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No. 22  父の退院

 実家の父が退院した。
 10月に入ってから息苦しさを訴えていたものの原因がわからない。ある日耐え切れず、かかりつけの医者に行ったところ、緊急入院と言われた。
 私が病院に駆けつけたときは、ポンプで心臓のまわりにたまったものを吸い取る処置を受けているところだった。ほとんど血に見えるその水は一リットル近くあって、心臓を圧迫していたと言う。
 集中治療室から母と私が出たとき、担当の医師に呼ばれた。
「わたしの経験から言って、心膜に水がたまるのは肺に悪性の病気がある場合が多いのです」
 とにかく検査をして、詳しい結果がわかってからまた説明します、と医師は言った。
 帰り道、母と一人娘である私は、どうやって葬式の費用を捻出しよう、遺産相続放棄の手続きをしなきゃね、などと淡々と語り合った。
「私は、だいじょうぶだからね。心配しなくていいよ」
 母は気丈にもそう言った。

 父はこの一年間、死んだほうがましだと言えるような辛い日々を送ってきた。
 自分の築き上げてきたものを何もかも奪われた老後。もしかすると、神のみもとに行ったほうが、父にとって幸せかもしれない。
 父も母もクリスチャンなので、私はそんなことをぼんやり考えていた。

 次の日、実家へ立ち寄って母といっしょに必要なものを病院に持っていくことになった。
 私がソファに坐ると、突然母は号泣しはじめた。
「この数日、パパはすごく苦しそうにソファに寝てばかりいた。数歩歩いただけで、すぐ息を切らしていた。私はそれを見て、心の中で文句を言っていたの。 仕事もせずに昼間からごろごろして、家事くらい手伝ってくれてもいいのにと、露骨にイヤな顔をした。まさか、心臓が死ぬほど苦しかったなんて知らなかった。なんてひどいことをしてしまったんだろう」

 ふたりは本当に仲のいい夫婦だ。娘の私がそばで見ていて当てられるくらい、ふたりは愛し合っている。
 50年の夫婦生活の中で、特にこの1年引越しの連続の中でどれほど苦労を重ねても、母は希望を捨てなかった。
 母の泣く姿を見て、私は父が今ここで死んでしまうかもしれないことが、どんなに母を苦しめているかを知った。
 覚悟ができているなんて、うそだった。天国に行ったほうが幸せだなんて、うそだった。

 なぜ、今神さまは、父を死なせてしまうのか。
 聖書のヨブのようになにもかも失って、それでも「私は裸で母の胎を出て、裸でかしこに帰ろう。主の御名はほむべきかな」と言うことを願っておられるのか。
 神さまは、なぜ試練を父にお与えになり、その試練に破れたままで死なせてしまうのか。
 たとえ、天に帰ったときすべての理由がわかるにせよ、今はわからなかった。でもそんな私たちのために、教会の人たちが祈っていてくれた。

   「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせる
   ようなことはなさいません。
   むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」
                            (第一コリント10章13節)


 2週間して、家族が病院に呼ばれた。検査の結果が出たという。
 担当医師に会う前に、家族三人でロビーのベンチに座り、並んで中庭を見た。
「どんな結果が出ても、延命手術はしない。神の御手にすべてをゆだねるから」
 父のことばに、母も私もうなずいた。
 談話室に入ると、たくさんのレントゲン写真を前に、医師が口を開いた。
「検査の結果、何も悪いものは出ませんでした。95%悪性のものではありません。原因はウィルス性のものでしょう。心配させてすみませんでした」
 あまりの朗報に、私たちは言葉をうしなった。おなかからストンと力が抜けたような気がする。母はまた泣き始めた。
「肺ガンかもしれないって言われてたんだからね。ふたりでお葬式の話までしてたんだから」
「そうだったのか。すまない」
 翌日、退院。心臓の動脈硬化のため油断はできないが、死の淵から生還したような心地だった。

 父と母はまた、寄り添って生活しはじめた。
 以前と変わりない試練の中にまだ父はいる。それに年齢から言っても、父の寿命はわずか数年延ばされただけなのだろう。いつか、別れるときが来る。
 でも、そのときにこう言えるといいと思った。
「楽しかったね。また、天国で会おうね」と。
  


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