お知らせ

2012年5月18日

結晶

 ここに人間が入ったのは何年ぶりなのだろうか。
 白い埃の積もった床に足跡を印し、切断されたコードが垂れ下がる聖域を行くと、奥から規則的な機械音が響いてきた。立ち入り禁止の筈なのに、という疑問は、わざわざここに潜入した私にはない。
 そんな私も、無数の青い小人たちがせっせと働いているのを見たときは少し驚いた。彼らが病的なほどに美し過ぎるから。しかもベルトコンベアーに乗って流れていくのは、鮮やかな濃紺の結晶だ。
 六シアノ鉄酸塩、本来は微毒ながらも非常に有用な物質だ。日本でも古来から顔料として用いられ、紺青、ベロ藍などと呼ばれた。動物がそれを摂取したあとの糞を小人たちが長い年月をかけて精錬し、結晶させる。それは、この地域にしかない力を持っている。
 一糸乱れぬ動きが止まった。右往左往する小人たちを蹴散らして、一番大きな結晶を素手でつかむ。
 私にとっては、至高の宝石。迷うことなく飲み込んだ。
 体が熱い。結晶が脈動を始め、腹のあたりが衣服を透かして、ぼうっと青く光っている。
 禁止区域の外へと、ゆっくり歩き出す。
 もう私を止めることのできるものはない。まず最初の行先は、隠れてのうのうと生きているあいつらだ。

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第106回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(結晶15)

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2012年5月17日

スイーツ・プリーズ

 目覚まし代わりのラジオが鳴った。
「想定外の……」
 最悪の可能性から目を背けるなんて、ダチョウと同じ。……それは私もか。
 冷蔵庫に入っていた残りのチーズケーキを手づかみで食べる。

 近所の奥さんたちのティータイム。
「一年分買っちゃった……」
 買いだめも風評被害も、自分の頭で考えないから起こるのよね。
 でも、考え過ぎると気分が悪くなる。思わずプリンとアップルパイを追加注文。

 新聞の見出しが目に入る。
「積算量は……」
 データがないからって過去は無視するのね。
 じゃあ、昨日空にした饅頭のカロリーも積算しなくて良いんだ。

 耳が勝手にテレビの音声を拾う。
「パニックを避けるため……」
 男の隠しごとって、言い訳はいつもこれ。要するに騙したんでしょ。
 チョコレートを衝動買いする。

 パソコン画面に文字が踊る。
「濃縮・蓄積はほとんどなく……」
 コンセントを抜いた。
 甘い。甘すぎ。高濃度の甘さは、もううんざりよ。
 私は変わる。
 
 不要な過去を全部消した携帯に、着信が一通。
「現地はまだまだ大変だ……」
 こんな時だからこそと、危険を顧みずに出かけたあの人。
 無事に帰って来てね。今度は素直に食べられてあげるから。

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第105回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(スイーツ・プリーズ5)

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2012年5月15日

天空サーカス

 落ちるかと思えば落ちず、ぶつかるかと思えばすれすれでかわし、要所要所で噴煙をたなびかせ、極め付きは分身の術、あっという間に数万、数億の光を作り出して夜空にちりばめる。お立合いの方々、とくとご照覧あれ!

「彗星ブランコの次は、オーロラによる演舞です」

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第103回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(天空サーカス5)

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2012年5月14日

ドミノの時代

 全ての言動が狩られる時代、始めることは常に難しい。巷には閉塞感が満ちている。だからこそ誰かが最初の一歩を踏み出さなければならない。
 そこで俺は、空港カウンターで僕の後ろに並んでいた女に振り向いた。
「好きだ。結婚してくれ」
「あんた誰よ」
 女は俺から逃げ出すと、別の便のキャンセルを見つけて行ってしまった。
「申し訳ありません。今のが最後のお席でしたので」
 女の直後に飛び込んで来た男は飛行機に乗れずに、デートをすっぽかすハメになり、彼の恋人は怒って、不細工な上司とのデートをOKした。
 上司は鼻息も荒く、妻に離婚をつきつけ、慰謝料をもらった妻は「こんな金、宇宙の塵にしてやる」と火星に土地を買った。
 妻が火星を望遠鏡で覗いていると、植民のため飛来した宇宙船が宇宙ゴミとぶつかる様子が、ちょうど映った。
「大変!」
 妻の通報でさっそく救助ロケットが差し向けられ、八本と二本の手は固く結ばれ、宇宙戦争は未然に防がれた。宇宙人たちが地球人に次々と恋してしまったからだ。

 この話の教訓は、要するに、誰だって世界の運命を変えられるってことだ。
 そして、この話の最も不幸な点は、俺が今でも独身のままだってことだ。

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第102回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(ドミノの時代17)

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2012年5月13日

あおぞらにんぎょ

 透き通る冬空に雲のメッセージがぽっかり浮かんだ。
「フク ムリョウハイフ」
 さっそく出掛けたところ、福々しい男は「もう福は残ってないねん、服で我慢してくれや」と言って、下半身魚の着ぐるみを舟から放り投げた。おれは男だぞ。まあ男の人魚がいたっていいか。
「オープン ブンコ」
 男に教えられた呪文を唱えると、着ぐるみは俺を青空へいざなった。
「気持ちいい。これぞまさしくオープンスカイだ」
 声を出したのが失敗だった。いきなり小槌で叩かれる。
「電波でまき散らすのは、おやめ」
 見ると美しい女が柳眉を逆立てて俺を睨んでいた。その向うでは好々爺が何人か集まり「ゲホゲホ、飛行機が増えてかなわんわ」と喚く。
 しぶしぶ海辺に戻った俺は、今度は白波のメッセージを発見した。
「△×◎ リークス」
 メッセージの主らしき白髪の男が富士をバックに嵐を従えている。何だろうかと思う隙もあればこそ「敵はホークスだ!」という怒号と共に大風が吹いて、茄子で出来た7体のにんぎょうが宝船と共にバラバラと落ちて来た。

 うん、良い初夢を見た。今年の運は開けそうだ。

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第101回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(あおぞらにんぎょ29
 逆選王をいただきました。

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2012年5月12日

ペパーミント症候群

 そや、後味や。最後をペパーミントよろしく爽やかに終えるのがプロちゅうもんや。
 かく言う俺かて、昔はとろけるような甘さにつられて買い、大きく買い足すと味が薄うなって、挙げ句にどかんと大損して慌てて売ったもんや。甘く始まって苦く終わる。そないな繰り返し。
 でも俺はついとった。ほんまもんの穴リストに出会うたんやから。いや投資アナリストやないで。相場の穴リスト。
「ウインウインの関係なんて夢を見たらあきまへん」
「自分が儲かるには、他人を損させなはれ」
 その言葉に、俺ははっと目覚めた。こりゃ、待っとったらあかん。
 さっそく空売りの集中砲火。一時の売り損で皆を奈落へ道連れて、底値で買う。巨大利益で、後味すっきり。

 ところが、金融危機で、同じ穴の狢が蔓延した。バンクから無尽蔵に税金を借りられて、一時の損が怖うない。しかも儲けが全てこっちのものとくりゃ、誰もがマネするに決まっとる。ドバイ、ギリシャ、スペイン。この分やと、確実に這い上がるはずの株まで、底を抜けて紙屑になるやないか。ほんま悪夢や。
 けど、この味は中毒性。誰もが禁断症状に震えながら次を狙うとる。ぐずぐずしてる場合やあらへん。ほな、次の危機を仕掛けるで。

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第97回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(ペパーミント症候群5)

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2012年5月10日

3丁目の女

 世界は鏡像のように左右対称だ。例えは粒子と反粒子。右利きと左利き。LアミノにDアミノ、それから出来る右螺旋と左螺旋。宇宙ジンだってそうだ。

 せっかく見つけた住処を爆発でなくした宇宙ジンは、子孫を残すべき新天地を求めて旅を続けた。一刻も早く次の理想郷を見つけなければならない。身を守る特殊素材が蒸発する前に。
 ようやくたどりついた新天地は、新しく出来たばかりの街だった。
 環境はかなり悪い。1丁目の工場は火をたくさん使う。2丁目の工場は硫酸垂れ流し。4丁目の工場は煤塵だらけ。3丁目の風呂屋の女だけが移民たちを癒してくれた。だから宇宙ジンが生き延びたのは3丁目。

 センセイは地球史の授業を次のように締めくくった。
「男女の別が子供を作る能力で定義される事を考えると、繁殖したのは右だけだったんでしょうねえ。だって、銭湯は女湯が右でしょ」

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第95回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(3丁目の女20)

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2012年5月 9日

しっぽ

 小さいとき、沢庵のしっぽが私のおやつだった。巻き寿司は端から切り落とされる穴子のしっぽが一番好きだった。トランプの豚のしっぽが得意だった。
 美味しいばかりでない。謎と神秘も備え持つ。ほうき星のしっぽでは、太古のアミノ酸が蒸発しているという。狐狸が化けるのもしっぽの力だ。オーロラだって今でも狐の尻尾の仕業かも知れない。
 そして何より機能的。塀の上の猫を易々と歩かせ、サルの序列と示し、トカゲの身を守り、オタマジャクシの動力を担い、馬からハエを追い散らし、アリクイに日陰を与えるのだ。だから犬もしっぽをふる。
 今でもしっぽは私の大好物だ。

 そろそろ急がないと。今晩は彼と二度目のデート。余裕の笑みの下に、どんなすごいのを隠しているのだろう。私のが食べられる前に、早くいただきたい。

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第93回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(しっぽ13)

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2012年5月 8日

水溶性

 温暖化の影響の中でもとりわけ問題なのが海水面の上昇だ。その膨大な対策費ゆえに、将来にわたって国家間紛争の火種になりかねない。そこでわが水曜会では対策を議論した。
 海底地層やマグマに水を吸収させる手法、塩以外の水溶物質で密度を高める手法などが議論されたあと、ひとりの優男風の海洋学者が席から立ち上がった。
「水妖精を用いるのはどうだろう」
 ウンディーネは愛を得て固化し、破局によって地下に閉じ込められたと言われる。そのメカニズムを解明すれば海水を自在に固化できる筈だと言うのだ。
「愛は地球を救う、か」
 長老格の地質学者がしごく真面目に呟き、その尻がむずがゆくなるような響きに一同は居心地悪そうに身じろぎした。
「しかし、ウンディーネなど、どこを捜せば見つかる?」
「それが……わが家の風呂場にいるんだ」
 そうむっつりと答えた件の海洋学者の家に、我々がさっそく駆けつけると、美しい女性が悲しげに瞳をうるませてバスタブから訴えた。
「夫の浮気性をなんとかしてくださらない? 液体になったり固体になったり忙しくって」

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第92回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(水溶性30)

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2012年5月 7日

謎ワイン

 ブドウは全滅だった。新世界から持ち込まれた害虫が大発生したのだ。
 頭を抱えていたある日、肩から大きなカバンをかけた風采のあがらない男が、私のワイナリーを訪れた。彼は一本の苗木と一本のワインを取り出した。
「これは、新種のブドウの苗木。これに接木すれば、虫害に強い品種となりましょう」
 差し出されたワインは、やや癖のある香りはあるものの、味は極上だ。
 接木した苗木はすくすくと育った。この苗木から出来たブドウでワインを作ったところ、記憶にある味と香りが再現された。これなら売れる。どのみち他の選択肢はない。
 数年後、はじめての本格的収穫を迎えた。発酵を終え、オーク樽の試飲口から注ぎ出される紅い液体。適度な酸味と芳醇な味わいだ。
 二樽目を開けると、さらに極上品の味がした。三樽目は天にも昇る心地だ。
 期待を込めて四樽目を開ける。すると、ワインの気泡と見えたものの中から例の害虫が姿を現わした。樽の中で孵化したのだ。慌ててすべての樽を開けると、あふれ出た虫たちが、いっせいに農場から飛び立った。
 それを為す術なく見送っていた私は、いつしか虫の飛んで行った方向へとふらふらと歩き始める。肩から大きなカバンを下げて。


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第91回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(謎ワイン29)

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