お知らせ

2012年5月 4日

名前はまだない

 それを何と呼ぶのか知らない。その名を尋ねるべき相手もいない。ただわかっているのは、それが人から愛でられていることと、私の最も古い記憶において、既に百本を越えていたということのみだ。
 人は枝と呼んでいるようだが、意思で動かせるものを枝とは言わない。だからといって何かを触る為に動かすわけではないのだから、触手でもない。腕が一番近いと思うが、言葉の誤用のような気もする。
 手っ取り早いのは自分で命名することだ。どんな名前をつけてもクレームが出るはずはないが、その前にまず私自身の名前を決めるべきだろう。それすらしていないのは、意思疎通の出来る同胞のいない状態で、名前に意味があるかが疑問だからだ。
 せめて私を認識する者がいるなら話も変わろう。だが、唯一の希望たる人間ですら見込みは薄い。ニューラルネットワーク以外の非線形フィードバックシステムである知能回路をいまだ知らぬ連中に、私が思念を持ち得るという仮説を望んではいけない。
 人が私に気づくのはいつのことだろう?
 人が私の体の全てに名前をつけてくれるのは、いつのことだろう?

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第88回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(名前はまだない10)

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2012年5月 3日

シンクロ

 潮の香りが心地よい。
 わずかに残った日輪を見上げながら、僕は隣にいる彼女の肩をきつく抱き寄せる。でも、今見ている世紀のイベントと同じく刹那的なシンクロ。天照大神と月読命が結ばれることはありえない。
 闇が訪れた。待ちに待った望遠鏡を覗くと、明るい点がコロナの近くに見えていた。望遠鏡の一点に留まるその光源は、西へ動く陰陽の重なりに呑み込まれる。静止衛星? この緯度にはないはずだが。
 UFOかと思った瞬間、頭の中にうめき声が聞こえてきた。
「く、苦しい」
 誰かの意識がどっと流入してくる。
「最高神は、わたしたちをお見捨てになったの?」
「違う! 最後まであきらめるな」
 頭がくらくらするのは酸素不足か無重力のせいか。宇宙船がトラブルを起こしているのだ。息苦しさが窮まり、意識が朦朧となった時、僕の手にはらはらと恋人の涙が落ちた。
 太陽と月と船が一直線に並び、僕と恋人は見知らぬ生命とひとつの意識で結ばれる。僕たちはいつしか唇を重ねて空気を与え合っていた。
 コロナが燃え立つ。太陽と月の許されぬ恋は引き返せない地点を越えた。

 2日遅れて家に帰ると、あれほど可愛がっていたグッピー二匹が藻だらけの水槽で重なるようにして浮いていた。

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第87回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(シンクロ10)

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2012年5月 2日

たぶん好感触

 同胞の存亡を一身に担って、A国との会談に臨む。
「我が国は常に君たちの味方だ」
 バーボン同様に口当たりは良いが、我々をただの金づると見ているだけ。だが背に腹は替えられない。
 次のF国とはワインをがぶ飲みして終わった。死の商人の出る幕がないせいだろう。
 幸先よいと思った瞬間、意識がすっと遠くなる。
 そうだ、今は博士の新しい催眠治療装置の試験中だった。点滴と電磁刺激の組み合わせで悪夢を快夢に変えるという画期的発明。助手の私は強制的に起こされては、状況を報告して夢に戻る。
「君たちの目的は、決議かそれとも共存か。米越が事実上和解した歴史を勉強し給え。正義を振り回すのは馬鹿のやる事だ」
 原則論のR国とも、ウォッカを十本空けた挙句に意気投合。「我が領土と権益が守られる限り静観する」との譲歩を引き出す。
 最後の強敵は鍵を握るC国。失敗続きで、諦め半分に設けた会食で大逆転した。杯を交わすごとに相手の理解度が良くなり、経済特区の要人と会う頃には大歓迎を受けた。紹興酒で乾杯し食卓につく。
「広東名物、蛇の唐揚げです」
「ぎゃあっ」
 八つの口から泡を吹いてぶっ倒れた。遠くで博士の声が聞こえる。
「こいつめ、ウワバミだったのか」

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第86回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(たぶん好感触10)

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2012年5月 1日

納得できない

 生物学や地質学の多くの証拠が、世界がかつて一体だった事を示唆している。だが、マントル対流すら知られていなかった当時、大陸を具体的に動かすメカニズムをウェーゲナーは完璧には説明できなかった。理論と証拠の両方が揃ってこその学説である。学会の重鎮たちは彼の説を馬鹿にし、不自然な辻褄合わせで説明した。納得できない彼は自説を本として出版し、新しい証拠を集めては改訂を重ねた。その執念が実り、彼の死の数十年後に大陸移動説は甦った。
 量子力学は逆のケースだ。ボーアやハイゼンベルクといった学会の巨星たちがアインシュタインを何度論破しても、「神がサイコロを振るとは信じられない」と言い切ったこの大科学者を納得させるのは不可能だった。ボーアはそれでも良しとした。というのも、碩学が最後まで立ちはだかったからこそ量子力学は堅固な学問となったのだから。
 第三のパターンもある。バイオ先端企業に勤めるA子は、もう何年も進化論に関する実験を重ねている。
 自分に相応しい最高のパートナーを求めているのに、選んでしまうのはハズレばかりだそうだ。
「種に保存本能があるなんて絶対信じないワ」
 彼女を納得させる男は現われるだろうか。

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第84回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(納得できない25)

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2012年4月30日

頭蓋骨を捜せ

「頭蓋骨が消えています」
 医師が俺のX線写真を指差して言った。「最近、高齢者に多いんですよ」
 付き添いの娘は眉を吊り上げ、食ってかかる。
「どこに隠したの」
「な、なぜ俺のせいにする?」
「いろんなものを隠して失くすくせに。こないだなんかクッキーの缶がトイレの棚から出てきたのよ」
「ぬれぎぬだ!」
 その日から、家族あげての大捜索が始まった。
 押し入れの奥をひっくり返す。
「あ、へその緒だ」「ボクの乳歯」
 物置をのぞき回る。
「こんなところに婚約指輪が」「ヤバい、昔の通知表だ」「きゃー!」
 息子は垣根の中に昔隠したガラクタを見つけ、孫は屋根裏で海賊マンガを読みふける。まるで、わが家はタイムマシンだ。懐かしくて、うきうきしてくる。
 気がつくと、俺の手に頭蓋骨が握られていた。
「どこで見つけたのよ?」
 本当に覚えがないのだ。
 ともかく病院に持って行き、埋め戻してもらった。それ以来すこぶる頭が冴えて調子が良い。
 騒動を忘れかけたある日、博物館から電話があった。標本室で見つかった頭蓋骨がDNA鑑定の結果俺のものだとわかったそうだ。
「それがですね、代わりに北京原人の頭蓋骨が消えているんですよ。心当たりありませんか」

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第83回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(頭蓋骨を捜せ27)

合作しているうちに三つのバージョンができ、最終的にはこれを採用しました。ほかの2バージョンを読むには、「続き」をクリックしてください。

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続きを読む "頭蓋骨を捜せ"

2012年4月29日

スクリーン・ヒーロー

 主役を誰にするかで妖怪たちが騒いでいる。
『やっぱり俺様だろ?』
 分身術が得意なクローン・ヒーロー、研究と称して受精卵をでっちあげる博士より正直な嘘つき猿。
『食べ物を大切にする事にかけちゃ一番だぜ』
 残飯も平気で食べるクリーン・ヒーロー、賞味期限の名の元に食物を廃棄するエコ貴族より地球に優しい化け猪。
『地球の3分の2は海だって知らないのか?』
 水中を護衛するスクリュー・ヒーロー、守るはずの漁船にぶつかる護衛艦よりも安全な人食い河童。
『水を司れば世界も意のまま』
 人の傲慢に天災で応報するスコール・ヒーロー、水循環を破壊するダムより野山を潤す白馬の竜。
 そこに乱入するは、
『熱を抑える者こそ未来を制す』
 火炎山を制御して五穀を育てる干支魔王、省エネと言いつつ牛肉を食す輩より無駄の少ないグリーン・ヒーロー。
『なんでもお見通し』
 最後に現われたのはスクリーニング・ヒーロー、手紙で済む申請を出頭しないと受け付けない役所より話の早い観音様。

 騒ぎの陰で、
『私を忘れないでおくれ』
 馬上の人は早くもカメラに捕われて、逃げる事もままならず、まさにすくえーん男!
 そう、今はヒーローよりも無能な美形がスクリーンに選ばれる時代だ。

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第82回タイトル競作参加作品です。会場はこちら(スクリーン・ヒーロー7)

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2012年4月28日

黒い羊

正しい教育によって国際競争における日本の位置を高める事は、国および関係諸機関の果たすべき最大の使命である。教師の資質の問われる昨今、学級経営と学力指導の両方を一教師に求める事は困難であろう。学校の評価が試験結果並びに進路に強く依存している事を考えるならば、教師は学力指導に専念すべきで、故に学級経営の簡易化が急務である。
特定生徒に対する徹底的差別により集団が鎮静化する事は、経験的に広く知られている。弱者に人権は存在しない。

……公には存在しない通達だな。校長以上で、しかも真意を理解出来る者しか読んではいけない。君のように読解力の無い教師は特にね。
 学力なんてどうでも良いんだ。欲しいのは、企業や政府にとって善良な羊となる生徒だ。黒い羊を白く染める調教、その為の独裁教育なんだよ。だからスケープゴートは白羊から選ばなくちゃならん。白を黒と言いくるめてこそ秩序が保たれる。
 君は愚かなことをした。本物の黒い羊を選んでしまったんだからな。マスコミ沙汰となり、皆が困っている。心的傷害も立派な傷害罪だ。
 まあ一度の失敗にめげないで頑張ってくれ。今度は君が黒い羊だ。檻の中を経験すれば立派な教師になれると言うぜ。 ……もっとも、教師の口が有ればだがな。

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第81回タイトル競作参加作品を改稿したものです。提出した作品はこちら(黒い羊21)

この短編の発想の経緯については、BUTAPENNが「黒い羊」というタイトルでブログ記事を書いたことがあり、そこに書いた事件を根底としています。

→ →ブログの記事「黒い羊」へ

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2012年4月27日

たまねぎ

「たまねぎに気をつけろ」
 鬼船長は突然そう言った。
 意味不明。だが、恐くて訊き返せない。とりあえず厨房に行く。
「せ、船長が言ったのか?」
 料理長は蒼ざめて過去のメニューを調べ始めた。最高でない料理は一つもなかったのに。
 倉庫番に訊くと、
「鼠!」
 あわてて猫型ロボットを取りに行く。
 医務長は薀蓄を傾ける。
「血栓を予防し、睡眠を促し、便秘に効く。大昔は壊血病予防にも……」
 延々と続くので、途中で逃げ出した。
 庶務のオールドミスは、
「なによ、私の髪がタマネギだって? え、船長がそう言ったの? ふふ、私って罪作りね」
 誰もがこんな調子だ。船長が鬼になるのも仕方あるまい。
 嘆息していたら副船長に叱られた。
「混乱を撒き散らす場合か!」
 そうだった。地球着陸まであと半日、誰もが大変な時だ。私だって最後の船外活動が迫っている。正直にわかりませんと言って殴られるべきだった。
 ブリッジに戻ると、鬼船長が放射線モニタの前にいた。強く反応しているのはバン・アレン帯。宇宙服なぞ役に立たぬ危険地帯だ。地球を幾重にも包むようなその姿は、ドーナツ状と言うより……
「バカ、たまねぎも知らないのか」
 だが、口調は優しい。乗船して初めて胸が熱くなった。

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第80回タイトル競作参加作品を改稿したものです。提出した作品はこちら(たまねぎ31)

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2012年4月26日

ジャングルの夜

 大都会の一角に佇む大邸宅。ここの舞踏会は、最高の狩場、清楚なドレスと優雅な物腰で出陣する。門番Aを笑顔で落とし、Bに賄賂を渡し、Cには知り合いの女から話がつけてある。笑顔と賄賂も彼女の入れ知恵だ。

 会場に導かれると、ヤシの林立する庭園の後ろにタキシードの密林が開けた。ここに出席を許されるのは並の男じゃない。その樹液を少し吸うだけで、あたしのような蛾は別世界に舞い上がれる。

 長身の男たちの間をシャンパン片手にくぐり抜け、美味しそうな樹を捜し求める。密林は歩くのが難しい。
「お嬢さん、よろしいですか」
「是非、お相手を」
 群がってくる男たち。
 でも、なにかヘン。第六感が告げる胡散臭さ。警戒して男達を見ると、なによ、同類じゃないの。
 寄って来るのは紛い物ばっかし。良くて二高、中には上げ底靴を履いた三低まで。それどころか素性の怪しい寄生植物までいる。ここはジャングルなの? 

 そのとき私の目はひとりの男に釘付けになった。正真正銘の本物だ。狩人の本能がむくむくと湧き上がる。あたしは彼に最高の笑顔を送った。心臓が高鳴る。
 近づいてきた彼は、他の誰にも聞き取れない声で囁いた……。

「遅かったな」
「え?」
「『インカの秘宝』は書斎でなくバスルームだ。さっさとやるぞ」
「ええと、あのう…」
 秘宝って先月、大統領官邸から盗まれたアレ?
 こんなの想定外よ。ちょっと、ヤバいかも。
 その時、あたしのハンドバッグの隅っこに、小さな異物が目に留る。時を措かず、脳内に危険を告げる胡乱な声が渦巻いた。

「正体を現したな。盗聴器に気付かぬとは、馬鹿なスパイ共だ」
 これが門番Bだとしたら……賄賂を受け取るとき、私のバッグに盗聴器をつけたのかも。

 ヤシの樹上に微かな光が見えた。望遠カメラ? 再び怪しい声が突き刺さった。
「諜報員なんてちょろいものよ。ダミーにひっかかった隙に、秘宝はこっちのもの」
 門番にコネをつけてくれた女! あいつなら言い兼ねない。あたしも諜報員も、まとめて騙してくれたわけね。

 慌てて意識をゲートに向けると、今度は呟きを感じる。
「二重スパイってわけか。泳がせただけの事はあったな。よし、踏み込むぞ。スパイもろとも一網打尽だ」
 門番Aって警察だったの? あたしの笑顔に落ちたふりをして……。

 ああ、もうこんがらがって来ちゃった。えっと、Bが実は盗賊で、スパイに罠を仕掛けた主催者って事かしら。そのスパイは2人いて、あたしを仲間だと思ったイイ男と、門番Cを紹介した女で、しかも女は二重スパイ。もしかしたら、面白いかも。

 そう考える暇こそあらば、最後にとどめのテレパシー。
「ジャングルジム作戦発動」
 ぐらぐらっと地面が動く。
 星空に無数の円盤が現れ、大邸宅ごと吊り上る。
「成功!」
 にんまり笑った。
 あたしは面白いものは根こそぎ奪う主義なのよ。



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第79回タイトル競作参加作品を改稿したものです。提出した作品はこちら(ジャングルの夜13)

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2012年4月25日

ノイズレス

(きゃあ、遅れる)
 私は南北問題の特別講演に滑りこんだ。

「…SN問題は」
(ふう、間に合った)
「世界的な…」
 しんとした会場では、マイクの雑音が目立つ。

「…Nの増加に対してSは対数 logN でしか増えない」
(マルサスの人口論ね。人口が爆発しても、食糧や資源はさほど増えない)
「…いかにSを…」
(さっそく本題ね)
「…温度を下げて…」
(食糧危機って地球温暖化のせい? あっ、投機の加熱って事か。確かに冷却が必要よ)
「…フィルター…」
(投機マネーをspamとして排除する訳ね)
「…サンプルを増やして…」
(品種を増やすってこと? そもそも代替燃料のせいでの食糧危機なのに)
「…Nを減らす…」
(げ、これは思わなかった。確かに少子化は地球には優しい。でも途上国の口減らしとなると……)
「…閾値を高くして切る…」
(ノイズとして殺すって事? …とすると、わざと食料を高騰させて、飢餓や内戦を煽り……悪魔!)

 思わず席を立ち上がると、回りは理系の奴らばかりだった。次第にホワイトノイズに支配される頭の中に微かにマイクの声が聞こえて来る。
「…N=サイト数、エントリー数、レス数、文字数…」
 はっとして、あらためて題目を見直す。
『情報学講座:ノイズレス設計 ―ネットのS/N比の改善に向けて』
 ――教室を間違えた!

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第78回タイトル競作参加作品を改稿したものです。
提出した作品はこちら(ノイズレス13)。逆選王をいただきました。

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