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No. 23  最悪のクリスマス

 今年私は、クリスチャンになって30回目のクリスマスを迎える。
 30回のクリスマスの中には、にぎやかなクリスマスも静かなクリスマスもあった。過ごした土地も、いっしょに過ごした人もさまざまだった。
 その中で、一番思い出深いクリスマスは、と問われれば、私は迷わずに、私にとって最悪だったクリスマスを選ぶだろう。


 それは、私が高校生のときだった。
 日曜日の薄暮の時間、両親と私は教会を出た。あと数日後にせまったクリスマスの準備ですっかり遅くなってしまった私たちは、車で家路に着こうとしていた。
 教会の前の坂を上がりきったとたん、右側からヘッドライトの輪が急スピードで近づいたかと思うと、鋭い衝撃音がした。
 フロントガラスの外をスローモーションのように横転したオートバイがすべっていた。
 外に飛び出た私たちの目に映ったのは、道路や壁に叩きつけられて地面に倒れているふたりの若い男性の姿だった。
 あとは断片的にしか思い出せない。
 母はあわてて教会に駆け戻り事故に会ったことを知らせて、居合わせた人々に祈ってもらった。
 救急車が来て、パトカーが来て、母は怪我をしたふたりとともに病院に向かい、父は警察の事情聴取を受けた。
 (結果として、ふたりの怪我は意外なほど軽いことがわかり、父も交通裁判の審判で、オートバイ側の落ち度を認められたのだが)
 私は両親がそれぞれ帰ってくるまでのあいだ、教会の礼拝堂の隅でふたりを待つことになった。
 ようやく落ち着いた教会の中では、クリスマスの劇の練習が再開されていた。
 真っ暗な礼拝堂。正面の講壇だけがライトに照らされ、見慣れた礼拝堂なのにいつもの倍は広いように見えた。
 ライトの中では、産気づいたマリヤのために夫のヨセフが宿屋を訪ね歩く場面、泊まる場所を見つけることができずに馬小屋で出産し、飼い葉おけの中にイエスを寝かす場面が演じられていた。
 不安と孤独の暗闇の中で、私はその劇をまるで遠くの世界のことのように、ぼんやりながめていた。


 それは不思議な光景だった。
 楽しいはずのクリスマスの光景が、静かな悲しみに満ちていた。
 ひとりぼっちの私にとって、どれほど馬小屋のイエスが身近に感じられたことだろう。
 クリスマスと言うと、私はあのときのことをいつも思い出す。
 

 私たちのイメージにあるクリスマスは、うつくしく飾り付けられた暖かい部屋。ごちそうに満ちた食卓。光にあふれた幸せな光景。
 でも、本当のクリスマスは、寒く暗く、湿った馬小屋の中で始まったのだ。


 クリスマスは、大切なものを失った人、孤独を噛みしめている人、心の闇の中にいる人にこそ、本当の意味がある。
 闇の中でこそ、光は最も強く輝く。


  きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ、主キリストです。       (ルカ2:11)


 今年あなたに、こころからメリークリスマス。
  


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