伯爵家の秘密


最終章「新たな時代」


(4)

 壁の石は積み直され、門の鉄扉も修復を終え、花壇の花は美しく咲き乱れ、噴水の水は陽の光を反射してこぼれ落ちている。
 王都の居館は、一時の荒れ果てた状態から、往日の落ち着いた佇まいを取り戻していた。
 いったんは逃げ出した使用人たちも、エドゥアールが無罪であることを知るや続々と戻ってきたのだ。ミルドレッドは彼らの不実を責めることをせず、望む者はみな職に復することを許して、給金も与えた。
 伯爵夫人の慈悲深さは王都の人々の知るところとなり、ラヴァレ伯爵の名は、いっそう親しみをこめて庶民のあいだで呼ばれるようになった。
 領地から着いたばかりの伯爵夫妻は、居館のあずまやに座って、しばし旅の疲れを癒した。春まっさかりの中庭は、黄色い八重咲きの木香バラがいっぱいに枝垂れて、今がちょうど見ごろだ。
 父エルンストは彼らより遅れて出発し、王都に向かっている途中だ。馬車は無銘のもので、護衛は平服を着たジョルジュとトマが務める。
 それとは対照的に、エドゥアール夫妻を乗せた馬車は、ラヴァレ伯爵家の谷ユリの紋章を掲げ、堂々と王都の門をくぐった。御者のランドは金モールのついた正装を着こみ、二頭の馬も、たてがみや尻尾を派手に飾り立てている。羽根飾りの帽子をかぶった騎馬姿のユベールは、町の女たちのため息を誘った。
 王都の住民たちは、大歓声で彼らを迎えた。放浪民族の老婆の手で育てられ、娼館で成長した伯爵が王位につくかもしれないというのだ。しかも彼は、征服民族のファイエンタール家の血とともに、黒髪の被征服民族の血をも併せ持っている。
 百五十年間、差別を受けてきた側が王となる。日々の暮らしに追われる貧しい庶民たちにとって、これほど痛快なことはない。
 一方、貴族たちの態度は真っ二つに分かれた。
 多数はプレンヌ公爵の粛清を恐れて、近寄ろうとしない者たち。だが反対に、エドゥアールが王位を継承すると読んで、ここぞとばかりに接近しようとする者たちも現われた。彼らの仕掛けた贈り物攻撃のおかげで、ラヴァレ居館の納戸は、値の張る絹織物、上革製の馬具、銀の食器や磁器の花瓶などで、あふれかえらんばかりになっていた。
「『あっかんべー』と書いて、全部送り返せ」
「丁重にお断りのことばを添えて、送り返すようにとおっしゃっておられる」
 主人と家令オリヴィエの息の合った命令に、居館執事のナタンは神妙な顔で「はい」と頭を下げた。
 金髪の伯爵の前に出るときのナタンの態度には、明らかな畏敬が表われていた。今までの狡賢い表情の代わりに、仕える相手を誤らずに選択したという喜びが見え隠れしている。
 伯爵入城の知らせは、たちまち貴族たちの居住地区にも駆け巡った。モンターニュ子爵家へ使いを出すまでもなく、子爵夫妻があたふたと駆けつけてきた。
「親父さま、おふくろさま。久しぶり」
 義父母に敬意を表して立ち上がったエドゥアールのはるか手前で、ふたりはガバと地面にひざまずいた。
「エドゥアールさま。よくぞご無事で」
「なんだよ、他人行儀な」
「とんでもございません。あなたが王家の血を引かれるお方とわかったからには、わたしたちなど近づく資格もありません」
「知らぬこととは申せ、数々のご無礼をお赦しいただきとうございます。本来ならば、次期国王陛下の正妃となる資格があるのは、王族の姫君のみ。子爵の娘ふぜいが嫁ぐなど、あってはならないことでした」
「どうぞ、この婚姻はなかったことに。もしミルドレッドを哀れと思し召すなら、せめて妾夫人として、おそばに置いてやってくださいまし」
 エドゥアールは苦り切った様子で、ミルドレッドと顔を見合わせた。
 そして、平身低頭しているふたりのもとに近づくと、パルシヴァルの肩に、ぎゅっと腕を回した。
「本心から言ってるんじゃないよな。親父さま」
「い、いえ。それは」
「遠慮ばかりしてちゃ、人生つまんないぜ。自分の可愛い娘を離縁してくれなんて、本気で言う親いないだろ。今までどおり俺は俺だし、これからも何も変わらない」
「そ、それでは、娘を正夫人として扱ってくださると」
「もちろんじゃねえか」
「では、ゆくゆくミルドレッドは、王妃と呼ばれるようになるのでしょうか」
 エドゥアールは、はたと考え込みながら、ぼさぼさの金色の頭を掻いた。
「あー、えーと、どうだろ。つまりは……そういうことかな?」
「な、なんてこと」
 母ダフニは、ふうっと気を失って、地面に倒れ伏してしまった。


 ティボー家は、領地を持たない公爵家である。
 ラクア戦役のとき、莫大な戦費に苦しみ財政難に陥った王家のために、みずからの所領を一坪のこらず献上したのが、フレデリク大王の弟にして、時の陸軍元帥である先代のティボー公だった。そのときから爵位に冠していた領地名もなくなり、単に『ティボー公爵』とのみ呼ばれている。
 王都の西側の平原に広がる公領は、今では広大な陸軍演習場となり、ティボー公の館はその一角を占めている。
 したがってティボー家の男子は軍籍に入る運命であり、王弟の子として生まれたユルバンも、生涯その身を陸軍にささげた。
 今は彼の嫡男が、彼に代わって元帥を務めている。しかし、ここにも少なからずプレンヌ公の息のかかった者がおり、ティボー公派・プレンヌ公派のふたつの派閥は、陸軍内部の結束を妨げていた。
 若緑の芝生に被われた美しい馬場では、号令のもとに新米騎兵たちが、だく足の行進を訓練しているところだ。経験が浅い若者たちだけに、さすがに一糸乱れぬとは言いがたく、上官の絶え間ない叱声が春風に乗って運ばれてくる。
「もし、若さまがお生まれにならなければ、わたしはあの上官のようになっていたかもしれません」
 馬場を見晴らす格子屋根つきのテラスに招じ入れられたとき、ユベールが珍しく口を開いて、ぽつりと言った。
「へえ。陸軍に入ってたのか」
「わたしが子どものころ行儀見習いに預けられていた士爵家は、代々陸軍士官の家柄でしたから。もし若さまのおそばに呼ばれず、あのままであったなら、ゆくゆくは軍人を志していたでしょう」
「うわ。規律正しい軍人のおまえなんて、想像もつかないな」
「わたしもです」
「俺が生まれて、よかったんだ」
「心から感謝しております」
 手すりにもたれながら、ふたりは目を合わせて微笑んだ。
 執事が入ってきて、軍人の家に仕える者らしく機敏なお辞儀をした。「ただいま、主がまいります」
 ステッキのカツカツという音が響き、老ティボー公が姿を現わした。
「おお」
「お久しぶりです」
 彼は、膝を折って頭を垂れるエドゥアールの金髪に目を留め、感慨深げに言った。「父親そっくりだと思っておったが……こうして見れば、エレ―ヌ姫にも生き写しだ」
 そして、エルンストのほうを向いて、くしゃくしゃと破顔する。かつての直属の部下との、かれこれ十数年ぶりの再会だ。
「ご無沙汰しております、元帥閣下」
 椅子から立ち上がった父伯が軍隊式の敬礼をするさまは、長年の病に伏していたとは思えぬほど力強く見えた。
「ご健勝のご様子、何より」
「何を言うか。枯れ木のように老いさらばえておるわ」
「それは、お互いさまです」
 近侍の騎士以外の三人は、テラスのテーブルを囲んで腰を下ろした。
「よくぞ二十年間、姫ときみは、これだけの宝を誰にも知られぬように隠したものだ」
 と言いながら、エドゥアールに目を細める。「エルヴェの魔手を恐れて、守り続けていたのか」
 エルンストは短く「は」と返した。会話の途切れるのを見計らって、執事がお茶を注いで回った。
 演習場では戦闘訓練が始まったのか、ひづめの音に混じって、雄叫びと剣を合わせる音が風に乗って聞こえてくる。
「戦争ともなれば、あの若者たちのうち何人の命が、徒(あだ)に散らされることか」
 ティボー公は、つぶやくように言った。「戦いの恐ろしさを知っている軍人こそが、誰よりも先に戦争反対を唱えねばならぬのだ。だが45年間の平和というのは、そんな簡単なことを忘れるには十分な月日であったわ」
 国境出兵という実戦を目前にして、血気にはやる士官たちを抑えるのに苦労している老元帥は、紅茶の湖面に向かって、延々と愚痴を言い続ける。
「肩を持つつもりは毛頭ないが、あやつにも同情すべき点がないわけではないのだ」
 お茶を飲み終えたころ、ようやく会話が再開した。「あやつ」とは、プレンヌ公のことだ。
「知ってのとおり、ファイエンタール王家には血なまぐさい同族殺しの歴史がつきまとっている。王権争いに終止符を打つため、継嗣以外の直系男子はすべて公爵家へ降下させるという法律を作ったのは、フレデリク大王の父、ミシェル四世だった」
 ミシェル王は、国内の道路網を整備し、法体系を整え、現在の王制の基礎を築いた功績ゆえに、【賢王】とあだ名されている。
「その治世が終わるのを見計らって、国力をつけはじめたクライン王国の富を狙って襲いかかってきたのが、カルスタンの馬賊どもだ。父に代わって即位したばかりのフレデリク一世は、ラクアの戦場にみずから赴き、先頭に立って勇敢に軍を率いた。間近で見ておったわたしが言うのだから間違いはない。その一騎当千の活躍により、彼は国民から【大王】とたたえられた。見方を変えれば、これほど性格の違う父と息子も珍しかろう。静のミシェル王に対して動のフレデリク王。歴史家の中には、もしふたりの統治が入れ替わっていたら、クライン王国は滅びていただろうと言う説もある」
 肝心のプレンヌ公の話はなかなか始まらない。愛すべき好々爺ではあるが、相変わらずティボー公との会話には、忍耐が必要だ。
「だが、エルヴェは父親そっくりの攻撃的な性格だった。覇気にとぼしい兄フレデリクに比べ、大王はことのほかエルヴェを愛した。王宮の誰もが、弟が王位を継承するだろうと確信していたのだ」
 ティボー公は白いあごひげをしごきながら、言葉を探しあぐねている。
「ところが驚いたことに、大王は凡庸な兄を継嗣とすると宣言した。そしてエルヴェを即日のうちに、プレンヌ公爵家へ降下させてしまったのだ。あやつにとっては、まさに青天の霹靂。天地がひっくりかえったような衝撃だったろう」
 エドゥアールは口をはさんだ。じっと辛抱強く聴いていたものの、我慢の限界を超えてしまったのだ。
「いったい、何があったのです?」
 老公は、「まあ待て」というように片手を上げた。
「フレデリク大王の正妃はアメリアという名で、それはそれは美貌の妃だった。フレデリクとエルヴェふたりの男子を産んだ妃を、大王はこよなく愛しておった。だが、やがて真実があばかれる日がきた。エルヴェは本当は、大王の子どもではなかったのだ」
「え?」
 初めて聞く事実に驚き、エドゥアールは思わず父親の顔を見た。父伯はすでに知っているのだろう、痛みに耐えているかのように目を伏せた。
「それでは、アメリア王妃が裏切りを?」
「ただの裏切りではない。もし相手の男が家臣か何かであれば、ただちに首を刎ね、不義の子を葬ってしまえばすむことだろう。だがエルヴェの父親は――先王ミシェルだったのだ」
 どろどろと渦巻く歴史の暗部に打ちのめされ、座の人々は長いあいだ無言だった。
「どのような経緯かはわからぬ。だが寵妃がその舅と通じてしまったことは、よほど経ってから大王の知るところとなった。父はすでに没していた。エルヴェは息子ではなく、自分の弟だった。晩年になって、信じていた者たちにことごとく裏切られたことを悟ったフレデリク大王は鬼となった。あれほど可愛がっていたエルヴェを憎み、遠ざけた。そして新しく建てさせた離宮に王妃を死ぬまで閉じ込め、王妃は夫の同席なしには男性と会えぬという法律を作ったのだ」
 午後のうららかな日差しの中、南国のハチドリが花から花へと蜜を求めて飛び回っている。今の会話とは無縁の、別世界の光景に見えた。
「エルヴェは、自分が排されたのは、太平の世になったせいだと思いこんだ。いや、思いこもうとしたのかもしれぬ。十八歳で今まで持っていたすべてを失ったのだ。玉座も、父親の信も母親の愛も。そのため、やつは今なお狂気に走ったように、王位を求めておる。だが、二代前の王弟では、そもそも王位継承権など、ありはしない――やつにも、やつの嫡子のセルジュにもだ。もし、きみが本当に玉座を争おうとするなら、このことを切り札として持っているがよい。真実を公けにするだけで、エルヴェはつぶれる」
 ティボー公はステッキをたよりに立ちあがり、まだ茫然としているエドゥアールの頭に手を乗せた。慈愛に満ちた眼差しで見つめた。
「きみとて、幼いころより父と母から離され、影に身をひそめる人生を送ってきたのだ。悔しい気持ちはわかる。エルヴェを憎むのも当然だ。だが、きみが王位に着くとき、今の話を頭の片隅にでも思い起こしてほしい――あやつもまた、愛に飢えた子どものままでいることを」


 王宮に一歩入ったときから、以前とまったく違う光景がエドゥアールを迎えた。
 かつては貴族たちは彼を見ると、眉をひそめ、頭を振り、小馬鹿にしたように忍び笑った。
 今はどうだ。金髪の伯爵に敬意を表して会釈し、笑みを貼りつけて向こうから挨拶に来る。
 挙句の果ては、「なるほどエレーヌさまの御子だ。よく似ておられる」、「ただの御方ではないとわかっていたよ。あの高貴さは隠そうとしても隠れるものではない」と、口々にささやき合う。
「なーにが、『これからはご懇意に』だ。馬鹿ばかしい」
 と悪態をついても返事がないので、エドゥアールは後ろを振り向いた。
 丸腰の騎士は、全身をハリネズミのように緊張させ、油断なくあたりに気を配っていた。
「ユベール。今からそんなんじゃ、身が持たねえぞ」
「手練の者があちこちで、こちらをうかがっています。どうぞ、廊下の中央をお歩きください。柱の陰にご注意を。いつ何が起こるかわかりません」
「こっちは剣を取り上げられてるもんな。いざとなれば、あの蔓草はムチ代わりになるか。そっちの女神像の頭も、放り投げるにはちょうどいいや」
「若さま、どちらにいらっしゃるつもりです」
 王の謁見の間への道をはずれ、エドゥアールは中庭を突っ切り始めたのだ。
「あ、セルジュのところ」
「……」
 ユベールは絶句する。警護の苦労も知らぬげに、この主は敵陣のまっただ中に飛び込もうというのだ。
 扉を開いたとき、セルジュも同様に、驚きを隠そうとしなかった。
 執務室にひとりで堂々と入ってきたエドゥアールを、化け物を見るような目つきで睨(ね)めつける。
「なんの用だ」
「たまには顔を見せてやらなきゃ、すねてるかと思って」
「おのれの立場がわかっているのか?」
「んー、そうだな。あんたたちアルフォンス家父子の王位継承権を横取りしようと企む、宿敵ってとこか」
 エドゥアールは、かつて毎日のように訪れた執務室のなじみのソファに、どっかと腰を下ろした。
「こんな場所にのこのこ出かけて来て、命が惜しくないのだな」
「悪役は、そう簡単にはやられないんだよ。怒りは人を強くするって言うしな」
「なるほど、復讐の一心か。裏切られたとわかったとき、わたしのことを、さぞ憎んだろう」
「船の中では、チラッとそんなことも考えたけどな」
 セルジュから投げかけられる冷やかな視線を、エドゥアールは笑みに包んで返した。「ひとつだけ聞きたい。なんであのとき、俺を外国に売ろうとしたんだ?」
 セルジュは天を仰ぐようにして、息を吐いた。
「わたしは自分が蟻だと認めたくなかったのだ。おまえの正体を知ったとき、わたしは決意した。おまえに踏みつぶされるくらいなら、こちらが先におまえを踏みつぶしてやると。おのれの力で、運命を変えてやると」
「蟻か。蟻ねえ」
 エドゥアールは唇をすぼめて考え込んだ。「いいじゃねえか。俺たち、ふたりとも蟻で」
「なに?」
「蟻は蟻なりに、がんばって生きればいい。俺たち、生まれも立場も考え方も全然違うけど、力を合わせれば歴史を変えることだってできる」
「力を合わせる? つい今しがた、敵だと言ったのはおまえだぞ」
「そうだ、敵だよ。でも本当は、おまえと友になりたい。セルジュ」
 まっすぐにそそがれる曇りなき視線が、まるで剣先のように彼の身をつらぬく。セルジュは、開いたままだった唇から、ようやくしぼりだすような声を出した。
「そちらが思うのは勝手だ。だが、おまえが何を企もうと、わたしの意志は変わらない」
「なぜ」
「わたしは結局、父を裏切ることができなかった」
 侯爵はうなだれた額にかかった長い髪をかき上げ、指に残った一本の金をじゅうたんの上に、はらりと落とした。
「小さいころは、父を怖れていた。長じるにつれ、父を疎んだ。その言動に吐き気すら覚えた。……だが、今は父が哀れでならぬ。憎悪だけで一生を使い果たし、朽ちて行こうとしている。誰をも愛さず、誰にも愛されず、父には、もう息子のわたししか残っていない」
 そして、悄然と付け加えた。「その死に殉じるのも、わたししかおるまい」
「殉じるって、おまえ――」
「わたしが国王になれば、ためらうことなく、おまえを殺す。その代わり、おまえが国王になれば、わたしたち親子を思うままに処分するがいい。ふたつの道は交わらぬ。未来永劫にな」
 皮肉な笑いを取り戻して顔を上げると、セルジュはエドゥアールを見つめる。
「わたしは、おまえを心底うらやむ。親の情も、国王の寵も、家臣の忠義も、民衆の歓呼も、みんなおまえのものだ。わたしには何もないというのに――だからこそ、わたしは死んでも、おまえに負けるわけにはいかないのだ」
 そのとき、エドゥアールは弾かれたようにソファから立ち上がった。
 避ける暇もなかった。セルジュはたちまちのうちに首筋を捕らえられ、気がつけば両腕に抱きしめられていた。
「な、なにをするっ」
「ああ、ごちゃごちゃ言ってないで、黙れ。何も言わず、こうしていればいいんだよ!」
 身をふりほどこうにも、びくともしない。エドゥアールは彼の耳元でささやいた。
「おまえが何も持ってないわけないじゃないか、セルジュ。俺がいるだろ。忠誠も歓呼も、欲しかったら俺が手に入れてきてやる」
「何を言っている」
 セルジュは、びくともしない腕の中で抗った。「それならば、なぜ突然、王位継承権を主張した。王になるつもりはないなどと欺いておいて」
「おまえを、王位という呪縛から解き放つためだよ」
「呪縛――」
「おまえの求めるものはみんな、手を伸ばせば届くところにある。素直に認めろ。おまえが本当に欲しいのは、王位なんかじゃない」
 セルジュは凍りついたように、もがくのを止めた。エドゥアールの声は内緒話をするように、さらに楽しげにひそめられた。
「隠しても無駄だぜ。おまえの脱獄計画は、やはり俺を救うためだった。王牢に押し入って俺を暗殺するという武器商人ギルドの計画を聞きつけたおまえは、『殺したことにして外国に売り飛ばしたほうが金になるぞ』と、ことば巧みに連中に持ちかけたんだ」
「何を……愚かな」
「ああ、めちゃくちゃ腹が立つ。結局俺は、おまえの手の中で踊ってただけなんだからな。最初から教えてくれればいいのに。【海の帝王】の海賊船が助けに来たのがあまりにも早すぎると、ずっと思ってたんだ。リオニアのラウロ・マルディーニと連絡を取り、俺を救い出してくれと頼んだのは、おまえだったんだろう?」





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