お知らせ

2012年8月12日

海底の寝心地

 彩音がニューヨークに行ってしまってから、一週間が経った。受賞式が終わってからも、スポンサー主催のパーティや雑誌の取材など、いろいろ用事があるものらしい。
 スズキ美術の若林さんがついててくれるから大丈夫と思うけれど、突飛なふるまいはしていないか、心配。たとえば、地下鉄の車内が暑いと言って、上半身ハダカになってしまったり(一度、経験あり)。車道の真ん中で、スケッチしたいものを見つけて座り込んでしまったり(これは、未遂)。
 彩音がいないと、夜がとても長い。
 食事もスーパーの惣菜で簡単にすませるから、ますます暇をもてあます。
 壁の穴をくぐって、彩音のアトリエに入った。キャンバスや道具入れがぞんざいに隅に片付けてあり、部屋の中はがらんとしている。
 絵の具のしみだらけになったフローリングの上に、仰向けに大の字になって寝ころんでみる。パレットナイフを落とした床の傷が指の先に触わる。冷たくて、固くて、海の底に寝ているみたい。
 彩音の足音や、鼻歌や、笑い声が、ぼこぼこと泡になって、部屋の中に浮かんでいる。私は目を閉じて、その泡を追いかけて夢中で泳ぎ回る。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

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2012年8月11日

踏切にて

 あるとウザいけれど、ないと寂しいものが、人生にはいろいろある。
 たとえば、踏切。マンハッタンには踏切が見当たらない。地下鉄や高架鉄道しか存在しないから、当然と言えば当然だ。

 琴音さんと近所のスーパーに買い物に行くときは、いつも踏切を渡っていた。
 ああ、しまった、また五分も待たなきゃなんないぞ、なんて愚痴りながら、バツ印の警報機を仰ぎ見る。
 かんかんという不協和音、点滅する赤い光。
 だめだ、だめだ、近づくなという警告が、ますます花の蜜みたいに人を引き寄せる。すぐ目の前を轟音を立てて走り抜けていく車両に、気を抜くと引きずり込まれてしまう。
 思わず強く握りしめる琴音さんの手のやわらかさと暖かさは、俺を確かな鎖で縛りつけた。

 イエローキャブがクラクションを鳴らしながら道路を猛スピードで駆け抜けていく。種々雑多な人間たちが横断歩道を早足で歩いていく。その流れの中に溶けてしまいそうになって、思わず琴音さんの手を捜している。

 けれど、隣には誰もいない。
 ああ。ここはニューヨークだった。

 「CLOSE TO YOU 第4章」
 お題使用。「瓢箪堂のお題倉庫」http://maruta.be/keren/3164

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夏休み突発企画

ペンギンフェスタが終わってから、、サイトもすっかり開店休業状態。
一応、せっせと書いてはいるのですが、これは、参加表明している競作企画のための執筆なので、今お出しするわけにはいかないものなのです。
このまま、今年も八月はお休みかなと思っていたところ、突発的に、ブログ連載を思い立ちました。
ずっと以前からトライしてみたかった、五十嵐彪太さまの「瓢箪堂のお題倉庫」のお題を使って、「CLOSE TO YOU」の第四章を連載することにしました。

去年のハロウィン企画でも、「CLOSE TO YOU」にはけっこう拍手をいただいて、気を良くしてしまいました。500文字から1000文字程度の短い掌編になりますが、八月いっぱいは、気力の続くかぎりこのブログにて集中連載しようと思います。ほぼ毎日、いや隔日、いや、できるかぎり多く(だんだん弱気になってきた)。
こんなこと宣言して、明日は、マリワナ海溝よりも深く反省すると思いますが(笑)。
とりあえず、今日午後にひとつ更新します。

あと、携帯サイトの「ご主人さまのお好きなレシピ」は、ずっと月木更新を続けていますので、そちらのほうも、よかったらどうぞ。


五十嵐彪太さまの「瓢箪堂のお題倉庫」 http://maruta.be/keren/3164

とても、想像力を刺激するすばらしいお題ばかりです。

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2012年8月 1日

ペンギンフェスタ2012閉幕しました

7月16日に閉幕し、そのあとは「後夜祭」と銘打って名残を惜しんでいた「ペンギンフェスタ2012」ですが、昨日をもって、完全閉幕しました。

今回は、テキスト部門41作品、競作部門11作品、ギャラリー部門11作品が集まりました。
前回の「ペンギンフェスタ2007」は、五ヶ月もの会期(プラス、一ヶ月の「あとのまつり」)がありましたが、今回は一ヵ月半でした。それでも、これほどたくさんの作品にエントリーしていただき、本当にありがたいです。
運営に関しても、会期前にメールサーバーの不具合があったものの、あとはまったくトラブルもなく、主催者として楽をさせていただきました。

さて、終わったばかりで気が早いといわれそうですが、さっそくまた数年後に「ペンギンフェスタ3」をもくろんでおります。
今回、震災および原発をに関する作品を呼びかけ、実際いくつかの作品を寄せていただいたのですが、やはり時期尚早であったことは否めません。
「再生」を語るには、まだあまりに早すぎ、人の心の傷はあまりに深すぎるのかもしれません。
そういう意味では、お祭りを終えた大きな満足感とともに、重い宿題を残してしまった。そう感じています。
いつか、「今」と思えるときが来たら、必ずまた「ペンフェス」を開催したいと思います。そのときは、どうぞ今回の参加者も、参加できなかった方も、よろしくお願いします。

BUTAPENN個人としては、中篇「プラットホーム」と短編「水妖精 ウンディーネ」で参加しました。
「プラットホーム」は、グループホームでの介護スタッフの物語で、私自身が認知症の家族を介護している体験がもとになっています。「ウンディーネ」は、山仙さんとの競作で、海を舞台にした「人魚姫」に似たファンタジーです。よろしければ、お読みになってみてください。トップの更新情報からどうぞ。

それと、「ペンフェス」の参加者K(吉田和代)さんから、「プラットホーム」の主人公ユルくんのイラストをいただきました。
pura.jpg
あとでギャラリーにも飾らせていただきます。ありがとうございました!

レギュラー作品の更新がとどこおっていますが、ぼちぼちと復帰したいと思います。しばらくは、ゆっくり更新になりますが、ご勘弁ください。

今年後半は 「オンライン文化祭2012 ―熱―」(主催:吉田和代さん)、アザーズプロット企画(OPP)(主催:恵陽さん)、「犬祭5」(主催:sleepdogさん)とお祭り企画が目白押しの予定です。そちらのほうも参加し、盛り上げていきたいです。

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2012年7月23日

トスカ

七月になると、佐渡裕プロデュースオペラを観に行くのも、もう何回目でしょう。彼が芸術監督をしている兵庫県芸術文化センターまで自転車で十五分という恵まれた場所に住んでいるおかげですが、今年も行ってきました。

プッチーニの「トスカ」です。

公式HPはこちら。

今回の公演は、ダブルキャストになっていて、「蝶々夫人」で泣かせてもらった並河さんのトスカも見たかったのですが、日にちの関係で外人キャストのほうを選ぶことになりました。

舞台装置は白が基調のシンプルなものですが、中央の円形舞台が三幕まで効果的に使われています。また背後の大画面に映る映像がダイナミックに場面を盛り上げてくれます。

舞台は1800年のローマ。ヴォルテール主義と呼ばれているナポレオンによる共和制を支持する派と反共和主義者が争っていた時代です。
前者の共和主義者であるのが主人公のカヴァラドッシ。ティアゴ・アランカムは、ブラジル人の新進テノールで私好みのイケメン♪。ただちょっと存在感が薄いのは否めません。でも、彼に対する悪役スカルピア男爵が存在感ありすぎなので、これはもうしかたないところです。
マグダラのマリアの絵の前で歌うアリア「妙なる調和」はプッチーニらしい響きの美しいメロディで、うっとりしました。

あらすじはと言えば、教会の壁画を描いている絵描き(とは言え、騎士階級なので貴族らしい)カヴァラドッシは、脱獄したヴォルテール派の友人をかくまう。
そこへ、スヴェトラ・ヴァレシヴァ演じる恋人の歌姫トスカが訪れ、不審な様子に浮気を疑い、絵の中の女性にまで嫉妬する。
ヴァレシヴァはブルガリア出身。このところ、東欧出身の歌手が本当に活躍されていますね。
愛くるしく奔放に見えるトスカですが、孤児で修道院で育ったため、とても信心深い一面ものぞかせます。
そこへ脱獄犯を捜索している警視総監スカルピアたちが訪れます。
スカルピア男爵役のアメリカ人バリトン、グリア・グリムズレイに私はハートを打ち抜かれました(笑)。
十頭身かと思わせる長身、ロン毛のイケメンです。ミサの合唱とかけあうように、トスカに対する悪巧みにほくそ笑む姿は、堕天使かと思われるくらいの強烈な存在感です。

実際、第二幕もほとんどスカルピアのひとり舞台が続きます。
自分は甘い言葉ひとつも言えない男だが、美しすぎる愛に生きるトスカを無理やり自分のものにしたい、怒りに狂う彼女が見たいと。真性Sですな。恋人と引き裂き、嘆き苦しむトスカを自分の腕の中でいたぶることが、彼の望みだったわけです。
彼女の歓心を買おうとはしていない。ここで、彼が初めからカヴァラドッシを殺害するつもりであることがわかります。
後ろの巨大な鏡が、舞台全体そして、舞台にいない人物の影をも効果的に映し出しています。最後にトスカが死体のそばに燈明として置くロウソクの光の美しさ。
場面ごとの照明の効果が印象的でした。

トスカの有名なアリア、「歌に生き、愛に生き」は、恋人の生命と自分の操を天秤にかけて苦悩し、「何も悪いことはしていないのに、なぜこんな目に会うのですか」と神に訴える壮絶な歌です。この歌を境に、彼女は信仰を捨てて自分の力でスカルピアの魔手から逃れる決意をしたのです。

第三幕でスカルピアを殺したトスカは、彼に書かせた通行証を手に、処刑台へと急ぎます。「星は光りぬ」「優しく清らかな手」と、テノールの見せ場が続きます。偽りの処刑だと信じて、未来を夢見るふたり。
空砲で処刑せよとトスカの前で部下に命じたスカルピアの言葉の中にあった、謎の「パルミエリ伯爵と同じように」ということばには、実弾で殺せという意味があったのでしょう。

最後に、追いつめられたトスカは「スカルピア、神の御前で!」と叫んで身を投げるのですが、ここで、観客は死してなお、この劇の真の主役はスカルピアであったことを知るのです。

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2012年6月26日

「500文字の心臓」正選王をいただきました

「ぶた仙」名義で、山仙さんとの共作を「500文字の心臓」に投稿し始めて、はや数年(←何年か調べないヤツ)。
ついについに、正選王をいただきました。
今まで二度ほど逆選王をいただいていたのですが、正選王は初めてです。

ちなみに、「500文字の心臓」のシステムを知らない方に説明すると、
参加者は、共通のお題に基づいて500文字以内の作品を匿名で書き、読者は選評掲示板において選評とともに記名投票を行ないます。
正選は「もっとも良いと思う作品」に投じるもので、○でふたつ。あるいは◎をひとつでも可(◎は二点と数えられる)。
逆選は「もっとも悪いと思う作品」に投じるもので、×がひとつのみ。
次点は△で最大二つ。
このシステムの面白いところは、逆選は正選に次ぐ栄誉だとたたえられることで、逆選王はお題案を提示し、正選王がその中から次回のお題を決定するという権限を、それぞれ賞として与えられます。

で、今回「ぶた仙」は「鈴をつける」というお題の作品で、○5、△1 ×0をいただきました。
もうおひとり、○5、△1、×1を取られた方がいましたが、同数ならば逆選の少ないほうというルールにより、わたしどもが正選王を得ることができました。

受賞作品を掲載します。
すでにペンギンフェスタで頭がいっぱいだったことがよくわかります。


***

「鈴は可愛い生き物がつけるものと相場が決まっている。もっとも、それは地上を移動する対象に限られ、魚や鳥は対象外だ。ペンギンはどうなのか? それが私の実験動機だ」
 黙々と歩く彼らから、雪片が体の動きに合わせて零れ落ちる。しゃらしゃらと。
「黄色い識別リングの代わりに、ちろちろと」
 生死をかけた行軍には、およそその軽やかな音色は似合わない。
「ヨチヨチ歩くたびに、楽しげな音が聞こえてくる」
 身体をすり合わせ、互いの体温でわずかな暖を取る。零下60度の吹雪の中では呼吸すら困難だ。立ち止まるな。さもなくば死。個の死、子孫の死、種族の死。意識が遠のくたびに、高く鋭利な音色が、倒れずに歩けと鼓舞する。
「やがて、音が海に飛び込む。ちろりん、ちろちろ。餌を求めて、矢のように泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ」
 嵐が止み、太陽の昇らない空から星くずが零れ落ちる。しゃらしゃら。沈黙の中で響くのは、
「南極海は、何千、何万もの天上の音色に満たされた。時速十キロの高速が作り出す奇跡」
 清かな鈴の音。


***

このブログでおこなっていた「500文字作品短編・中篇化」構想ですが、投票いただいた結果、「水溶性」がトップ、「ドミノの時代」「天空サーカス」が次点で、このうちから、山仙およびBUTAPENNがリライトすることになりました。
ペンフェスに掲載する予定ですので、しばらくお待ちください。

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2012年6月 1日

ペンギンフェスタ2012開幕

「地球・環境・自然」そして「再生」をテーマとするペンギンフェスタ2012が、開幕しました。

http://butapenn.com/penguinfesta2/

メールフォームの不備でご迷惑をおかけしたりしましたが、すでに二十作品が集まっており、感謝もうしあげます。

今日から7月16日まで、つまり会期中ずっと、参加作品を募集しています。小説・詩・エッセイ・イラスト・CG・写真・メディアミックスなんでもOK。

自然・環境をテーマにした作品とともに、東日本大震災・原発事故関連を題材にした作品も広く募集しています。ただ、あまりむずかしく考えずに、お祭りらしく、というのが主催者の希望です。

また「タイトル競作部門」として、「ペンギンが人類を死滅させた世界の物語」「ペンギンが世界を救った話」、それぞれに作品を募集しています。

参加方法は、ご自分で作ったページのURLを登録するだけ。投稿サイトからの参加もOKです。
過度に政治的・学術的な作品や、他人を誹謗中傷する作品はお断りすることがあります。

BUTAPENNなどは、途中まで書いたものを「連載第一回」と称して、堂々とアップしています(週一で連載していく予定です)。主催者がこんな調子ですから(笑)、皆さまもどうぞ気軽に、作品をお寄せ下さい。
すでに投稿した方も、他の参加作品を読んで触発されてもっと書きたくなり、ふたつみっつと応募してくださればいいなと思っています。

感想掲示板もすでににぎわっているようで、うれしいです。どうぞ作者と読者の交流がたくさん生まれますように。

山仙さんとBUTAPENNによる「五百文字の心臓」参加作品への投票も、そろそろ〆切りたいと思います。
ブログに再録してある中から、良いと思ったものにWEB拍手を使って投票してください。得票の多いものを、山仙さんあるいはBUTAPENNが短編・中編化して、ペンギンフェスタに参加します。
今のところ、「水溶性」「天空サーカス」ドミノの時代」が得票上位みたいです。

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2012年5月22日

結婚三十周年を迎えました

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「2012年の金環日食の翌日ー♪」の今日が結婚三十周年記念日でした。
写真は先日、西宮北口のレストランでのお祝いディナーにて。

写真ついでに、昨日の金環日食の写真。
特に中央のその瞬間の一枚は、興奮のあまり手ぶれがひどいですが、招夏さんがツイッターで、「三連のリング」と評してくださったので、三十周年とかけて載せておきます。

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2012年5月20日

 SPEEDIの隠匿が問題になった際、放射能を煙のように可視化すれば大本営発表に騙されないのにと多くの人が思ったことだろう。
 それから三十年、ついに研究は実り、透明無臭の危険ガスが次々に有煙化された。放射能は発見者の名前にちなんでキュウリ色、一酸化炭素COはコバルト色だ。それ以来、煙に色を付ける事が流行った。もちろん屁に色が付いたが、それだけは新しい習慣を生んだ。
「ねえねえ、あの狐色、なんだか生活力がありそうじゃない?」

 煙草も、アイディアをこらした新製品が続々と発表された。
「この色はどうかね」
目の前を金色の煙が立ち上っている。なんでも、禁煙すると煙の色が金色にかわるのだそうだ。
『先生、金煙というしゃれは分かりますが、そもそも禁煙したのなら煙は立ち上らないのでは』
「いや、これは煙ではないのだよ。禁煙を決意した『息込み』さ」

 もっとも、悪い奴はいるもので、可視化技術を逆手に取って、今まで見えていた煙を無色にする技術が開発された。膨大な有害物質の処理費用に悩んでいた企業が、有害物質を海と空にまき散らす事で膨大な利益をあげたのも不思議はない。かくて透明化が流行した。影響は入浴シーンにも及んだ。
「番組打ち切り!」
温泉の湯煙すら消えてしまったからだ。

 煙の透明化は物語の世界も変えた。浦島の玉手箱から煙は出なくなり、アラジンのランプに至っては魔神までも透明になってしまったからだ。そして、いま綴っている、このお話も。

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第111回タイトル競作参加作品です。サイトにアップするにあたって、改稿しました。元のバージョンはこちら(煙9)

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2012年5月19日

K

「古き絵や 逢わず
         −K」
 空き巣の残したメッセージはそれだけだった。いや、怪盗というべきか? というのも、大学生の娘の部屋に入った形跡は明らかなのに、盗まれたものが見つからないからだ。メッセージからすると、なにやら古い絵を捜したと思われるが、心当たりはない。

 翌日、娘に菊の花が贈られてきた。カードには、

『老いしある 永遠を問う わが肝に』

と書かれてある。娘が参加しているボランティアサークルの関係だろうか? ともかくも、この十七文字を見て、それまで怯えていた娘が急に元気を取り戻した。
 夜、ふと見ると、軒先に短冊が吊るされている。

『恋敵は 秋駆けて 彼方に聞く』

 絵柄はキウイ。恋敵とは穏やかでないな。そう思った矢先、今度は芭蕉の花が贈られて来た。

『酔えれば 夏憂さの苦 七色に射て』

 翌日、娘は突然旅に出かけた。旅先から届いた世界遺産の絵ハガキには三句だけが書かれてあった。

『恋いしかる 経験を説く わが妹に』 
『追い難いは愛 敢えて貴方に言う』
『よければ 夏草の 卯七キロに来て』 

 なるほど、キウイは「行く気」という意思表示だったのか。
 何も気付かなかった私は、娘の幸せを祈るしかない。


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第110回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(K6) 逆選王をいただきました。
難解だというご意見をいただいたので、解題を書いてみました。
続きからどうぞ。

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