吾輩仔猫の倫敦紀行
ミルキー・ポピンズ

 吾輩は仔猫である。名前はタマである。

 母猫の大きな体の蔭に身を潜め、乳を求めてか細い声をあげていた、というのは今でも確かに記憶にある。同じ母猫の胎からは、たくさんの兄姉猫が生まれた。吾輩はその末弟にして、つやよし毛並みよし、左耳と右後足に黒いぶちのある、一番の器量よしであった。
 そのとき、母猫の腹にずらり並んで乳を含んでいた多くの兄猫の中の一匹が、かの有名な毒舌文士猫になるなどとは、いったい誰が想像したであろうか。


 生まれた当初大勢いた兄姉猫達が、一匹また一匹とつまみあげられ、何処へともなく連れ去られては、帰らぬ猫となった。
 寝床が随分寂しく思われたころ、残った吾輩達の前を通りかかったのは、見目麗しく心優しげな一人のうら若き乙女であった。その女子のすんなりした魔法の手が、まだ三匹いた中から吾輩の細い首根っこを捕まえた。これには吾輩の器量のよさも、二役くらいかっていたかも知れぬ。
 
 ともあれ吾輩は、かようにしてどぶの中より拾い上げられたのであった。これはエゲレス国の言葉では『らっきぃ』と呼ぶらしい。さもなくば、おそらく今なお吾輩はごみごみした長屋界隈にて、近隣の野良猫どもを相手に、熾烈なる縄張り争いなんぞを、繰り広げていたに相違ない。


「静香さん、そのようなぼろ猫は、そのままどぶに捨て置くのが利口です」

 吾輩が乙女の着物から漂うほのかに甘い香りをよい心持ちでかいでいると、冷たい女人の声が、頭上斜め上より降り注いだ。

 うぬ、これは聞き捨てならぬ。
 
 まだあるかなきかの爪を一生懸命出して見せ、威嚇しようとした矢先、意外にも吾輩を懐に抱いて断固がんばったのは、その『シズカ』なる乙女であった。

「いいえ、母上様。わたくしこの仔もいっしょに連れて参ります。知る者とてない、言葉さえも通じぬ異国に参らねばならぬのなら、この仔にわたくしの話し相手になってもらいましょう」



                     ◇◆◇



 一寸先は闇、いや、輝ける光のこともある……。

 少なくとも、じめじめしたどぶの如き場所から、いきなり真っ黒な煙を吐く蒸気船なるものに乗せられて、どんぶらこと大洋大海をいくつも越え、吾輩がエゲレス国くんだりを訪れるなどとは、夢だに、そうやすやすと見るものではない。
 まったく猫の一生も、時には女の一生と同じくらいにわからぬものである。そのとき吾輩を拾った乙女は、エゲレス国大使の何某なるお偉方のご息女であった。


 さて、これでもかと完全に飽き飽きするほど海を越えた最果てに、ようやく上陸する陸が見えてきた。この間、果たして幾歳月を要したのか、ちっぽけな猫の脳みそでは、とんと数え切れもせぬ。
 と言いつつ吾輩は、至極平凡にタマ、と名づけられ、船倉の鼠なぞまったく口に合わぬ、とつばを吐くほど、まことぜいたくな食物をあてがわれ、吾が住処と定められた籠の中にて、大抵丸くなって、悠々快適な船の旅を楽しんでいた。
 

 極楽とは、まさにこのことである。
 
 
 かように行き着いた先が、このエゲレス国なるオイローパの島国であった。

 目を皿のようにして周囲を見渡してみるに、果たして日本国とは、住まうヒトの種族からしてまるきり違うようである。
 陸蒸気に乗って、陸路を行くことさらに一日。吾輩は籠の中で丸くなり、完璧に眠りこけていた。目が覚めたのは、何某大使一行が倫敦なる街に入ってからのことである。真っ先に目に付いたのは、河畔にそびえ立つ、巨大な時計のついた巨塔であった。
 

 道行く人々の衣服の珍妙なこと、筆舌に尽くし難く、さらに男も女もめいめい頭に巨大な、あるいは黒い小さな丸いものをのっけていた。街道はというに、やたらめったら幅広で、彼方まで何尺あるやら計れもせぬ。そこを我が物顔で往来するのは、馬と呼ばれる巨大で愚かしい動物どもである。自身の目的も持たず、ただ阿呆のごとくヒトの命に従い、やみくもに走りまくる。そのために生きているとしか思われぬが、何が面白いのか見当もつかぬ。 


 その馬が引いておるのは、これまた巨大なる車のついた箱。カラカラと軽快な音をたてて行き過ぎる。この中にはヒトが数人から、数十人くらいも詰め込まれておるそうな。この馬と箱が、時には足の踏み場もないほどひしめき合い、うっかり街道に飛び出した日には、向こう端にたどり着く前に、ひずめに蹴られ、車輪でひらべったくのされてしまうであろう。


 さて、吾輩は、というに、左様なのし餅となる危険を冒す必要もなく、よい香りのするボロ切れなぞが敷き詰められた快適な籠におさまっていた。
 吾輩を運んでくれるのは、もちろん十八になったばかりの初々しい《シズカお嬢さん》である。
 吾輩はこっそりとふたを持ち上げ、丸い目をこれ以上丸くできぬほど大きく見開きながら、黄昏ゆく倫敦の街並を眺めていた。



                        ◇◆◇ 



 吾輩、猫に生まれて、まことによかった……。
 
 そう心底思える、優雅なるエゲレス国の旅である。

 
 ある日、ついに、吾輩もエゲレス大使の何某一家三名と共に、くだんの馬車に乗って、とある巨大な石造りの建物の前にやって来た。
 馬車を降りると吾輩は「にゃーっ」と声を上げた。すると、籠のふたを慌てて押さえ、《シズカお嬢さん》はしぃっと言った。

「おとなしくしていないと、外へほおり出されてしまうわよ」

 吾輩はあわてて首を引っ込めた。こんなところで路頭に迷った日には、明日のお天道様を拝む自信すらないからである。

そこは、{ミュージックホ−ル}なる巨大も巨大な建物の中であるらしかった。中はこれまたいずこの宮中に舞い込んだかと思うほど、絢爛ぶりである。
 色とりどりの珍妙なる、腰でやたらに締められた装束に身を包んだ女人が、黒い紋付ならぬ燕尾服なるものを着た、いずれがジャガイモサツマイモ、似たような男どもにかしずかれて、楚々と歩き回っている。
 天井といい、床といい、絵にも描けぬほどの華やかさであった。


 しかし、その場に幾人見目良い女子がおろうとも、その中でひときわ麗しいのは吾輩の《シズカお嬢さん》ただ一人である。つややかなまっすぐの黒髪を、エゲレス風に結い上げて、しかめ面以外見せたことのない父上と、やせぎすで神経質な母上と共に、慣れぬエゲレス式衣服のすそに足をとられ難儀しながら、懸命に歩こうとしている。その姿も実に愛らしい。
 もちろん吾輩は、というに、ひたすらお嬢さんが下げている籠の中から、ふたをうっすら持ち上げて覗いているのみである……。


 さて、《シズカお嬢さん》が手洗いに行き、出て来てみると方向がすっかりわからなくなっていた。困り果てて涙ぐみながら、必死になって左右をきょろきょろ見回していると、前方から通りのよい声が聞こえてきた。

「もしや、どなたかお探しですか」

 あな、嬉しや。それが日本語だとわかった途端、《お嬢さん》は大いに驚き、次いで期待でいっぱいの眼差しをそちらに向けた。立っていたのは二十代後半ぐらいと見ゆる、そこらのイモよりは遥かに眉目秀麗な紳士であった。
 黒の燕尾服に身を包んでいようとも、同じ日本人はすぐわかる。地獄で仏に出会ったような輝きが、たちまち《お嬢さん》の表情に表れた。

「はい、両親の席を探しているのでございます」

「それをお見せください」男はあくまで礼儀正しく、お嬢さんが手に持っていた桟敷席の切符を見ると、うなずいて微笑んだ。

「こちらですな。わたしがお送りいたしましょう」



 その燕尾服の男は《タカヤナギ シゲヒト》と名乗り、見るからに品位ある顔立ちであった。日本国政府お偉方の書生にして、エゲレス国の言葉と文化を学ぶべく、一年ほど前よりここ倫敦に留学しているという。
 ぽーっとしているお嬢さんをミュージックホールの桟敷席に無事送り届け、書生は丁重に挨拶して去って行った。その後姿をお嬢さんは、桟敷から名残惜しげに見送っていた。

 
 その夜、大使公邸の自室に引きとるや、吾輩の入った籠のふたがかぱっと開いた。ランプの灯に、吾輩があくびを噛み殺しながらしきりに目をこすっていると、いきなり抱き上げられ、お嬢さんが興奮した声でかの書生の印象なぞをしゃべり始める。

 しばし唖然……。ついで前足で己の顔をするっと一撫で。

 はてさて、これよりいかなる風が吹くのであろうか。



 それから少し経った頃である。エゲレス国高官主催の『夜会』なるものに、シズカお嬢さんを含む何某大使一家がそろって招待にあずかった。その煌びやかさたるや、かの名高き鹿鳴館の舞踏会すら、思わず色褪せるほど。
 それでも新調したばかりの薄紅色の‘どれす’に身を包んだシズカお嬢さんは、やはり可憐で愛らしく、自覚はなくとも多くの若衆の目を引くに十分であった。
 しかし、何しろ内気なる日本国の乙女である。とてもエゲレスのイモ達と踊る勇気も持ち合わさぬ。ダンスを申し込まれるたびに首を振り、次第に気持も沈み込んでいった。ついに同行したことすら後悔しはじめるに及んで、父上母上は、大使令嬢が何たる様ぞと、ひどくご立腹の呈であった。


 そのときふと、かの書生《タカヤナギ シゲヒト》が、少し離れた場所にいることに気付いた。黄色い髪の女人と、何やら談笑している。お嬢さんは切なげに目を伏せ、真っ赤になってそわそわし始めた。
 だが、そこは初々しい乙女。自ら近付き話しかけるなど、夢にも及ばぬ風情である。
 さても、これは一大事。大切なお嬢さんのため、ここはひと肌脱がねばなるまい。



 かくて吾輩、誰も見ておらぬ隙に、籠からこっそり這い出した。しつこく書生と話している面妖な女人が、床まで引きずっている衣装の下に潜り込み、その女子の足首に体をすりっとすり付け、にゃおんと鳴いた。
 その途端、エゲレスの女人はぎゃーっと叫んで文字通り飛び上がった。くだんの書生はドレスの下の吾輩を認め、不思議そうに顔を上げて周囲を見回した。やがて困り果て、泣きそうな顔でこちらを見ていたシズカお嬢さんとばったり目が合う。
 書生はにこやかな笑みを浮かべ、納得したようにうなずいた。どうやら向こうも覚えていたらしい。足元でミャーミャー鳴いていた吾輩を抱き上げると、笑顔でお嬢さんに近付いてきた。



 その夜会が終わるや、お嬢さんはまたも吾輩に向かい、奴と踊った顛末を事細かに語って聞かせ、著しく活気付いていた。
 翌日、その書生が大使公邸を訪れ、お嬢さんに柘植の櫛なぞを手渡したので、乙女の心はまるで天にも昇らんばかりであった。ますます上昇気流に乗り、糸の切れた凧の如くふわふわと舞い上がる一方である。
 この手の病につける薬はないと聞くが、かくも深刻な幣を生じさせるとは、吾輩、初めて直に見知った次第である。


 しかし……。人の世は、やはり沙羅双樹・・・ではなかった、諸行無常かもしれぬ。
 女の一生も、またしかりである……。


                     ◇◆◇


 ある日、大使公邸に帰ってきた父何某が厳粛な顔でかようにのたまった。この何某氏、元来にこやかに笑ったことなど、果たしてあるのか、という面であることは、この際脇へ置いておく。
 かの書生の経歴は真っ赤なうそ偽りである。当のお偉方からさような留学書生はいないと断言され、これは怪しい、と、問い合わせようにも、すでに宿泊先もわからぬ始末であった。もしや間諜の類ならば断じて許しておけぬ、と息巻き、日本ならばひっとらえてくれるところだが、エゲレス国では致し方ない。今後奴に近付くこと、ユメユメまかりならぬと言い置いて、あとには茫然自失のシズカお嬢さんが、一人取り残された。


 さあ、たまり切れぬのはお嬢さんである。その日から、食事もろくろく喉を通らぬ有様にて、ついに床に臥してしまった。青い目の医師が薦める薬を飲んでも、一向に効き目も現れぬ。

 ついに医師は、重々しく、かような診断を下すにいたった。

「コノれでぃハ、『コイノヤマイ』デアリマスカラシテ、ソノオアイテヲオツレニナルノガ、イチバンノクスリカト ゾンジマス。コノママデハ、スイジャクスルバカリ。オイノチニ、カカワルヤモシレマセヌ」


 吾輩は、寝台の下で飛び上がり、頭をしたたかぶつけた。
 そんなことがあってよいはずはない!
 たとえ、お天道様が西から上ろうと、そればかりは許されぬ。
 
 よろよろと寝台に這い上がると、お嬢さんは、吾輩にやせた手を伸ばした。
 タマや、と、お嬢さんは言う。

「あの御方は絶対にそんな人ではないと、信じているの。でもどうして、あれから会いに来てもくれないのかしら」


 だが母上も父何某も、難しく厳しい顔をして黙り込むばかりである。呼びに行こうにも第一どこの誰ともわからぬ相手では話にならぬ、と、ヒソヒソ声が聞こえた。
 だが、議論している場合であろうか? 
 なぜ、すぐさまその《偽書生タカヤナギ シゲヒト》を探しに行かぬのか? 名前の前に偽がつくだけで待遇がかくも異なるとは、ヒトの世はやはり複雑怪奇である。
 吾輩は憤慨し、眼下にあった母上の白い足袋にかじりついたが、あえなく振り落とされた。


 かくなる上は……、吾輩が行かねばならぬ!
 他ならぬ、シズカお嬢さんの御為である。


 吾輩は寝台の傍らに置いてあった柘植の櫛を口にしっかりくわえ、小間使いの目を盗んで、窓から外へ飛び出した。かの書生の居所を探し出すのである。万が一、かの偽書生が真に怪しき間諜ならば、お嬢さんはあきらめた方がよいのであるから、踏ん切りもつけられよう。


 ……とはいえ、いったいどうすればよいのであろう?

 途方に暮れ、しばらく大使公邸の庭をうろついていると、館より出立しようとしている馬車が見えた。とっさに下の出っぱりに這いのぼる。どこへいくとも知れぬ馬車ではあるが、どうぜ吾輩とて行くべき先すらわからぬ。とにかく市内に出ればよい。もちろん口にはしっかりと、櫛をくわえたままである。


 かくて吾輩、齢一歳弱にして初めてただ一匹のみにて大使公館を後にし、巨大な世紀はじめの倫敦の街に出ていった。
 それは年も明けた一月のこと。倫敦は冷たく深い霧の中に、厳然とそびえ立っていた。


                     ◇◆◇


 そもそもかように広い倫敦市中を、吾輩の貧弱な足で歩き回るなぞ、到底及びもつかぬ所業である。
 だが馬車とは、真にありがたい代物であった。もそもそ乗り込むだけで、ひずめの景気のよい音と共に、すばらしい速度で走り出す。吾輩、もう二度と、馬を馬鹿にはすまい。


 かくて吾輩は大使公邸から、某日本人高官邸、そして次はエゲレス国の貴族邸にと、短い時間で方々を馳せ巡ることができた。乗る馬車さえ間違わねば、関係した場所へ行きつくのにこれほど早いものはない。馬車とは、真に偉大なる乗り物である。
 しかし、万が一にも放り出されては命の保障はされぬから、確実にもぐりこめるときを待った。どこに行くのかもわからぬ。ひたすらに猫の野生の勘と、運が頼りの大勝負であった。



 そうして、あっという間に数日が過ぎた。
 
 馬のえさなぞまずくて食えぬので、その日も着いた屋敷の厨房に紛れ込み、女中の目を盗んで残飯をあさっていた。情けなくも、結構うまいとすら感じる。毛並みはすっかり汚れ果て、せっかくの器量も台無し。世も末である。それでも、柘植の櫛だけは、まだしっかりと持ち運んでおった。
 そのとき、厨房に入ってきた女中の声がした。もちろんエゲレス人であり、エゲレス国の言葉であるから、聞き流していると、かような言葉が聞こえた
『あの日本の三条公爵家のシゲヒト若様、最近ご様子がおかしいわね。奥方様がご心配なすっていらしたわ。お部屋に閉じこもってばかりで、どうなさったのかしらって』
 他の文句は一切わからなかったが、《シゲヒト》と言う一言だけは、聞き取れた。途端に、吾輩は反射的に顔を振り向け聞き耳を立てた。

 何と何と、それではかの《シゲヒト》はこの屋敷にいるのであろうか?

 吾輩は櫛をしっかりくわえ直すと、館の通路へ一目散に走り出した。

 
 とはいえ、たちまち挫折しそうになった。
 何とまあ、だだっ広い屋敷であろうか。玄関からして、どこの公会堂かと思うほどである。さても巨大な迷路の如き館に住まって、よくも気がふれぬものだ。
 闇雲に廊下を駆け回り、幾度目かに赤いじゅうたんの敷き詰められた階段を駆け下りたとき、探し求めていた紳士にばったり出くわした。

《シゲヒト!》

 もし吾輩が叫べるものならば、声の限りに叫んでいたであろう。


 当のシゲヒトは不思議そうに、突然駆け寄り足にまつわりついてきた吾輩を眺めていた。だが、屈み込んだ奴の目の前に、かの柘植の櫛をぽとりと落とした途端、はっとしたように真剣な表情になった。

「静香さんか。彼女に何かあったのかい? そうなんだね」


 吾輩、懸命にシゲヒトのズボンのすそをくわえて一生懸命引っ張る。彼は吾輩を抱き上げ、何事か決意したようにすっくと立ち上がった。

「出かける。すぐに支度を」



 三条公爵家の家紋入りの馬車が、大使公邸の玄関先に乗りつけられたときの上へ下への大騒動は、まことに痛快愉快であった。
 三条家のお目付け役と共に、吾輩を抱えて馬車から降り立ったシゲヒトに、大使何某も奥方もただただ恐縮し恐れ入っている。あるいはこうなるとわかっていたゆえ、最初に真実を告げなかったのかもしれぬ。
 
 同じ人間であるのに、書生から偽書生、そして公爵家御曹司と前につく肩書きが変わるだけで、周囲の対応は面白いほどに変わる。まことに人間社会は珍妙キテレツである。
 シズカお嬢さんの病は、その後めきめきと回復し、毎日訪れるシゲヒトと共に、いたく幸福そうに過ごしている……。



 そうして吾輩は、今日ものんびり、陽だまりの『さんるーむ』にて昼寝をする。


 心地よい一枚の座布団の上で丸くなり、ぬくぬくと世に悩みもなし。
 
 死んで太平を得ると、かの文士猫は申したそうな。
 
 しかし、これもまたこの世の太平、あるいはまさに、極楽浄土かもしれぬ……。

                〜 完 〜