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慈雨


遠くかすむ低い稜線
赤茶けた大地に くっきりと影を落とすように
白いペリカンが 空に弧をえがく
俺は乾いた地面に横たわり それをながめる

三日間というもの ひたすらライフルの引き金を引いていた
焼け付くような日差しの中 凍えつく寒さの薄闇の中
目をこらして 敵の兵士めがけて 無数の銃弾をあびせた
そのしびれていた指先さえ 今はもう感覚がない

一面髭でおおわれた 仲間の顔が俺を見おろした
「だいじょうぶか」
しかし俺の答えを待つまでもなく
深くえぐれた腹の傷を見て 悲しそうな目をした
「何かほしいものはあるか」

「水を」
かすれた声で俺は答えた
兵士はうなずくと、渓谷を降りていった

俺は空を見上げた
手をのばせば届きそうな 目を射るほど青い 空のすみで
地雷でちぎれとぶ四肢の形をした
薄絹のような雲が 浮かんでいる
この地方に何年も 雨は降っていない

目を閉じる
もう痛みはなかった
ただこのひび割れた唇を 湿す水さえあれば

幼いころ 父といっしょに登った北の山で
黒い岩肌に頬をおしつけて
伝い落ちる雪融け水を 心ゆくまで飲んだ
その清冽せいれつなまでの冷たさ

村の井戸
夕暮れに 水を汲みにきた女たち
中にいた ひとりの少女は
紫のブルカに顔を隠し 見えるのは鳶色の瞳だけ
頭に乗せたかめから
しなやかな動きに合わせて しずくが したたりおちる
その水は ほかの誰が汲む水より うまそうだった
今年で13歳になると 母は噂していた
俺よりひとつ年上の 遠い従姉妹

水を取りに行った兵士は いつまでたっても戻ってこなかった
死ぬとわかっている奴に 危険をおかして 水をやる馬鹿はいない
息ができない
全身が焼けつくようだ

楽園の清らかな水
涼しい木陰に流れる 乳と蜜
雪のように白い膚の天女フーリーが アッラーの殉教者を待つという

父は 俺の死を誇りに思ってくれるだろう
だが 母とふたりの妹は泣くだろう

俺は耐え切れず 目を開けた
青かったはずの空は いつのまにか
告死天使イズラーイルが舞い降りてきたかのように
灰色の裳裾を 広げていた

一滴 二滴
やがて 渓谷全体を激しい音が包み
無数の雨粒が ふりそそぐ
ぼろきれと化した俺の身体に
ひからびた喉に
叩きつける 神の恵み

慈悲ふかき アッラーよ
わが祖国を守りたまえ

ラー イラーハ イラッラー

この雨がやむ頃
死者の沐浴をすませた 俺の魂は
あの白い鳥とともに
大空を 駆け上る


*ラー イラーハ イラッラー = 「アッラーのほかに神なし」。 イスラム教徒の最も重要な信仰告白。


「競作詩集 雨」に参加した作品です。  → → 「競作詩集 雨」の前書き
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