2011年10月29日

ハロウィン小話(3)

順調に三話まで来ました。ついうっかり「連載企画」と称してしまいましたが、三話も書けば、ここいらでやめても看板にいつわりなしかな、と(おい)。
とにかく長編の多いわがサイト。今までお読みになったことのない作品の紹介にもなるのでは、とひそかに期待しています。これを機会に本編のほうもお読みくだされば幸いです。

今日は、お読みになっていない率の高そうな、「CLOSE TO YOU」から。

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「なんだ、これは」
 琴音さんの部屋のテーブルに、小ぶりのオレンジ色カボチャが鎮座ましましている。
「あ、ジャック・オ・ランタン。花屋の吉永さんからもらったの。店のディスプレイ用に仕入れたのが、一個あまっちゃったんだって」
「ふうん」
 人をバカにしたような笑い顔のカボチャを、俺はにらみつけた。こいつとにらめっこをすれば、俺の百戦百勝だ。
「で、俺にこれをどうしろと?」
「絵のモデルになんか、どう?」
「絶対にありえねえ!」
 琴音さんは壁時計を見て、ドレッサーの前から立ち上がり、バッグをつかむと、手をひらひらと振りながら、あわただしく玄関に向かった。
「今夜は帰りにパンプキンパイを買ってくるね。ふたりでパーティしましょう」
 琴音さんが出勤してしまうと、狭い部屋が急に広くなったような気がする。
 カボチャのてっぺんを指でつまんで、壁の穴から自分の部屋に戻った。
 つい最近、絵がひとつ仕上がって、俺は次に描く題材をまだ決めかねていた。
「ハロウィンか」
 今晩帰ってくる琴音さんを、あっと驚かせてやりたいな。
 部屋じゅうの壁という壁に絵を描きまくるというのは、どうだ?
「当分、口を利いてもらえないな」
 じゃあ、壁の穴をふたつに増やしておくってのは?
「……さすがに、殺される」
 俺は、タオルケットを抱きしめて床にごろりと横になった。
 琴音さんが会社で会議をしたり、電話を受けたり、外回りで俺のことを忘れているあいだ、俺は家でずっと琴音さんのことを考えている。
 ときどき寂しすぎて、うまく息ができなくなったりする。
 惚れた弱みとはいえ、この差はなんだ。29歳の琴音さんと19歳の俺との関係は、なんでこんなに不公平なんだ。
『あなたがいないと生きていけないの。毎日、毎日、あなたのことばかり考えているの。息ができないくらい』
『ふん、俺は忙しくておまえのことばかり考えてられないんだよ。琴音、いいかげんに俺から自由になりな』
 ……なんてのは、一生無理なような気がする。
 俺は吐息をついて、体を起こした。
 画架にのそのそと這いより、置いてあった画材箱の中から、オレンジのチューブ絵の具を取り出してパレットに搾り出す。
 真っ白なキャンバスのど真ん中に、どでかいジャック・オ・ランタンを円く描いて、塗りつぶす。
 落書きみたいな気乗りのしない作業を続けているうちに、次第に俺はのめりこみ始めた。

 真っ暗な部屋に、「彩音(さいおん)」と呼びながら、琴音さんが入ってきた。
「うわあ」
 感嘆の声があがる。
 わずか半日のあいだに、キャンバスの中にはジャック・オ・ランタン、野菜や色づいた木の葉、夜空を飛ぶこうもり、白いお化けや魔女、手をつないで遊ぶたくさんの子どもたちが、所狭しと描かれていた。
「……楽しそう」
 とつぶやいた琴音さんは、やがて感極まったように、ぽろぽろと泣き始めた。
「どうしたんだ?」
「だって、あんまりにぎやかで、幸せそうで、彩音の筆がこれを描いたんだなと思ったら……なんだかとても愛しくなって」
 琴音さんは俺の首に抱きついて、言った。
「好きよ。あなたも、あなたの絵も、あなたの頭の中にある豊かなイメージも、何もかも」
「そうだろ、そうだろ。惚れられちまうって、つらいもんだな」
 ――このときの俺は、かなり調子に乗っていた。
 琴音さんがごちそうを作っているあいだに、俺はテーブルでカボチャの頭をフルーツナイフでくりぬき、種とワタを全部こそげ出した。貼ってあるシールのとおりに目鼻をくりぬいて、中にロウソクを立てた。
 部屋の明かりを消して、ロウソクの灯を点すと、がらんどうの中身から光があふれて、俺と琴音さんを暖かなオレンジ色に照らし出す。
 傍若無人なカボチャお化けの笑い顔も、このときばかりは、ちょっぴり情けなさそうに見えた。