ふと見たら、ブログのカレンダーが5月のままでした。6月も中旬だというのに、いったいどれだけサボっていたのでしょう。
前回の記事でご紹介したツバメも、もう巣立ってしまったらしく、巣はからっぽです。
特筆することもないので、まさに「身辺雑記」という形で書き散らかしてみます。
義父の退院で少し気が抜けた感じです。退院しても病院と縁が切れたわけではなく、最初のうちは土日も毎日通院、このごろは二日に一度は手術痕のガーゼ交換に通っています。
外科病棟でよく顔をみかけたみなさんも、やはりガーゼ交換に通っていらして、今でも顔を合わせて会釈しています。同病の患者さんたち、やはり戦友ですよね。
実は、退院してきた最初の真夜中と次の日の夕方の二度、義父はトイレに行ってバランスを崩して転び、動けなくなってしまいました。義母と私のふたりがかりでも抱き起こすことができません。やはり、退院したのが早すぎたのかと後悔しました。二度とも息子たちに手伝ってもらいましたが、こういうとき男手は欠かせません。
ところが、こういった苦労もリハビリになるのでしょうね。めきめき体力が回復し、今では家の中でほとんど何も持たずに歩いています。外出も、車椅子のお世話にならずに数十メートルも杖で歩けるようになりました。食欲も病院とはみちがえるほどです。
前回記したように、ストマ(人工肛門)の袋交換は三日に一度。便やガスの排出は一日一、二回というところです。
まだ私が初心者なので、朝起きたら、袋がはずれていたなんていう修羅場もありました。ストマについてのサイトをみても、みなさん苦労されているようですね。
参考サイトさまのひとつです。とても詳しく図説されています。
確かに大変なのですが、体が思うように動かなくてもトイレに立つ必要がないので、考えようによってはお年を召した方には楽なのかもしれません。
大腸手術で、「袋だけは絶対にイヤだ」と言い続けていた義父。まさかこういう結果になるとは思っていなかったのでショックだろうし、息子の嫁の私に世話してもらう状況を心苦しく思っているのがわかるのです。
でも、慣れてしまえば、ストマ生活は想像していたほど悲惨なものではありません。ある程度年配の患者さんならば、大腸がん手術の選択肢のひとつとして、癒着を引き起こす恐れがある縫合よりも、ストマの生成をもっと積極的に考えてもよいのではないかと思いました。
ただ、ひとつだけ困ったことは、今のままでは私以外に処理が出来る人がおらず、家を空けることができないこと。私は八月に三日の外泊をすることが決まっているので、それまでに、認知症の義母が手順を覚えてくれるか、福祉介護サービスでストマの処理ができる派遣看護師さんを紹介してもらえるとよいのですが。
腱鞘炎のほうは、ずいぶん良くなり、今では痛みもほとんど感じません。
小説の執筆のほうも、ぼちぼちというところで、週一本の割合で書いて、週ひとつ更新する、という状態です。
昨日、ひとことメールで、「三年ぶりにサイトを訪れた」という読者さまがおられました。ありがとうございます。長くやっていると、こういう喜びがありますね。