伯爵家の秘密/冬至祭

(1)

 雪を運ぶ山おろしの風は、昼のうちにすっかり止んでいた。
 雪かきを終えた大通りの道は、黒々と光る川のように見える。両側の家々の窓には、素焼きのランプが温かい灯りをこぼし、ときおり、人々の笑い声が漏れ聞こえてくる。
 領館の礼拝堂で祈りの儀式を終えたラヴァレ伯爵夫妻は、それぞれの馬に乗って大通りに立っていた。
 まだ生まれて四ヶ月に満たないジョエルは、侍女に預けて出てきている。
「ふだん、ぜいたくな暮らしをしている分、せめてこの日だけでも、寒さとひもじさに凍えなきゃな」
「ええ」
 白い息を吐きながら、ミルドレッドは夫と微笑を交わした。
「行こうか」
 馬から下り、手をつないで大通りを歩き出す。
「結婚して最初の冬至祭は、海賊船の上だったな」
「その前の年は、破談だと言われて、ひとりで泣きながら過ごしました」
 ふたりは、箱から宝を取り出して眺めるように、過ぎし日々を振り返った。
 村人たちが暖かな暖炉を囲みながら、一年で一番のご馳走に舌鼓を打つ冬至祭の夜に、領主夫妻がひそかに城下町をめぐるしきたりは、先代の伯爵エルンストとエレーヌが始めたことだ――谷の中に飢えに泣いている領民がいないか、笑い合う相手をなくしたひとりぼっちの者はいないかと見守るのが、領主の務めであることを肝に銘じるために。
 十年ぶりの今年になって、その務めを若伯爵夫妻が復活させたのだ。
「冬至祭と言えば、とても苦い思い出がありますわ」
 白い息を吐きながら、ミルドレッドがぽつりと言った。
「どんな?」
「まだ五歳になったかならないかの頃だと思います。モンターニュ領館の庭に小ぶりのモミの木があって、わたくしは侍女といっしょにリンゴや金色のリボンやガラス玉を飾りつけて大喜びでした。ところがその年は、常にないほどの大雪が降って、木がどこにあるかもわからない有様で。わたくしは大泣きして、モミの木をもう一度出してほしいと駄々をこねたの」
 夫が手袋ごしにぎゅっと握り返してくれたのを、伯爵夫人は感じた。
「泣きながら寝てしまい、夜になって目をさまして、窓から外を見ると、周囲の雪がすっかりなくなって、モミの木までの通路さえできていました」
「館の使用人たちが総出で準備してくれた?」
 ミルドレッドは、ため息まじりでうなずいた。
「大喜びのわたくしを抱き上げて、父が教えてくれましたの。みんなが凍えながら雪かきをしてくれたのだよと。わたくしの我がままのせいで……。さらに父は言いました。『人は命じれば思うままに動くかもしれない。けれど、それが当たり前だと思ってはいけないよ。まして、自然とは、決して人間の言いなりにはならないもの。そう思うのは、人間の思い上がりなのだ』と」
「親父さま、さすがだなあ」
 エドゥアールは、またちらつき始めた冷たい雪を真っ向から顔に浴びるかのように、頭上の夜空を見上げた。
「ああ、俺も、ひどく思い上がっていたのかもしれない」
 彼がそう思うのには、理由があった。
 今年、ラヴァレ領の小麦は害虫の大打撃を受けてしまったのだ。冬蒔き小麦を導入してから、初めての凶作だった。
 かろうじて害が及んでいない春蒔き小麦の畑を守るために、立ち枯れてゆく麦の穂に火をつけるように農民たちに命ずるとき、谷の主は、自分が炙られているような心地を味わった。心労のため、眠れぬ夜が何日も続いた。
 喜びに沸くはずの春蒔き小麦の収穫も、被害の大きさを確定する手続きに過ぎなかった。結局、かろうじて収穫できたのは四割ほど。収穫期にはいつも夜通しガラガラと鳴り響いている水車小屋の粉挽き臼は、どこも早々と動きを止めて静まり返った。
 伯爵家は、その年の領内すべての租税を免除した。収入を失った村人たちに対しては、代わりに森の伐採や養蚕の仕事に就けるように取り計った。
 その合間にも、エドゥアールは農業大臣として、近隣で同様の被害を受けた地域の復興策のために駆け回った。
 害虫に強い種類の種を手に入れるため、幾度となく王立農業試験場を訪れた。
 ようやく肩の重荷を下ろすことができたのは、収穫後の村長会議の席上。あれほど被害の大きかった冬蒔き小麦を自分の畑に蒔きたいと申し出る農民たちが、倍増したというのだ。
 どの農地も、ふだんより深く念入りに耕され、新しい改良品種の種が蒔かれるばかりに準備が整っているという報告を受けたとき、伯爵は人目もはばからずに涙を流した。
「俺、努力すれば何でもできる、誰の心も動かせると錯覚していた」
 素焼きのランプと雪明りの織り成す美しい光の回廊を歩みながら、エドゥアールはまっすぐ前を見つめた。「だから、自然でさえも、人間の英知で思い通りになるなんて、大きな間違いを犯しちまったんだ」
「わたくしたち、慢心してはいけないという諭しを天から受けたのですわ」
「第一、あんな小っこいガキんちょでさえも、思い通りにならないんだからな」
 ふたりは立ち止まり、声を合わせて笑い出した。
 家の中でご馳走を楽しんでいる村人たちは、誰ひとり想像もしていない。彼らの領主夫妻が、冷え切った頬を真赤に染めながら、道で笑い転げているなど。
 伯爵家が苦境に立っていた最中の九月、ジョエルが生まれた。身を切られるような日々を送る両親にとって、幼な子は慰めそのものだった。
 乳を吐いたり熱を出したり、予想もしない寝返りを打って窒息しかけたり、さんざん振り回されながらも伯爵夫妻は、ジョエルを乳母にまかせきりにせずに、自分たちの手で育てようと決めた。
「今年は悪いこともありましたけど、良い年でしたわね」
「親父も元気だし、家族がひとり増えたしな」
「ジョエルを授かったことも、もちろん幸せですけれど」
 ミルドレッドは恥ずかしそうに、夫の腕にぎゅっと顔を押しつけた。「でも、わたくしにとっては、こうしてふたりきりで過ごせることが、何よりも幸せなんです」
 エドゥアールは甘えてくる妻を胸に抱き寄せ、自分のマントですっぽりと包んだ。
「最高の冬至祭だ」



(2)

 城下町の見巡りから戻ってきた伯爵夫妻のもとへ、揺りかごに眠っている小さなお子さまをお返しした後、ソニアは自分たちの部屋に戻った。
「あ……おかえりなさい」
 若旦那さまたちに付き従っていた夫が、腰の剣をはずしているところだった。
「雪が」
 ソニアはあわててタオルを手に取ると、彼のもとに駆け寄り、雪片をちりばめた黒のマントを、爪先立って懸命に拭った。
 彼の手が伸びてきて、はっと動きが止まる。ユベールは妻の手首をぎゅっと握って、微笑んだ。
「ね、手も氷のようだろう?」
「は、はい。外はとんでもなく寒かったのですね」
「ああ、凍えそうだった。きみに温めてもらえることだけを楽しみに、帰って来た」
 低いささやきとともに、熱い息が耳たぶに触れる。ソニアはたちまち顔を真赤に染めた。
「あ、あの。もう少し、あの」
「なんだ?」
「もう少し、あの、離れて」
 彼の唇が頬にいつ触れるかと想像するだけで、背筋がざわめき、気が遠くなりそうだ。
 ユベールは、深い吐息をついた。
「ソニア。ここにおいで」
「は、はい」
 言われたとおり、ソファの彼の隣に、少し離れて座る。
「わたしたちは、結婚して一年になったかな」
「はい、この秋に」
「それなのに、きみはまともに、わたしを見てくれたことは一度もない」
「だって……」
 いまだに夫の灰緑色の瞳を間近で見つめると、心臓が跳ね上がりそうになるのだ。耳元で甘くささやかれるたびに、武人の長い指が彼女の肩や鎖骨をやさしく撫でるたびに、息がうまく吸えずに苦しくてたまらなくなる。
 寝台の上で夜着の紐がほどかれる頃には、もう意識を手離してしまったほうが、いっそ楽だった。
「だって、無理ないわ。私たち、それぞれのご主人さまとともにいることが多くて、ふ――ふたりきりになることが少なかったのですもの」
「なるほど。それもそうだな」
 じりじりとユベールの体が覆いかぶさるように迫ってきて、ソファの上で逃げ場を失ったソニアは、まるで納屋の隅に追い詰められた子猫だった。
「あ、あなた。待って。私まだ顔も洗っていないし、着替えも」
 妻のどんぐりのような黒い瞳の中に、明らかなおびえを見つけたとき、ユベールは表情をすっと消して、長椅子から立ち上がった。
「わかった」
 その声は、珍しいほど怒りをあらわにしている。
「わたしたちが結婚したことは、どうやら間違いだったようだ」
 低くうめくように言葉を切ると、騎士は体をひるがえし、マントと剣をふたたび手に取って、豹のようにすばやく扉に向かった。「出かけてくる」
「え……」
 ソニアが体を起こしたときは、もう彼の姿は部屋になかった。「あなた!」
 あわてて外へ飛び出したが、領館の長く暗い廊下が彼女の声を吸い込んでゆくばかりだった。
「結婚したことが――間違いだった?」
 去り際のユベールの言葉を口の中で繰り返したソニアは、ぽろりと涙をこぼした。
 そんなことは、もうとっくにわかっていた。貴族階級のカスティエ士爵と、メイドあがりのソニアでは所詮、釣り合うはずはなかったのだ。
 誰もが振り返るほどの麗しさに恵まれ、優雅で気品があって、教養と強さを兼ね備えた夫に、野育ちの彼女はいつも引け目を感じていた。
 自分が彼の妻だということさえ、ときどき自分でも信じられなくなった。いつかきっと裏切られる。飽きればいつでも捨てられる――その『いつか』が、冬至祭の今夜だったというだけ。
 今夜こそ、ユベールは自分にふさわしい美しいお相手を見つけに、どこかに行ってしまうだろう。
 ソニアは小さな悲鳴を上げた。そして、部屋に駆け込んでフードつきのマントを羽織ると、長い廊下を走り出した。ホールに駆け下りて、玄関番に「ユベールさまは、どちらへ?」と詰問した。
 庭の白いあずまやの中で、夫は金色の髪に雪を宝石のようにちりばめて、立っていた。
「あなた!」
 と叫んで、そのままの勢いで彼のふところに飛び込む。
「よかった。迎えに来てくれるのがもう少し遅かったら、頭を冷やすどころか、凍え死んでいたところだ」
 ユベールは、なだめるように彼女の背中をさすった。
「寒いのに、こんなところにいるからです」
 嗚咽でしゃくりあげながら、ソニアはぐいぐいと力任せに彼のマントを引っ張った。「早く部屋に戻りましょう。私が温めてあげますから!」

 冬至祭の夜更け。互いの体温で体がすっかりと温まったころ、妻は暗がりの中でおずおずと訊いた――いったい、私のどこが好きなのですか、と。
 夫は、実に楽しそうに笑って、こう答えた――ひとつずつ数え上げていたら、夜が明けてしまうよ、と。



(3)

 リンド侯爵の地下のワイン蔵には、夜になると領館じゅうの蜀台が持ち込まれ、何百本の蝋燭で真昼のように明るかった。
 セルジュは階段を降りてくると、まばゆい光の中でひとり座って洞窟の壁を見ている妻の姿を見つけた。
「ヒルデガルト」
 夫の呼びかけにも、ユルギス生まれの高貴な血筋の妻は振り向きもしない。
「わたしが、ほんの二、三日留守にしているあいだに、いろいろあったようだな」
 侯爵は首に巻いている絹のストールをはずして、ヒルデガルトの華奢な肩にそっと乗せた。彼女は無言で、それを振り払って床に落としてしまう。
 セルジュはため息をついた。
「侍女に暇をやったそうだな。これで二人目だったと記憶するが」
 彼女のそばを離れて、ホールをゆっくりと巡る。「侍女たちはすべて、ユルギス語の堪能な者を苦労してさがしている。あまり無碍に辞めさせることは避けてほしい」
「だって、うるさいんだもの」
 押し殺した声で、ヒルデガルトは答えた。「もっと食べなきゃだめだとか、こちらはいかがですか、とか。クラインの食事は、どれもこれも不味くて、全然食欲が湧かないのに」
「ふむ」
 セルジュは、ワインの古い樽に腕をかけて、振り向いた。「故郷の味がなつかしいというわけですか、ユルギスの姫君」
「そうよ、クラインのものは、何もかもいや! 料理も、ワインも、石鹸の香りも」
 ヒルデガルトは拳を握りしめ、うなだれる。
「あの国がなつかしく思えるなんて、金輪際ありえないと思っていたけど、間違いだったわ。この退屈な土地に比べたら、あそこのほうが十倍ましよ。ドロテアお姉さまの大きな付けぼくろさえも、思い出すと涙が出るわ」
「帰りたいのか」
「帰れるわけないでしょう。あれだけの騒動を演じて、たった三ヶ月で」
「では」
 セルジュは冷たい視線を妻に注ぎながら、ゆっくりと歩いてきた。「わたしに何を望むのだ」
「何を望んでも無駄よ。どうせ、わたくしのことなんか、どうでもいいくせに。うわべだけ気にかけているふりをして」
 ぐいと手首を握ると、妻は顔をひきつらせて逃げようとした。「何をするの、離しなさい!」
「やはり、そうか」
 さながら氷像のようだったリンド侯爵の表情が、少し和らいだ。「ヒルデ。あなたは、わたしを怒らせたいのだな」
 まっすぐな眼差しを注がれて、ヒルデガルトは戸惑ったように顔をそらせた。
「あなたを見ていると、わたしの母を思い出す」
「え?」
「父が訪れるたびに、母はいつも不機嫌で、わめき散らしていた。もう少し愛らしく笑えばよいのに、やさしく振舞えばよいのに、と子ども心に感じたものだ」
「……」
「当然、父は母を避けるようになった。たまに顔を合わせても、ふたりの間にはしらじらとした沈黙が存在するだけだった」
 乾ききった喉に無理に唾を飲みこもうとして、ヒルデガルトの顎が苦しそうに動いた。
「次に母の考え出したことは、さらに愚かだった。病気で死にそうだという偽りの知らせを、父に送るようにわたしに命じるのだ。あまりにも頻繁だったもので、とうとう本当に死の床についたときも、父は来なかった」
「そんな、ひどい……」
 十六歳の妻の瞳が、数多の蝋燭を映し、きらきらと光の屑をこぼした。「どんなにか会いたかったろうに」
「そう。わたしも大人になって、ようやく母の気持ちがわかった気がする。罵ってばかりいたのは、夫を自分に振り向かせたかったからだ。自分だけを見てほしかったからだ。母は本心では父を愛していたのだろう。ただ誇りと頑なさゆえに、それを口に出すことができなかった」
 セルジュは、黒光りする洞窟の天井を仰いで、うつろな笑い声を漏らした。「哀れなものだ。あれでは、自分から幸せを遠ざけているのと同じなのに」
 野いちご色の金髪がふわりと、彼の腕に触れる。ヒルデガルトが、ぎゅっと額を押しつけてきた。
「では、わたくしも、母上と同じ運命をたどるのだな」
「いや。ひとつだけ、父とわたしが違うことがある」
 長身の侯爵は、妻の顎に手を添え、森の中の湖のような瞳を上から覗きこんだ。
「あなたがどんなに意固地に振舞っても、あなたのことが愛しくてたまらない。約束する。母のような不幸な目に会わせることは、決してない」
「セルジュ」
 まぶたを閉じた拍子に、ヒルデガルトの目から、はらはらと雫がこぼれ落ちた。
「きっと心底から、あきれておろうな。もっと賢い妻をめとればよかったと――たとえば、ミルドレッドのような」
「ああいう小ざかしい妻は、エドゥアールのような箸にも棒にもかからぬ輩がお似合いだ。わたしのような完璧な男には、必要ない」
「どうしよう。侍女には、悪いことをした」
「安心なさい。引き止めておいた。明日は何もなかったかのように仕えよと命じてある」
「……ありがとう、セルジュ」
「それでは、行こう」
 侯爵は、妻が振り払ったストールを、もう一度その肩に巻いた。
「冬至祭のご馳走を、大食堂に準備させてある。ただし、匂いの少ない特別メニューで、あなたの席にワインは置かない」
「……え?」
「首を切られた侍女が、わたしに進言してくれた」
 セルジュは彼女を抱き寄せ、甘く諭すように耳打ちした。
「あなたには妊娠の兆候があるそうだ。明日、医師を呼んで診察させる。クラインの料理が口に合わないのではない――ヒルデ、あなたの不機嫌はすべて、悪阻(つわり)のせいだったのだよ」



(4)

 港町ポルタンスの裏通りが一年で一番静かなのは、意外にも冬至祭の日だ。もともと冬は南の海が荒れるうえに、この時季は船員たちも里心がついて、故郷に戻りたがる。
 夜を徹して居酒屋をはしごし、道端で乱痴気騒ぎをする豪傑たちも、いるにはいるが、数はそう多くない。
 冬至祭は、家族とともに過ごすお祭りなのだ。
 娼館イサドラの店も、暮れ方の書入れ時だというのに、灯りを消し、扉を閉めていた。
 ジョルジュ・ド・マルタンは、その扉の前で、かなりの間ためらってから、ノックした。
 薄暗い室内から、ランプを掲げて、ひとりの女が出てきた。
「まあ、騎士さま」
 それは、以前にも会ったことがある、ネネットという若い娼婦だった。
「プランケット夫人に、ラヴァレ伯爵からの届け物を持ってきたのだが」
「まあ、お入りください」
「いや、だが今の時間は」
「だいじょうぶです。客は誰もおりません」
 羽根帽子を脱ぐと、黒髪の騎士は地獄の門をくぐるかのような面持ちで扉をくぐった。
 確かに、中はしんと静まり返っていた。いつもなら賑やかに階段を上り下りしているだろう娼婦の姿もない。
「毎年、この娼館は冬至祭の日は休業なんです」
 ネネットは、戸惑い顔の騎士に説明した。「みんな朝から町へ買い物に繰り出したり、家族の顔を見に田舎へ帰ったり、思い思いに過ごしていますわ。ミストレスも、何人かと一緒に町へ出かけてしまいました」
「なるほど」
 ラヴァレ伯爵は四年前までここに住んでいたから、そのことはよく知り尽くしているに違いない。だから、彼を使いによこしたのだ。母と水入らずで冬至祭を過ごせるように、と。
「まったく、あの方は頭が回りすぎる」
 口の中でつぶやいていると、ネネットは爪先立って、彼の背後を覗くようなしぐさをした。
「あの、いつもの従者の方はおられないのですか」
「ああ、トマならラヴァレ領で、細君と冬至祭を過ごしているよ」
 ジョルジュは肩をすくめた。「つまり、ひとり身の僕だけが、あぶれてしまったというわけだ」
 ネネットは「まあ」と、細い眉を寄せた。顔に化粧っ気がなく、身なりも清楚な休日の娼婦は、良家の子女と言っても通りそうだ。そう言えば、下町のはすっぱな訛りも、以前ほどは気にならなくなっていた。
「しかし、この店は、確かに変わっているな」
「どうしてです」
「普通、娼館というものは、売られてきた娼婦たちを無理矢理閉じ込めるもの、娼婦たちは隙あらば逃げ出そうとするもの、ではないのか。それが自由に町へ買い物に出るとは」
「そんなものなのですか」
 ネネットは目をぱちくりさせている。
「あたしたち、ここを逃げ出しても、行きたいところなんかありません。お腹いっぱい食べられて、一番居心地がよくて、楽しいのがここなんですもの」
(なるほど、これがミストレス・イサドラが作り上げた貧しい少女たちの理想郷、というわけか)
 皮肉な思いを抱きかけたジョルジュは、手に持っていた荷物を差し出した。
「では、あなたからこれをミストレスに渡してほしい。伯爵からの冬至祭の贈り物と手紙だ。こちらは皆さんへの土産の品々。ひとりずつにラヴァレ産の絹のハンカチーフ、ほかにマルベリーのジャムの大瓶が入っている」
「あ、ありがとうございます」
「では」
 帽子をかぶり、立ち去りかけた騎士を、ネネットはあわてて呼び止めた。「待ってください。ミストレスはもうすぐ帰ってきますから」
「そうも、ゆっくりはしていられないのだ」
 ジョルジュは、持っていた乗馬用の革手袋をはめながら答えた。「実は、市内のめぼしい宿屋をいくつか当たってみたが、どこも今夜は満員だと言われた。日が暮れきる前に帰路につき、近くの村で宿をさがそうと思う」
「部屋なら、いくらでも空いています」
「悪いが、それはできない」
 ジョルジュは薄く笑った。「騎士の名にかけて、娼婦の店などに泊まるわけにはいかない」
 ネネットは、恥ずかしさのあまりさっと顔を赤らめ、深く頭を下げた。「申し訳ありません。出すぎたことを申しました」
 その消え入るような声を聞き、騎士は自分の不用意な言葉が、彼女の心を少なからず傷つけたことに気づいた。
 立ち去りかけ、足が自然に止まる。
「ひとつ尋ねるが、このあたりに、うまい料理を食べさせる店はないか?」
「はい?」
「出立する前に、腹ごしらえをしていきたい」
 我ながら、言い訳するような響きだと思った。「よければ、あなたも一緒に」

 水路に停泊している舟は思い思いの飾りをつけ、水路沿いの街路樹にぶら下げられたたくさんの提灯が、水面を渡る風に揺れている。
 イサドラの店の裏のカフェで、きのことチキンのタルティーヌと熱いクリームスープを平らげたジョルジュは、水路に沿ってゆっくりと歩いた。
 潮の香りがする。内陸の雪の多い地方で育ったジョルジュにとって、冬至祭の夜に、のんびりと街を歩けることが不思議だった。
 もっと不思議なことに、カフェを出てからずっと、背中の皮膚が温かい。一歩離れた後ろをついてくるネネットを意識しているのか。
「なぜ、あなたは、みんなと一緒に出かけなかった」
「留守番です」
「鍵をかければ、留守番など必要なかったはずだ」
 少女は、水路に映った提灯の灯りをじっと見つめながら歩いた。
「あたし、冬至祭のお祝いが嫌いなんです。家のことを思い出すから」
 ジョルジュは、息を詰めた。
「ばかみたいでしょう。この年で親兄弟が恋しいなんて。でも街の飾りを見るとどうしても、子どものころ一番楽しかった冬至祭の夜を思い出してしまうの」
 ネネットの親も小作農だと聞いている。貧しさのあまりに、娘を仲買人に売ったのだ。金のために親に捨てられた――年端も行かぬ少女にとって、それはどれほどの衝撃だったろう。
「僕もそうだったよ」
 気がつけば、つぶやいていた。「母が家を去ってしばらくは、冬至祭のたびに、捨てられた哀しみがよみがえってくるようだった」
「待ってください。ミストレスは、あなたを捨てたわけじゃ――」
「わかっている。だが、事実はどうあれ、子どもというものは、そう感じるものじゃないのかい?」
 ふたりは立ち止まって、見つめ合った。
「ええ、そのとおりですわ」

 娼館に戻ると、イサドラが彼を戸口で待っていて、膝をかがめた。
 母子は、台所の大テーブルで、紅茶のカップを手に向かい合った。
「だまされました」
 ジョルジュは、くつくつと喉の奥で笑った。
「ネネットと僕を、ふたりきりになるように仕向けたでしょう」
「まあ、心外な。会ったその日にカフェで一緒に食事をするなんて、神さまだって計画できやしませんよ」
「プランケット夫人」
 ジョルジュは真剣な眼差しで、まっすぐに見つめた。
「それだけは、できません。娼婦をマルタン士爵家の一員として迎え入れることは、絶対にありえません」
 仮にも昔は母と呼んだ人に、酷なことを言っていると思う。なのに、そう言わせているのは、彼の騎士としての誇りなのか、捨てられた子の理由なき反抗なのか。
「おや、もうそんなことまで思い悩んでおられるのなら、話は早い」
 イサドラは機嫌よく、トトンと人差し指でテーブルの表面を叩いている。「ラトゥール州の州長官が知り合いにいて、ネネットを名前だけの養女に迎えてもよいと言ってくれています。手続き次第で、公的書類から過去は消せますよ。あとはあなたの気持ちひとつ」
 ジョルジュは、ほうっと長いため息を吐いた。
「なんと手回しの良い。あなたとラヴァレ伯爵の共同戦線、というわけですか」
「あはは。何の話でしょう」
 頭をかかえている騎士の前で、裏町の娼館の女主人は、体をのけぞらして笑った。



(5)

 クライン国王は、あずまやの、いつものお気に入りの寝椅子に仰向けに寝ころんでいた。
「まあ、あなた。この寒い夜に」
 探しにきた王妃は、あわてて駆け寄ると、ありったけの毛布で夫の体を覆い始めた。
「案じておりました。デザートの頃になると、いつのまにか姿がお見えにならないんですもの」
 彼は、「うう」と唸る。
「あれは、余の天敵なのだ」
 王宮の冬至祭の晩餐会に必ず出るのが、プラムプディングだ。何ヶ月もかけて果実とともに仕込んだ菓子は、ただでさえ吐き気がするほど甘ったるいのに、さらに仕上げにカスタードソースをかけるという念の入れよう。
 金髪の征服民族が東からの侵入の折に袋に入れて持ち運んだという歴史的な謂れがあるため、ファイエンタール家にとっては一族を象徴する大切な祝いの菓子でもあった。
 テレーズは、あきれたように笑った。
「わがままな王さまですこと。苦いものは嫌い、甘いものも嫌いとおっしゃっていたら、いったい何を召し上がるのです」
「余は中庸を好むのだ。右にも左にも偏らぬ。良き王の資質ではないか」
「減らず口ばかり」
 肩口にさらに毛布をかけようとする王妃の手を、フレデリクはつかんで、体ごと自分の胸元に抱き寄せた。
「もっとこの上から、どんどん毛布をかけよ。ふたりで蓑虫となり、春まで寝て過ごそうではないか」
「魅力的なお誘いですけれど、ひとときもじっとしていない王子がそうさせてくれません」
「む、余よりシャルルめのほうが、大事だと申すか」
「どちらのほうが手がかかる坊やか、真剣に考えるときがありますわ」
 テレーズは、癖のある夫の髪の毛を、なだめるように手櫛で梳くと、毛布の重なりの中から起き上がった。
「ギョーム」
 それを合図に、侍従長がお茶を乗せた銀の大盆を運んできた。王が顔をしかめたことには、大きく切り分けたプラムプディングの皿までついている。
 冬至祭の真夜中。国王夫妻はあずまやの中で、湯気の立つお茶を向かい合って飲んだ。
「そう言えば、その悪魔のような菓子を、実に美味そうに食す男がおったな」
 フォークをあやつる王妃の手元を見つめながら、フレデリクはぼんやりとつぶやいた。
「『おいしそうに食べると、姫君がお喜びになるから』――ぬけぬけと、そう申しておったわ」
「先代のラヴァレ伯のことですね」
 王妃は、プディングの皿を優雅にテーブルに置いた。「エレーヌさまは、甘いものが何よりもお好きだったと、うかがいますもの」
「いつもデザートの仕上げだと言って、フォンダンショコラを追加で食していたほどだ」
「まあ」
 聞き上手な話し相手は、にこにこと微笑を絶やさぬまま、相槌を打つ。
「テレーズ」
「はい」
「一度聞こうと思っていた」
 王はゆううつそうに、言葉を継いた。「そなたは、不快ではないのか。余がエレーヌの思い出を語るたびに、そなたを居たたまれぬ思いにさせているのではないか」
「いえ、陛下。そんな」
「そなたは、完璧に自分を押し殺し、表情に出さぬだけに、余計に始末が悪い。今も心の中では、こう疑っているのであろう。『夫は、妹のことを思い出すのが辛いあまりに、プラムプディングを避けているのだ』と」
 テレーズはゆっくりと首を振った。
「陛下。わたくしは陛下が妹君のことを思い出されるとき、お幸せになれるのなら、それでよいのです」
 穏やかに耳に溶け入るような、しかし迷いのない声だった。
「でも、万が一にも、思い出が陛下をお辛くさせてしまうのなら、妻であるわたくしの務めは、お忘れになっていただくことだと思っております」
「すまぬ、いらぬ気遣いをさせる」
「いえ」
「だが、そなたには、知っておいてほしいのだ」
 フレデリクは身を乗り出し、テーブルに置かれた妻の手に触れた。
「王宮という狭い世界の中で、長いあいだ余が愛し、慈しむことのできる相手は、妹しかいなかった」
 そして、小さな息を吐くと、ふたたび顔を上げた。
「だが、この歳になって、本当に人を恋うるということがどういうことか、ようやくわかった――そなたのおかげだ。礼を言う」
 テレーズの瞳の中に、ゆらゆらと小さな美しいさざなみが生まれた。「……もったいないお言葉です」
 王は照れ隠しに立ち上がった。「もう中に入ろう。余にうりふたつの、わがまま王子の寝顔を見たくなってきた」
 腕を王妃に差し出す拍子に、王服の袖がテーブルに当たり、手つかずのプディングが横倒しになって皿からこぼれた。
 こほんと咳払いする。
「ギョーム」
「はい。なんでございましょう」
 王の子どもじみた表情に、侍従長は笑いを押し殺しながら近寄ってくる。
「見よ。余の天敵が余のもとにひれ伏しておるぞ。これで来年のクラインの平和と繁栄は、約束されたも同然だ」



(6)

 ラヴァレ伯爵領は、クライン王国のどこよりも夜が長い。
 東と西の両側を山にはさまれた谷にあるために、日が昇るのが遅く、沈むのが早いからだ。
 特に冬至祭のころは、陽光はほんのわずかの時間しか、谷底には届かない。一日数時間しかない昼に、そそくさと外に出かける用事をすませ、あとは雪除けをした家の中で、暖炉の火を取り囲むようにして思い思いに手仕事をしながら過ごすのが、村人たちの冬の一日だった。
 エレーヌは二、三度、力ない咳をすると、目を開いた。バルコニーへ通じる折り戸は何枚か折り畳まれ、長く薄い日差しが寝台まで差し込んでくる。
「あなた」
 暖炉のそばのテーブルで、先祖から伝わる革鎧の鋲を磨いていたエルンストは、妻の声に立ち上がった。
「今日は、冬至祭ですのね」
「ああ」
 夫は寝台のへりに腰をおろすと、妻の絹糸のような金髪を指先にからめ、そして額に手を置いた。ここのところ彼女をずっと悩ませている熱も、今は引いている。
「起きたいわ」
「だいじょうぶなのか」
「ええ、だいじょうぶ。急いで行きたいところがあるのです。太陽が傾く前に」
「外に行くというのか」
 伯爵はうめくように言った。
 もし妻の病気が望みのあるものなら、こんな寒い日に無理をするなと何をおいても反対しただろう。だが今となっては――三回目の吐血をした今となっては。
「わかったよ」
 彼は微笑んで、エレーヌの頬にキスを残すと立ち上がった。
「アデライド」
 侍女の名を呼び、着替えを命じて、妻の部屋を出る。
 自室に戻ると、エルンストは大きく深呼吸した。やがて来たらんとする喪失の痛みに、自分は耐えられるだろうか。
 耐えなければならぬ。ふたりには守るべき大切なものが、まだ残されているのだから。
 支度ができた。
 やせ衰えた身体を暖かいフードつきのマントで隠した妻は、若いときと同じく、いやそれ以上に美しく見えた。
「歩けるか」
「歩きたいの」
 しっかりと妻の背中に腕を回し、支えながら部屋を出る。
 鎧戸を下ろした暗い廊下には、たくさんの素焼きのランプが用意されて足元を照らしている。
「みんなったら」
 エレーヌはうれしそうに笑った。いつのまに準備されたのだろう。廊下から階段まで、見渡す限り連なる暖かな光は、冬至祭の灯りをともす家々を思い出させる。
「この廊下を、何度走り回ったことでしょう」
「ああ」
「楽しかったですわ。隠し扉に秘密の抜け穴。わたくしにとって、この領館は冒険の国そのものでした」
 涙を押し殺して、執事のロジェが笑顔で出迎える。押し開かれた玄関の扉をくぐって、外に出た。
 庭は、夜来の雪で白一色だった。
「きれい」
 血の気のない雪のような頬を、わずかに染めているのは化粧の紅だろうか。どこまでも澄み渡った青空のような瞳を幸せそうに細めて、庭を見渡す。
 勾配のある小道を進んでいこうとしているのを見て、エルンストはすくい取るように妻の身体を抱き上げた。
「あなた。わたくし、自分で歩けますわ」
「若い頃、王立軍で厳しい訓練に耐えたのは、何のためだと思っている。ひとえに女性を軽々と抱き上げるためだぞ」
「あなたったら、そんな不純な動機で入隊なさったのね」
 白い古代風のあずまやに指しかかったとき、エレーヌは「降ろして」と言った。あたりの木立は、見晴らしがよいように南に面した斜面まで切り開いてある。
 ふたりは、しばらく無言で谷の景色を眺めた。淡く透明な陽光が低空から斜めに射しこんで、雪を宝石のようにきらめかせ、さながら森も村も、雲の上に浮かんでいるようだった。
「どこよりも、ここから見る景色が好きでしたわ」
「ああ、わたしもだ」
「暇さえあれば馬で駆け回って、ラヴァレの谷のすみずみまで巡りましたわね。どの道端の石も、どの森の木も、きっとわたくしのことを覚えていてくれますわ」
 エルンストは大きな塊が胸につかえているのを感じた。できることなら、喉をえぐり、かきむしりたい。妻が今日ここに来たのは、すべてのものに訣別するためだとわかったのだ。
「エレーヌ。わたしは」
 壊れものに触るように、そっと抱きしめる。「あなたに謝らなければならない。あなたをこの谷に連れてきたことは間違いだった。かびくさい城砦と、厳しい冬の寒さが、あなたの身体を蝕んでしまったのだ」
「では、カルスタンに嫁ぐほうがよかったと? ここよりもっと寒かったと思いますわ」
「でも、少なくとも、わが子とともに暮らすことはできた!」
「エルンスト」
 エレーヌはマフから手を出し、かぼそい指で、苦痛にうめく夫の黒い前髪に触れた。「何度も申し上げたはず。わたくしは後悔などしていません。もし今ここに天使が現れて、あなたと暮らした幸せな日々と引き換えに永遠の時間を与えようといわれても、決してうなずくつもりはありませんわ」
 そして、彼の両の手のひらに頬を寄せた。「永遠に過ごしたいと願える場所こそが、天国なのですから」
「エレーヌ」
 かすれた声で、エルンストは言った。「あの子をここに呼び寄せよう。今すぐに」
 今なら、まだ間に合う。まだ元気を保っているうちに、会わせることができる。たとえ、母と子の名乗りをさせることができなくとも。
「いいえ」
 エレーヌは弱々しく、しかしきっぱりと首を横に振った。「ここで急いては、十四年の多くの人々の苦労が水の泡になります。叙爵式を受けることができる年齢になるまで、決してあの子を危険にさらさないで」
「だが――」
「エドゥアールの冒険はまだ終わっていませんわ」
 少女のころ書いていた、ハツカネズミの絵本になぞらえて言っているのだ。
「ねえ、あなた。見て」
 伯爵夫妻は、後ろを振り返った。北国の冬至の昼下がりの太陽は、山の端すれすれから最後の光を放ち、ふたりの後ろに長い影を作っていた。ふたつの影は、雪に覆われた花壇を横切って、領館の苔むした花崗岩の土台にまで達していた。
「あなたといっしょに、これが見たかったの」
 妻が夫の胸に頭を押しつけると、影は完全にひとつの形になった。
「わたくしは、ずっとあなたとともにいます」
 一音一音、区切るようにささやく声。
「たとえ、定めのときが来て神に召されても、あなたの目を通してあの子の姿を見、あなたの耳を通してあの子の声を聞きます。だから心配しないで。嘆かないで」
「……エレーヌ」
「わたくしは幸せですわ、エルンスト。あなたたち二人の中に、いつまでも生きられるのですから――」


「エディ!」
 はっと我に返り、エドゥアールは自分を呼ぶ大声がする方角に顔を向けた。
 水路の反対側で、若い水夫が手を振っている。
「何してんだ。今日は仕事が休みだって言うから、おいらの舟、桟橋に回して待ってやってるのに」
 南部地方のポルタンスとはいえ、冬至の太陽は、枝のリンゴのように平原の地平の上にぶらさがったまま、ほとんど昇らない。ゆっくりと位置を変えながら、今はラトゥール川の河口にたゆたって見える。日差しはまるで夕方のよう、水夫の影も水路に沿って長く伸びていた。
 エドゥアールはもう一度、自分の足元を見た。
 石畳の上に落ちた自分の影は、でこぼこの石に当たるたびにカクカクと折れ、まるで回り灯篭に張りついた不恰好な紙人形のように見えた。
 その自分の身長よりはるかに長い影の向こうから、今しがた、ふと誰かが語りかけてきたような気がしたのだ。

 ――あなたの冒険は、まだこれからなのですよ。

 彼を見守ってくれる存在の、暖かな指先が頭に触れたような気がして、空を仰ぎ、不思議な安堵に身をひたす。
「エディってば。早くしねえとお天道さまが沈んじまうぞ」
「わかった。今行くって」
 影にきっぱりと背を向けると、十四歳の少年は黒い髪を揺らし、軽やかに街を走り出した。




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2011年クリスマス企画をお届けしました。よいお年をお迎えください。またエドゥアールたちがお会いできる日を楽しみにしています。
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