お知らせ

2012年8月18日

飛行船群の襲来

 アメリカへ来て、もう二回も飛行船が空を飛んでいるのを見た。
 最初はたまげた。俺は子どものころ引きこもりだったから、生まれてから今まで一度もそんなものを見たことがなかったのだ。
 真っ青な空に目がつぶれるくらい鮮やかな赤の広告。灰色の都会じゃなく、緑の森の上を飛んでいたら、色のコントラストは、さらにすごいだろうな。
 この国は、マーケットで売っている果物も、ジュースもキャンディも色が派手だ。鮮やかで強烈で、すべてが巨大で、はなやかな芳香を放ち、熱帯のジャングルを歩いているみたいだ。

 トリエンナーレの出展作品を見て回っていると、一枚の絵に興味を引かれた。
 灼熱の砂漠の上に広がる、血がしたたるように赤い夕焼け。預言者エリヤの火の馬車が軍団をなしてやって来たって、これほどじゃない。
「大賞受賞者が、僕の絵に興味があるとは、光栄だね」
 振り向くと、薄い口ひげを生やした赤毛で碧眼の男が立っていた。絵のプレートには、アンドルー・M―、アメリカ人とある。
「どこが、気に入ってくれた?」
「色がすごい。普通の絵の具じゃ、この色は出せないな」
「シルクスクリーンだよ。版画の一種」
「版画?」
「この近くに、優秀な刷師のいる版画工房があるんだ。若手の版画家がたむろしてる」
 「行ってみる?」と、出来の悪い生徒に居残り授業を命じる教師みたいに、彼は鷹揚にほほえんだ。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

2012年8月17日

胡桃割り人形の錯乱

 山の手線の電車に乗り込んですぐに、彼を見つけた。神経質そうな横顔は、私のほうを向いたとたんに、こわばった。
 智哉は、私の元婚約者。直前になって結婚をとりやめた相手だ。
「……お久しぶり」
 紺のスーツの胸には、かつて私も勤めていた会社の社章。見覚えのあるネクタイ。少し太って、少し歳を取った以外は、何も変わっていない。
 あまりの気まずさに、次の駅で降りようかとも思ったが、取引先に向かう途中なのでそうもいかない。彼も同じだろう。
 午後イチの車内はガラガラに空いていたので、どちらともなく隣り合って座った。
「どうしてるの」
 ふたりのあいだに自然にできた二十センチの隙間が、三年の歳月と心の距離を表わしている。
「有紀と結婚したよ」
 私と智哉が別れる原因となった女性の名前。
「もうすぐ、子どもも生まれる」
「そう。おめでとう」
 智哉が幸せになったことを喜んでいるのに、心からの祝福を伝えたかったはずの言葉は、なぜかみっともなく声がかすれていた。
「めでたいはずないだろう。有紀はどこまで行っても、日陰の身だ。式も挙げていない。ことあるごとにおまえと比較され、今でもおまえの幻影におびえている」
「まさか、どうして」
「どうして? いい身分だな。人をさんざん不幸にしておいて、自分は新進気鋭の画家さまのそばにぴったりくっついて、アゲマン気取りか」
 押し殺すような声で言い終えた智哉は、私に視線をぶつけることもなく、ただひたすら真正面を向いていた。
「……ごめんなさい」
 その後はひとことも言葉を交わさずに、私は自分の降りる駅で降りた。
 喉がカラカラで、汗をびっしょりかいていた。道を歩く足取りも、営業用の笑顔も、カクカクと動く木彫りの人形みたいだった。
 そのくせ、体の深いところが、じんとうずいている。彩音に満たしてもらったはずの場所は、いつのまにか、ぽっかりと胡桃のような空洞ができていた。


 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

2012年8月16日

間違い街角

 なぜか毎朝五時になると目を覚ましてしまう。いわゆる時差ボケというものらしい。
 起き上がり、ヒゲも剃らずに、上着だけ引っ掛けて、ホテルを出た。
 セントパトリック寺院らしき尖塔を仰ぎ、ロックフェラーセンターらしき金色のオブジェを横目に眺め、無人のビジネス街をのし歩いて、さあ、ホテルに戻ろうと思うと帰り道がわからない。
 街角を曲がるたびに、どんどん正しい方向から反れていくっぽい。腹の突き出たプエルトリコ人の清掃員が「どうした」と話しかけてきた。
「家に戻りたいけど、道がわからないんだ」
「住所は?」
「トーキョー」
 彼はいたましげな顔つきになって首を振り、「グッドラック」と言い残して去っていった。
 それからずっと闇雲に歩いていると、セントラルパークに突き当たった。
 起き出す時刻を見はからって若林に電話し、迎えに来るまでの時間を、公園の遊具に腰かけて緑の森を見て過ごした。
 俺はたぶん、人生で幾度も曲がる角を間違えてきたんだろう。
 だからこそ、琴音さんに出会えた。そう考えれば、間違えるのも悪くない。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

2012年8月15日

来年咲く花

 ひらひらと、花びらが舞い落ちてきた。
 寒の戻りで長い間がんばっていた公園の桜も、そろそろ散り始めている。
 もう、何年目になるだろう。彩音と初めて出会ったのも、桜の季節だった。
「とうとう今年は、いっしょに花見ができなかった」
 と電話で愚痴を言うと、
「また、来年見ればいいじゃねえか」
 と暢気な声が、海の向こうから帰ってきた。「来年だって、再来年だって、一生死ぬまでいっしょに見られるって」
 「うん」と答えた。
 二十歳らしい真っ直ぐな答えはあまりに迷いがなさすぎて、三十歳の私はよけいに不安になる。
 本当に、来年あなたの隣に私は並んで立っているだろうか。
 ひらひらと、来年咲く桜の幻影が舞い落ちて、雨を待つ渇いた獣のように、私は空を仰ぎ見た。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

2012年8月14日

偽物の世界

 世界中から集まった入選者たちは、いろんな形、いろんな色、いろんなサイズでできていた。
 暇さえあれば、機知とユーモアに富んだ、いかにも文化人的な会話を楽しんでいる。
 自己主張と相手への好奇心がよじり合わされ、巨大な渦巻きとなって俺まで巻き込もうとする。
「きみの絵はすばらしい」
「陰影のつけかたは、グリザイユ技法だね」
「どこで、絵を学んだんだい?」
 俺は話しかけられるたびに、適当な英語とあいまいなフランス語で返していた。ときどき誰もわからないと思って、うんと卑猥な日本語も混ぜたら、隅のほうで若林が、思い切り顔をしかめた。
「有名なディーラーや美術館関係者に会える、めったにないチャンスなんです。ここで人脈を作っておくかどうかで、将来が全然違ってくるんですよ」
 ああ、小さい頃から父親の姿を見て、よくわかってるよ。絵描きがどんな才能を持っていても、絵を描くだけではやっていけないのは。
 営業努力と追従めいた笑顔が、絵の具の次に必要なんだってことは。
 四階ホールの奥の一番目立つところに、俺の絵が飾られている。
 大賞受賞作 「光」
 なんだかウソっぽくて、俺は自分の絵をめちゃくちゃに破りたくなった。


 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

2012年8月12日

海底の寝心地

 彩音がニューヨークに行ってしまってから、一週間が経った。受賞式が終わってからも、スポンサー主催のパーティや雑誌の取材など、いろいろ用事があるものらしい。
 スズキ美術の若林さんがついててくれるから大丈夫と思うけれど、突飛なふるまいはしていないか、心配。たとえば、地下鉄の車内が暑いと言って、上半身ハダカになってしまったり(一度、経験あり)。車道の真ん中で、スケッチしたいものを見つけて座り込んでしまったり(これは、未遂)。
 彩音がいないと、夜がとても長い。
 食事もスーパーの惣菜で簡単にすませるから、ますます暇をもてあます。
 壁の穴をくぐって、彩音のアトリエに入った。キャンバスや道具入れがぞんざいに隅に片付けてあり、部屋の中はがらんとしている。
 絵の具のしみだらけになったフローリングの上に、仰向けに大の字になって寝ころんでみる。パレットナイフを落とした床の傷が指の先に触わる。冷たくて、固くて、海の底に寝ているみたい。
 彩音の足音や、鼻歌や、笑い声が、ぼこぼこと泡になって、部屋の中に浮かんでいる。私は目を閉じて、その泡を追いかけて夢中で泳ぎ回る。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

2012年8月11日

踏切にて

 あるとウザいけれど、ないと寂しいものが、人生にはいろいろある。
 たとえば、踏切。マンハッタンには踏切が見当たらない。地下鉄や高架鉄道しか存在しないから、当然と言えば当然だ。

 琴音さんと近所のスーパーに買い物に行くときは、いつも踏切を渡っていた。
 ああ、しまった、また五分も待たなきゃなんないぞ、なんて愚痴りながら、バツ印の警報機を仰ぎ見る。
 かんかんという不協和音、点滅する赤い光。
 だめだ、だめだ、近づくなという警告が、ますます花の蜜みたいに人を引き寄せる。すぐ目の前を轟音を立てて走り抜けていく車両に、気を抜くと引きずり込まれてしまう。
 思わず強く握りしめる琴音さんの手のやわらかさと暖かさは、俺を確かな鎖で縛りつけた。

 イエローキャブがクラクションを鳴らしながら道路を猛スピードで駆け抜けていく。種々雑多な人間たちが横断歩道を早足で歩いていく。その流れの中に溶けてしまいそうになって、思わず琴音さんの手を捜している。

 けれど、隣には誰もいない。
 ああ。ここはニューヨークだった。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

web拍手

夏休み突発企画

ペンギンフェスタが終わってから、、サイトもすっかり開店休業状態。
一応、せっせと書いてはいるのですが、これは、参加表明している競作企画のための執筆なので、今お出しするわけにはいかないものなのです。
このまま、今年も八月はお休みかなと思っていたところ、突発的に、ブログ連載を思い立ちました。
ずっと以前からトライしてみたかった、五十嵐彪太さまの「瓢箪堂のお題倉庫」のお題を使って、「CLOSE TO YOU」の第四章を連載することにしました。

去年のハロウィン企画でも、「CLOSE TO YOU」にはけっこう拍手をいただいて、気を良くしてしまいました。500文字から1000文字程度の短い掌編になりますが、八月いっぱいは、気力の続くかぎりこのブログにて集中連載しようと思います。ほぼ毎日、いや隔日、いや、できるかぎり多く(だんだん弱気になってきた)。
こんなこと宣言して、明日は、マリワナ海溝よりも深く反省すると思いますが(笑)。
とりあえず、今日午後にひとつ更新します。

あと、携帯サイトの「ご主人さまのお好きなレシピ」は、ずっと月木更新を続けていますので、そちらのほうも、よかったらどうぞ。


五十嵐彪太さまの「瓢箪堂のお題倉庫」 http://maruta.be/keren/3164

とても、想像力を刺激するすばらしいお題ばかりです。

web拍手

2012年8月 1日

ペンギンフェスタ2012閉幕しました

7月16日に閉幕し、そのあとは「後夜祭」と銘打って名残を惜しんでいた「ペンギンフェスタ2012」ですが、昨日をもって、完全閉幕しました。

今回は、テキスト部門41作品、競作部門11作品、ギャラリー部門11作品が集まりました。
前回の「ペンギンフェスタ2007」は、五ヶ月もの会期(プラス、一ヶ月の「あとのまつり」)がありましたが、今回は一ヵ月半でした。それでも、これほどたくさんの作品にエントリーしていただき、本当にありがたいです。
運営に関しても、会期前にメールサーバーの不具合があったものの、あとはまったくトラブルもなく、主催者として楽をさせていただきました。

さて、終わったばかりで気が早いといわれそうですが、さっそくまた数年後に「ペンギンフェスタ3」をもくろんでおります。
今回、震災および原発をに関する作品を呼びかけ、実際いくつかの作品を寄せていただいたのですが、やはり時期尚早であったことは否めません。
「再生」を語るには、まだあまりに早すぎ、人の心の傷はあまりに深すぎるのかもしれません。
そういう意味では、お祭りを終えた大きな満足感とともに、重い宿題を残してしまった。そう感じています。
いつか、「今」と思えるときが来たら、必ずまた「ペンフェス」を開催したいと思います。そのときは、どうぞ今回の参加者も、参加できなかった方も、よろしくお願いします。

BUTAPENN個人としては、中篇「プラットホーム」と短編「水妖精 ウンディーネ」で参加しました。
「プラットホーム」は、グループホームでの介護スタッフの物語で、私自身が認知症の家族を介護している体験がもとになっています。「ウンディーネ」は、山仙さんとの競作で、海を舞台にした「人魚姫」に似たファンタジーです。よろしければ、お読みになってみてください。トップの更新情報からどうぞ。

それと、「ペンフェス」の参加者K(吉田和代)さんから、「プラットホーム」の主人公ユルくんのイラストをいただきました。
pura.jpg
あとでギャラリーにも飾らせていただきます。ありがとうございました!

レギュラー作品の更新がとどこおっていますが、ぼちぼちと復帰したいと思います。しばらくは、ゆっくり更新になりますが、ご勘弁ください。

今年後半は 「オンライン文化祭2012 ―熱―」(主催:吉田和代さん)、アザーズプロット企画(OPP)(主催:恵陽さん)、「犬祭5」(主催:sleepdogさん)とお祭り企画が目白押しの予定です。そちらのほうも参加し、盛り上げていきたいです。

web拍手

2012年7月23日

トスカ

七月になると、佐渡裕プロデュースオペラを観に行くのも、もう何回目でしょう。彼が芸術監督をしている兵庫県芸術文化センターまで自転車で十五分という恵まれた場所に住んでいるおかげですが、今年も行ってきました。

プッチーニの「トスカ」です。

公式HPはこちら。

今回の公演は、ダブルキャストになっていて、「蝶々夫人」で泣かせてもらった並河さんのトスカも見たかったのですが、日にちの関係で外人キャストのほうを選ぶことになりました。

舞台装置は白が基調のシンプルなものですが、中央の円形舞台が三幕まで効果的に使われています。また背後の大画面に映る映像がダイナミックに場面を盛り上げてくれます。

舞台は1800年のローマ。ヴォルテール主義と呼ばれているナポレオンによる共和制を支持する派と反共和主義者が争っていた時代です。
前者の共和主義者であるのが主人公のカヴァラドッシ。ティアゴ・アランカムは、ブラジル人の新進テノールで私好みのイケメン♪。ただちょっと存在感が薄いのは否めません。でも、彼に対する悪役スカルピア男爵が存在感ありすぎなので、これはもうしかたないところです。
マグダラのマリアの絵の前で歌うアリア「妙なる調和」はプッチーニらしい響きの美しいメロディで、うっとりしました。

あらすじはと言えば、教会の壁画を描いている絵描き(とは言え、騎士階級なので貴族らしい)カヴァラドッシは、脱獄したヴォルテール派の友人をかくまう。
そこへ、スヴェトラ・ヴァレシヴァ演じる恋人の歌姫トスカが訪れ、不審な様子に浮気を疑い、絵の中の女性にまで嫉妬する。
ヴァレシヴァはブルガリア出身。このところ、東欧出身の歌手が本当に活躍されていますね。
愛くるしく奔放に見えるトスカですが、孤児で修道院で育ったため、とても信心深い一面ものぞかせます。
そこへ脱獄犯を捜索している警視総監スカルピアたちが訪れます。
スカルピア男爵役のアメリカ人バリトン、グリア・グリムズレイに私はハートを打ち抜かれました(笑)。
十頭身かと思わせる長身、ロン毛のイケメンです。ミサの合唱とかけあうように、トスカに対する悪巧みにほくそ笑む姿は、堕天使かと思われるくらいの強烈な存在感です。

実際、第二幕もほとんどスカルピアのひとり舞台が続きます。
自分は甘い言葉ひとつも言えない男だが、美しすぎる愛に生きるトスカを無理やり自分のものにしたい、怒りに狂う彼女が見たいと。真性Sですな。恋人と引き裂き、嘆き苦しむトスカを自分の腕の中でいたぶることが、彼の望みだったわけです。
彼女の歓心を買おうとはしていない。ここで、彼が初めからカヴァラドッシを殺害するつもりであることがわかります。
後ろの巨大な鏡が、舞台全体そして、舞台にいない人物の影をも効果的に映し出しています。最後にトスカが死体のそばに燈明として置くロウソクの光の美しさ。
場面ごとの照明の効果が印象的でした。

トスカの有名なアリア、「歌に生き、愛に生き」は、恋人の生命と自分の操を天秤にかけて苦悩し、「何も悪いことはしていないのに、なぜこんな目に会うのですか」と神に訴える壮絶な歌です。この歌を境に、彼女は信仰を捨てて自分の力でスカルピアの魔手から逃れる決意をしたのです。

第三幕でスカルピアを殺したトスカは、彼に書かせた通行証を手に、処刑台へと急ぎます。「星は光りぬ」「優しく清らかな手」と、テノールの見せ場が続きます。偽りの処刑だと信じて、未来を夢見るふたり。
空砲で処刑せよとトスカの前で部下に命じたスカルピアの言葉の中にあった、謎の「パルミエリ伯爵と同じように」ということばには、実弾で殺せという意味があったのでしょう。

最後に、追いつめられたトスカは「スカルピア、神の御前で!」と叫んで身を投げるのですが、ここで、観客は死してなお、この劇の真の主役はスカルピアであったことを知るのです。

web拍手
前に戻る1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11