ゲーム編



 私は教育者としての誇りにかけて、セフィロトに最高の教育をほどこそうと決意した。

 【すずかけの家】も辞めた私は、朝から晩までつきっきりで彼を指導する毎日が始まった。
 午前中は、「美しい話し方」と「音楽」と「絵画」と「社交マナー」。
 午後は、「お茶」「お花」に加えて、日替わりで、築地の一流料亭の板前やフランスのパティシエの料理指導、世界トップレベルの物理学や生物学教授の講義を受ける。
 夕方は気分転換にボクシングジムでトレーニング、夜は専用の実験室にこもり、自由研究に励む。
「すごいわ。セフィ。作られてまだ1年に満たないのに、もう博士号を6つも取るなんて」
 私は、セフィロトの作ってくれた最高においしいケーキとコーヒーに舌鼓を打っていた。
「それに、社交界ではあなたの話題で持ちきりよ。優雅な物腰、深い教養。こんな素晴らしい男性は世界のどこを捜してもいないって」
 深い満足の吐息をつく。
「あなたは私の理想とする最高の男性に育ってくれた。鼻が高いわ」
 うなだれていたセフィロトが、そのとき顔を上げ、ぽつんとつぶやいた。
「胡桃。わたしは胡桃の自慢のために、存在しているのですか?」
「え?」
「毎日、毎日、あなたの命じるとおりにやってきました。喜ぶ顔が見たくて。でもあなたの要求は際限がなかった。少しでも意に背けば、冷たい視線を浴びせられた。
わたしはもう、あなたの顔色をうかがうのに疲れました。あなたは本当の意味でわたしを愛しているのじゃない。自分のプライドのためなんです。
もう我慢できない。あなたの言いなりになるのはたくさんだ。わたしは……、
わたしは、あなたのロボットなんかじゃないっ!」
 彼はそう叫ぶと、部屋を飛び出して行った。
「いや……、とは言っても、ロボットなんだけどなあ」
 という漫才のツッコミさながらの私のつぶやきも、彼には届かなかった。

 それからセフィロトは、家に帰ってこない。
 噂によると毎夜、繁華街に出没しては自堕落な生活を送っているという。
 私の教育のどこが間違っていたのだろうか。
 今でも私にはわからないのだ。



 No.4「やさぐれエンディング」 ―― 初期化する?

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