王子は父王ダビデに謀反の心を抱き、クーデターを起こして勝手に王を名乗ります。そして木の枝に引っかかったところで殺されるという悲惨な最期を遂げるのです。
その美しさが高慢の種となったとき、人は堕落するという良い見本でしょう。

それでは、肝心のイエス・キリストはどうだったかと言えば、新約聖書には容姿についての何の記述もありません。
ただし、旧約聖書イザヤ書の預言には、

「彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない」

と書かれています。つまり預言の通りだったとすれば、美形からはほど遠い容姿だったと想像されるのですが、しかしその内面の美しさは輝きだして、多くの人を引きつけたでしょう。
人間は心の美しさこそが肝要なのだな、とまるで自分の書く小説とは反対の結論でしめくくってみたり(笑)。

(引用したのは、すべて「新改訳聖書」(日本聖書刊行会版)です)

2007年3月 3日

神戸DEデート

さる3月1日、拙サイトと相互リンクしていただいている「乱れ雪月花」の霞 桜蘭さんとお会いしました。
卒業旅行で神戸にいらしたのを機に、神戸中心部の観光スポット、北野異人館や元町の南京町を二人で回ってきました。

私は、ネットで知り合った方とオフラインでお会いするのは、これが初めてです。
桜蘭さんのお母さんと私はほぼ同年齢。母子と言っても不思議ではないカップルのデートです。
桜蘭さんはとっても可愛らしい方で、お肌もぷりぷり。思わず若さのエキスを吸収したくなります(こらこら)。

実は、地元にずっと住んでいながら、異人館めぐりが初体験の私。三宮駅から北へすぐの異人館通りに行くのに地図を見ながら、いきなり違う道を通ってしまい、申し訳ないことをしました。
北野の異人館は全部で20ほどあるそうです。急な勾配の坂道を通らなければなりませんが、狭い地域に密集しているため、比較的短時間で回れます。ただし、入館料がとんでもなく高い。私たちは「9館特選入館券」3500円也を割引価格で購入しましたが、普通なら、有名どころを3つくらい回って、あとは道を散策するだけで十分でしょう。

いずれ近いうちに神戸と大阪を舞台にした現代恋愛ものを書きたいと思っている私は、むしろ桜蘭さんをダシにした形で、デジカメ片手に取材に夢中になってしまいました。こんな洋館を舞台にしたサウンドノベルも作りたいなあ。

風見鶏の館神戸の異人館ブーム原点の「風見鶏の館」
イタリア館の中にあった、「横丁」風の通路。イタリア館


昼食を食べたのは、その中のイタリア館(プラトン装飾美術館)というところで、最初に注文をしておいて美術館を回って説明を聞いているうちに、ちょうどパスタがゆであがっているという具合です。文化財級の厨房でオーナーの奥様が腕をふるってくださったパスタとケーキは、とても美味しかったです。
天候にも恵まれ、陽光の中プールサイドのテラスで二人でのんびりと語り合う時間を過ごすことができました。

デジタルの世界で知り合った方と生身の人間として実際に交流するのは、それまで不安が先立って実現したことがなかったのですが、とてもすばらしい時間でした。
四月から社会人として新しい世界に飛び出す桜蘭さん。しばらくは無我夢中の日々の中で、うれしいことも辛いこともたくさん味わうと思います。どうぞ、たくさんの出会いの中で豊かな体験をなさいますよう、かげながら祈っています。