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Gurrelieder
(グレの歌)


by 「魔王ゼファー」チーム



「おーい、悠里よ。ここが空いておるぞ」
「学校の体育館で入場無料とは言え、満員だな。見たことのある顔がいっぱいだ」
「ヴァルデミールが招待したのだろう。なにせ、奴は顔が広い」
「今日の演目はアルノルト・シェーンベルクの『グレの歌』。知っておるか?」
「ああ。こう見えても、クラシックの知識はちょいとしたもんだ。この楽曲は、デンマークのイェンス・ペーター・ヤコブセンが書いた『サボテンの花ひらく』という話のドイツ語訳に、シェーンベルクが曲をつけたものだ。後期ロマン派の傑作と言われておる」
「演劇ではないのだな」
「そのとおり。大編成のオーケストラと、ソリストや合唱によるカンタータ風の連作歌曲だ」
「アマギ……じゃなくて、おじいちゃんが、クラシック音楽に詳しいとは意外だったな」
「天才とは、左脳も右脳も、脳のすべての領域を使いこなせなければならんからな。そういうおまえはどうなのだ」
「無論だ。仮にも王たるもの、芸術の守護者でなければならぬ。ナブラ領の余の城にも、りっぱな劇場があったぞ」
「ふむ。アラメキアの音楽は、わしも聴いたことがある。花や草木をこする風の音のような、幻想的な音色だった」
「精霊の女王もよく歌会を催されていた。そういう意味では、かつて精霊の騎士だった魔王も音楽には造詣が深いはずなのだが。……これは極秘情報だが、地球の歌を歌わせると、とんでもない音痴らしいぞ。それで今回の舞台からは、はずされたわけだ」
「噂とすれば、なんとやら。ゼファーと奥方が来たぞ」
「まあ、ユーリさんと天城博士。お久しぶりです」
「久しぶりだな。ところで魔王よ、娘はどうした?」
「……ヴァルデミールとともに、舞台に上がることになっている」
「ヴァルさんも雪羽も大張り切りだったんですよ。毎日ふたりで夜遅くまで練習して」
「なるほど、それで不機嫌ヅラなのか。仮にも、おのれの従者が王の役で、娘がその恋人役とはな。おもしろくあるまい」
「中世デンマークの実在の王、ヴァルデマール四世の愛の悲劇。そもそもは、名前が似てるという理由でヴァルが抜擢されたらしいが、あの男が主人公では悲劇になりようがないわい」
「まあ、肩肘張らず、のんびりと見物するか。桟敷弁当でも食べながら」
「美味しそう。相模屋の特製お弁当ですね。そういえば、理子さんと会長さんが見当たらないわね」
「理子社長も、舞台に出演するというぞ。四郎会長は、ちゃっかりと校門の外で弁当を売っておった」
「……そっちは、鮭のおにぎりか。うまそうだな」
「手を伸ばすな。おまえらにやる分などない」
「あら、ゼファーさん、そんな。まだまだたくさんありますから。おふたりともどうぞ」
「ふん、おにぎりのことになるとムキになるところは、相変わらずだな」
「うーん。舞台も楽しみだが、観客席の会話も面白くなりそうじゃ」


第一部

夕暮れの景色の中にたたずむヴァルデマール王(ヴァルデミール)。グレの森にある狩りの城に住む恋人トーヴェを想って、歌う。
黒髪を梳いて肩に垂らし、冠と王服をまとったヴァルデミールは、別人のように凛々しく見える。

ヴァルデマール王 「いま黄昏がおとずれて」
 夕暮れが 海と陸の物音すべてを包み込む今
 雲は 天の端にたゆたい
 無音の平和は 森の風の門を閉ざし
 清らかな波は 揺れニャがら眠りに落ちる。
 西にて 太陽は緋の衣を脱ぎ捨て
 さざなみに包まれ 明日の輝きを夢見て眠る。


「ほう、ヴァルのやつ、なかなかうまいもんだ」
「早春の夜に歌う猫のような、甘く高いテノールだな」
「『な』が『ニャ』にならないように、猛特訓したんですよ」
「わはは。一箇所だけ間違えておったぞ」


侍従の娘トーヴェ(瀬峰雪羽)は、グレの城のバルコニーにたたずみ、歌う。
雪羽は、中世風のベールつき帽子とドレープの入った白いドレスを着ている。白が雪のような肌に映えて、とても美しい。

トーヴェ 「おお月光が静かに滑るように輝き」
 わあ、月がぽっかり すべり台であそんでる。
 まわりは、しーんとして、とっても静か。
 湖にあるのは、ほんとに水なのかなあ。
 森に立ってるのは、木なのかなあ。
 お空に浮かんでるのは、雲なのかなあ。
 あの地面の丸いのは丘なのかなあ。
 かたちも色も、全部変わっていくよ。
 神さまの描いた絵をぼうっと写しているんだよ。



「あ、あの姫さま」
 舞台の上で、ヴァルデミールは雪羽におろおろと言った。
「練習のときと、全然違うじゃありませんか?」
「だって、母上が気持をこめて歌いなさいって言ったんだもの」
 雪羽はすまして答えた。「むずかしいお歌じゃ、気持をこめられないから、ちょっと変えてみたの」
「わはは、二十世紀屈指の名曲が、童謡になってしまったぞ」
 天城とユーラスは、観客席で腹をかかえて笑った。


 ヴァルデマール王は、夕闇に心を急かされながら、トーヴェのいる城に向かって馬を駆っている。

ヴァルデマール 「馬よ わが馬よ」
 馬よ わが愛馬よ!
 おまえの歩みはなんとのろいことか!
 いや、そうではニャい。
 おまえの蹄の下で 道が早く流れていくのが見える。
 だが、もっと急いでくれ。森の茂みに入るまで。
 遅れぬようにグレに入りたいのだ。
 森が退いてゆく。、私のトーヴェのいる城が見える。
 森は我々の後ろに、暗い壁となって過ぎゆく。

トーヴェ 「星が歓呼し 輝く海は」
 星が 喜んでおどってる
 海の波は ドキドキする心臓みたい
 葉っぱは さやさやふるえて
 海からの風が いい気持
 お城の塔の 風見鶏さんも歌ってる。
 男の子は女の子にウィンクして らぶらぶ
 バラは背伸びして 遠くを見てる
 たいまつが明るいから 暗い森もだいじょうぶだね
 村では、犬がわんわん
 階段に足音が聞こえる
 もうすぐ あの人がやってくるよ



「魔王、いよいよ王とトーヴェの密会だぞ」
「……公衆の面前で、雪羽に三メートル以内に近づいたら、承知しないぞ」
「それではラブシーンにならんわい」


ヴァルデマール 「神の玉座の前で舞う天使たちの踊りも」
 エーアソン海峡から 輝くグレの胸壁を見たとき
 聖人たちが天国を慕い求めるよりも、あなたの口づけを恋い慕う
 たとえ、天国の輝きと 妙なる音と すべての天使と引きかえにしても
 私はこの城にいる宝を 決して手放さニャい!

トーヴェ 「今私はあなたにはじめて申します」
 今日はじめて言ったよ
 「あなたが大好き」って
 キスしたのもはじめて
 なのに、あなたは、もう何回もしてくれたよって言うの
 「王さまのバカ」
 「そうだよ。私はバカだ」
 「やっぱり、王さまはバカじゃない」
 「いや、バカだよ」
 「やっぱり、うそつき。だってちっとも遊びに来てくれないもん
 だから、庭のバラにぜんぶキスして散らしちゃった」



「うーむ。なかなか色っぽいな、雪羽ちゃんとヴァルの掛け合いは」
「……」
「ヴァルのやつ、理子社長に陥落したと見えたが、まだまだ雪羽ちゃんに未練たっぷりなのかもしれんな」
「……」
「こ、こら、悠里。わしの弁当まで食うな」
「ゼファーさんも、そのおにぎり、もう八個めですよ」


ヴァルデマール王はトーヴェとの逢瀬に心ときめかせながらも、胸に巣食う不安にさいなまれる。

ヴァルデマール 「真夜中だ」
 私もいつか 死人のように真夜中に起き上がる。
 吹きつける寒風に 経かたびらをかきあわせ
 褪せてゆく月の光の中で のろのろと進む。
 墓碑に心裂かれ
 最愛の名前を 地に書き記して
 地面へと倒れ うめくのだ。
 「我々の時は終わった!」

トーヴェ 「あなたは私に愛のまなざしを送り」
 夜が明けたら 星は消えちゃうけど
 真夜中になったら また出てくる
 死ぬって お昼寝みたいにあっという間なんだよ
 目覚めたら あなたの隣には きれいな花嫁さんがすわってる
 だから死ぬときは 金のコップでかんぱい!
 キスをして にこにこ笑いながら お墓に行こうね

ヴァルデマール 「不思議な娘トーヴェよ」
 不思議な娘トーヴェよ
 おまえゆえに 私は豊かになれる。
 満たされていない願望などない。
 私の心臓は軽く 心は穏やかだ。
 私のたましいは平和で 不思議な満足がある。


 ヴァルデマール王の妃ヘルヴィッヒ(相模理子)は、トーヴェのことを知って激怒した。
「なんてことなの。私というものがありながら!」
 巨体から放つ渾身の叫びは、会場の体育館の窓ガラスを揺るがした。
 嫉妬に駆り立てられた王妃は、トーヴェを塔から突き落としてしまう。
(伝承では毒殺なのだが、弁当の売り上げに悪影響があるといけないので、理子の希望で変更された)

森鳩の声 「グレの鳩たちよ」
 グレの鳩たちよ!
 私は恐ろしい知らせをもって 海を越えてきた。
 来て、聴け! トーヴェは死んだ!
 王の昼そのものだった彼女の目には夜が訪れた。
 彼女の心臓は 沈黙している。
 だが王の心臓は荒々しく鼓動している! 死の荒々しさに。

 王の肩に担われている棺を 私は見た。
 摂政のヘニングが彼を支えた。
 夜は暗く
 一本の松明を行く道を照らしていた。
 王妃が城で高く松明を掲げながら 復讐の思いに満ちているのだ。
 その目には 押しとどめた涙がきらめいていた。
 私は遠くまで飛び、嘆きながら捜して、悲しみを見つけた!
 王は農民の服に身を包み 棺とともに進んでいた。
 勝利をもたらした彼の戦馬が 棺を引いていた。
 王の目はギラギラと光り
 ひとつの眼差しを捜し求めていた。
 ぶつぶつとつぶやきながら ひとつのことばを求めていた。
 ヘニングが王に話しかけた。
 しかしそれでも 王は眼差しとことばを捜していた。
 王は トーヴェの棺を開き、
 唇を震わせながら 目を凝らし 耳をすませた。
 トーヴェは何も言わない!
 私は遠くまで飛び 嘆きながら捜して 悲しみを見つけた!
 僧は晩の祈りのために 鐘のひもを引きに出た。
 そこで彼は 棺がやってくるのを見 弔いの知らせを聞いた。
 太陽は沈み 死を弔う鐘が鳴った。
 私は遠くまで飛び 嘆きながら捜して 死を見つけた!
 王妃のハヤブサが
 残酷にも、グレの鳩を引き裂いたのだ。


「うわあ。王妃役は相模屋弁当の社長か」
「これは、かなり生々しい……というか、作り事とは思えなくなってきた」
「相模屋社長なら、浮気相手をどんな目に会わせるか……想像しただけでも恐ろしいな」
「彼女がこの悪役を喜んで引き受けた理由がわかったぞ。こんな役を演じられたら、夫になる男は怖くて、一生浮気なんかできぬわい」
 トーヴェ役の雪羽は、もう出番がないので席に戻ってきて、ゼファーの膝にちょこんと座った。
 ゼファーはようやく機嫌を直した様子で、大役を果たした娘に、おにぎりを食べさせている。


 第二部

 舞台の真中で、慟哭するヴァルデマール王。
 狂乱のあまり、王は神を罵り始める。

ヴァルデマール 「神よ あなたは自分が何をしたか」
 主ニャる神。あニャたは何故トーヴェを殺したのですか。
 私の最後の砦を奪って 恥とニャさらないのですか。
 貧しい者から、たった一匹の子羊を奪うような真似をニャさって。
 主よ。私はみずからが王であるゆえに、固い信念をもって言います。
 臣下から最後の光を 奪い取ってはニャらない。
 あニャたは間違っている。支配者でニャく、暴君だ。
 天使は あニャたを讃えて永遠に歌うが
 あニャたには 間違いを正してくれる者が必要だ。
 私がその役にニャりましょう。あニャたの道化師に!



「うーむ。なかなかの迫力だ」
「でも、せっかく特訓したのに、『ニャ』が急に戻ってきちゃったわ」
「それだけ、熱演しているということだろう」


 神を罵った天罰で、ヴァルデマール王は雷に打たれて死ぬ。
 第三部から、原作とは異なるアクション満載のミュージカルへと、舞台は一変する。


第三部 「荒々しい狩り」

 猫に変身したヴァルデミールが、舞台の中央に立つ。
 その後ろには、町中の野良猫たちが友情出演。

ヴァルデマール 「目覚めよヴァルデマール王の家来たち」
 目覚めよ、ヴァルデマール王の配下よ。
 錆びついた剣で備えをせよ。
 教会から、獣の印を施した埃だらけの盾を持って来い。
 馬の腐りかけた死体を呼び覚まし、金で飾れ。
 馬に拍車を当てよ。
 グレの町に行くのだ。今日は死者の復活の日だ!

 グレの街には、墓からよみがえった猫のゾンビがあふれ、人々は大パニックになる。

農夫の歌 「棺の蓋がパタパタと開いては閉じる」
 ごみバケツのふたがゴトゴトと鳴る。
 風にヒゲをふるわせ
 闇に目を光らせ
 軽々と 奴らが夜の中を行進する。
 高い塀も 狭い隙間もなんのその。
 鈴がじゃらじゃら 肉球ぷにぷに
 魚と見れば まっしぐら。
 にゃおんと鳴けば
 塔の風見鶏も あわてて逃げ出す。
 教会の扉もバタン。

「「「にゃーお!」」」


「まあ、ヴァルさんたち、ゾンビの真似が上手だわ。マイケル・ジャクソンの『スリラー』みたい」
「なんだ、それは?」
「しゅりらー!」


 奴らが来たぞ。
 さあ 布団をかぶって隠れろ。
 扉をひっかかれぬように
 十字を三回切って おまじない。
 猫のたたりに 会わぬように
 三度 神の御名をとなえるんだ。
 これで、夜の脅威に対して守られる。
 最後に、扉を鉄と石のバリケードで塞ごう。
 夕飯の魚が 取られぬように。


 一糸乱れぬ猫ダンスに、会場は大爆笑と大喝采。

 しかし、ヴァルデマール王の幽霊は、突然首をうなだれ、トーヴェを思い出して泣く。

ヴァルデマール 「トーヴェの声で森が囁く」
 トーヴェの声で 森はささやき
 トーヴェの目で 湖は見つめ
 トーヴェの微笑で 星はきらめき
 白き胸のように 雲はふくらむ。
 五感は 彼女に追いつこうとざわめき
 思いは 彼女の姿をとらえようと戦う。
 トーヴェはここにいて そこにいる。
 トーヴェは遠くにいて 近くにいる。
 トーヴェ、おまえは魔法によって 湖や森に縛られているのか?
 死んだはずの心臓が はりさけそうだ。
 トーヴェ トーヴェ
 ヴァルデマールは おまえに恋焦がれる。


 せっかくの熱唱も、観客には「にゃにゃにゃん」としか聞こえない。
 それでも、その哀切な鳴き声には、かえって心を打つものがあり、会場は静まり返った。

ヴァルデマール 「天上の厳しき審判者よ」
 天上の 厳しい裁き主よ
 私の悲しみを 笑いとばされるか。
 だが復活の時に 私とトーヴェがひとつであることを心しておけ。
 私たちの魂を引き離したもうな。私を地獄へと、彼女を天国へと。
 さもニャくば、私は力づくで あなたの天の軍勢を打ち破り、
 荒々しい狩りで 天国の門に攻め入るだろう。


 鶏が朝を告げて、猫の幽霊たちは光を恐れ、墓に戻っていく。
 場面は突然変わる。夏の嵐が吹き過ぎたあとに、生命の賛歌が語り手役と合唱によって歌われる。

語り手と合唱
 ――見よ! 風が駆け抜けていく。
 自由にくるくる回りながら
 湖の鏡のような水面へところげ
 そこで 果てしない波の踊りと
 星の青白い反射に包まれて
 静かに揺られ 眠りに落ちる。
 またたくまに 静けさが来た!
 なんと明るく まばゆいことか!
 おおテントウムシよ、花の巣から舞いあがれ
 そして美しい奥方に 陽光の踊りを乞うのだ。
 波も 岬のまわりで踊り
 カタツムリは 草の上をすべる。
 今 森の鳥たちは目覚め
 花は露を巻き毛から払い落とし
 太陽を見上げる。
 花よ、無常の喜びへと目覚めよ 目覚めよ。

 見よ! 日が昇る
 東の地平を朝の夢で彩る。
 もうすぐ夜の海から
 太陽がほほ笑みながら現れ
 明るい額から
 光の巻き毛をまき散らす。


「あー、腹がいっぱいだ」
「そりゃ、そうだろう。わしの分まで弁当を食うんだから」
 演奏会が終わり、瀬峰一家、ヴァルデミール、天城とユーラスは連れ立って、家路をたどった。
 太陽はビルの向こうに沈み、家の壁や公園の木々を赤く染めている。
 「グレの歌」で歌われていた、美しい森と湖、荒れ果てた悲劇の城に、彼らは思いを馳せた。
「それにしても、わからないのだが、アマギ」
 ユーラスが言った。
「あの最後は、どういう意味だったのだろう。王とトーヴェはいったいどうなったのだ?」
「ふむ。死をもってしても引き裂けないほど強いトーヴェの愛が、ヴァルデマール王を救済へと導いたという暗示が、あのラストの日の出の情景にこめられているらしいが」
 天城博士は、あごひげをしごきながら答えた。
「ラストをぼかしたまま終わったのは、不倫を大罪とみなす当時の風潮のためという説もあるようだな」
「あの王はやはり大罪を犯した。王という立場を忘れて女に心を奪われ、民を見捨てたのだからな」
 星が瞬き始めた藍空を見上げて、ユーラスは物憂げにつぶやいた。
 少年の高貴な姿に、天城は首をひねった。
(はて、このお方は今、何を考えているのだろうな。想っている女でもいるものか)
 博士は、前を歩いているゼファーのひとり娘にちらりと視線をやり、(まさか)と首を振った。
「それでは、みなさん、わしらはここで失礼する」
 四つ角で別れ、天城とユーラスは隣町へと帰っていった。
「ヴァルデミール。夕飯は、うちで食べるか?」
 疲れて口数の少ない従者をねぎらって、ゼファーが言った。
「ええ。ありがとうございます。でも、このところ練習で忙しくて、ずっと寂しい思いをさせたので、今晩は、あの……」
「理子さんのところへ行くんだよね、ヴァユ」
 雪羽に先に言われ、彼は真っ赤になって、うなずいた。
「おやすみニャさい。シュニン、奥方さま、姫さま。これで失礼します」
 長い黒髪をなびかせて、軽々と駆けていく若者の後姿を見送ってから、彼らは歩き始めた。
「ヴァルさんは、絶対に浮気をしないタイプですね」
「しないというより、できないだろうな」
「ゼファーさんも、そう?」
 佐和に真剣な顔でじっとのぞきこまれ、ゼファーはあわてた。
「あ、あたりまえだ。俺の場合は、できないのではなく、しないのだ」
「ふふっ。ちゃんと信じてますよ」
 雪羽は両親の腕にぎゅっと自分の腕をからませ、まるで命を懸けた愛に生き抜いてきた女性のように、穏やかに微笑んだ。





本編は、「グレの歌」の二次創作です。
歌詞は、原詞(ドイツ語)の英訳版から翻訳したものです。
ただし第三部の「農夫の歌」の歌詞は、大幅な改作をしています。

参考サイト:「永遠の名曲を求めて」グレの歌
「ベートーヴェン・プロジェクト」My Favorites「グレの歌」
「サボテンの花ひらく」日本語訳

iTunesで「グレの歌」の試聴ができます↓
ボストン交響楽団, 小澤征爾 & Tanglewood Festival Chorus - シェーンベルク:「グレの歌」




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