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The Chronicles of Thitos
ティトス戦記


Chapter 14


 勇者たち一行は、テーネ河畔に着いた。
 そびえ立つ黒の円錐を前にして、黒魔導士が抗議の声をあげた。
「何でまた、この要塞に来たんだよ。時間の無駄だろ」
「要塞に来たのではない」
 ルギドが落ち着きはらって答える。
「この下の遺跡に用がある」
「下の遺跡?」 アシュレイがたずねた。
「もともとテーネ要塞は、わざと遺跡の上に作らせた。この場所の地脈を利用するためにな」
「地脈?」
 アローテが鈴のころがるような声で聞く。
「地脈とは、天に風の道筋があり、気流となるように、地下に大地のエネルギーの流れる道筋。
それがところどころで、地上に噴出する場所がある。そのひとつがここだ」
 彼は人差し指をすっと上に突き出した。
「地脈の吹き出るところでは、俺たち魔族の魔力は強くなる。だから古来、魔族は地脈のあるところを好んで住処とした。
ガルガッティア城。ベアト海の旧魔王城。エトル海の現在の魔王城。この3つは正三角形を成している。
そして、2つの魔王城ともうひとつの三角形の頂点をなすのが、ここだ」
「だから、おまえはここに新しい拠点を作ろうとしたのか」
 勇者はあごに拳を当てた。
「待てよ。そうするとここにある遺跡というのは……」
「そう、地の祠(ほこら)。大地の元素(エレメント)を司る古代神殿だ」
「それじゃあ!」 ギュスターヴが目を輝かせた。
「また風の階(きざはし)みたいに、お宝がガッポリあるかも!」
「またあのゴーレムもね」
 アローテがうんざりしたように、つけ加えた。
「ゼリク王には強がって援助を固辞したが、ふところが心もとないのは確かだ」
 アシュレイは慎重に考えをまとめた。
「せっかくここにいるのだから、立ち寄らない手はないな」
「でも、要塞はスミルナ軍の魔導士の手で封印されているわ。中に入れるの?」
「無論だ。俺の建てた要塞だぞ」
 ルギドは進み出ると、結界呪文がいたるところに書きこまれた扉に近づいた。
 中央の丸い文様に手をかざす。その掌からみるみるうちに巨大な光球が生み出され、扉の円に吸い込まれてゆくと、音もなく巨大な扉が開いた。
「進むぞ。その横の、地下へ通ずる階段だ」


 黒曜石の壁に囲まれたせまい階段を下りてゆくと、その突き当たりに明らかに材質も、作られた年代もちがう扉があった。
「これも開くのか?」
「いや、これは俺が作ったものではない。今まで何度試しても、開いたことはなかった」
 ギュスターヴはあきれたように怒鳴った。
「それじゃあ、どうすんだよ。入れないじゃねえか!」
「そうだな。こうするか」
 ルギドはつぶやくなり、ふたたび右手を扉にかざした。
 先ほどと違ったのは、今度は大爆発とともに、扉がこなごなに割れたことだった。
「開いたぞ」
 ほかの皆は、爆風のショックでほとんど腰をぬかした状態で床に坐りこんでいた。ゼダなどは、壁にはりついて目を回している。
「こ、こ、この大バカやろう!」
 ギュスターヴが全員の気持ちを代弁した。
「力ずくでぶち破るつもりなら、そうと早く言え!」
「言わなかったか?」
「言ったわけないだろう。上の扉みたいに、魔法のしかけがあると思うじゃないか」
 一行はにぎやかに、遺跡の暗く長い廊下を歩きはじめた。
 ギュスターヴはまだ何やらくどくどと、ルギドに説教している。
 ルギドは知らん顔で、肩に止まったゼダの腹をくすぐりながら歩いている。
「お宝、おたから」
 アローテはジルとリグと両手をつなぎながら、三人で節をつけて歌っている。
「まったく……」
 ピクニックとしか見えない一団を後ろからながめて、アシュレイは両手で目をおおっていた。


   最初は壊れた扉からさしこむ光でかろうじて明るさを保っていた遺跡内も、地下2階ともなるとまったく陽は届かず、息苦しいほどの暗黒があたりをつつんだ。
 アシュレイは荷物からたいまつを取り出すと、魔法で灯をともした。このたいまつ自体がマジックアイテムで、通常の5倍、約2時間はもつ。
 灯りに照らしだされた廊下の壁面には、びっしりと極彩色の壁画が描かれているのがわかる。しかし、1万年の歳月と地下からの湿気で、絵の具ははがれ落ち、今は読みとれる部分はほとんどない。
 幼いジルとリグにも、1万年の歴史の重みと、ここの神聖さが肌で感じられるらしく、さっきまでのようには騒がなくなった。
『イイ匂イデスネエ、ルギドサマ』
 ゼダは鼻腔を広げて、胸いっぱいに空気を吸い込んでいる。
『カビト、ホコリト、瘴気ノ、ナツカシサヲ覚エル、匂イデス』
『そうだな。この暗さといい空気といい、気持ちが落ち着くな』
 その数メートルうしろでは、別の会話が交わされる。
「苦しい……。息ができないよ」
「アッシュ、リグが苦しんでる。空気が悪いのかしら」
「そうだな。このたいまつが燃えている様子を見ると、危険ではないようだが、念のため空気清浄呪文をとなえてくれないか?」
「ええ、わかった」
 深い地下のダンジョンや、有毒ガスの発生する火山地帯などを探検するとき、空気を安全なものにするのが、空気清浄呪文だ。
 アローテが呪文をとなえ終わると、細かい霧がゆっくりとほこりを包みこんで落ちてゆく。空気は見る間に冷たく冴え渡った。
 先頭のルギドとゼダが立ち止まり、怒りの表情で振り向いた。
「なんで俺たちに無断で、空気を汚す!」
「よ、汚す? 汚れた空気をきれいにしたのよ?」
「おまえたちには汚れていても、俺たちにとってはさっきの方が良かったんだ」
『ソウデスヨ! セッカク、イイ匂イダッタノニ』
 ルギドは言いたいだけ言い捨てて、プイと前を向いてしまう。
「ル、ルギドの奴、なんか今日はぶっ飛んでねえか」
 ギュスターヴはぼかんと口を開けて、彼の背中を見ていた。
「入り口の扉のときと言い、突拍子もない言動が目立つぜ」
「もしかして、僕があいつの裏切りを疑ったことを、まだ根に持ってるのかな」
 アシュレイは青ざめている。
「まさか。気にしてないって言ってたし、根に持つようなそんな奴じゃあ……」
 ギュスターヴは笑いを途中で凍らせる。
「いや。そんな奴だったかも」
「こ、恐い……」


 地下3階、4階と降りるにしたがって、深海のように空気は重くよどみ、足を踏み出すたびに帰れないかもしれないという恐怖が藻のようにからみつく。
 明るい声を出せば、場違いなにぎやかさを叱責するこだまが返ってくるので、自然と話し声はひそやかになる。
 冒険者が地下のダンジョンでまず越えなければならない関門がこのあたりにある。
 けれども先頭のルギドは、そんな彼らの恐怖心にはおかまいなく、ずんずんと先に進んでいく。
 あたかも行き止まりの壁も迷路も、1万年ぶりの訪問者を喜んで迎えながら、次々と彼の前からしりぞいては道を開いているようだ。
「待って! みんな」
 最後尾からけたたましい叫び声がした。
「どうした、アローテ?」
「ジルとリグがいないの!」
「なんだって?」
 全員があわてて、長く伸びていた隊列をかけもどった。
「さっきまで手をつないでいたんだけど、汗ですべって……」
 アローテが息をきらしながら説明した。
「あわてて手を伸ばしたんだけど、……いないの」
「戻るぞ! 百歩分だけ引き返す。それ以上は行くな」
 アシュレイが指示した。
 四十歩ほど戻ったところの壁ぎわの床に、子ども一人が通れるほどの小さな穴が開いているのが、たいまつに照らしだされた。
「ジル! リグ!」
 ギュスターヴが穴をのぞくと、下の空洞の底にふたりの顔がぽっかりと見えた。
「大丈夫か!」
「だいじょうぶ。リグが肘をすりむいたけど、大したことない」
「いったい、どうしたんだ」
「リグが足をすべらせて、穴から落ちそうになって、俺が引っぱり上げようとしたら、ふたりとも底まで落ちちゃって」
「ちぇっ、しょうがないなあ」
 ギュスターヴはローブのそでをまくりあげると、腹ばいになって思い切り手を伸ばしたが、ジルの手をつかむことはできなかった。
「もうちっとなのに……。ジル、その下はどうなってる?」
「暗くてよくわかんないけど、広いみたい。ずっと奥がある」
「どうする、アッシュ。別の降り口をさがすか」
「それよりゼダに入ってもらって、引っぱり上げてもらったら……」
 アローテは言いかけて、息をのんだ。
「キャアア! ルギド、何をするの!」
 ルギドは右手の中に、大きな雷撃球を生み出して、床に押し当てるところだった。
 大地震のような衝撃が床を突き上げ、4人を乗せたまま、見事に割れて落下した。
「いてて……」
 あわてて瓦礫の中からはい出すと、「ジル! リグ!」
「うん、ここだよ」
 ふたりは間一髪、壁にはりついて難をのがれていた。
「ルギド! てめえ!」
 ギュスターヴは完全にぶち切れて、うずくまっているルギドの首筋をうしろから締め上げた。
「いったいなんてことしやがる! 床ごとぶちこわすだなんて、ジルたちが下敷きになって死んじまうところだったろう!」
 ルギドはうつろな表情のまま、自分の手を見ている。
「おい、ルギド?」
『ルギドサマヲ、責メナイデクダサイ』
 ゼダがふたりのあいだに舞い降りた。
『ココハ、魔族ノ頭ヲ狂ワセル場所……ラシイノデス。私ハ、ソレホドデモアリマセンガ、ソレデモ意識ニ、霞ガカカッタヨウデス。キット、ルギドサマハモット……』
「ルギド、本当か?」
 アシュレイが思いきり、彼の身体を前後に揺すぶった。
 それで正気を取り戻したのか、ルギドは両手で身体をかかえこんだ。
「ここに入ってから、体が熱く……なって……、頭の中が……、魔力が……抑えられない」
「地脈ってやつが、ルギドの魔力を高めすぎているのかもしれん」
 ギュスターヴがすばやく判断した。
「アローテ。もしかすると絶対魔法防御呪文(アンチマジックシェル)が効くかもしれない。やってみてくれないか」
「わかったわ」
 魔法防御の結界がルギドを中心に開かれたとき、彼の紅い瞳はようやく焦点を定めた。
「効いたみたい?」
「ああ」
 ルギドは額の汗をぬぐうと、ようやく立ち上がってあたりを見渡した。
「すまん。迷惑をかけたようだな」
「まあ、いいさ」
 慰めるように、ギュスターヴが言った。
「それより、これは地脈とやらでおまえの魔力が高まっているせいなのか?」
「それも少しはあるだろうが、それだけではない」
 ルギドは、心配気に彼をのぞきこむゼダを自分のふところに抱くと、翼をなでた。
「おそらくこれは、大地の守護者【ガーディアン】の精神攻撃だ」
「大地の守護者? 今度はゴーレムじゃないのか?」
 アシュレイがたずねた。
「守護者は神殿ごとにちがう。風の神殿の守護者は大地のゴーレムだった。たぶん地の神殿の守護者は……」
「大気系のやつってわけか」
 ギュスターヴは正解を言い当てた。「この神殿じゅうに満ち、精神攻撃をしかけてくる奴」
「だが、その攻撃を受けるのは、強い魔力を持つ魔族にかぎられているようだ」
 ルギドは眉をひそめた。
「いったい奴はなぜ魔族から神殿を守っているんだ……?」
「行こう。この先がどこかにつながっていそうだ」
 アシュレイはたいまつを高くかかげ、自ら先頭に立って歩き始めた。


 地下7階まで降りると、今までの細い廊下が消え、大聖堂のような空間が広がっていた。
 自然の造りだした鍾乳洞。にごった石灰質の水が天井から突き出す突起からしたたり落ち、ヒカリゴケのような地衣生物が、ごつごつした岩をくるんで、ほのかな光を放っている。
 一行は、結界を張ってその神秘的な空間で休憩をとった。
 アシュレイの持っていたたいまつは、すでに2本目がともされ、このダンジョンに入ってから、ゆうに3時間は経過しようとしている。
 ルギドを心配するあまり元気のなかったゼダも、自由に洞窟の中を飛び、岩肌のひんやりした心地よさを確かめるように天井からぶら下がっている。
 ジルとリグは目のない白いとかげを見つけて、捕まえようとおおはしゃぎで岩場を走り回った。
 ふたたび出発すると、行き止まりは意外に早く、地下8階だった。
 ひと目で最奥とわかる大広間。
 正面の岩壁に巨大な神像がそびえ、中央には広い円形の大理石の床が張りのべられ、円柱がその周りを取り囲んでいる。
 さらに中央に円形の祭壇があり、その台の上の空間にぼうっと光る塊が浮かび、とてつもなく強い魔力を持つ者の気配がする。
「あっ!」
 部屋に入ったとたん、一同は顔をしかめ、耳を押さえた。
 音でない音。声でない声。
 聖歌隊の大合唱に似たとどろきが胸を騒がせ、心臓を締めつけ、身体をしばる圧迫感となって襲ってくる。
「もう……だめ……」
 アローテがきれぎれに訴えた。
「アンチマジックシェルが……やぶられる」
 空気が破裂したような錯覚。
 ついで、耳鳴りを引き起こす非物理的な嵐が、彼らのまわりに渦巻きはじめた。
「ル、ルギド……」
 アシュレイは、耳を押さえながら魔族の背中を見た。
 荒い息づかいに肩が大きく揺れている。
 しかしその息は次第に規則的となり、やがて完全に止まった。
「グ……」
 低いうめき声を洩らすと、彼の両手のあいだに、今まで見たこともないほど巨大な魔力の光球が形を取り始めた。
「ルギド! やめろ!」
 アシュレイが叫ぶのとほとんど同時に、光球は膨れあがって爆発し、広間は轟音とともに、爆発、閃光、突風が荒れ狂う。
「きゃあっ!」
 ジルとリグをかばおうとするアローテを、さらにギュスターヴが身体で包みこんだ。
 アシュレイは左手で顔を覆いながら、なんとかルギドの衣をつかもうとした。
 燃えたぎる溶岩のような輝きを帯びた瞳は、すでに完全に正気を失っている。
[メネ……ウル……カルド……シン……]
 牙をむき出す口からは、古代ティトス語らしき音が途切れ途切れに聞こえてくるが、とても意味あることばとしてしゃべっているとは思えなかった。
 ふたたびルギドの手からは、先ほどよりもっと大きな光球が生み出されようとしていた。
「やめろ! そんなに立て続けに魔力を使ったら……体が持たんぞ!」
 到底聞かれているとは思えない言葉を、アシュレイはむなしく絶叫した。
 その叫びをかき消すような、2度目の爆発。
 ルギドは明らかに、中央の祭壇の上の存在に敵意を持っていた。しかし、その攻撃は当たらない。逆上のあまり当たらないのか、敵に逸らされているのか。
 どうにか突風が収まると、ギュスターヴは腕の中のジルとリグに叫んだ。
「今だ! おまえたちだけでもこの部屋を出ろ!」
「ギ、ギュスたちは……?」
「俺たちは、何とかルギドを正気に戻す! さっきの鍾乳洞までふたりで戻れるな? あそこにはまだ結界が残っているはずだ。その中でじっと動かずに、俺たちが迎えに行くまで待ってろ。
ジル、リグを連れて行けるな?」
「わ、わかった」
 ふたりは半泣きになりながらも、なんとか壁をつたって、入り口の扉のわずかな隙間から外に出た。
「アッシュ!」
 ギュスターヴはアローテの手を引っぱりながら、アシュレイのそばに這いより、耳元で怒鳴った。
「俺たち2人で、もう一度結界を作ってみる!」
「でも、アンチマジックシェルは、ここでは……」
「今度のは、もっと高度な結界だ。まだ一度も実戦ではためしたことがねえ」
 はためくローブを鷲づかみにしながら言う。
「アローテと俺のふたりがかりの呪文だ。しかもかなり長くトランス状態に入る。そのあいだ、どんな危険が及んでも動くことはできない」
「わかった。僕がそのあいだニ人を守る」
「しかも、ニ人同時に詠唱を終えなければ失敗だ。成功する確率は5分と5分」
「当てにしないで待つよ」
「しかも、完成する結界は、直径3メートル以下だ。その中にバーサーカー状態のルギドを何とか誘導しないと意味はねえ。めちゃくちゃ大変だぞ」
「まかしとけ……行くぞ!」
 ニ人の魔導士は、結界の大きさを見積もって向かい合わせにひざまずくと、呪文を唱えながらトランス状態に入った。
 トランスとは、魔導士がより高度な呪文を唱えるときに、魔法力を高めるため一種の恍惚状態に入ることで、そのあいだ防御力は完全にゼロになる。
 彼らは、独特の節回しをつけた詠唱をつむぎ出しながら、右手の指先で古代ティトス文字を空中に描き始めた。
 その軌跡は、光を帯びた飾り文字となり、空中にゆらゆらと円弧を描いて回り出す。
 ルギドは3発目の光球を生み出そうとしていた。
「ルギド!」
 叫ぶと、アシュレイは風のレイピアを鞘から放ち、彼に向かって横から切りかかった。
 なんとしても、ギュスターヴとアローテを直撃する光球を打たせてはならない。
 刃を左の小手で受け止めると、ルギドはうざったそうにアシュレイをチラリと見て、うなり声を上げた。
 なおもアシュレイは修羅のごとく切りつけた。
 自分の攻撃を邪魔されていることに気づいた魔族は怒りを覚えたらしく、攻撃の矛先をアシュレイに転じた。
 彼は猫のようにすばやく、心臓をえぐろうと爪を出してつかみかかってきた。
 アシュレイはそれを間一髪でよけると、斜め後ろに数歩踏みだした。
 ルギドがそれを追ってくると、さらにリズミカルにかわしてゆく。
 アシュレイはじりじりと後方に下がりながら、ルギドを結界の中に誘い込もうとしていた。
「できたぞ!」
 ギュスターヴが叫ぶのと、アシュレイとルギドが完成した結界の中に踏みこんだのとは、わずか数秒差だった。
 結界の円陣から天井まで光の文字の輪が垣となって浮かび上がり、一瞬強い光をはなったかと思うと、やがて視界から消えた。
「ハア……ハア……」
 あえぎ声が 静まり返った室内にひときわ大きく響く。
「おい、だいじょうぶか?」
 ルギドは地面にペタリと坐りこんだ。
「ああ、なんとか……」
 答えながらもまだ放心したような表情を浮かべている。銀色の乱れた髪は汗でべったりと顔に貼りついたままだ。
 祭壇の上の光る塊は、チカチカと瞬いたかと思うと、声を発した。
[人の子よ。我の精神波をさえぎる結界を作るとは、見事]
 それは古代ティトス語ではあったが、直接脳の中に話しかけてくる思念でもあった。
「あ、あなたが地の祠を守る守護者なのですか?」
 アシュレイは剣を鞘に収めると、居住まいを正して問いかけた。
[さよう。我が守護者だ]
 塊は次第に形を取り始め、青く光る巨大な人物像が祭壇に現われた。
[しかし、解せぬ……。なぜ人の子らが、「畏王(イオ)」と行動をともにするのか]
「え?」
[ 「イオ」だと?]
 ルギドは、剣の鞘を杖代わりにふらふらと立ち上がり、古代ティトス語を使って話し始めた。
[地の守護者よ。俺を「イオ」と呼ぶのか?]
[さにあらずと言うのか?]
[俺はイオではない。魔族の王子ルギドだ]
[何……、畏王ではないのか……]
 守護者は戸惑って、光の身体を揺らめかせた。
 それとともに、彼の出し続けていた精神攻撃は止み、耳鳴りも消えた。
[畏王ではないと? しかし、その身体、その顔、その魔力……。そなたから感じられるのは、畏王とまったく同質のもの……]
[なんだと?]
 ルギドは一瞬、次に続くことばを失った。
[俺のこの体は、リュートという人間のものだ。それを異次元に住む魔族の王「イオ」が魔族の体に作り変えたと聞いている]
[魔族の王だと。なんと、畏王が魔族の王とな]
 守護者は笑っているかのような、断続的な思念を放った。
[これは笑止……。魔族も人間もともに滅ぼさんとしたあの畏王が、今は魔族の王として君臨せると言うのか]
[魔族もともに滅ぼさんとした?]
 ルギドは守護者に怒鳴った。
[教えろ! 「畏王」とはいったい何者なのだ?]
[畏王とは、今の世から1万年前、ティトスと呼ばれる帝国が世界を支配していたころ生きていた人間]
[人間だと?]
[魔族の母を持った人間の王子だ]
 ルギドのみならず、アシュレイたちも我が耳を疑い、立ち尽くした。
[魔力によって全ての動力が生み出され、文明が繁栄していたティトスにおいて、唯一魔力を持たぬ人間族……。その人間族の王が魔族の娘に産ませたのが畏王。 ……そなたと同じ銀色の髪と紅い目を持つ王子だった。
しかし人間の中にあって強大な魔力を持つ畏王は忌み嫌われ、魔族の中にあっても、うとまれた。
畏王は憎しみのかたまりとなって、そのはかりしれぬ魔力を武器に、人間をも魔族をも殺戮せる破壊者となり、ティトス帝国を滅亡にみちびいた……]
「……」
[生き残ったわずかな魔族と人間とは、協力して畏王を捕らえ、その肉体を奪い、精神のみを異次元の牢に封印した]
 地の守護者は、形をなくして祭壇から姿を消し、ルギドを探るため、彼の周囲を帯のように回りはじめた。
[この神殿の封印は解けてはおらぬ。畏王がここにいることはない。しかしそなたは、あまりに畏王に似すぎている。……いや、畏王そのもの]
「地の守護者!」
 アシュレイは彼のつぶやきを聞き逃さなかった。
「この神殿は畏王の封印のために作られたのですか?」
[四つの神殿は、もともと魔族の各部族の城であったもの。畏王を封じたあと、神殿となった。畏王の真を虚に、虚を真とするために]
「え?」
[我には語ること、許されておらぬ。人の子よ]
 守護者は祭壇に姿を現わした。
[風・氷・炎の他の3つの神殿に行くがよい。すべてを巡りしとき、そなたは知識を得るだろう]
 そのとき、アシュレイたちの目の前で、信じられないことが起きた。
 結界の中に立っていたはずのルギドが消えた。消えたとしか見えなかった。
 そしてふたたび現われたとき、祭壇の真後ろに立ち、鞘から剣を抜き放ち、守護者に向かって振り下ろしていた。
 何かカチリと小さなかけらのようなものが祭壇の床に落ちた。
 それを見下ろす瞳は今まで見たこともない無機質の光を宿し、アシュレイたちはとっさに、それが彼だとは思えなかった。
 しかし次の瞬間には、いつものルギドに戻っていた。
「さっきこいつが、俺のそばを回っていたとき、奴の核がキラリと光ったのが見えた」
 彼は祭壇の床に落ちた青いかけらを拾い上げ、3人に見せてから、忌々しげに手の中で砕いた。
「よくも俺に向かって、あんな姑息な攻撃をしてくれたな」
「殺っちまうことはなかったんじゃないか? 話のわかりそうな奴だったのに」
 ギュスターヴが抗議すると、
「たかがガーディアン風情のくせに、俺に冷や汗をかかせたのだぞ! 万倍にして返しても気がすまない!」
「ああ……、やっぱり根に持つ奴だったんだ」
 アシュレイは頭をかかえた。
「それより、守護者をこの祭壇からどかせないと、宝は見つからなかったぞ」
 ルギドは祭壇に屈みこむと、大理石のタイルの一箇所を手で押し込んで、にやりと笑った。
「ほら、ギュスターヴ。おまえの出番だ」
「ようし、ルギド。でかした!」
 にわかトレジャーハンターはとたんに機嫌を直して、台座の下のお宝に飛びついた。
 小型の大地【テラ】神像のレプリカ。宝石や魔力回復石などとともに、風の階でも見つけた象嵌細工の小箱が見つかり、中には似たような茶色の小石が入っていた。
「ちぇっ、またこれか……」
 ギュスターヴは訳のわからないアイテムに眉をひそめた。
「まあ、とっておくか……。おっ、これは!」
 最後にみつけたのは、ぼろぼろの布にくるまれた一本の小ぶりの杖だった。水晶でできているらしく、時折不思議な光を放つ。
「きれい……」
 そばにいたアローテがそれを取り上げ、うっとりした目つきで杖を眺めた。
「おい、アローテ。今から鑑定するんだから返せよ」
「これは私のだわ……」
 彼女はそう言ってしまってからハッと気づき、恥ずかしそうにもじもじした。
「ご、ごめんなさい。なんだかそんな気がしたもんだから」
「いいよ、多分これはアローテのだ」
 アシュレイがにっこり笑って言った。
「アローテがこんなこと言ったのは、初めてだ。きっと引きつけ合うものがあったに違いない。な、ギュス」
「いいけど、呪いのアイテムってこともあるんだからな」
 ギュスターヴは、ちょっぴり恨めしそうな顔で杖を見やった。
「とりあえず収穫はこれくらいだ。あーあ、また最上級魔法に関するものはなかったなあ」


 最初の爆風で目を回していたゼダを助け上げると、四人はふたたび来た道を戻り、先ほどの鍾乳洞で、心細さに泣きじゃくっていたジルとリグのふたりと再会を果たした。
 全員くたくたに疲れており、その夜はその場でキャンプを張ることになった。
「ルギド。だいじょうぶか」
 アシュレイが、ほとんどものを言わぬまま岩に寄りかかって立っている仲間に近づき、その隣に腰をおろした。
「あまり大丈夫ではない……」
 ルギドは珍しく、本音を吐露した。
「体中の血を全部抜き取られたような気分だ。記憶が全然ないわけではないが、いったいどれだけの魔力を消耗したのか、見当もつかん」
「あんなに巨大な魔力の球を2発も撃ったんだからな。今だから笑い話だが、あのときは本当に死を覚悟したよ」
「アシュレイ、頼みたいことがある」
「何だ?」
「アスハ大陸に行ってもらえないだろうか」
「アスハ大陸?」
「実はおまえらには黙っていたが……」
 彼は腕の中でまだ意識を失っている使い魔を、じっと見つめた。
「テーネ要塞で助けた俺の部下から聞いた。魔将軍のひとりゲハジがアスハ大陸を侵攻している。そこにジョカルもいるはずだ、と」
「ジョカル?」
「俺の副官だった男だ。2年前、俺が魔族として生まれ変わったときから俺に仕えていた」
 ルギドは遠くをにらんだ。
「奴ならば、俺が何者なのかわかるかもしれん。俺と畏王のあいだに、いったいどんなつながりがあったのか」
「わかったよ。次はアスハ大陸に行こう」
「感謝する」
「いや、別に行き先を決めていたわけではないし、魔王軍が攻めているとわかれば、ほうってはおけない。
それに、あそこには氷の殿(みとの)がある。地の守護者はすべての神殿に行けば、封印の謎が解けると言っていたしね」


Chapter 14 End

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