2012年11月11日

熱がテーマ

11月3日から始まった「オンライン文化祭2012 ―熱―」(吉田和代さん主催)が、盛り上がっています。


BUTAPENNは、小説部門には「余燼」という短編で、メディアミックス部門にはビデオポエム「熱」で参加しています。

 → 「余燼」  
 → 「熱」

「余燼」というのは

(1)火事などのあとに燃え残った火。くすぶり。燃えさし。
(2)事件などが片付いたあとになお残る影響。
三省堂「大辞林 第二版」より

という意味でして、事件が解決したあとに、なお判然としないものが残るというミステリを書いてみたくて挑戦しました。結果はご覧のとおりですが、こういう企画では、挑戦することに意義があるのですよね。

「熱」は、NHKが無料で素材として提供しているビデオライブラリの中からいくつかお借りし、自作の詩と音楽素材を重ねて編集してみました。1分30秒あまりの短いものです。
作っていて、とても楽しかったです。

例年にまして、積極的に感想が飛び交う賑やかなお祭りになっています。ツイッターでは、早くも全評を達成した方もおられます。
→ ツイッターのまとめがあります。togetter 感想まとめ
どうぞ、みなさまも会場をお運びになり、すばらしい小説、イラスト、マンガなどの作品をご堪能ください。

BUTAPENNへ、メールで感想をくださった方々への返信を、載せておきます。
「続きから」をクリックしてください。

最後になりましたが、アルファポリスの「青春小説大賞」への投票してくださった方、ありがとうございました!

web拍手

芹沢優希さま
メディアミックス部門の「熱」への感想ありがとうございました。
いろいろな「熱」を感じるシーンを集めようとビデオクリップを漁っていて、逆にそこからインスピレーションをもらったものもあります。人間→自然、という順番で五つ並べたのですが、二つ目の「先輩」のを気に入ってくださいましたか。人間を描いた中では唯一、肯定的というか、ほっとできる情景だったのかもしれませんね。書きながら「マミったら、先輩にお熱なのねー」なんて死語が浮かんでいたりしました(笑)。

tomoyaさま
ペンフェス以来でしょうか、お久しぶりです。アルファポリス青春大賞への応援もありがとうございます。
「余燼」への感想、ありがたいです。
クリスティの「オリエント急行」のように、たくさんの人間が殺人に関わるというミステリを書いてみたくて、みごと爆沈しました(笑)。ミステリはむずかしいです。
また社会小説のようでもあったというご賢察のとおり、希薄な人間関係の中で、声なき者たちの小さな熱が束ねられて、大きな復讐をなしとげていく様を書きたかったのですが、中途半端になってしまった悔しさも残ります。
その中で、ラストの刑事の思いをしっかりと汲み取ってくださって、うれしいです。大人に対して心を閉じている少年に、真正面から組みついていこうとする刑事はファンタジーなのかもしれませんが、現実にこういうお節介おじさんがいてほしいなあ。教師や周りの大人たちがこういう姿勢で子どもたちを向き合ってくれたら、どんなにすばらしいでしょうか。

鹿の子さま
ツイッターでもこちらでも、「余燼」の感想をありがとうございます。
ミステリ仕立てにしたからには、最初の印象がどんどん変わっていって最後はびっくり、というのを目指していたので、オセロのようと言ってもらえたら、もうそれだけで本望です。
「いじめ」については、子どもたちだけではなく大人も、「鬱憤」が火山の熱のようにたまっていて、ときどき噴火を起こしてしまうような世の中になっているなと感じます。
この加害者の八田という少年は、ある意味、生命力旺盛で魅力的な少年なのかもしれません。彼がもっと建設的な方向にそのエネルギーを使ってくれていたらと思います。しかし、また彼も人に理解されない「鬱憤」を抱えていて、それがそのエネルギーを生み出してしまったのかもしれない。加害者についてほとんど書けなかったのが悔やまれますが、こうして考えてくださったことがうれしいです。
瞬については、最初はとらえどころのない、人形やロボットのような印象だったと思います。彼のように、ほんの子どもの頃から期待され、努力して良い成績を取っても当然とされ、弱音を吐いても「おまえなら、やればできる」と言われてしまう人生は、恵まれていても孤独だったでしょう。この事件の解決をとおして、彼が今までの殻を破れるかなという期待をしています。

迅本さま
お久しぶりです。「プラットホーム」に感想をいただいていながら、まだお返事すら返せず、申し訳ありません。いずれ、じっくりとお返事させていただきたいと考えています。
「余燼」お読みくださってありがとうございます。「ずっしりと重たいテーマ」に押しつぶされてしまいましたが、「温かい読後感」とおっしゃってくださり、ほっとしました。
この拙いお話に、罪と赦し(救い)のエッセンスを読み取ってくださり、ありがとうございます。
キリスト教は、罪には裁きがあること、罪には赦しがあること。この一見矛盾した教えで成り立っています。逆に言えば、裁きがあるから赦しがあるのかもしれません。
すべてのいじめの加害者が、自分が正しく裁かれるということを認識すれば、いじめはなくなるでしょう。そういう意味での、大人の対応責任は重いのです。
そして木場刑事の瞬に対する思いは、まさに「赦すために裁く」ことなのです。八田の発する「熱」と木場の「熱」が違うことを指摘してくださって、ありがとうございます。それこそが、私が一番書きたかったことでした。

招夏さま
ツイッターのほうでもありがとうございました。
「余燼」、深い話とおっしゃってくださいましたが、本当に重い暗い話でした…。教師や親同士の関係の悪さ、対応のまずさが、今の学校問題の根深い病巣を作っていますね。「いじめ」と「遊び」の違いがわからないはずはないのに。生徒たちの自主性にまかせて解決するのを待つなんて、ただの責任放棄なのに。「ある意味、八田君も被害者」というのは、本当ですね。もっと手前で彼の暴力を止めることができたら、失われない命だったはずです。
政治、経済の混乱を見ても、日本全体が迷走しているのかもしれませんね。ええっ。これって太平洋戦争前夜と同じなのかな。
「正面から向き合う」ことのできる理想の大人像として、木場刑事をラストで走らせてみました。こういう大人が増えてくれたらなあ。
このお話を通して、いろいろ考えてくださったのは、作者冥利につきます。ありがとうございました。

ナノハさま
「余燼」への感想を届けてくださり、ありがとうございます。
二転三転のミステリを狙って書いたので、そうおっしゃってくださると報われます。
実は、「いじめ」というのがあまりにも重いテーマで、自分でも途中で書くことをためらってしまいました。いじめられている被害者の気持ちを思うと、お手軽にミステリ仕立てで書いていいことなのか、と。
おっしゃるとおり「逃げる」という選択肢を、大人はもっと勧めなければなりませんね。とりかえしのつかない時間なんてない。三十歳になっても四十歳になっても大学に入っていい。あまりにも、日本の教育は一本道すぎます。
瞬が同級生たちと、もう少し互いの気持ちを伝えあっていたら、もっと違う道が選べたのかもしれません。そのことを理解してくれた、たったひとりの大人がいるというだけで、彼らは救われるのだと思います。木場刑事が奥さんとヨリを戻して、瞬たちを家に招いて…なんていう明るい未来がエンドマークの向こうにあればいいな、とひそかに思い浮かべています。