宿業の双子
宮武鳴


 彼はカーテンを開き、日光を入れる。
「やあ、姉さん。今日も良い天気だよ」
 銀の長い髪、薄い青の瞳。
 端正な顔に、少年は笑顔を浮かべる。
「そう…」
 姉は気だるそうな様子で、目を細めた。
 彼女はベッドに横たわったままだった。
 長い黒髪は艶を失くし、その緑の瞳は虚ろだ。
「可哀想な姉さん…」
 彼は姉を見やり、目を伏せる。
 彼らは双子の姉弟だった。年は共に16。
 幼い頃、姉は何と生命力に溢れていたことか。あの美しさには、誰もがため息をついたものだった。
 反対に、幼い頃はみすぼらしかった自分。
 今や、逆転してしまっている。
「すまないね。私がこんなんじゃ、二人で外に出るという夢も果たせそうにないね」
 姉は不意に、謝った。
「何を言ってるんだい?僕らはきっと外に出るんだ!」
 生まれた時からずっと、こんな狭くて無機質な部屋しか知らなくて。
 彼らにとって、外は永遠の憧れだった。
「…あいつに頼んでみるよ」
「無駄だろう」
 姉は弟の提案を一蹴する。
「あいつは私達を外に出す気なんてないさ」
「そんなことはない」
 意固地な弟は、鉄格子の嵌まった窓を睨み付けた。

 昼になると、いつもの男が食事を持って来た。
「やあ」
 白衣に身を包み、冷たい目をしたこの男。
 双子は生の人間といえば、自分達を除けばこの男しか見たことがなかった。
「元気そうだね、アダム」
「ああ。でも、姉さんは元気じゃない。彼女を元気にしてあげて」
「私には無理だ」
 言うと思っていた。
「なら、僕らを外に出して」
「それも無理だ。―――ガイア、大丈夫かね?」
 男は姉に呼び掛ける。
「…ああ」
 男は姉の病状に満足したかのように、唇を歪めた。

 ガイアは日に日に弱っていった。
「私はもう死ぬかもしれない」
「そんなわけない」
 否定するも、アダムは不安を消せなかった。
 それほど、ガイアは弱っていた。
「―――アダム、私は大切なことを言うよ。私はずっと前に私達が何であるかを聞いていたんだ」
 ガイアは弟の頬を両手で挟み、目を真っ向から見据えた。
「何だって?僕らが“何”であるかだって?」
「ああ、そうだ。もう私は死ぬだろうから、言っておくよ。どうせいつかあの男が言うかもしれないけど、私の口から言っておきたいんだ」
 姉は恐るべきことを語った。

 私は“地球”を表す。
 お前は“人間の文明”を表す。
 人間は地球が滅び行くことを感知した。しかし、いつ地球が本当に息絶えるのか知らなかった。
 だが、時間を計るためにも知りたいと思った。
 だから、私達が作られたんだ。
 対となった双子。
 人間の文明は段々繁栄した。それと同じように、お前は段々生命力に満ちて美しくなって行った。
 地球は人間に段々と環境を破壊されて行った。それと同じように、私は段々と病んで行ったのだよ。
 私達は、地球と人間を体現していたんだ。
 少し前まで、私には地球の凝縮した時間が与えられていた。
 でも今は、完全に地球とリンクしている。
 私が死んだ時、地球も死ぬだろう。

 アダムは首を振った。
「それじゃあ、僕が姉さんを殺すことになるのか?」
「私…地球を殺すのは、人間の文明だ」
「一緒じゃないか!」
 だって、自分達は“そのもの”なのだから―――…。
「自分を責めるんじゃないよ、アダム。こうなることがわかっていて、あいつらは私達を作ったんだから」
 姉は優しかった。
「お前はきっと、他の人間と一緒に地球を脱出するだろう。私はそれを責めない。お行き」
 最後まで。

 離れ行く大地を見下ろし、アダムは嗚咽を漏らす。
 自分達は死に行く地球を去る。
 自分は死に行く姉を残して行く。
『お行き』
 囁いたのは、姉の残像か。
 それとも青い星か。


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