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Chapter 12
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スミルナ王ゼリクは、アシュレイに背を向けて、寝室の高窓から外をじっと見下ろした。 「見たか。アシュレイ、この都のさまを」 「はい」 「わずか1ヶ月足らずで、この国は陥ちた。俺だって50年前には勇者として魔物どもと戦った男。決してこの国の軍備おろそかに したつもりはない。だが……」 王は悔しさに色をなくした唇を、わずかにひきつらせた。 「あのルギドは、それを完膚なきまでに打ちのめした。あいつが初めて俺の前に現れたとき、正直戦慄した。 リュートにうりふたつだったことも大きな衝撃だったが、それさえも些末なことに思えるほどの圧倒的な畏怖に身がすくんだ」 王は窓辺の回廊から、アシュレイを鋭い目で見下ろした。 「ルギドは残忍で、ずる賢い。歴戦の将軍のような老獪さと、赤子のように欲するものを根こそぎ奪う激情を合わせ持っている。 あれほどの男は今まで魔族の中にはいなかった。遠からず、人間の社会はすべてあいつの手に陥ちることを、俺は確信した」 王はゆっくりと階段を降りてきた。 「奴は地上に魔族の王国を築くと言った。しかし、あの男の本質は、破壊者だ」 「破壊者……?」 「古のティトスの予言書にこういう一節があったと聞く。 [多くの日数ののち、破壊する者世に現われん。 暗黒の翼広げ、すべての生ある者を滅するために] その書に予言された破壊者、それがルギドだ。俺の直感がそう告げた」 「でも」 アシュレイは反論した。 「ルギドは、いえリュートは人間の心を取り戻し、私たちの味方になると約束してくれたのです」 「本当に、その約束は奴の本心か?」 「もちろんです。現に彼は、魔将軍の一人を討ち取りました。この都を救い、魔王軍を撃退しました!」 「……ふーむ」 「それにすでにゼリクさまもお会いになった、ふたりの幼い兄妹ジルとリグも、ルギドが奴隷商人の手から助け出したのです。もし人間に仇なす心があれば、こんなことはしません」 「今は確かに、人間の心がまさっているんだろう」 ゼリクは挑むようにじっとアシュレイを見つめた。 「しかし、人間の側でやつを信じ受け入れる者はおそらく、おまえたち以外には誰もいまい」 「……ゼリクさま?」 「そのときルギドは人間の味方でいるだろうか。魔族の心を取り戻し、おまえを裏切り、魔王軍に復帰しようとするんじゃないか。 ……いや、もっと恐ろしいのは」 王は首を振った。 「人間にも魔族にも受け入れられない自分を知ったとき、あいつが全てを滅ぼす破壊者となりはてることだ」 スミルナ王は、はっと口をつぐんだ。彼の愛する十八歳の若者が、澄んだ緑色の瞳を涙でうるませているのを見たからだ。 「すまない、アシュレイ。馬鹿なこと言っちまった。忘れてくれ……」 「申し上げます! 陛下」 そのとき、寝室の入り口の扉のかげから、緊迫した報せが届いた。 「なにごとだ」 「はい。たった今、テーネ要塞からの使者と申す魔物が一匹、城門に現われた由」 「何だと? それでその用向きは?」 「いえ、それが……。陛下にではなく、自分たちの王子に目通り願いたいと申して」 「何?」 大広間で大勢の兵士が注視する中、細くかまきりのような顔をした、魔王軍の下級将校らしき魔族が現われた。 ゼリクは玉座に着き、アシュレイたちはそのかたわらに立つ。 そしてルギドは、玉座の真正面の朱毛氈の上に立ち、使者を出迎えた。 『我らの君の尊き御子であられるルギドさま。ご機嫌うるわしゅう』 使者は恭しくひざまずくと、口上を述べ始めた。 『御託はいい。さっさとラミルの言葉を伝えろ』 『はっ。魔王軍指揮官ラミル閣下のお言葉です。 ルギド殿下のこのたびのスミルナへの凱旋、魔王軍一同心待ちにしておりました。 完成相成りましたテーネ要塞は、殿下のご所有。 一刻も早くご帰還あそばされて、魔王軍の指揮権を御手にお返ししとう存じます。 以上です』 『フフ……』 口に笑いを含んでいたルギドは、こらえきれないように哄笑した。『アーハッハ……』 「ルギド?」 驚いて彼の腕を後ろからつかもうとしたアシュレイを、すばやく振り払った。 『ラミルに伝えよ。明朝、4人にて帰還する。歓迎の準備をしておけ、とな』 『ははっ』 使者は一礼してくびすを返すと、堂々と広間を退出した。 ルギドはゆっくりとゼリク王に向き直った。 ざわめきが兵や家臣のあいだから広がった。すべての者が彼を不信の目で凝視している。 「スミルナ王。今聞いたとおりだ」 その場の空気を意に介さず、彼は大声で言い放った。 「明朝、俺とアシュレイたちはテーネ要塞におもむく。魔王軍司令官ラミルと会い、奴らがこの大陸を引き上げるよう話をする」 「なんの条件もなしに、魔王軍は言うなりになるであろうか」 「言うことをきかせる」 家臣団のひとりが聞こえよがしに言った。「魔王軍の真の指揮官の命令なら、奴らも従うだろうよ」 ルギドはその声のしたほうをチラリとにらんだ。 「それだけだ。もう用はないな。俺は部屋に引き上げるぞ」 「ルギド。ひとつ教えてほしい」 ゼリクが峻厳な表情で問いかけた。 「何だ」 「そなたは、これからも人間とともに歩むのか。それとも魔族のもとに戻るつもりなのか」 ルギドは紅い瞳を細めて、王に微笑んだ。それはいたぶる獲物を見下ろす獅子の瞳だった。 「先のことはわからぬな」 翌朝四人の戦士は、テーネ川のほとりにそびえる要塞の前に立っていた。 ジルとリグは侍従長に世話を頼んで王宮をあとにした。もし自分たちが戻ってこなかったときのことも言い置いてある。 要塞は黒曜石を切り出して積み上げた、円錐状の巨大な建築物だった。 ひとつひとつの石がまるで定規を当てたごとく正確な、しかも巨大な長方体だった。 ――これを3ヶ月で造ったのか。 アシュレイたちは建設にたずさわった奴隷たちの悲惨な生活を思い、慄然とした。 川から水を引いた三重の堀に架けられたはね橋を渡ると、両側にずらりと槍を突き立てた魔王軍の兵卒が並び、彼らを出迎えた。 ゼダを肩に乗せたルギドが先頭に立ち、槍の交差するアーチの下を平然とくぐり抜けた。 「ヘンな気分だよな。魔王軍の敬礼を受けるってのも」 後ろからギュスターヴが続きながら、横にいるアローテにこっそりささやく。 「へ、変な気分どころじゃないわよ。足がガクガク……」 最後尾のアシュレイは剣の柄にいつでも手がかけられるように、油断なく身構えている。 四人は案内役の魔族に従って、螺旋階段をのぼっていった。 円錐の頂上近くまでのぼって見降ろすと、要塞の内装はすみずみまで幾何学的で、美しく機能的だった。だが、人の心を冷え冷えとさせるほど、生の営みを感じさせなかった。 最上階、最奥の部屋は、それまでと印象の異なるドーム型の高い天井を持つ部屋だった。 床を四角く切り取って水路がしつらえられ、壁や天井にゆらゆらと虹色の幻想的な模様を映しだしている。 一段高くなった奥の床の中央には、綾織りの敷物をかけた瀟洒なソファがあって、そこにラミルが腰かけていた。 緑色のうろこのある皮膚。鼻から口にかけてせり出した顔。目はたるんだ瞼をもつ爬虫類のそれであり、髪の毛が一本もない頭に飾りかぶとをかぶり、青い鎧を着けている。 人間の目から見て、唯一彼女が女性だと感じさせるものは、少し丸みを帯びたやわらかい身体の線だけだ。 『ようこそ。ルギド様』 彼女の声は、小型の弦楽器のように高く響いた。 『……いや、お帰りなさいましと言うべきかな』 ラミルはソファから優雅なものごしで立ち上がり、数歩近寄るとルギドに片膝を曲げてあいさつした。 『どうぞ、こちらにお坐りを。この部屋は今よりあなたのもの。あなたが主だ』 彼女は入り口にいるゼダやアシュレイたちを冷たく見やると、『そなたらはそこに待っておれ』 と言い残し、ルギドをソファに誘導した。 「ちぇっ、なんだよ。高ビーな女!」 ギュスターヴは聞こえないほどの小声で抗議した。 ラミルは侍女に持ってこさせた酒を自らルギドのもとに運び、彼の足元にひざまずくと、毒々しく泡立つ液体の入った杯を手渡して言った。 『王都では、わが精鋭の部隊が世話になったな。さすがと言うべきか、足止めにもならなかったそうだな』 『フ、あれが精鋭だと? おまえの統率力を俺は買いかぶっていたかな』 飲み干した杯を受け取ると、ラミルは微笑んで上半身をルギドの胸に押し付け、その唇をまさぐった。 「げーっ!」 ギュスターヴはそれを見て、思わず大声で叫んだ。 あわてて後ろを振り返ると、アローテも、おまけにアシュレイも完全に凍りついている。 ふたりの接吻はかなり長く続いた。 それどころか、ルギドの両手がラミルの背中や腰に回されるに及んで、アローテはよろよろと壁に手をついて座り込んでしまった。 「あ、あの2人、昨日今日の仲じゃないぜ」 ものごとに動じないことを自負しているギュスターヴでさえ、何度も生唾を飲み込んだ。 「ゼ、ゼダ、おまえ……」 『イ、イ、イエ! ナニモ知リマセン。ワタクシハ!』 しどろもどろでゼダが答える。 「それはな、何か知ってる奴の言うセリフなんだよっ!」 ギュスターヴは逃げ出そうとするゼダの尻尾を捕まえ、ぷっくりふくれた腹を鷲つかみにして壁に圧しつけた。 『ソ、ソンナ。オ内儀サマノ前デ、ソンナ……』 「へえ、アローテの前じゃ言えないような仲だったりするわけだな!」 「ゼダ」 アシュレイが思いつめた真剣な顔で近寄った。 「お願いだから教えてくれ。これは大事なことなんだ」 『ハ、ハイ』 その迫力に気圧されて、ゼダはしぶしぶと口を開いた。 『ルギドサマト、ラミルハ、何度カ夜ヲトモニサレタ、コトガアリマス』 「あ、あのトカゲ女と寝ただって」 ギュスターヴが頭を抱えた。「気持ちわりーっ。ルギドのやつ、何て神経してんだよ」 『オ、オ言葉デスガ、ギュスサン、ラミルハ魔族ノ目カラ見ルト、ケッコウナ美人ナンデスヨ』 「そ、そうなのか……」 『モチロン、魔王軍デ一番美シイノハ、ルギドサマデスケドネ!』 「なんか矛盾してねえか。魔族の美的感覚って」 「アローテ、だいじょうぶか」 アシュレイが苦しそうに口を押さえているアローテのそばに屈みこんだ。 「ええ。だいじょうぶ。ただちょっと…」 「ケッ、俺だって気分悪くなってきたよ」 ギュスターヴは痛々しい彼女から目をそらせながら、憤りを吐き捨てた。 「だいたいあいつはリュートの時から、女のことでアローテを泣かせてきやがったんだ。……ちくしょう!」 『アノ……、サシデガマシイコト、カモシレマセンガ』 弁護するように、ゼダが話に分け入った。 『モトモト、ラミルハ、ルギドサマノ王子トシテノ身分ヲ利用スルタメニ、近ヅイテ来タノデス。ルギドサマモ、ソレヲ百モ承知デ、魔将軍ノ一角ヲ取リコムタメニ、ラミルト契ラレタノデス。好キトカ、ソウイウ感情デハ……』 「それでもな」 ギュスターヴは怒鳴った。 「過去にどんな思惑があったにせよ、今ここで俺たちの前で見せつけるか? やっぱり奴と俺たちとは根本から考えが違う」 彼らの騒ぎをよそに、ソファの上の男女はやっと離れた。 女将軍はルギドの髪を撫でた。 『空腹なのではないか? 「食事」を持って来させようか』 『いや。俺は人間は食わないことにしている』 ラミルはぴくりと表情を変えた。 『では何を召し上がっていると……』 『家畜だ』 彼女はすっくと立ち上がると、あざけるように叫んだ。 『魔族の王子ともあろうお方が、家畜を召し上がっていると?』 『そうだ』 『ははは……』 ラミルは途端に態度を変えた。ぞんざいな口調で、 『家畜を食っている者を、私はこの要塞に主として迎えようとしていたのか!』 『ラミル』 腕組みをしたまま、ルギドは彼女をにらみつけた。 『猿芝居はやめろ。そんなこと、おまえはもうとっくに調べ上げていただろう』 『ふふ……』 ふたたびラミルは腰かけ、ルギドの膝に両手を置いた。 『さすがだ、ルギド。人間の犬となりさがった今でも、支配者の誇りは失っていない』 彼女は、唇を触れんばかりにして耳元でささやいた。 『私はあなたの味方だ。それは今も変わっていない。どうだ、私と組まないか?』 『おまえと組む?』 『そうだ。ここはあなたの顔を立てて、私が引こう。人間どもに恩を売り、思うままこの国を操るとよい』 『……』 『その代わり、他の大陸では私を助けてくれ。そうだな、サキニ大陸がよいかな? ハガシムを倒して守った国を、今度は私のために取るというのも一興だろう』 『……何をたくらんでいる?』 『私はハガシムのようなことはせん。あなたの考えどおり、王や商人たちに甘い汁を吸わせ、裏から糸を引く賢いやり方をしてみせる。人間どもも秩序をもって支配しよう』 『父王は、人間を皆殺しにせよと命じていたはずだが?』 『全世界を征服した王子とともに凱旋すれば、わが王もお怒りにはなられまい』 『そんなまわりくどいことをせずとも、他の魔将軍と組み、俺を倒せばすむことだろう』 『私はゲハジもアブドゥールも嫌いだ』 ラミルは妖艶な微笑を浮かべた。 『私を女と思って馬鹿にしている。だがルギド、あなたは違う。強く賢く、孤独で美しい。……私がこの世でもっとも愛しいと思う男』 顎の線を指先でなぞろうとする彼女をソファに残し、ルギドは立ち上がった。 『そうだな。……それも悪くない』 膝まで達する銀髪をふわりとかき上げ、額に手をやったまま考え込む。 ラミルは彼の腰にうしろからそっと腕を回した。 『決心はついたか』 『いや、もう一晩待ってくれ』 ラミルに一人ずつあてがわれた部屋を抜け出し、アシュレイ・ギュスターヴ・アローテの三人はルギドの部屋の扉を叩いた。 ルギドはソファに身体を半ば倒し片膝を立てて、左手には羽ペンを弄び、ぼんやりと紙に落書きをしていた。 「遅かった……な」 「酔っているのか」 円形のテーブルの上のほとんど空になった壷と杯にちらりと視線を走らせ、アシュレイは厳しい声をかけた。 「そんなはずなかろう」 ルギドは崩した姿勢のまま、入ってきた仲間たちを見ようともしなかった。 「座れ。話がある」 アシュレイたちは正面の椅子に腰をかけた。誰も口火を切る者はなく、しばらく重苦しい沈黙が続く。 ようやくアシュレイが口を開いた。 「話とは……? ルギド」 「ラミルと組もうと思う」 アローテが息を呑む音と、ギュスターヴが歯をきしませる音が響いた。 アシュレイだけは能面のように表情を変えなかった。 「組む……とは?」 「利害関係をともにするという意味だ。奴は何の条件もつけずこのテーネ要塞を俺に明け渡し、全軍を撤退する。俺はこの要塞からラダイ大陸全土を守る」 「……」 「そして、ラミルがサキニ大陸におもむくのを助ける。奴がサキニ全土を守る」 「守る、だと?」 ギュスターヴはテーブルに置いた両手を握りしめた。 「それはいったい、どういう意味だ?」 「文字通りの意味だ」 ルギドはなおも酒ににごった目を伏せ、落書きを続けた。 「人間を皆殺しにせよとの命を受けた他の魔将軍と、その五個師団の手から守るという意味だ。悪い話ではなかろう」 「おまえはいったい何を考えてるんだ!」 一語ずつ噛みつくように、ギュスターヴは発音した。 「つい今しがたまで、俺たちはサキニ大陸を魔王軍の手から解放するために戦ってたんだぞ。それを、あのラミルってトカゲ女にくれてやると言うのか?」 「人間の手で支配するより、はるかにましなのではないか?」 ルギドは嘲るような表情で彼を見やった。 「法外な値段で物を売って私腹をこやす商人。奴隷売買を見て見ぬふりをする役人。街角で飢えて死のうとしている貧民を救おうともしない王。……魔族のほうがよほど人間のためになる支配をすると思うが」 「ルギド。冗談を言っている……のよね?」 アローテは震える唇で無理に笑顔を作ろうとした。 「俺は本気だ」 「おまえ、あの女にたぶらかされたな!」 ギュスターヴは拳をふりかざして立ち上がった。 「あいつは信用できる」 「おまえが抱いた女はみんな信用できるってわけか」 ルギドは冷たい視線を浴びせた。「何だと?」 「おまえはいつもそうだ。昔から! 行く先々で、いったい何人の女と情を交わしたんだ? アローテがおまえを好きなことを感づいてやがったくせに。その目の前で酒場の女と抱き合って」 「ハハ……」 ルギドはソファの背にのけぞって笑った。 「それはいったい誰の話だ?」 「てめえだよ! リュート!」 「好きな女に自分の気持ちも伝えられない情けない男に言われたくはないな」 「やめろ、ふたりとも!」 アシュレイがあらん限りの声で怒鳴った。 「論点がずれている。……すわれ、ギュス!」 ギュスターヴは顔をそむけて、横向きに坐る。 呼吸を整えるまで待ってから、アシュレイが静かに言った。 「ルギド。本心なんだな」 「そうだ」 「魔族が人間を支配する世界を、おまえは認めるというのだな」 「そうだ」 ルギドは足を降ろし、ふたりは真正面から相対した。 「ほうっておけば争い合い、殺し合うしかない人間という下等な種族を、魔族が治めるのが真の秩序、真の平和。古代ティトス帝国で行われてきたあるべき姿だ」 「僕たちを、裏切るのか」 「裏切ったつもりなどない。俺は最初から魔族のためだけに戦ってきた」 彼は紅い瞳を少しさびしげに伏せた。 「人間を皆殺しにするという父王の今のやり方には、賛成できん。それは魔族の滅亡にもつながるからだ。しかしそれさえ阻止できれば、この地上に魔族による、真の秩序ある支配を行ってみせる」 「……おまえが支配者となることによってか」 「そうだ」 「ルギド!」 アシュレイはテーブル越しに、彼の胸倉をつかんだ。 「僕たちを利用したな! 仲間になったふりをして騙していたな!」 「利用したのはどっちだ!」 それを振り払うと、ルギドはアシュレイの首に手のひらを当てた。彼は声もなく後ろに吹き飛ばされ、椅子に沈んだ。マントの留め金が焼け焦げている。 「ルギド! やめて」 アローテは悲痛な声で叫んだ。 『アル ハル シャリク ティス、ティ オル ジュリス!』 もはやルギドは人間のことばを使おうとしなかった。 『俺を利用するだけ利用して、疑い続け忌み嫌うのは、おまえたち人間のほうだ!』 「やめてーっ!」 アローテは両耳をふさぎ、床に崩おれた。 「いや! いや! そんなことば聞きたくない!」 アシュレイは胸元を拳で押さえながらゆっくりと立ち上がり、奥深い森の木々の色をした感情のない瞳をまっすぐにルギドに向けた。 「もう僕たちは、君とはいっしょに行けない。……ルギド」 『そうか。残念だな』 ルギドも大きな吐息とともに立ち上がる。 『俺は明日、ラミルとともにここを出て、サキニ大陸へ行く。約束どおり全軍を撤兵させる。安心しろ』 彼はマントをひるがえし、呆然とする三人を残して部屋の扉に向かった。 「ルギド!」 アローテの声に一瞬立ち止まり、背を向けたまま冷たい声で言い残した。 『次にここに上陸するときは3日で全土を奪る。つかの間の平和を味わっておけ』 |
Chapter 12 End |
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