2012年7月23日

トスカ

七月になると、佐渡裕プロデュースオペラを観に行くのも、もう何回目でしょう。彼が芸術監督をしている兵庫県芸術文化センターまで自転車で十五分という恵まれた場所に住んでいるおかげですが、今年も行ってきました。

プッチーニの「トスカ」です。

公式HPはこちら。

今回の公演は、ダブルキャストになっていて、「蝶々夫人」で泣かせてもらった並河さんのトスカも見たかったのですが、日にちの関係で外人キャストのほうを選ぶことになりました。

舞台装置は白が基調のシンプルなものですが、中央の円形舞台が三幕まで効果的に使われています。また背後の大画面に映る映像がダイナミックに場面を盛り上げてくれます。

舞台は1800年のローマ。ヴォルテール主義と呼ばれているナポレオンによる共和制を支持する派と反共和主義者が争っていた時代です。
前者の共和主義者であるのが主人公のカヴァラドッシ。ティアゴ・アランカムは、ブラジル人の新進テノールで私好みのイケメン♪。ただちょっと存在感が薄いのは否めません。でも、彼に対する悪役スカルピア男爵が存在感ありすぎなので、これはもうしかたないところです。
マグダラのマリアの絵の前で歌うアリア「妙なる調和」はプッチーニらしい響きの美しいメロディで、うっとりしました。

あらすじはと言えば、教会の壁画を描いている絵描き(とは言え、騎士階級なので貴族らしい)カヴァラドッシは、脱獄したヴォルテール派の友人をかくまう。
そこへ、スヴェトラ・ヴァレシヴァ演じる恋人の歌姫トスカが訪れ、不審な様子に浮気を疑い、絵の中の女性にまで嫉妬する。
ヴァレシヴァはブルガリア出身。このところ、東欧出身の歌手が本当に活躍されていますね。
愛くるしく奔放に見えるトスカですが、孤児で修道院で育ったため、とても信心深い一面ものぞかせます。
そこへ脱獄犯を捜索している警視総監スカルピアたちが訪れます。
スカルピア男爵役のアメリカ人バリトン、グリア・グリムズレイに私はハートを打ち抜かれました(笑)。
十頭身かと思わせる長身、ロン毛のイケメンです。ミサの合唱とかけあうように、トスカに対する悪巧みにほくそ笑む姿は、堕天使かと思われるくらいの強烈な存在感です。

実際、第二幕もほとんどスカルピアのひとり舞台が続きます。
自分は甘い言葉ひとつも言えない男だが、美しすぎる愛に生きるトスカを無理やり自分のものにしたい、怒りに狂う彼女が見たいと。真性Sですな。恋人と引き裂き、嘆き苦しむトスカを自分の腕の中でいたぶることが、彼の望みだったわけです。
彼女の歓心を買おうとはしていない。ここで、彼が初めからカヴァラドッシを殺害するつもりであることがわかります。
後ろの巨大な鏡が、舞台全体そして、舞台にいない人物の影をも効果的に映し出しています。最後にトスカが死体のそばに燈明として置くロウソクの光の美しさ。
場面ごとの照明の効果が印象的でした。

トスカの有名なアリア、「歌に生き、愛に生き」は、恋人の生命と自分の操を天秤にかけて苦悩し、「何も悪いことはしていないのに、なぜこんな目に会うのですか」と神に訴える壮絶な歌です。この歌を境に、彼女は信仰を捨てて自分の力でスカルピアの魔手から逃れる決意をしたのです。

第三幕でスカルピアを殺したトスカは、彼に書かせた通行証を手に、処刑台へと急ぎます。「星は光りぬ」「優しく清らかな手」と、テノールの見せ場が続きます。偽りの処刑だと信じて、未来を夢見るふたり。
空砲で処刑せよとトスカの前で部下に命じたスカルピアの言葉の中にあった、謎の「パルミエリ伯爵と同じように」ということばには、実弾で殺せという意味があったのでしょう。

最後に、追いつめられたトスカは「スカルピア、神の御前で!」と叫んで身を投げるのですが、ここで、観客は死してなお、この劇の真の主役はスカルピアであったことを知るのです。

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2012年3月 5日

セビリアの理髪師

ひゃあ、一月は去る、二月は逃げるとはよく言ったもので、このブログも二月にまったく何も書かないまま、三月になってしまいました。本当は、アルファポリスの恋愛小説大賞も応援したかったのですが、もうしわけないです。

気を取り直して、こちらもちょくちょく更新したいと思います。
久しぶりの記事は、きのう兵庫芸術文化センターで見た「錦織健プロデュース・オペラVol.5 セビリアの理髪師」です。

錦織健プロデュース・オペラは、前回はドニゼッティの「愛の妙薬」を見たのですが、けっこう私は彼のテノールが好きになってしまいました。コミカルな中にも情熱や悲哀を感じさせてくれる演技で、思わず涙ぐんでしまった覚えがあります。
錦織はアルマヴィーヴァ伯爵を演じ、彼の恋するロジーナは森麻季、理髪師兼なんでも屋のフィガロは堀内 康雄、ロジーナの後見人の医者バルトロを志村 文彦、音楽教師ドン・バジリオを池田 直樹という個性豊かな中年おじさま(笑)が脇を固めていました。

あらすじは、ロジーナにひとめぼれしてしまった伯爵が、彼女に求婚しようとやってきたのに、ロジーナの後見人バルトロに、ことごとく邪魔をされる。実はバルトロも彼女に惚れているらしい。伯爵はなんでも屋のフィガロを雇って、あの手この手で彼女の家に忍び込もうとするが、音楽教師ドン・バジリオや軍隊がからんで大騒ぎ。しかも、伯爵が身分を隠して偽名を使っているものだから、話はさらにややこしくなり…というドタバタ喜劇。
ロジーナは、決して待つだけの古風な女ではなく気の強い現代っ子。そのアクの強い役柄は、森麻季にぴったりだと思いました。
オペラ歌曲を習っている旦那さまが一生かかっても歌えるようにならないだろうという、すさまじい早口のイタリア語の歌曲の数々。コミカルな演技とあいまって、三時間近い舞台も飽きさせません。

実は恥をさらすようですが、私は「セビリアの理髪師」を長い間モーツァルトの作品だと思っていました。ロッシーニ作曲とは知りませんでした。
「フィガロの結婚」と同じ登場人物が出てくるのが原因です。実はこの二作は、もともと18世紀後半にカロン・ド・ボーマルシェの書いた「フィガロ三部作」のうちのふたつなのだそうです。
そのうち「フィガロの結婚」をモーツァルトが1786年にオペラ化、「セビリアの理髪師」はロッシーニにより1816年に初演されました。

時系列的に見るならば、「セビリアの理髪師」が先で、「フィガロの結婚」が後日談になります。これほど熱烈な恋で結ばれたアルマヴィーヴァ伯爵とロジーナですが、「フィガロの結婚」では、伯爵が起こした小間使いへの浮気心に、妻となったロジーナが悩まされ、バルトロはロジーナを取られた昔の恨みを晴らそうとし、ドン・バジリオは伯爵側についている…なんと、人間の心のうつろいやすいことでしょう。こちらを先に見たほうが、より「フィガロの結婚」を楽しめそうです。いや、幻滅するかも。結婚は決してハッピーエンドではありませぬ。

ちなみに、ボーマルシェの戯曲「フィガロ三部作」の第三作「罪ある母」では、彼らのその後はどうなったかというと、伯爵夫人ロジーナが「フィガロの結婚」で小姓役だったケルビーノと一度きりのあやまちを犯し、その不義の子を伯爵の子として育てているということらしいです。えー、ますます泥沼化の様相…。

錦織健プロデュース・オペラVol.5 「セビリアの理髪師」は、これから西日本、東京など4月初めまで全国で公演されます。
情報サイトはこちら

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