A LIFEGAME

人生ゲーム


「人生はナンバープレイスだ」
 運転席の彼は突然、語りだした。ハンドルを握ると、理屈っぽくなる性格らしい。
 縦横の各列に同じ数字を入れてはいけないという、あのパズル。一生の幸不幸を全部並べても、つまるところ総計は一緒。努力して生きても何もならないというのが、彼の哲学だ。
「そうかなあ」
 と助手席の私。
 世の中そんなに公平じゃない。最初から一人だけにジョーカーが入ったババ抜きだ。とんとん拍子の幸運で生きている人間もいれば、私のように悪魔に付きまとわれ続ける人間もいるではないか。
「最後の1ピースがないジグゾーパズル」
「エースが一枚も場に出てこないソリティア」
「たまにジャックポットが当たるが、生産性の低いスロットマシン」
「いつも敵にチャンスをやる巡り合わせの神経衰弱」
 競争みたいに言い合っているうちに、車は砂利舗装の林道に入った。ゴトゴト揺れながらカーブを曲がるたびに、開け放した車窓から鮮やかな緑が流れ込んでくる。
 標高を上がるにつれて日が翳り、空気にひやりとした湿気が混じり出した。
「着いた」
 車から降りた私たちは、無言で立ち尽くした。
 衛星写真図では綺麗な薄緑色で、来る者をやさしく迎えてくれる草原に見えたのに。
 とろりとした練乳色の霧の中、そこには不法投棄の粗大ゴミが、どす黒く山と積まれていた。完全なリサーチ不足だ。
「どうする」
「どうするって、こんな場所で」
 私は路肩にうずくまった。やっぱり最後の最後まで、うまくいかない。
 やけくそで、またひとつ思いついた。「縦横斜めリーチなのに、上がれないビンゴ」
 二十回くらい人生を生きた気分。もうへとへとだ。
「ねえ、チャーリーズ・エンジェル」
 隣から彼の声が静かに下りてきた。「帰ろうか」
 さっきまでとは打って変わった非哲学的な穏やかさ。急に泣きそうになり、まだそんな感情が残っていた自分に驚く。
「うん。お茶の水博士」
 あと一回。あと一回なら、別のゲームを始めてみるのもいいかもしれない。
 大切に抱えていた重いカバンを、地面に下ろした。
「せっかく用意したのに、全部無駄になっちゃった」
「ホルモンを焼けばいい。練炭だと、ガスとは比べものにならないほど美味い」
「そっちは一生分の漂白剤だね。シーツでもかたっぱしから洗う?」
 彼は助手席のドアを開けると、しげしげと私を見つめて、言った。
「とりあえずは、ハンドルネームじゃなく、きみの本名を教えてくれるかな」





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第2回茶林杯 1000文字小説コンテスト (茶林小一さま主催)への参加作品です。
銅賞をいただき、ご褒美に茶林さん手作りのすてきなタイトルプレートまでいただきました。