2012年8月29日

暗夜回路

 泣き明かした夜が終わろうとするころ、私は立ち上がり、明かりをつけて、アトリエの床に散らばった花を拾い集めた。花は無残に折れ、しおれていた。
「ごめんなさい、あなたたちに八つ当たりして」
 自分だけが不幸だと思いこむ人は、まわりをどんどん不幸にしてしまう。
 花粉だらけの床をモップで拭き終えてから目を上げると、壁に、彩音が絵の具でつけた手形を見つけた。
 こんなもの、以前はなかった。アメリカに行く直前に書いたのだろうか。おそるおそる近づくと、指の長い大きな手のそばに、小さな鉛筆のラクガキ。

『琴音さん。愛してる。俺がどこにいても、何をしても、俺を愛して』

 思わず笑ってしまった。笑いながら泣き、最後は大声で泣いた。
 なんて身勝手な言い草。子どもじみて、ひとりよがりな言い草。こんなセリフでついてくる女がいたら、お目にかかりたい。
 そんなバカな女、私以外には絶対にいない。
 自分の部屋に戻って、熱いシャワーを浴び、炊きたてのご飯と熱い味噌汁を胃に詰め込んだ。
 ばかばかしい。泣くのは、もうやめた。
 私は彩音の帰りを待つ。彼がどこにいても、何をしていても、私は彼の帰りをここで待っている。
 私の中には、智哉と付き合っていたときに徹底的に刷り込まれた、自分ばかりを責める堂々巡りの思考が住みついていた。
 私が悪いから。私がいたらないから。魅力がないから。
 十歳も年上だから。
 そんなものに囚われ続けるのは、もうきっぱりとやめよう。
 どこへも通じていない暗い夜を後ろに置き去りにして、前に進む。彩音が描いている、あの暖かな光の中にいっしょに飛び込むために。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

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