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王子を殺した男
教会で聞いたたとえ話より





  牢獄の鉄格子が 音を立てる。
  中にいた 年若い男は
  うつろな瞳で 看守を見た。
  いよいよ このときが来た。

  「出なさい」
  数十分後に 彼の首は
  斬首台の木枠に 乗せられる。
  命乞いする つもりはない。

  無理もないこと。
  死に値する大罪を 彼はおかした。
  この国の たったひとりの王子を
  彼はその手で 殺したのだから。

  覚悟はしていた。
  この世に 未練などない。
  ただ 自分の愚かしさが
  身をよじるほどに 悔しい。

  王政を批判する男たちは いさぎよく見えた。
  まだ大人になりかけたばかりの彼。
  何も考えず ただ熱情を焚きつけられて
  黙って 凶器を受け取った。

  民衆ににこやかに手をふっていた王子は
  刃を胸に受け 紅の薔薇のような血を流した。
  碧の瞳で 悲しそうに彼を見つめ
  そして かすかに微笑んだ。

  陰謀の主導者たちは 彼を見捨てて逃げた。
  どれだけの悔恨の涙で 枕を濡らしても
  血の滲んだ拳を 壁に打ちつけても
  もう 失われた命は帰ってはこない。

  まるで永遠の回廊のような 石造りの地下道。
  やがて、つきあたりにまぶしい光。
  しかし そこには斬首台はなかった。
  代わりに、国王一家が立っていた。

  威厳のあるひげを たくわえた王が
  おほんと咳払いして 一歩進み出た。
  そのうしろでは 優しい王妃と
  愛らしい幼い姫たちが にこにこ笑っている。

  「わたしの息子よ」
  王は 死刑囚をそう呼んだ。
  「今日から きみは私たちの息子
  王女たちの兄君 この国の王太子だよ」

  「まさか まさか!
  俺は あんたの息子を殺したんだ。
  なぜ憎まない なぜ殺さない
  なぜ 俺を息子と呼ぶんだ」

  「そう したいのだよ」
  王は 慈愛に満ちたまなざしで 答えた。
  看守が 彼の手かせを外した。
  男には何もかもが 夢のようだった。

  囚人の衣を 脱がされ
  彼は身体を 清められた。
  ひげをそり 髪をととのえて
  りっぱな王服を 着せられた。

  「まあ 本物の王子さまのようですわ」
  と 言う者もいたが
  「やはり 育ちは隠せない」
  陰口を 言う者もいた。

  豪奢な寝台 ふかふかの羽根枕
  王宮の 品のよい調度
  りっぱな食卓で 毎日
  国王一家とともに 食事をした。

  「これを きみにあげよう」
  王は 指輪を彼にあたえた。
  「亡くなった王子の形見だ。
  肌身はなさず はめていておくれ」

  「これから毎日 きみには
  たくさん 教えることがある。
  内政 外交 日々の雑務
  やがてきみが この国を治めるときまで」

  覚えなければならないことは 多く
  無学な彼には ことのほか難しかった。
  くわえて 宮中のしきたり 礼儀作法
  しだいに彼は 息苦しさを感じ始めた。

  ある日 こっそり城をぬけだし
  おしのびで 酒場に出かけた。
  下品な話題 無作法な笑い声
  まるで ふるさとに帰ったようだった。

  それからたびたび 彼は街にくりだした。
  昼間から酒をあおり 女たちと戯れた。
  ある日 手持ちが底を突き
  はめていた指輪を売った。

  王は 彼を呼び出した。
  悲しそうな目で 見つめる。
  その手には 売った指輪がにぎられていた。
  「なぜ きみはこれを手放してしまったのだ」

  「俺は もうこんな生活うんざりなんだ。
  窮屈なだけの 王宮での毎日
  わけのわからない 執務
  俺はもともと 王子なんかじゃないのに」

  「おまえたちは 俺を苦しめるために
  こんなことを たくらんだんだ。
  おまえの息子を 殺した俺を
  本当は 赦してなんかいないんだろう」

  口汚くののしる 彼のことばを聞き
  王は ぽとぽとと涙を落とした。
  「きみは 信じられないのか
  私が きみを愛していることを」

  「真実を きみに告げよう。
  王子が きみに刺され
  血だらけで 瀕死の床にいたとき
  彼は 私にこう言った」

  『私を刺した あの若者を
  父よ 赦してやってください。
  そして どうか私の代わりに
  息子として 愛してください』

  『彼のおかした この罪は
  全部 私が背負いますから
  私の継ぐべき この国を
  全部 彼に与えてください』

  「そのまま彼は 息をひきとった。
  私は その遺言どおりに
  きみを 私の養子とした。
  きみを 彼のように愛するために」

  「きみが王子として ふさわしいか
  それは全然 問題ではない。
  私は 私のいとしい息子ゆえに
  彼との約束を 守りたいのだ」

  死刑囚だった 若い男は
  叫んで その場に泣き崩れた。
  胸を叩き 髪をひきむしって
  自分の罪深さを 嘆いた。

  どんなに自分が 赦されていたかを
  どんなに自分が 愛されていたかを
  何も知らなかった。
  知ろうとしなかった。

  かつて 王子を殺した男は
  王子として ふさわしい者となり
  やがて りっぱな王として
  国を 賢く治めたという。

  十字架の陰に来る者は 知るだろう。
  そこに架けられた御子の 遺言を
  「父よ 彼らを赦したまえ。
  その為すところを 知らざればなり」





赦すことの大きさ。赦されることの難しさ。十字架を見上げると、そのことが思い浮かびます。

このお話は、以下の本の例話からインスピレーションを得ました。
水草修治著「神を愛するための神学講座」

このページの素材は「ラボエーム」からいただきました。


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