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No. 16  他人の評価

  結婚と同時に会社を辞めた。
  そして数ヵ月後に妊娠。つわりに苦しみながら、同時に私はマタニティ・ブルーとも呼べる
  軽い鬱状態に陥った。
  毎日泣いた。
  会社での張り合いのある日々が、助け合った同僚たちが、そしてあれほど大変だった仕事
  が恋しかった。
  人に評価されたい。私の心はそう叫んでいた。

  思えば学生時代、社会人と、人の評価を受けるのが当たり前の環境の中で、良い成績を
  修めることを私はひそかに生きがいとしていた。
  しかし専業主婦の生活には、それはなかった。
  1日くらい掃除をしなくても、部屋は汚れない。夜主人が帰ってくるまで、人の目のない生活。
  何をしても認められない。何をしなくても怒られない。
  だが、やがて出産、子育てと続く生活が始まり、私は新しい生きがいを見出した。
  子どもを、評価されるようにきちんと育てること。
  赤ちゃんは、私にとって我が子であると同時に、私の通知表だった。

  最初は無我夢中だった。
  すぐに次の子が与えられ、狭いアパート暮らしから、主人の両親との同居に踏み切る。
  よその子が、うちの子より早く話し始めたと義母が噂するのを聞くと、死ぬほど焦った。
  反対に、息子が4歳でローマ字が読めるようになったりすると、鼻高々だった。
  だが、子どもというものは、会社や学校の成績とちがって、まったく自分の意のままにならな
  かった。
  ちょっとした粗相をしたり、私に逆らった行動をすると、ひどく叩くこともあった。
  ある日、自分の手のひらが痛み、青あざができているのに気づき、自分がどれほど息子たち
  を叩いていたかを知って、慄然とした。

  幼児虐待。
  どんなに人前でクリスチャンだとつくろってみても、私のやっていたことは、まさにそれだった。
  私は人の評価を得たいと願うあまり、一番大切な神からの評価をないがしろにしたのだ。
  今、虐待のすえ子どもを殺したというニュースを見るたびに思う。
  もしかすると、あそこにいるのは私だったかもしれないと。
  あの母親の心の中には、もしかすると私と同じように、自分を見てほしい。気づいてほしい
  という叫びがあったのではないかと。

  子どもは通知表ではない。
  神さまから委ねられた大切なかけがえのない人格であり、一番の隣人なのだ。
  真の意味でそれを理解したのは、彼らが高校生になり、すべての言動で親にそむき、私の
  胃にポリープというお土産をくれてからだと、今おもいかえす。
  愚かな母親にとって、ふたりの息子は一番の人生の師だった。
  子離れ。それは私にとって、他人の評価に束縛されない人生を歩むための、神の長い長い
  訓練だったのだろう。

  


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