ときおり、訪れるのだ。こんな静かな夜が。 磁気嵐が最大局面に入るときは特にそうだ。旅行シーズンの狭間、いつもは順番待ちの定期航路の離着陸スケジュールも不思議とぽっかりと空いた、奇跡のような夜。 クシロ航宙ポートの管制ステーションは、明滅する夜光虫に囲まれた太古の恐竜のように、闇の水面に首をもたげている。 いつもなら昼夜を問わず50人の管制官がひしめくコンソールの前も、人影がまばらだ。 三神ユナは、そのひとつのシートに身体を預け、モニター画面に目を注いでいた。 地球管制区域内に航行するすべてのシップが青い点となって、船体認識記号とともに表示されている。その数もいつもよりずっと少なく、今は5機。着陸誘導中のものは一機もいない。そしてもちろん、その中に夫の乗船するYX35便のコールサインはない。 操縦系統のトラブルで航行不能になった彼のシップは、火星に曳航されたあとドック入りした。修理と特別点検を経て、五日遅れのスケジュールで火星を飛び立ったのは、まだ昨日のことなのだ。 『地球に帰ったら、大事な話があるんだ。できたら一日だけでも休暇を取ってほしい』 ビデオに映し出されたレイのいつもの穏やかな微笑。その奥に覗くかすかな苦渋は、妻である彼女だけがやっと気づくことができるほど完璧に隠されていた。 いったい、大事な話とは何なのだろう。今度の事故に関係があるのだろうか。 「眠気がさしたかね、三神くん」 後ろから声をかけられ、ユナははっと物思いから引き戻された。 50歳代の次席管制官・生方(うぶかた)が、彼女の椅子の背もたれに手をかけている。 ブースのメインモニター前の対空席に座っているのが、ユナ。その隣は調整席。 そのふたつの席の後ろの予備席に座っていたのが、生方だった。 「いえ、眠ってはいません。でも」 ユナは、正直に告白する。「注意がやや散漫になっていました。申し訳ありません」 「かまわん。状況を見ながら適当に息を抜くのも、管制官の技能だよ。緊張のし続けでは、ストレスで身がもたん」 ゆっくりと立ち上がって伸びをする生方の顔や腕は、ゴルフで真っ黒に日焼けしているので、照明を抑えた室内では透明人間のようだ。 一日四交替のシフトという不規則な激務をこなす航宙管制官は、体力をつける意味でもスポーツをたしなむ者が多い。ユナ自身は、居住エリア内のスポーツジムのプールで泳ぐのがせいぜいなのだが。 「隣の北橋くんは、ストレスを腹に貯めてしまったという体型をしとるじゃないか。ああはならんようにしないとな」 「あ、ひどいな。生方さん」 調整席に座っていたユナの二年先輩の北橋は、やや小太りの身体をうしろにねじった。 「でも、腹はともかく、先週の身体検査では、高血圧と言われちゃったんですよね。今度の休みはあまたのデートをすっぽかして、医療カプセル入りかな」 「高血圧は管制官の職業病のようなもんだからな。まあ、すっきりと腹をへこましてきたほうが、デートの成功率も上がるんじゃないか」 男性たちの会話に吹き出しそうになりながらも、ユナはモニター画面を注視していた。 突然、ヘッドセットからかすかに、ノイズの多い音声が飛び込んできた。 『……ヤ……、連……、応答……』 ユナの全身の血が沸騰する。モニターの画面に黄色い点滅はない。未確認シップだ。 「こちら、クシロ航宙ポート管制ステーション。位置を確認するための識別信号を送ってください」 『そっちは……、こだって?』 「クシロです」 『……いた。地球まで……が届いたのか』 驚きを含んだ、より鮮明な声。まだそれほど年配ではない男の声だ。 「こちらの声が聞こえていますか? トランスポンダーから識別信号を送信してください」 『聞こえている。……が無理だ。シップが大破し……る。トラ……何もかも……だ』 ユナの隣と背後で同時にうめき声が上がった。 「警急業務。北橋。第3フェイズだ。連邦救難本部に通報」 北橋はすぐ通信機に飛びつく。生方自身もユナの左隣の席に移り、計器の探査を始めた。 ユナは冷静な声で、なおもマイクに向かって呼びかけた。 「遭難機。今、銀河連邦に通報しました。すぐに救難チームが向かいます。通信手段を最大限に確保して、そちらのシップの状況を報告してください」 会話と会話のあいだに相当のインタバルがある宇宙空間通信。しかし、それを考慮しても、相手はかなり長い時間黙りこくっていた。ユナがもう一度コールしようとしたとき、ようやく応答があった。 『こちらは、RUBAB52、……型の貨物シップだ。火星を出発……球に戻る途中、飛……てきた隕……激突した。コックピ……投げ出……船体は……隕石の……部に引っかかった状……ている。パワーや……も含めて、すべてダウンだ。今、機能……るのは、あと付けの補助通信装……』 「了解しました。RUBAB52。あなたを含めた乗組員全員の状態はどうですか」 『乗員は、オレだけ……かにはいない。シップの生命維……置は壊れてる。スーツの酸素は、……あと、2時間だ』 ユナは絶句する。最悪の事態だった。あと2時間のうちに救援が到着しなければ、この乗組員は、窒息して死ぬ。 「そちらの状態はほぼ把握しました。RUBAB52」 声が震えないように細心の注意をはらう。 「救難シップの通信帯をお教えすれば、そちらから直接交信できそうですか?」 『銀河連……のバンドは知っている。だが、何度……かけても、応答がない。クシロ、あんたが唯一のレスポンスなんだ』 「わかりました。その態勢を維持してください」 ユナはマイクを口からずらして、大きく深呼吸した。向こうからの音声が心なしか、最初の頃より安定してきていることが唯一の救いだ。 「三神くん」 生方が険しい表情で、振り向いた。 「RUBAB52の航行計画は、航宙管理センターに提出されていない」 悄然として、うなずき返す。計画が提出されていない、すなわち違法航行ということだ。捜索を進める上で大きな障害となるだろう。 「RUBAB52。いいですか。貴船の運航計画票が見つかりません。また何らかの理由で自動救難信号もキャッチされていません。現在位置を把握するために、どうしてもコックピットの緊急用トランスポンダーを手動で操作して、救難信号を発信する必要があります」 『脚とあばらがイカれている。シップは衝……で、飴のように折れ曲がっていて、もうコックピットに……りつくことはできそうにない』 「あきらめないで。救助のために重要なことなんです」 『無理だ……』 「だいじょうぶ、きっとできます」 ユナは語りかけながら、思わず耳を覆いたくなる。ヘッドセットからかすかに聞こえてくる息遣いは荒く、震えていて、身体の痛みや死の恐怖と戦っている男の極限の精神状態を表している。 もし、この向こうにいるのが、夫だったら。壊れた船内にひとり取り残され、あと2時間の命を宣告されているのが、愛するレイだったら。 「だいじょうぶ、きっとできます」などという冷静なことばは出てこないかもしれない。泣き叫んで、ヘッドセットを放り投げてしまうかもしれない。相手が見知らぬ男だから落ち着いて、訓練で学んだ決まり文句を言っていられるのだ。 『わかった。……やってみる』 「落ち着いて。ゆっくり」 こちらから向こうの状況を知るすべは、相手のマイクから聞こえる音だけだ。だが、ユナの目には、男がそろそろと身体の向きを変え、隕石の上に横たわる銀色のシップの壁面を這って行くのが見えるような気がする。 「RUBAB52。あせらないで、過呼吸に陥ってしまいます。もっとゆっくり息を吐いてください。――そう、その調子です。ゆっくりと。 コックピットは見えましたか。一度に近づこうとしないで」 断続的に何度も、遭難者に向かって呼びかけ続けた。 知り合ったばかりのとき、夫が自分の体験を他人事のように話してくれたことがある。 「何日も何日も、目に映るのは広大な深淵のみ。気が狂いそうになる寸前の4歳の彼を支えてくれたのは、救難信号を送ったステーションのひとりの通信員の、一瞬も休むことなく呼びかけてくれる励ましのことばでした」 真闇の宇宙の中で自分のほかに誰ひとり生きるものを見つけることができない、絶対的な孤独。 その孤独から幼い彼を救うことができたのは、一本の命綱のように、マイクを通して聞こえてくる声だったのだ。 【ギャラクシー・ヴォイス】。 そのことばを聞いて以来3年。ユナは自分の声を受け取る人々の気持ちを考えて管制業務に就くように、絶えず自分に言い聞かせている。 「三神くん」 生方が、RUBAB52と同じ型式のシップの見取り図をユナの前のモニターに表示させた。コックピットの部分が大写しになり、緊急用トランスポンダーの位置が点滅して表示される。 『あった。前方に……クピットの残骸が見える』 「ゆっくり回りを見渡して、確認してください。帯電していたり、尖ったパーツがないか。なければ、静かに近づいて」 『だめだ、折れ曲がったチューブが邪魔……て、通れない』 「じゃあ、他の経路を探してください。軽く押してみて、取り除けられるところはありませんか。焦る必要はありません。ゆっくり」 緊張のあまり、汗が目の中にまで伝ってくる。 「替わろうか、三神さん」 調整席の北橋が申し出てくれたが、黙って首を振る。 『あった。何とか……に潜りこめそうだ』 「緊急用の手動レバーは、コンソールのAパネルの下に格納されています」 『暗くて、……にくい』 「取っ手部分が発光色で塗られているから、すぐわかります」 『……見つけたぞ』 「レバーを引いて、1966に設定。アイデントを送信してください」 『アンテナが開いた。1966に設定。……送信確認』 数十秒の沈黙。 「信号を捕捉したぞ」 生方次席が身を乗り出した。 「RUBAB52、こちらでも受信確認しました。おめでとうございます!」 『はは……。やったな。あんたのおかげだ』 「いえ、貴方が最後まで冷静に対処されたからです」 『オレは、ランドールというんだ。これからは名前で呼んでくれるか?』 「了解しました。ランドールさん」 いちどきに、涙腺がどっと緩む。あとは、最寄の救難センターからの救助を待てばよい。安堵にひたりかけていたユナは、しかし隣の生方の険しさを増した表情を見て、凍りついた。 上司の視線の先。救難信号の示す座標の記号が示していたのは、RUBAB52が、通常の火星航路からはるかに離れた位置にいること。 したがって、どんなに高速の救難艇であっても、火星航路上に点在している救難センターから向かうには2時間以上かかる距離であること。 乗組員が生きているうちに、救援が到着することはありえないのだ。 「RUBAB52……」 ユナの逡巡するような呼びかけの意味が、男にはわかったのだろう。逆に訊ねてきた。 『オレの現在位置は、どれほど通常航路からはずれているんだ?』 「近接点からおよそ15万キロです」 『そんなにか。警察艇を撒くのに、無茶苦茶にぶっとばしたからなあ』 笑いを含みながら答える。 『すまんな。お嬢さん。せっかくのアドバイスを無駄にしちまって』 絶句しているユナの隣で、生方も通信回路を開いた。 「RUBAB52。聞きなさい。最後まであきらめてはいけない。宇宙防護服の酸素は表示よりも若干長く持つ。四肢の力を抜いて安静を保ち、なるべく不必要な会話は控えて、酸素消費を抑えるんだ」 『ああ、わかったよ……』 沈黙すると、双方の間に横たわる数千万キロの虚無が、とたんに現実のものとなって感じられる。安全な地球にいる側でさえそう感じるのだから、まして宇宙の只中に放り出されている者にとって、沈黙はどれだけ底知れぬ恐怖だろう。 『さっきのお嬢さん、まだそこにいるかい?』 「は、はい」 『やっぱり、怖くて黙っていられないな。あんたと話したい。少しだけ、相手になってくれないか』 隣の上司と顔を見合わせる。生方は黙ってうなずいた。 「わかりました」 ユナは涙を目尻からぬぐうと、マイクに向かってできるだけ明るい声で呼びかけた。 「ランドールさん。クシロにいらしたことはありますか?」 『ああ、ある。何年か前、見習いのときに一度だけ降りたことがあるよ。緑のきれいな、いい町だったな』 「ええ。とてもいいところです。こちらはもうすぐ春です。今はクロッカスや雪割草がきれいに咲いています」 『市街地の真ん中に、なんとかいうバーがあったろう。熱帯魚の水槽がいっぱい置いてある』 「はい、「ポンチセ」ですよね。この地方の古い言葉で「小さな家」という意味なんです」 『あそこのカクテルは、うまかった』 「また、いらしてください」と言いそうになって、ユナは口をつぐんだ。この人はもう地球に戻れないと心のどこかで諦めているくせに。それでもそんな白々しい慰めを言うしかない自分の無力さに、腹が立った。 『このシップは密輸船なんだ』 彼は、ぽつりと言った。 『火星から地球に輸入禁止の地衣植物や鉱物を持ち込んだり、金持ちの所得隠しや密航の手伝い、なんでもやる。てっとり早く金になるからな。犯罪でもラクな生き方であれば、それでいいと思ってた。 きのう火星のポートでとっ捕まりそうになって、あわててシップごと脱出したんだ。まだ整備も完全に終わってなかった。連邦警察の追手から限界以上の速度を出して逃げ回っているうちに、たちまち燃料系統がトラブルを起こし、そのまま操縦不能に陥って、――とうとう、隕石群と衝突しちまった』 ユナは思わず目をつぶる。操縦不能。1ヶ月前、レイの乗るYX35便も同じ状態に陥っていたのだ。 『警察から探知されないように、わざとトランスポンダーのスイッチも切っていた。こうなったのは自業自得だ。助からないことは覚悟した。でも、いざ死ぬとなると、無性に怖くてな。「死にたくない」って、ひとりで滅茶苦茶に泣き喚いたよ。そして、誰かの声が聞きたくてたまらなくなって、通信装置に向かって何時間も呼びかけた。誰か聞いてくれ。俺の声に応えてくれって』 まるで神父に最後のざんげをする信徒のように、男はとめどなく話し続ける。 『あんたの声が聞こえたときは、奇跡かと思ったよ。どの中継基地からも離れているこんな場所からオレの声が拾われるなんて、それも地球にまで届いていたなんて。 いったい何のいたずらだろうな。どこかの中継ブイが故障してあさっての方向に向いているのか。人工衛星の残骸か何かが偶然、反射板の役割でも果たしたものか』 時折、苦しそうにあえぐ息が混じるようになった。 「ランドールさん。……少し休んだほうが」 『救援を求めるには、ここは航路から離れすぎていることは、はじめからわかっていた。でもあんたの励ましを聞いているうちに、助かるかもしれない、助かりたいと思う気持ちが湧いてきたんだ。 それに、オレがあきらめてしまえば、あんたはもうオレに話しかけてくれなくなるかもしれない。どうしても、ずっとあんたの声を聞いていたかった。伝説の【ギャラクシー・ヴォイス】ってやつは、ほんとにあるんだな……』 「……ランドールさん」 また新たな涙があふれ出してくる。もし、これがレイだったら。レイが宇宙でたったひとり死に行こうとしていたとしたら。彼に最後に何を言ってあげられるのだろう。 「……地球のどなたかに、何かお伝えすることはありますか」 『もう、そんな相手はいないよ。最後の女とは2年前に別れたきりだし。おふくろは死んじまったし……な。天涯孤独ってやつだ。オレの帰りを待っている人は、誰もいない。 だが、少なくともあんたらクシロの人間だけは、オレがここで死ぬことを知っていてくれる。これでもう、思い残すことはないよ』 「死なないで。ランドールさん」 ユナは、管制官の職務を忘れて嗚咽にむせんだ。 「死なないで……。最後の瞬間まで、あきらめないで」 『ありがとう、でも、なんだか……眠くなってきた』 呼吸用の酸素に呼気の二酸化炭素が混入しているのだろうか。いずれにしても、もう酸素の残量はほとんどないはず。 『いい気持ちだ、船体の穴から、宇宙(そら)が見える……。故郷の牧場に帰って……草むらに寝てるみたいだ』 「ランドールさん。私が待っています。あなたが帰ってくるのを。だから……」 『うれしいな。あのバーでデートしてくれる……か』 「はい。いっしょにカクテルを飲みましょう」 『約束……だぜ』 「約束します」 『……』 「ランドールさん」 応答はなかった。 「ランドールさん……ランドール」 ユナはなおも呼びかけ続けた。その合間にも聞こえていた彼の息は、だんだんと微かになり、やがて完全な静寂へと変わった。その数分間は、虚空の彼方でのひとりの男の死という残酷な事実が、地球の管制官たちの心に完全に滲みこむまでの時間だった。 ユナは椅子の上で身を屈めると、両手で顔をおおった。 生方は、がっくりと肩を落として立ち上がる。「北橋。状況を、救難本部に報告」 「はい……」 「三神くん。交替しよう」 ショックを受けている部下を気遣っての提案だったが、ユナは顔を上げて、はっきりと首を振った。 「いいえ、続けられます」 「本当に、だいじょうぶなのか」 「はい、やらせてください」 少なくとも、今の自分にできることは悲しみにひたっていることではないはずだ。 宇宙を航行するシップが安全につつがなく地球に帰りつけるように、管制官として全力を尽くすこと。それが顔も知らぬまま死んでいった彼の遺志に沿うことであるはず。そして、それが、今この瞬間も宇宙と闘っている夫の望んでいることであるはず。 そう決意して、ヘッドセットを耳にかけなおしたとき、突然そこから太いダミ声が飛び込んできた。 『こちら、銀河連邦警察。この通信はオープンか?』 「はい!」 ユナはあまりの驚きに、文字どおり椅子から飛び上がった。「はい。こちらクシロ航宙ポート管制ステーション」 『RUBAB52と交信していたのは、きみだったのか。こちらは銀河連邦警察隊、火星宙域担当密輸捜査課。希少鉱物密輸容疑の貨物シップRUBAB52で追跡する途中、大破して停止していた同シップ内より、船長一名を救出のうえ逮捕した』 「救出――救出ですって?」 ユナは上ずった大声でマイクを震わせた。「彼は、生きているんですか?」 『ああ。スーツの残存酸素がほとんどなく、気絶していたようだが、今新しい酸素を注入した。ざっと見たところ怪我はひどいが、意識もはっきりしてきている』 管制チームの三人は、ぽかんと顔を見合わせた。 『逃走するRUBAB52を見失って、この付近の宙域を探索中、きみたちとの交信を傍受して、遭難現場に急行したというわけだ。捜査へのご協力感謝する』 「なんてことだよ……」 「じゃあ、ヤツは救難艇じゃなくて、警察に逮捕されたおかげで一命を取り留めたわけか」 「でも、それじゃあ助かっても、刑務所直行ですよね」 事の成り行きに半ば呆れたようにつぶやきながらも、先ほどまで色を失っていた管制官たちの顔は、今昇ったばかりの朝日に照り映えて、輝いて見えた。 「でも、よかった……」 ユナの目には、また暖かい涙がうかぶ。 それまで緊迫した空気だった広い管制室のそこここでも、安堵のため息と拍手が湧き起こるのが聞こえる。 『クシロ……もうひとつ、よろしいか』 刑事の声がふたたび彼らのもとに響いてきた。 「はい」 『逮捕した容疑者から、クシロの女性管制官にひとことだけ伝言を伝えてくれと頼まれた。きわめて個人的な内容なので、いやなら拒否なさってもかまわないが』 「いえ、お願いします」 数回の咳払いのあと、刑事は明らかに愉快がっているような声で、こう言った。 『「デートの約束を忘れるなよ。お嬢さん」――だそうだ』 |