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No. 10  ハグとワイ

  海外から日本へ帰るとどうもヘンだ。
  なんだか手持ちぶさた。なにか忘れている。
  人と会うとき、ひどく寂しい気持ちになる。
  その理由はすぐに思い当たった。
  日本では親しい人と出会うとき、ことばの挨拶だけしかないのだ。


  アメリカで経験したのは、ハグの嵐。
  洋画に出てくるあの、両手を広げて笑顔で近づき、ぎゅっと抱き合うアレである。
  特に教会に行ったときはすごい。
  右を向いても左を向いてもハグ、ハグ、ハグ。
  ティーンエイジャーはさすがに遠慮がちだが、年配の人は、たとえこちらが外国人でも臆せず
  突進してくる。
  概してふくよかな人が多いから、ハグを受けたときのお肉の柔らかさ。香水の匂いで一瞬
  気が遠くなる。
  異性同士はないだろうと思っていたら、やっぱりある。若い人妻とよその亭主がハグしている
  のを見ると、日本人はぎょっとしてしまう。
  いったいどれだけ親しくなったらハグするのだろう。ハグをしてよいタイミングとは。
  正直今でもわからない。とにかく瞬時に直感的にもう手が出ている。道行く人にいきなりハグ
  したり、出勤時に会社でハグしたりしないのは確かだが。
  個人的な場面で、個人的に少しでも親しい人なら、ハグは始まる気がする。
  教会では兄弟姉妹という意識が強いから、なおさらなのだ。
  日本の教会でハグができないのは、やはりさみしい。


  タイに行ったときは「ワイ」という挨拶があった。
  これもテレビでおなじみ、両手を合わせて拝む、あの仕草。同時に膝もちょっと曲げるようだ。
  朝の「おはよう」、日中の「こんにちは」、「さよなら」に「おやすみなさい」。どんなときでも必ず
  ワイをやる。
  ハグと違って、親しくても親しくなくても、家族でも他人でも同じ挨拶だ。
  ただ、相手との目上、目下関係によって少し異なるところが、アジアらしい。
  普通なら、合わせた両手の親指の先がちょうど顎のところに触れるか触れないかという高さが
  いいと聞いた。相手が目上ならば、それが少し高くなる。最高位はお坊さん。ワイはおでこの
  あたりに高く掲げるようになる。
  見るたびに、ああ、なんて上品でなんて優雅、と感激した。アジアの伝統美をまざまざと見た
  思いだった。


  ハグとワイは見た目はまったく異なるが、どこか似ていると感じた。
  ハグは身体を触れ合わすことで、相手とひとつになろうとする。
  ワイは常に上下関係を意識しながら、相手に対する敬意を表す。
  これが欧米とアジアの文化の違いだろう。
  でも両者ともそこに、相手というものを意識して認めようという心の働きが実体化する。
  もちろん、単なる習慣だよと言ってしまえばそれまでだが。
  日本はどうだろうか。確かにお辞儀という素晴らしい挨拶がある。でも親しくなれば、それこそ
  「他人行儀な」作法として消えていく。
  親しい人と会うときの、身体で喜びを表す挨拶が日本でもほしい。
  そのたびに私の手はハグやワイを求めて、いつもむずむずしてくるのである。




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