認知症への対処(1)
よく「認知症にならないためには、趣味を持ち、人と交わり、頭を使いましょう」というような予防法が語られるのを見ます。
それならば、数十年ものあいだ地域社会に貢献して、世話好きで友人も多く、いつもいろいろなことに興味を持ち、読んだり書いたりすることが好きで、字もきれいで、指先を使う細かい刺繍を趣味としてきた義母のような人は、普通ならば認知症からは一番遠いはずです。
けれども、病気になってしまった。いつ誰がなっても不思議でないのが、認知症です。
地域のリーダーとして長年務めてきた義母のような人が、尊敬を受けず逆に子ども扱いされるのは、きっとプライドが傷つけられているだろうなと思います。
記憶力が低下して、一分前のことも忘れ、知能的にも小学生程度だなと思うときがあります。しかし、だからと言って、プライドを傷つけることは絶対に禁物です。
家庭において社会において、今でも何かの役割を果たしているという自尊心が満たされることが必要です。
女性の認知症患者は、多く夕方に症状が悪化します。昔は主婦として、夕方の忙しい家事をこなしていた記憶が身体に残っていて、何かしなければならないという焦燥感が、突拍子もない行動となって出てしまうのだそうです。
主婦だった人には、夕方にお風呂掃除や簡単な炊事をやってもらう。男性ならば、計算や事務の仕事をやってもらう。それだけでもずいぶん違うようです。
つい昨日のことです。私の義母がずいぶん立腹している様子で、「晩御飯もいらない」と言い出しました。
よく話を聞いてみると、「今日のお父さんの手術のことを、私には隠して、誰も話してくれなかった」と言うのです。
いつも、手術や病状の説明などの場には、義母もいっしょにいてもらうようにはしているのですが、本人は理解できていなかったようです。
周囲もどうしても、義母ではなく嫁の私を主たる介護者だと見ています。それらのことが苛立ちとなっていたのでしょう。
それに昨日はたまたま、疲れているだろうと午後も早めに病院から戻り、夕方に私だけがもう一度病院に足を運びました。そのことで、爪弾きにされたという疎外感を感じたのかもしれません。
私はもう一度、あらかじめ書いて壁に貼っておいた今までの日程表を見せ、手術は一ヶ月も前に終わったこと、それから一日も欠かさずに病院に見舞いに行っていること。
そして、お義父さんのこれからの世話は、妻であるお義母さんしかできないんだよということを説明しました。
納得した義母は、しばらくして私に「いっしょに住んでくれて、ありがとう」と言ってくれました。
ときどき、私はいったい毎日何をしているんだろうと、やりきれない思いになることがあります。でも、そういう一言をいただくと、関わっていることが報われるような気がするのです。




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