![]() §1 ゼファーが家に帰ってくると、佐和と雪羽がせっせと折り紙を折っていた。 オレンジ色の紙で作った小さな箱だ。その中に袋入りのクッキーやチョコレート菓子をぎっしりと詰めていく。 「10月なのに、もうバレンタインか」 「いいえ、今日はハロウィーンなんですよ」 「ハロウィーン?」 バレンタインもようやく覚えたところだと言うのに、また新手の祭りが増えたのか。まったく、地球には訳のわからぬ行事が多すぎる。 「近所の子がお化けや魔女の格好をして、いたずらしに来るの。そしたら、これをあげるんだよ」と雪羽。 「いたずらされるというのに、なぜ菓子をやらねばならぬ」 「だって、そういうものなんだもの」 流行に疎い父親に、説明するのは大変だ。 「まあ、おまえたちで勝手にやればよい。どうせ俺には関係ない」 ゼファーは作業着をハンガーにかけると、卓袱台の前にあぐらをかいた。 「それが、私たちも今から出かけるんですよ」 「ええっ」 「雪羽もユーリさんやマナさんといっしょに仮装して回るんです。子どもたちだけだと危ないから、私もついていこうと思って」 「……ということは」 「はい。もし子どもたちがきたら、ゼファーさんがお菓子を渡してあげてくださいね」 雪羽は、佐和がミシンで縫った、紫色のかわいいドレスを着せてもらっていた。精霊の女王ユスティナが着ているものにそっくりだ。背中に薄い羽までついている。 雪羽はときどき精霊の女王に会っているらしい。彼女から、精霊の騎士だったころのゼファーの思い出話を聞かされているかと思うと、冷や汗が出てくる。 夕焼けに町が染まり始めたころ、ノックがあり、扉を開けると、ユーラスとマヌエラが立っていた。ふたりの仮装は、マントと王冠だけのシンプルなものだったが、さすがに本物の王と王妃にしか見えない。 それを見て雪羽が傷つきはしまいかと、ゼファーははらはらと気をもんだ。 「では、行ってくるぞ、魔王」 「行って来ます、父上」 「なるべく早く帰ってきますね」 かくして、ゼファーひとりの長い夜が始まった。 すっかり暗くなる頃には、数分おきにピンポンと誰かが玄関のベルを鳴らす。 「トリックオアトリート」 「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」 魔女に吸血鬼、ゾンビにスーパーマン。 ゼファーはとうとう夕飯を食べる暇もなく、玄関に椅子を置いて、鮭のおにぎりをかじりながら、来訪者を待ち構えることにした。 こんこん。かりかり。 扉を開けると、黒猫に変身したヴァルデミールが、扉を肉球でノックしていた。 「奥方さまに頼まれて来ました。今夜はシュニンがひとりぼっちだから、相手をしてくれって」 ゼファーが塩鮭のかけらを指でつまんでやると、黒猫はパクリと頬張り、おいしそうに喉を鳴らした。 「ニャんだか今夜はすごいですねえ。魔族みたいニャ連中がいっぱい町をうろついてますよ」 「今夜なら、おまえが本来の魔族の姿で歩いても、誰も驚かぬだろうな」 ゼファーは扉を開け放したままにして、黒猫を膝に乗せて座った。 明かりを消した室内から外をながめると、夜空は黒々と果てしなく、町はきらきらと輝いていた。 ゼファーは無言でヴァルデミールを抱きしめながら、アラメキアと地球がないまぜになったような不思議な夜を見つめていた。 「魔王ゼファー」です。 私が見たアメリカのハロウィンは、ちょうどこんなふうに、みんな玄関ポーチに陣取ってお菓子を配っていました。 |
![]() §2 ユナが目を覚ますと、ベッドの上で野獣がじっと彼女を見下ろしていた。 「……あなた?」 「ガルル」 頭は、前世紀のアニメ映画に出てくる野獣のマスク。体は、プルシアン・ブルーの一級航宙士の制服にキャプテンの徽章。 どう考えても、キャプテン・レイ・三神である野獣は、何を尋ねても、「ガルル」としか答えてくれない。 朝食のためにメイン・ダイニングへ行くと、 「美女と野獣だ!」 居合わせた人々の拍手喝采を浴びた。 クロワッサンとカフェオレを取ってユナが席に着くと、かの野獣は向かいで、卵二個のスクランブルエッグとサラダを猛烈な勢いで食べ始めた。マスクをかぶったままなのに、実に器用だ。 クルーたちは、喜色満面の笑みを浮かべて、わらわら近寄ってきた。 「ユナさん、ベッドで野獣に噛みつかれませんでしたか」 「危険を感じたら、いつでも『おすわり』と命令したらいいですよ」 皆、キャプテンをからかうのが、楽しくてたまらない様子だ。 「……きさまら、覚えてろ。明日になったら非常用ハッチから宇宙に蹴り飛ばしてやる」 「ん? なんか言ったかい、野獣くん」 「……ガルル」 その日の主操縦席の担当は、ヨーゼフ・クリューガーだった。相変わらずプライベートではケンカの絶えない彼だが、ブリッジの中ではしっかりと任務を全うするようになった。 「で、いったい何があったの?」 通信席からデータのやりとりの合間に、ユナはドイツ人のパイロットにこっそり尋ねた。 「こないだキャプテンは、ミケーレと賭けブリッジの勝負をして、大負けしちまってね」 ヨーゼフの笑いをこらえた声が返ってくる。 ミケーレは、ユナに言い寄った経歴のある美貌のイタリア人ピアニストだ。レイとしては、それを根に持っていて、ついむきになって勝負の引き際を誤ったのだろう。 「それで、ミケーレの出した罰ゲームが、ハロウィンの今日いちにち、野獣のマスクをかぶって、会話も禁止、というものだったのさ」 「あきれた」 【ギャラクシー・フロンティア】号の中では、賭博は一切ご法度だ。そう定めたキャプテン自身が規律を破るなんて。 「同情の余地なしね」 その日じゅう、キャプテンは用もないのに野獣の姿で船内をうろついては、子どもたちを大喜びさせていた。 (案外、本人も楽しんでいるのかもしれないわ) その夜に催された仮装パーティでは、思い思いの衣装を凝らしたメンバーたちが、メインダイニングをところ狭しと踊り回った。 野獣とユナが優雅なワルツを踊ると、人々は足を踏み鳴らして、大歓声をあげた。 「楽しい一日だったわ」 幸福な思いでベッドに入ると、明かりが消され、レイがシーツの下にすべりこんできた。 一日ぶりに見る、彼の素顔だ。 「あのマスクは?」 「たった今、十二時を過ぎた」 耳元で低くささやいた夫は、マスクを脱ぎ捨てた解放感にまかせて、情熱的なキスをユナの唇に、首筋に、鎖骨に落とした。 結局、夜が明けるまで、キャプテン三神は野獣のままだった。 「ギャラクシー・シリーズ」です。 マスクは、あの某ディ○ニーアニメの「美女と野獣」を思い浮かべてください。 |
![]() §3 「なんだ、これは」 琴音さんの部屋のテーブルに、小ぶりのオレンジ色カボチャが鎮座ましましている。 「あ、ジャック・オ・ランタン。花屋の吉永さんからもらったの。店のディスプレイ用に仕入れたのが、一個あまっちゃったんだって」 「ふうん」 人をバカにしたような笑い顔のカボチャを、俺はにらみつけた。こいつとにらめっこをすれば、俺の百戦百勝だ。 「で、俺にこれをどうしろと?」 「絵のモデルになんか、どう?」 「絶対にありえねえ!」 琴音さんは壁時計を見て、ドレッサーの前から立ち上がり、バッグをつかむと、手をひらひらと振りながら、あわただしく玄関に向かった。 「今夜は帰りにパンプキンパイを買ってくるね。ふたりでパーティしましょう」 琴音さんが出勤してしまうと、狭い部屋が急に広くなったような気がする。 カボチャのてっぺんを指でつまんで、壁の穴から自分の部屋に戻った。 つい最近、絵がひとつ仕上がって、俺は次に描く題材をまだ決めかねていた。 「ハロウィンか」 今晩帰ってくる琴音さんを、あっと驚かせてやりたいな。 部屋じゅうの壁という壁に絵を描きまくるというのは、どうだ? 「当分、口を利いてもらえないな」 じゃあ、壁の穴をふたつに増やしておくってのは? 「……さすがに、殺される」 俺は、タオルケットを抱きしめて床にごろりと横になった。 琴音さんが会社で会議をしたり、電話を受けたり、外回りで俺のことを忘れているあいだ、俺は家でずっと琴音さんのことを考えている。 ときどき寂しすぎて、うまく息ができなくなったりする。 惚れた弱みとはいえ、この差はなんだ。29歳の琴音さんと19歳の俺との関係は、なんでこんなに不公平なんだ。 『あなたがいないと生きていけないの。毎日、毎日、あなたのことばかり考えているの。息ができないくらい』 『ふん、俺は忙しくておまえのことばかり考えてられないんだよ。琴音、いいかげんに俺から自由になりな』 ……なんてのは、一生無理なような気がする。 俺は吐息をついて、体を起こした。 画架にのそのそと這いより、置いてあった画材箱の中から、オレンジのチューブ絵の具を取り出してパレットに搾り出す。 真っ白なキャンバスのど真ん中に、どでかいジャック・オ・ランタンを円く描いて、塗りつぶす。 落書きみたいな気乗りのしない作業を続けているうちに、次第に俺はのめりこみ始めた。 真っ暗な部屋に、「彩音(さいおん)」と呼びながら、琴音さんが入ってきた。 「うわあ」 感嘆の声があがる。 わずか半日のあいだに、キャンバスの中にはジャック・オ・ランタン、野菜や色づいた木の葉、夜空を飛ぶこうもり、白いお化けや魔女、手をつないで遊ぶたくさんの子どもたちが、所狭しと描かれていた。 「……楽しそう」 とつぶやいた琴音さんは、やがて感極まったように、ぽろぽろと泣き始めた。 「どうしたんだ?」 「だって、あんまりにぎやかで、幸せそうで、彩音の筆がこれを描いたんだなと思ったら……なんだかとても愛しくなって」 琴音さんは俺の首に抱きついて、言った。 「好きよ。あなたも、あなたの絵も、あなたの頭の中にある豊かなイメージも、何もかも」 「そうだろ、そうだろ。惚れられちまうって、つらいもんだな」 ――このときの俺は、かなり調子に乗っていた。 琴音さんがごちそうを作っているあいだに、俺はテーブルでカボチャの頭をフルーツナイフでくりぬき、種とワタを全部こそげ出した。貼ってあるシールのとおりに目鼻をくりぬいて、中にロウソクを立てた。 部屋の明かりを消して、ロウソクの灯を点すと、がらんどうの中身から光があふれて、俺と琴音さんを暖かなオレンジ色に照らし出す。 傍若無人なカボチャお化けの笑い顔も、このときばかりは、ちょっぴり情けなさそうに見えた。 久々の「CLOSE TO YOU」です。 ジャック・オ・ランタンに火をともすと、こんなふうに情けない顔になります。 |
![]() §4 ハロウィン当日は、道場の稽古があるので、私たちは前日の日曜日にマンションでファミリーパーティをすることにした。 「ハロウィンのルーツは、アイルランドなんやで」 テーブルにグラタンやサラダを並べながら、逃げられない家族に向かって強制的にウンチクを傾ける。 「アイルランドでは、もともとジャック・オ・ランタンはカブで作っていたんやて。けど、カブは固くてくりぬきにくいし、ロウソクを燃やすとすごく臭いし、アメリカに渡ったアイリッシュたちがパンプキンで作るようになってからは、逆輸入されたって」 もっとも、ネットや雑誌の知識だから、とんでもない大間違いをしているかもしれない。 「ふうん」 小学校二年の聖だけが、頬杖をついて母の話を聞いてくれている。ニ歳半になったエリンは、キュウリやにんじんのスティックを両手に握ってポリポリ無心にかじっているし、北アイルランド生まれの夫は、彼女がこぼす食べクズを拾うのに忙しい。 ディーターは、子どものときにあまり恵まれた家庭生活を送れなかったので、こういう行事には、ひどく疎い。ひなまつりや七夕や七五三の祝い方は日本人並みによく知っているくせに、自分の生まれ故郷のお祭りの知識は、ほとんどないのだ。 だから、私がこういうケルティックなお祭りのまねごとを、せっせとやるのは、子どもたちのためでもあるけれど、何よりもディーターのためだった。なつかしい思い出ばかりでなく、つらいことまで引き出してしまうことがあるかもしれない。でも、愛する家族がいっしょの今なら、立ち向かえると信じているから。 カボチャランタンの明かりの中の、にぎやかなパーティ。 最後のデザートは、私が勘と度胸だけで作った「バーンブレック」というレーズンケーキだった。中に、こっそりいろんなおもちゃを仕込んであるのだ。 おもちゃの指輪やコイン、ボタンやそら豆など。 私のケーキは「早婚」を表す指輪が入っていて、「当たってるー」と大笑いした。ディーターと聖には「金持ちになれる」コインやそら豆が当たり、エリンには「独身」を意味するボタンが当たって、ディーターはなんだか、ほっとしたような顔をしていた。 おいおい、ファティ。二歳の娘を、もう嫁にやることを心配してるの? 開けていた窓から、さっと強い風が吹き込んできて、カボチャのロウソクが消えた。 明かりを消していた部屋は何も見えなくなる。 「え……なに、これ?」 気がつくと、あたりは広い草原だった。 空はほの暗く、でも真っ暗ではない。夜でもなく、昼でもなく、夜明けのような、たそがれのような、はざまの時間。 そう言えば、アイルランドでは、ハロウィンは、古い一年が終わり、新しい一年が始まる境目の日なのだと聞いた。 あの世との境目もあいまいになって、だから妖精や精霊が現れるのだと。 「ムッティ」 聖が不安そうな目をして、私の服のすそを引っ張っている。ディーターはエリンを抱き上げ、ひどく怖い顔をして私と目を合わせた。 「ねえ、夢だよね?」 「……わからない、でも」 ディーターはぐるりと、あたりを見回した。「ここは来たことがある」 草原のあちこちに、鬼火みたいなものが浮いている。丘の上では、空まで焦がすほどの大かがり火が焚かれていた。 ディーターは無言で歩き始めた。 かがり火のところまで登ったが、誰もいない。鬼火は私たちを避けるように、近づくにしたがって遠ざかっていく。 丘を越えると、中腹に一本の大木が見えた。その回りをぐるりと取り囲んでいるストーンサークル。 やはり、ここは北アイルランドなのだ。ローマ人やキリスト教がやってくる以前、古代ケルト人たちは、妖精が丘に住んでいると信じていた。 木の周りに、黒い煙のようなものがとぐろを巻いている。ものすごい敵意のオーラを感じる。 ディーターはエリンを私に抱かせると、「円香、俺のうしろに隠れていろ」と低く命じた。 聖はそのとき、ぱっと走り出したかと思うと、草むらから何かを拾い上げて戻ってきた。 「ファティ、これ」 一本の太い枝。ディーターは口元を緩めて、「よくやった」というようにうなずいた。 風がうなりをあげて吹きすぎ、大木はざわざわと揺れて、今にも私たちに襲いかかりそうだ。 三人が寄り添って見つめる中、彼は枝を刀かわりに黒い塊に向かってゆっくりと近づいていった。 次に目を開いたのは、朝の光が満ちる寝室だった。 「やっぱり、夢だったかーっ」 悔しくて、声に出してつぶやいた。 いいところだったな。もう少しで、ディーターがあの黒いのをやっつけるクライマックスだったのに。 あの黒い塊は、もしかすると、ディーターの過去を象徴しているのかもしれない。彼がそれにひとりで立ち向かうのを、家族はじっと見守ろうという決意。うう、プロの臨床心理士にしては、あまりにもお粗末な夢分析だけど。 隣に寝ていたディーターも目を覚ました。 「ディーター、おはよ。あのね、すごく不思議な夢を見た。気がついたら草原のまんなかに立ってて」 ディーターはそれを聞いて、しばらく絶句していた。 「……それ、もしかして真ん中に大きな木がなかった?」 「ええっ」 「ファティ、ねえファティ」 聖がバタバタと、寝室に飛び込んできた。「あの黒いおばけ、やっつけたの?」 「ねえ、まさかこれって……」 ――ハロウィンの、とても不思議な朝。 |
![]() §5 「ご主人さま。今日は何の日かご存じですか」 私はにっこり笑って、特大のアップルカスタードパイを食卓にでんと置いた。 「ハロウィーンです。またの名を万聖節前夜。アイルランドで発祥し、アメリカ合衆国で国民的行事となったお祭りです。人々が思い思いの仮装をし、『お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ』でおなじみの、あの日です」 「そなたの場合は、『お菓子を食べてくれなきゃ、いたずらするぞ』であろう?」 相変わらずの皮肉めいた笑いを口元に浮かべて、ミハイロフ伯爵さまは、せっかくの私の朝からの労作を完全無視し続けている。 「まあ、よくおわかり。だったらどうぞ思う存分召し上がってください」 「ちなみに聞いておこう。ルカ。そなたのいたずらとは、どんなものかな」 「え? ええと」 ……考えてなかった。 ご主人さまは立ち上がった。 「万聖節はカトリックの典礼暦で、すべての聖人と殉教者を祭る日。そして、その前夜には悪霊と精霊が解き放たれると言われている」 私のほうにゆっくりと近づいてくる。蜀台の明かりのせいなのか、唇は血で濡れたよう、髪は銀色の月を映したように見える。 「生者でもなく死者でもない、呪われた者たちの祭り。暗闇にまぎれ、その穢れたはらわたの欲望を心ゆくまで満たそうとする夜に、そなたは俺に何のいたずらをなそうと言うのだ?」 「いえ、いえ。わたしは別に――」 ご主人さまは私の前に立つと、私の首筋に顔を寄せた。 チクリと小さな痛み。 「十月も末だと言うのに、まだ蚊が飛んでおったぞ」 眉間にしわを寄せて、ご主人さまは、小さなものを指でつまみあげた。「地球が温暖化しているというのは、本当らしいな」 私が呆然としている隙に、ご主人さまはさっさと食堂を出て行った。 「あーっ。また、逃げられた!」 結局、ご主人さまのいたずらのほうが、一枚上手だ。まるまる残ってしまったアップルカスタードパイを見下ろして、私はため息をついた。 「来栖さん。いっしょに食べてくださいよう」 ちょうど出勤してきた通いの執事に、私は懇願した。 「おや、榴果さん、首筋が赤くなっていますよ」 「蚊にかまれた痕です。ご主人さまが取ってくださいましたけど」 「ほう」 来栖さんは、意味ありげな声を上げて、静かに笑ったように見えた。 |
![]() §6 「はい、おみやげです」 東京に出張していた久下が小太郎と藤次郎に差し出したのは、クッキーやキャラメルがいっぱい詰まったプラスティックのカボチャだった。 「うわあ。ハロウィンね」 詩乃が受け取った紙袋には、頼んでいた冬物の子ども服が入っている。 「東京の繁華街はオレンジと黒のディスプレイ一色でした。ハロウィンも、この数年でずいぶん日本に浸透したみたいですね」 「はろいん?」 小太郎がカボチャを抱きしめながら、聞き返した。 「もともとは、火を焚いたり、人々が仮装したりして、家々から悪霊を追い払おうとした祭りなのじゃ」 物知りの草薙が、説明する。「やがて、子どもたちが悪霊やお化けに扮し、一軒ずつ訪ねて回ってはお菓子をねだるようになった。祭りというのは、楽しくなければ意味がないからのう」 「けれど、悪霊を追い払うなんて、うちじゃ日常茶飯事ですね」 「矢上村は毎日がハロウィンなのじゃ」 「まいにち、かぼちゃーっ」 久下と草薙と小太郎の漫才のような会話に、統馬はあきれ果て、いろりばたから立ち上がった。 「牛の様子を見てくる」 この季節の戸外は、すでにしんしんと冷え込んでいる。 近所に住民はおらず、矢上家以外の明かりはまったくない。統馬は懐中電灯を使って牛小屋を見回り、異常のないことを確かめて、小屋を出た。 敷地の中を牛の頭をした男が、男の顔をした牛を引いて横切った。 反対側から歩いてくるのは、鳥の頭をした女。老女の顔をした火の玉も飛ぶ。 一つ目のもの。一本足のもの。化け傘。片車輪。 まさしく百鬼夜行だ。 「叢雲(むらくも)」 統馬は手を伸ばし、愛用の神刀を呼び出そうとした。だが思い直して、だらりと腕を下げる。 「確か、はろうぃんと言ったな」 と笑みを浮かべた。「今夜は見逃してやろう。明日からは、こうはいかぬぞ」 妖怪たちは、きいきいとうれしげな声を上げて、矢上家の家の回りを輪になって踊り狂い始めた。 家に戻ると、 「どうしたの」 妻が、気配に気づいて出てきた。 「遅かったのね。外が騒がしいけど、なにかあった?」 「別に」 統馬は、詩乃の肩を抱き寄せた。 「いつもと同じ夜だ」 |