2007年4月21日

チョウム ペッケスムニダ

タイトルは、ハングルで「はじめまして」という意味だそうです。

私の行っている教会は、十数年前から韓国・釜山の教会と姉妹関係を結んでいます。
その教会から今日、11人の訪問団が来られました。火曜の朝まで三泊四日の親善旅行です。
第一日目の今日は、神戸の「人と防災未来センター」、ひきつづき夕食は、貿易センタービルの24階にあるスカイビュッフェでのバイキング。帰りにモザイクガーデン周辺の夜景を楽しみました。

人と防災未来センター  ハーバーランドの夜景


今日の行程では、留学生の方がひとり通訳についてくださいましたが、あとはほとんど通じないカタコトの日本語と韓国語と英語とボディランゲージの会話。五感を総動員して相手の言うことに耳を傾ける。そうやってようやく、ひとことが通じたうれしさ。
言葉が通じることが当たり前だけれど、ともすれば通じたと思って通じないことも多い。私たちの生活にはときどき、こういう真剣勝負の異言語交流が必要な気がします。

お客様たちは、教会員の家庭に二、三人ずつ分宿。明日の日曜は礼拝をともに守り、あさっては京都観光です。明日から雨の予報だけど、晴れるといいな。

2007年4月20日

作家のスランプ

「EWEN3」のエピソード8を更新して数日ですが、当サイトでウェブ拍手を設置してから最高の数の拍手をいただいております。本当にありがとうございます。
こういう応援をいただくと、ものかきは天にだって昇れるものでございます。調子に乗って、構想だけはちらりとあった「EWEN」最新話をソッコーで書き上げてしまいました。
もちろんお約束どおり、「新ティトス戦記」のほうも忘れずに進めています。それから、「ギャラクシーシリーズ」にも、ボチボチ手をつけ始めました。
絶好調というにはほど遠いですが、できるだけ書けるときには書いておきたいと思っています。
推敲がまだまだですので、これらの更新は連休が終わってからということになります。

さて昨日は、西宮の中央図書館で、念願だったローズマリー・サトクリフの「ともしびをかかげて」(猪熊葉子訳/岩波書店)を借りることができました。この本はサトクリフの最高傑作と呼ばれ(異論も多々ありますが)、イギリスのすぐれた児童文学に与えられるカーネギー賞の受賞作です。
今まで何度図書館に行っても、間が悪いのか、いつも貸し出し中で読めなかったんですよね。なぜかアマゾンでは新刊が手に入らないし。
これでようやく読むことができます。
「ともしびをかかげて」は、サトクリフの歴史小説中の、「ローマン・ブリテン三部作」と呼ばれるシリーズの三作目にあたります。そしてこのシリーズの外伝とも言われ、また第四部とも言われるのが、「辺境のオオカミ」(猪熊葉子訳/岩波書店)です。

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今回、この本のあとがきを読んでいて、サトクリフが「スランプ」について書いている文章を見つけました。
以下、あとがきを引用します。

 『辺境のオオカミ』は私にとって重要な一冊の本です。なぜなら、私はそれを書き始めるかなり以前から、いわゆる作家の「ゆきづまり」、スランプに悩まされていたからです。でもそれは全くのゆきづまりではありませんでした。私はまだ書くことはできたからです。そして、私はゆっくりではありましたし、非常な努力をしながらも、書き続けてはいたのですが、書くことの喜びの大部分は失せてしまいました。『辺境のオオカミ』を仕上げたことで、私はスランプから抜け出し、著作の喜びも戻ってきたのです。いってみれば、ある意味で、それは深呼吸をし、わたしの作家生活を新たに始めることでした。ですから、この本は私にとって、特別なものなのです。

これは、去年の暮れあたりから私が感じていたことに通じていて、私のようなダメ物書きならともかく、サトクリフのような美しい文章を紡ぎ出す大作家でも、こういうことがあるのだなあと励まされるような思いになります。
書くことのスランプは、苦しくても、書くことでしか脱することはできない、と教えられているような気がしました。

また、このあとがきには、興味深い次のような一節もありました。

 書き進んでいくうちに、作中の人物たち、とりわけアレクシオスは私にとって、特別な存在になったことを発見したのです。そして、私は彼らを深く愛するようになりました。  もちろん、彼らに入れこむ度合いが深くなるほど、カステッルムから防壁までのあの酷薄な退却のなかでともに過ごす人物たちのために、私の心を引き裂かれる思いが更にひどくなることを味わいました。しかし、登場人物たちとともに引き裂かれる思いをすることは、奇妙なやりかたでありはしても、彼らの一員になって苦労をともにするために作家が支払わなくてはならない代償なのです。それは、十分に支払う意味のある代償です。

 サトクリフの物語の主人公たちはしばしば、家族をすべて失ったり、理不尽なやり方で奴隷に売られたりします。時には読むのがつらくなるほどの過酷な運命をくぐるのですが、そのためにいっそう読者は物語の行方に目を釘づけられ、主人公に共感し、明るさの見える結末(ハッピーエンドで無い場合もあるのですが)に胸を熱くすることになります。
いわば、私にとっては佐渡のお手本のような小説たちです。
サトクリフではなく佐渡クリフ、などと、バカなしゃれで最後をシメてみたり。

2007年4月13日

愚痴より感謝

どうも、このごろ愚痴が多い。
昨日出席した教会での集まりにも、用事で先に抜けなければならなかったので、雑談タイムに自分の愚痴だけ言えるだけ言って、さっと帰ってしまった。ヤな女だよね?。
そんなだから、「だいじょうぶ? どう?」と皆さんが心配して尋ねてくださる。ますます図に乗って愚痴を言いまくる、という悪循環。
大変ちゃ大変だけど、よく考えてみると、ちっとも大変ではないのに。
自分で自分に、「大変だ」という呪文をかけている。トライする前に、おのれに枷をかけている。

もう愚痴はやめだ。
自分の生き方を縛るのは、時間がないことでも、行動が制限されることでもない。自分の否定的なモノの見方。
感謝だけを口から出すことができますように。

2007年4月 4日

夙川の夜桜

ダンナさまを駅まで迎えに行き、いっしょに夙川べりの夜桜を見物してきました。
みんな寒いのに、がんばって宴会していたなあ。今夜の予想最低気温5度ですよ。
それにしても、夜の桜を撮るのはむずかしい。ブレまくり。

sakura・008.jpg  sakura・009.jpg

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2007年3月31日

人生はタイミング

東京の桜は満開だというニュースを見ましたが、こちらはまだ咲いていません。
木によっては満開に近いのもあるのですが、ほとんどはチラホラ咲き。
暖冬のあと、つぼみが脹らむころに寒くなり、数日暖かい日が続いたので一気に開花かと思いきや、またも冷え込む日があったり。
どうも今年の神戸近辺の気候は、桜にとってはタイミングが悪いようです。

先日、お友だちと話をしていて、「人生はタイミングだよね」という話題になりました。抽象的な言い方になりますが、人生には何かを始める絶好の時期がやってくるときが、しばしばあるんだなということです。数ヶ月前ならNOだったことが、今はGOになっている。
周囲の環境、体験したことや自分の気持が、すべてをトントン拍子に前に向かわせるときがあるのではないかと思うのです。
その最たるものが、結婚でしょう。
もし○年前に出会っていたなら絶対に結婚しなかった人と、今出会ったから結婚に導かれた。もちろん、その逆もありえます。

私の場合は、26年前がそうでした。会社の仕事がマンネリに感じられ、周囲の友だちが結婚し、なんとなく結婚という二文字が自分の中で現実化してきた頃でした。
そのころ、近隣の教会の青年たちが集まった集会でステキな男性を見かけた私は、ミーハー気分で、すごくあこがれました。
「あんな人なら結婚したいな」とポロリと母親に言ったところ、それが教会の牧師夫人に伝わり、数週間後には、その人ではなく、うちの教会に来ていた四歳年上の男性と見合いさせられました(笑)。
その見合い相手は小学校の頃から知っている人で、そのときまで私は彼に恋愛感情なんてまったくなかったのです。もしそれより一年早かったら、「きゃはは。やだー」と一笑に付していたはずの見合い話。でも、そのときの私はなぜか前向きにその話を考えてみようと思いました。
それがあっというまに恋愛感情に発展するのだから、まさに人生はタイミング。
その見合い相手と結婚して、今年結婚25周年を迎えます。
果たしてこれはグッドタイミングだったのか、バッドタイミングだったのか、神のみぞ知る(笑)。

2007年3月30日

心を入れ替えてがんばるぞ

「新ティトス戦記」の第二部を書き始めました。
その前に、第一部をあらためてきちんと読み返していたら、誤字発見。
「渇いた寝床」ってなんだよ?。こんなものをさらしていたなんて、恥ずかしいです。あわてて訂正し、ダウンロード版も修正しました。
誤字脱字はしないように、できるだけ気をつけてチェックしているつもりでしたが、やはり根絶はできないものです。
みなさまも、もし発見なさったら、ぜひ遠慮なく教えてくださいませ。小説サイトマスターにとって誤字脱字は大敵、聞かぬは一生の恥でございます。
誤滅会

さて今日は、知り合いに頼まれていたブログのCGI設置と移転という仕事を終わらせ、ほっと一息ついています。全記事と写真をひとつずつ手作業で移転したので、時間がかかりました。
きっともっとスマートで簡単なやり方があるんだろうな。でも、教えないでくださいね。今教えられたら、悔しくて卒倒しちゃう(笑)。
しかし、その作業を通して記事をあらためて熟読できたのは、私にとってよい機会でした。ブログかくあるべきと教えられることが多かったです(非公開なので、アドレスをお教えできないのが残念)。
情報ソースの豊かさ、ユーモア、日常をさりげなく切り取った文章の巧みさもさることながら、激務の合間にほとんど毎日(時には一日三回)更新しておられることに頭が下がります。
私もがんばらねばと思い、心を入れ替えて、せっせと拙ブログを更新することを決意した次第。
うん、たぶん三日坊主ですけれどね。明日で三日目か。まあ、そんなものですね(笑)。

2007年3月29日

頭がアルファルファ

気づけばもう十日もブログをさぼっていました。
どうも、眠い。
春眠暁を覚えずとはよく言ったものです。目が開いていられません。
そこでお風呂に入って早々に寝てしまうせいでしょうか、このところ毎朝、起きたときの私の髪の毛がすごいのです。
夫いわく、「頭がアルファルファになってるぞ」。
アルファルファか、かいわれか、はたまたブロッコリスプラウトか。後頭部の髪の毛がもつれて逆立ってしまっている状態を、夫がこう命名しました。
ふん、悔しかったら、自分も立てられるくらい髪を増やしてみろってんだ。

そういえば、この季節、私は髪の毛がピンピンはねてしまうことが多いのです。
真冬ならば、髪が少しでもぬれていると寒いため、しっかりドライヤーで乾かします。逆にもう少し暖かくなれば、髪は何もしなくても自然に乾いてしまいます。
この暖かくも、どこか肌寒い時期。髪をしっかり乾かさずに眠気に負けて、ベッドにもぐりこんでしまうと起きる春特有の現象が「アルファルファ」なのかもしれません。

って、ごたごた言ってないで、眠くて小説を書いていませんと、素直に告白しなさいって?
はい、そのとおりでございます(笑)。
ひとことメールや、ウェブ拍手でのコメントありがとうございます。励まされています。
このところずっとバタバタしていますが、明日くらいから本格的に「新ティトス戦記」第二部の執筆にとりかかろうと思います。
でも、今晩はやっぱりおやすみなさ?い。

2007年3月20日

さくら夙川駅

おととい18日から開業した、「JRさくら夙川駅」。
なぜこういう長い名前になったかと言えば、「夙川駅」というと、すでにある「阪急夙川駅」と混同するから、だとか。
でも、新駅開業と同時に「JR西ノ宮駅」から真ん中の「ノ」を取ってしまったので、今度はそちらを「阪神西宮駅」と混同しそうです。

わが家から、歩いて十分ほどの場所です。きのう、たまたま前を通りかかったので、写真を撮ってきました。私以外にも数人の人が写真を撮っていたので、みんなブログに載せるのかしらん。

さくら夙川駅


ご覧のとおりの小さな駅です。住宅街の真ん中にできてしまったので、駅前のロータリーもなければ、それらしい店も一軒もありません。これから何年もかけて発展していくのでしょうけど、この駅必要なかったんじゃ、という声も地元民からはチラホラ。
それでも、夙川へはほんのすぐなので、お花見の季節はぜひご利用くださいませ。

2007年3月19日

三月のツツジ

ツツジ  アネモネ


うちのツツジが今朝ついに咲きました。
今朝の最低気温は2度。
一気に開かずに、「ほんとうに、咲いていいのかな?」とおそるおそる様子をうかがっているようです。
だって、まだ三月ですもの。迷うのは当然ですよね。
となりで咲いているのは、アネモネです。

昨晩、教会に来ておられた男の方が召されました(クリスチャンは、亡くなることを『召された』と言います)。長い間の闘病で、でも数週間前までは元気に、お子さんやお孫さんといっしょに教会に来ておられたのに。
主にある家族をまたひとり天に送りました。年を重ねるごとに、天国で再会する家族が増えていきます。

2007年3月16日

家電ドミノ故障

ティッシュペーパーというのは、ひと箱使い切れば、すぐに他の箱もなくなる。電球は、一個切れれば、あと二、三個は続いて切れる。
人生の実体験から出た教訓です。
ふしぎだなあ。だって、ティッシュペーパーなんて、よく使う場所と使わない場所がありますよ? それでもなぜか同時になくなる。

ところで私の家は今、家電がドミノ倒しのように連鎖的に壊れまくっています。
まず去年の秋、テレビと電子レンジがほとんど同時に壊れました。そして年末には風呂釜がおしゃかになった。正月を前にして業者も休み、大変でした。とりあえず応急処置でしのいで、年を越しました。
現在は、灯油ファンヒーター二台が大不調で、春を待ち焦がれながら、騙し騙し使ってます(そういうときに限って寒の戻りがあるなんて?)。
そして昨日はついに、冷蔵庫がイカれた。もう泣くしかありません。
風呂釜も困りましたが、冷蔵庫も困る。なにせ、24時間働き続ける勤勉実直さでは頭の下がる家電ナンバーワン。
明日、急遽新しいのを届けてもらうことになりましたが、今日のBUTAPENN家の食事メニューは、溶け始めた冷凍食品のオンパレード<ピザとドリアとチャーハンでした。

これぞまさに「不幸は繰り返す」というマーフィーの法則。ですが、実はちゃんと理由があるのです。
原因は、阪神淡路大震災。
全壊したわが家では、一年後の新築のとき、ほとんどの大型家電を一度に購入しました。それが11年前。家電は8年から10年を過ぎると寿命だ、と言われますが、本当にその通りになっているようです。
この分なら、エアコンも洗濯機も……うわあ。
もしかすると阪神間では、ほうぼうで家電購入ラッシュが起きているのかもしれません。
それにしても、トータル数十万の出費はとても痛い。
メイドインヨーロッパの何十年も持つという電化製品は、日本では望むべくもないのでしょうか。