The Warrior in the Moonlight

月の戦士

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Chapter 7 「剣闘士」

(1)

「54から、26を引くと?」
「……ドゥオデトリギンタ」
「正解!」
 セヴァンは列柱廊の床にうずくまって、懸命に球をはじいていた。
 教師役のギリシア人が帰ったあと、子どもたちのひとりが、柱の陰に隠れて聞いていた彼に、算盤(アバクス)を貸してくれたのだ。
 軽く剣や格闘のまねごとを教えてやったから、その礼だと言う。
 小さな子どもと遊ぶのが、セヴァンは好きだった。クレディン族の村では、六歳になると少年はみな『戦士の家』に入って、共同生活をする。同い年の少年たちと仔犬のように転げまわって、体力を鍛え、年長者に顎でこき使われながら、規律と戦い方を学ぶ。
 高層住宅の立ち並ぶローマの街角でラテン語を話す少年たちに囲まれながら、はるかなブリテン島の村をなつかしく思い出すのは、奇妙なことだった。
「ありがとう。もういい」
 少年のひとりに算盤を返すと、セヴァンは柱にもたれて、目を閉じた。
「帰らないの? もう昼過ぎだよ」
「帰らない。出ていけと言われた」
「司令官とケンカしたって本当なの」
 子どもたちは、心配そうに表情を曇らせる。
「早くあやまったほうがいいよ。そうしないと奴隷市場で悪い主人に売られちゃうよ」
「農園に売られたら、ムチで打たれて死ぬまで働かされるんだよ」
「司令官は、いい人だよ。きっとゆるしてくれるよ」
 司令官は、いい人? そんなことは、わかっている。
 自分の部下を殺したことを内心は恨んでいるくせに、彼を人間として扱おうと努力している。フィオネラに託してラテン語を学ばせ、ガリア戦記を朗読させて文字を教えようとする。
 あらゆる手段を使って、ローマ帝国の根底に流れる力を彼に学ばせようとしている。
 今戻っても、何もなかったかのようにふるまうだろう。レノスは、『いい人』なのだ。だからこそ、腹が立つ。
 憎いなら、憎めばいい。そうしたら、こちらも思い切り憎めるのに。右の頬も左の頬も打てばいい。赦してもらう必要などない。
 「ああっ」と子どもたちがざわめいた。太陽の温もりがさえぎられたことに気づいて、セヴァンは顔を上げた。
 影のぬしは、眉を吊り上げたレノスだった。怠けたことをきつく咎められるのだと、少年たちはおろおろしている。
「伯父上からの手紙が来た。すぐに出発する」
 押し殺した声でそれだけ言うと、くるりと背を向けた。
 セヴァンは即座に立ち上がり、後を追いかける。
「どこですか」
「フラミニア街道を東に一日行ったところだ。先に行って馬の手入れをしておけ。マルスの野で、アルビヌス総督と落ち合う」
「わかりました」
 レノスは、ちらりと振り返る。「その前に、ポピーナへ行って腹ごしらえして来い。エウドキアが道中の食糧も用意しているはずだ」
 彼らの歩調はぴったりと合っていた。まるで、いっしょに歩けることを喜んでいるように。子どもたちは、互いの顔を見合わせた。
「あのふたり、本当は仲がいいんだよね?」


 ティベリウス・クラウディウス・ポンペイアヌスは、コンモドゥス帝の義兄にあたる。
 マルクス・アウレリウス帝が健在だったころは、前線に置いて常に右腕として仕え、篤い信頼を勝ち得ていた。夫を亡くしたばかりの娘ルキッラの嫁ぎ先として、アウレリウス帝が彼を選んだのも当然のなりゆきだったろう。だが、ひどく歳の離れた夫婦だったことには間違いない。
 ルキッラは後年、弟帝を暗殺しようと企み、カプリ島へ流刑に処せられて死んだ。ポンペイアヌスはそれ以来、高齢を理由に隠遁生活を送っている。
 マルキス伯父の紹介状を手に、レノスがアルビヌス総督とともに訪ねたのは、ポンペイアヌスの私領である広大なウィッラだった。
 困難な時代を生きた、たたき上げの武将も、すでに67歳。トーガからのぞく手足はげっそりと肉が落ちて萎びているが、胸板はまだ厚く、日にさらされたなめし革のような肌が、往年の厳しい軍人生活の片鱗をうかがわせる。
 まったく衰えを見せないのは、眼光だ。眼病に黄色くにごってはいるが、ポンペイアヌスの目は射抜くような鋭さで、ひとりひとりを観察している。
「わたしは、シリアのアンティオキアの商人の出でね」
 老人は、杯を片手に、顔を酒に赤らめながら、昔話に興じる。
「一族で元老院議員となったのは、わたしが最初なのだ。いわゆる新参者(ノヴス・ホモ)なのだよ」
「わたしの家も、毛織物を商っていました」
 ポンペイアヌスの後ろに座っていた男が、控えめに言った。「しかも、親は元奴隷でした」
「ペルティナクスは、マルコマンニ戦争のときから、わたしの副官でね」
 ポンペイアヌスは、からかうような笑顔を後ろに向けた。「パルティア戦争のときに、めきめき頭角をあらわして、皇帝陛下の御目に留まったのだ。最前線での兵卒の運用や、兵糧の調達が実にうまかった。持って生まれた商才というべきか」
「商才ならば、将軍閣下の足元にも及びませぬ」
 飽くまで謙遜な態度を崩さないこの男は、プブリウス・ヘルヴィウス・ペルティナクス。
 コンモドゥス帝治下でも重用され、現在は、ローマの首都長官という要職に就いている。歳は、ポンペイアヌスよりふたつ下の65歳。
 彼の後ろに座っている男は、同じく首都の警備をつかさどる近衛隊の将装に身を包んでいた。
「そう言えば、アルビヌスどのも、由緒ある商家の家柄であったな」
 ポンペイアヌスは、今日の賓客であるブリタニア総督に視線を戻す。
「はい、北アフリカで古くから交易をいとなんでおりました」
 とアルビヌスは十歳年上の重鎮に頭を下げた。伝説の将軍に面会を果たし、さすがの総督もやや緊張ぎみだった。
 ましてや、辺境部隊の一司令官でしかないレノスは、畏怖に膝が震えっぱなしだ。
 数十年にわたって帝国を外敵から防衛し、皇帝二代を陰で支えてきた長老。総督のお供とは言え、わずか二十歳そこそこの自分が同席してよい場ではない。頭の中では、どうやって逃げ出そうかということばかり考えていた。
「そう言えば、アルビヌスどのの後ろに立っておられるのが、先ほどの話の」
「はい。閣下。北ブリタニアの叛乱の火を見事に消し止めた若き勇猛果敢な司令官でございます」
 ついに逃げ出せなくなってしまったレノスは、あきらめて前に進み出、敬礼する。
「閣下。初めてお目にかかります。ブリタニア辺境第七部隊司令官、レノス・クレリウス・カルスと申します」
「カルス? マルキスどのの養子だと聞いていたが」
「はい。わずかばかりの戦功に恵まれたので、父の家名を継いでもよいと、伯父の許しを得ることができました」
――実際は、一方的に絶縁されたのだが。
「これで、ようやく父の家と名誉を回復することができます」
「まだ若いのに、頼もしいかぎりだ」
 ポンペイアヌスはおざなりに微笑むと、椅子から立ち上がった。
「そろそろ酒が過ぎたな。食事にしようではないか」
 中庭の奥にある、豪奢な食堂へと客人たちをいざなう。「今日は、アルビヌスどのが土産に持ってきてくださった、ルトゥピアエ産の牡蠣を堪能しよう」
「おお、それは素晴らしいですな」
 その牡蠣は、実ははるばるブリタニアから運んできたものではない。軽食堂の店主スタティウスが、ローマはトラヤヌスの市場で仕入れて、それらしく小さな生簀に入れてくれたものだ。
 もしポンペイアヌスとの会談が上首尾に進むとすれば、一番の功労者はスタティウスだろう。
 食堂へ向かう回廊の反対側から、将軍の甲冑に身を包んだ軍人が急ぎ足でやってきた。
「遅くなりました。ポンペイアヌスさま。あわてて駆けつけましたので、このような成りで失礼いたします」
「おお、セウェルス。間に合ったか」
 濃茶色の無精ひげを生やした、若々しく精悍な男だった。
「紹介しよう、アルビヌスどの」
 ポンペイアヌスが、振り返った。「パンノニア属州総督ルキウス・セプティミウス・セウェルスだ。今回の会談で、ぜひきみと引き合わせたくてね。ひそかに来てもらった」


 食事はなごやかに進んだ。このウィッラの主であるポンペイアヌスは、ことさらよく食べ、よくしゃべった。会話の相手役は、首都長官のペルティナクス。ブリタニア総督アルビヌスはときどき相槌を打ち、冗談には笑った。
 パンノニア総督のセウェルスは、寡黙だった。四十歳そこそこの彼は、レノスと同様、長老たちの前で口を控えているのかもしれなかった。ときおり水を向けられて答えるときの言葉には、かすかな訛りがある。
 彼の父はローマの騎士階級で、ポエニ戦争で功績を上げ、北アフリカに領地を賜ったと言う。そこで成長した彼は、おとなになってから高等教育を受けるためにローマに上京する。
「よく仲間に、『カルタゴ訛り』とからかわれました。なにくそと思い、勉学に励んだものです」
 と、セウェルスは照れくさげにうつむいた。「そんな田舎者に、アウレリウス帝陛下は御目を留めてくださいました」
「奇遇なことに、われわれは四人とも属州出身だ。しかも、もともとの元老院階級ではなかった」
 ポンペイアヌスは杯をゆすりながら、ぐるりと食卓を見渡した。ペルティナクス、アルビヌス、セウェルスはうなずく。「四人はいずれもアウレリウス皇帝陛下に見出され、先帝陛下に深い恩義を感じておる。そして皇子コンモドゥスを命を懸けてお守りし、決して裏切らないと陛下の前で誓ったのだ」
「はい」と、ペルティナクスが答えた。
「そのとおりです」と、アルビヌスが答えた。
「わたしもです」と、最後にセウェルスも、答えた。
「われわれ四人は、この誓いに生涯しばられておる。しかしながら、現状を最も深く憂えておるのも、またわれわれ四人なのだ」
 ポンペイアヌスは、重々しく言った。「なんとかできぬものか」
 料理からたなびく湯気以外のすべての動きが一瞬、止まった。
「軍を動かすことはむずかしいでしょう」
 アルビヌスが言った。「兵士たちは、アウレリウスさま父子をまだ慕っていますから」
 ゲルマン防衛線の各軍団基地を回って来ただけに、彼のことばは説得力がある。
「元老院も動かぬだろう」
 ポンペイアヌスが、重々しくうなずいた。「誓いに縛られぬ者が必要なのだ。われわれと同様にローマ帝国の将来を憂え、ローマのために我と我が身を投げ打ってくれる者が」
 口からうめきが漏れそうになるのを、レノスはようやく抑えつけた。
 どんな荘重な美辞麗句を連ねようと、これはコンモドゥス帝暗殺の相談の密会なのだ。なんということだろう。元老院と軍が、共謀してローマ皇帝を殺そうとしている。
「それについては」
 ペルティナクスが、同じ長椅子の上で食事をしていた隣の男を指し示した。「その知恵を借りるために、ラエトゥスどのを呼んでおいたのです」
 近衛隊長官のクィントゥス・アエリウス・ラエトゥスが、食事の姿勢から居住まいを正し、頭を下げた。「なんなりと」
 近衛隊軍団は、千人大隊が九つ、およそ一万の兵士を擁する大軍団である。
 皇宮とローマ市街の守備を担うのはもちろんだが、イタリア本土に駐屯することができるのも、近衛隊だけである。近衛隊以外のローマ軍が、ルビコン川を越えて本土に入ることは許されないのだった。
 それゆえ、近衛隊長官は時には、皇帝の椅子さえ左右することのできる力を持つ要職だ。歴代の近衛隊長官には、権力を乱用し、私腹を肥やす者も多かった。今、目の前でにやにや笑っているラエトゥスも、およそ清廉潔白な男には見えない。狡賢いキツネのような風貌に、レノスは小さな嫌悪を抱いた。
「ラエトゥスどの」
 ポンペイアヌスも彼に話しかけるのは、何やら気の乗らないそぶりだ。「近衛兵は今、皇帝に自在に近づくことができるのか」
「むずかしいと存じます。皇帝陛下は皇宮の奥深くこもっておられ、気に入った者しか御前に呼び寄せません。娼婦や男娼が取り囲んでおり、街のごろつきの類を側近に任じて、好き放題をさせております」
「なんということだ」
 元老院の長老は手で顔を覆った。「ルキッラ、亡き妻よ。そなたの恐れたとおりになってしまった」
「外出なさることはないのか」
 ペルティナクスが問うた。
「ごくまれに、愛妾マルキアさまの館にお出かけになるときか。あるいは――円形闘技場にお出ましになるとき」
「闘技場か」
 ポンペイアヌスはうめいた。
 レノスがエウドキアから聞いた話でも、コンモドゥスは闘技場で剣闘士として腕をふるい、たくさんの獣や剣闘士を殺しているということだった。
「ライオンを百頭ほふられたと聞いた。そんなにお強いのか」
 それまで牡蠣の汁を美味そうにすすっていたセウェルスが、訊ねた。属州勤務ながら、噂は届いているらしい。
「ヘラクレスのごときお強さで、歴戦の剣闘士が束になってかかっても、組み伏せることすらできません」
 ラエトゥスが答えた。「しかも、対戦した剣闘士は必ずご自分でとどめを刺してしまわれるため、今ローマに経験のある剣闘士がどんどん少なくなっていくというありさま」
 興行主たちも、せっかく手塩にかけた剣闘士を殺されてはかなわぬということで、こっそり地方に逃がしてしまうらしい。
「優秀な剣闘士をなんとか見つけ出し、陛下と対戦させるというのは?」
 アルビヌスが、すばやく考えをまとめた。「試合の体裁を整えさえすれば、道理は通りましょう。あとは、ほんのささいな不注意から、不幸な事故が起きればよいのです」
「確かに、それはよい案だが」
 ペルティナクスは、食事に使っていた手をぬぐい、汚れた布を床に投げ捨てた。
「通例、この季節には闘技場を閉めてしまう。この月は、試合はひとつも予定されていないのだ」
「もうすぐ、ブリタニアの北の反乱平定を報告するために、わたしは陛下にお目通りがかなうことになっています。そのとき、記念の御前試合を催すことを提案してはどうでしょう」
「なるほど」
 ポンペイアヌスが目を閉じて、ぶつぶつとつぶやいた。「十二年前の北ブリタニアの叛乱を平定したときは、元老院は陛下に『ブリタニクス(ブリタニアの勝利者)』の称号を送った。今度の叛乱で、さらに『ブリタニア・カプタ(ブリタニアの占領者)』の称号を与えると元老院で決議するという手もある。その記念のための剣闘士試合なら、コンモドゥスは必ず、御自ら出場すると言い出すはず」
 老将軍の熟考のあいだ、戦慄の静寂が部屋に満ちた。
(悪夢を見ているようだ)
 レノスは食卓の隅で、呆けたように座っていた。
(元老院と軍と近衛隊の三者が協力して、皇帝暗殺を図っている。しかも、策略を用いて、みずからの手を汚さずに)
「よし」
 ポンペイアヌスは目を開き、立ち上がった。それは、ことが正式に決められたしるしだった。


 セヴァンは、食堂のそばの回廊に座って、長い宴席が終わるのをひたすら待った。
 先ほど、レノスは用を足しに外に出てきたが、見たこともないほど青い顔色をしていた。
 中では何か、芳しくないことが話し合われているに違いない。ローマ帝国に忠誠を誓い、ローマの正義によって世界に平和がもたらされると固く信じているレノスにとって、おそらく、とても承服できないようなことが。
 あの人は、それによって、ひどく傷ついているのだ。
(なぜ、俺はいちいち、そんなことを心配しているのだろう)
 膝をかかえてうずくまりながら、セヴァンは自問する。(ローマが内輪もめを起こせば、それだけ俺たち支配される者にとって、好都合ではないか)
 それでも、あの人のあんな顔は見たくない。たとえそれが、ローマに与することになっても。
 人の声がして、セヴァンははじかれたように中庭に飛び降りた。
 なぜだかわからぬが、本能的に不穏な気配を感じ取ったのだ。
 頭を低くして低木のかげに隠れる。ふたりの人影が並んで、こちらに向かってくるところだった。
「どう思う。アルビヌスどの」
 壮年の男の、小さいが張りのある声が聞こえた。「ポンペイアヌスさまは、ペルティナクスどのを次の皇帝にとお望みなのではないか」
「そうかもしれぬ。ペルティナクスは、今年の執政官でもある。誰からも異論の出ない、順当な人事だ」
「ふふ、あなたはそれでいいのか」
 年かさの男が、用心深く返した。「きみは、どう思うのだ」
 若い男は、肩をすくめた。「わたしは、次の皇帝候補としてパンノニアの軍団の推挙を受けている。たぶん、あなたも同じだろうと思ってな」
 年配の男は、しぶしぶ同意する。「なるほどな。セウェルス。きみとわたしは同じ立場のようだ」
「ポンペイアヌスさまは、うすうす感づいておられる。だから、あなたとの会談の席にわざわざ、わたしを呼び寄せ、互いを牽制するように仕向けた。このまま何もしなければ、元老院はペルティナクスどのを皇帝へと承認し、われわれは手ぶらで属州に帰るというわけだ」
 若いほうの挑発に、年配者は穏やかに答えた。「しかし、そう悪い話でもあるまい」
「どういうことだ?」
 年かさの男は、トーガのすそを翻すと、中庭に降りてきた。セヴァンは慎重に身を伏せた。
「先ほども言ったとおりだ。前線の兵士たちは、ともに戦ったアウレリウス帝に心酔していた。その嫡男であられるコンモドゥス帝を弑するのは、心が咎めるのだ。今、皇帝暗殺者の汚名を負うことは、われわれにとって得策ではない」
「なるほど」
「ペルティナクスが、暗殺者の汚名を背負えばよい。それに、やつはすでに老境だ。どんなに持っても在位は数年がせいぜいだろう。それからでも、遅くはない」
「さすが、アルビヌスどの。評判どおり、すぐれた策士であられる」
「商人は気が長いのだよ」
「あなたも、北アフリカ出身だったか」
「そうだ。わたしたちは同郷だ」
「アフリカか。あの温かく乾いた風がなつかしいな」
 若い男は、中庭の真ん中に立ち、降るような星空を見上げた。
「どうだ。協定を結ばないか?」
「なに?」
「皇帝の座を狙う者はペルティナクスどのの他にもいる。わたしたちは協力して、そやつらをひとりずつ潰していくというのは、どうだ」
 互いの真意を探り合うような沈黙が続いた。
「確かに、それは良さそうだ」
 年かさのほうが、先に口を開いた。「このままでは、国境を防衛している兵士たちの声は、いつまで経っても中央には届かぬ」
「そう、元老院が皇帝を決める時代は、終わらねばならん。これからは、ローマ軍がみずからの上に立つ皇帝を決める」
 男たちは闇の中で、互いの瞳の輝きを見つめた。
「盟約を結ぼう。先に皇宮に入城したほうが、もうひとりを共同皇帝に任命する」
「わかった。神々に誓って」
 ふたりは腕を組み、肩を抱き、そのまま含み笑いを残して、回廊に上がっていった。
 セヴァンは、ゆっくりと身を起こした。握りしめていた拳が汗にまみれている。
 早口のラテン語を、すべてが聞き取れたわけではない。だが、彼らのあいだに重大な約束がなされたことだけは、わかった。
 ひとりは、レノスの上官であるブリタニア総督デキムス・クロディウス・アルビヌス。
 もうひとりは、セウェルスと呼ばれた男。パンノニア総督ルキウス・セプティミウス・セウェルス。
 彼らの名前を心に刻みつける。この密約が、ほどなくしてローマを激動と混沌の時代に陥れていくことを、セヴァンはまだ知らない。


 数日が経ち、アルビヌス総督とレノスのもとに、コンモドゥス帝への謁見が決まったとの知らせが届いた。


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