§1 鳥かご §2 廃園の薔薇 §3 水たまり §4 夏の微睡み §5 ボクはペット §6 ヒカリ金融 |
§2 廃園の薔薇 私のご主人は、拒食症だ。 「今日こそは、召し上がっていただきます!」 私はレースのカチューシャがずれるのも構わずに、激しく迫った。 「それでないと、私がここのお屋敷に上がった意味がありません」 「こらこら、側仕えの分際で。それが主(あるじ)に対する態度か」 ソファに横たわって、ご主人は眉をひそめながら私を見上げる。 私はご主人を押し倒して、その胸にまたがっていたのだ。 「ペチコートの中が丸見えだぞ」 「だって」 私は黒のワンピースの裾を引っぱり下ろしながら、ぐずぐずと反論する。 「ご主人さまが素直にお食事を召し上がってくださらないから。もうこれでいったい、何人の娘に暇をとらせたんです。 ですから、とうとう村の最後の切り札、とっておきの美人の私がお屋敷に上がるはめになったんですよ」 「ほう。しばらく下界に降りぬ間に、村では美人の基準が変わったか」 「この性悪伯爵!」 私はご主人から離れると、しくしくと泣き始めた。 「もう私が奉公に上がってからどれだけ経つと思ってるんです。召し上がってくださらないと私は立つ瀬がありません〜」 「下手な泣きまねはよせ」 「あ、バレてました?」 私がペロリと舌を出すとご主人は、やれやれとため息をついた。 「散歩に行く」 「はい、お供します!」 夜の薔薇は色が沈むかわりに、ことのほか香りを強く放つように思える。 手入れする者もいない広大な庭は、見渡すかぎり薔薇が咲き乱れていた。村人たちの決して近寄らぬ丘の上のこの館が、「薔薇屋敷」と呼ばれている所以だ。 鼻腔をくすぐる濃密な空気。かすかな夜風に、前を歩いているご主人の黒い外套の背中に長い金髪が揺れる。 一本の深紅の薔薇の前で、私たちは立ち止まった。 「薔薇は亡くなられた奥さまが大層お好きな花であったと、以前聞きました。ローゼマリーさまは、それはそれはお美しい方だったと」 ご主人は私に振り向き、かすかに笑う。 「まだ嫁ぐ前の妻の姿を見た者が、村に生きておったか」 「100歳を過ぎた水車小屋のおばばがそう申しておりました。そしてご主人さまは奥さまが亡くなられてこの方、ぴったりお食事をされなくなったとか」 「……」 「本当はお苦しいのでしょう? お休みになっておられる間に無意識に、ベッドのシーツをびりびりに引き裂かれるほど、ひもじいのでしょう? なぜ、そんなに我慢なさるのです」 私の目から、泣きまねではない本当の雫があふれる。 「私ではだめなのですか? 私は命など惜しくはありません。ただ、ご主人さまに元気になってほしいのです」 「エルゼ」 ご主人は、華奢な指で私の顎をすっと撫でた。 「妻は、自らの胸に銀のナイフを突き立てた。呪われたおのれの生のために村人の命をこれ以上犠牲にすることはできぬと。 何度妻の後を追おうとしたことか。だが、わたしは死ぬことはできない。この地方の領主として、人々を導かねばならぬ役目がある。 それ以来、わたしは妻の気持ちを思い、食を欲することを止めた」 「ご主人さまがおられればこそ、この地方は近隣諸国の侵略から守られているのです。だから村は1年にひとりずつ「側仕え」として若い娘を差し出してきました。村人たちはみな、ご主人さまに恨みを抱くどころか、感謝しています」 ご主人の冷たい掌にそっと口づけする。 「私も同じ。ご主人さまをお慕い申し上げています。だから……お願い。食事をなさってください」 唐突に、私の身体がぎゅっとご主人の腕に抱きとられるのを感じた。 「そなたの命を奪うことは、わたしにはできない」 「それならば、私を妻としてめとってください。ずっとご主人さまの隣を歩ませてください」 「そなたに一族の儀式を施すつもりもない。そんなことをすれば、ローゼマリーの苦しみを受け継がせるだけだ。永遠の苦しみを」 「ご主人さま」 「だいじょうぶ。食事を取らぬくらいでは、わたしは死なない」 ご主人は薔薇と同じ美しい深紅の瞳をついと上げて、東の空を見遣った。 「……もうすぐ、夜が明ける。眠る前に熱い薔薇茶を淹れてくれないか。そなたのお茶を飲めば、よい夢が見られそうな気がする」 「はい……、ご主人さま」 私はレースのエプロンで涙を拭くと、ご主人のお茶を整えるために屋敷に戻る。 何もできない無力な自分が悲しい。 永遠の生という呪われた宿命を私に分かち与えてくださらないのは、お優しさのゆえだとわかっているけれど。 私のご主人は、拒食症の吸血鬼だ。 |
§3 水たまり 前触れの数滴を落とすのももどかしく、暗雲を裂いて、大雨が一気に空中にあふれだした。ヒートアイランド現象というやつか、このごろ都心の夏は、ときどきこんな豪雨に見舞われる。 僕はどこかの喫茶店の軒先を借りて、雨宿りをしていた。 僕のような人間は、これではまったく身動きがとれない。別に急ぐ用事もないからいいようなものの。 早すぎる夕暮れにライトをつけた車が行き交う道。 叩きつける雨のしぶきは、まるでコンクリートから水滴の芝生が生えているように見える。 眼の前の舗道にみるみるうちに、小さな水たまりができた。 東南アジアのスコールは桁ちがいで、一時間ほどで小さな池を作るほどの雨を降らす。そして、その水たまりにはいつのまにか、魚が泳いでいるそうだ。 本当か嘘かは知らない。でも、生命力旺盛な南の国では、どんなことだってありうる気がする。 命のないところに命が生まれることだって。 この日本の都会の灰色の水たまりでは、決して起こらない奇跡だけど。 突然、僕の右隣に人影が立った。 中の喫茶店から出てきた見知らぬ若い女性だった。夏色のワンピースを着ている。 いつまでも降り止まない雨の空を見上げて、小さなため息をつくのが聞こえる。 あきらめてパラソルを広げたとき、僕の存在に気づいたようだ。 円いクリーム色の明るい影がすっと、軒下からはみでた僕のびしょぬれの膝のあたりに差し出される。 思わず彼女を見上げた。 「ありがとう。でも傘を持ってらっしゃるのなら、僕に付き合う必要はない。どうぞ行ってください」 「ええ、でも今歩くと、地面からのはねかえりで傘なんか役に立たないみたい。もう少し待ってみます」 少し舌足らずで柔らかい話し方だった。 僕は黙礼をすると、もう一度眼の前の水たまりに目を落とした。 灰色の街に灰色の舗道、そして灰色の僕を映す灰色の水たまり。 でも今はその中に、鮮やかなオレンジとクリーム色が溶け出している。 「あなたのことを、いつまでも待つ」 あの人の声が、耳元でよみがえる。 「あなたに勇気が戻ってくるまで、何ヶ月だって、何年だって」 「でも」と、まるであざ笑うかのように、僕は言い返したのだ。 「職も失った。思い描いていた夢も。未来も。もう僕には何もないんだ」 「本当に、本当にそう思ってるの? 何もないと」 水たまりに起きた色彩の奇跡は、暗闇を見つめることに慣れすぎた僕の目を射た。 何もないところに、何かは生まれるのかもしれない。 「ありがとう」 雨が少し小降りになりかけたとき、隣の女性に会釈した。 微笑み返してくれたのは、きっと僕のことばをパラソルのお礼だと思ったからに違いない。 僕はあの人のもとに急ぐため、灰色の街に飛び出した。 まだへたくそな手つきで、車椅子を漕ぎながら。 |
§4 夏の微睡(まどろ)み 「わたしが子どもの頃は原っぱというものがまだあってね。夏になると、友だちといっしょにどこまでも駆けて行ったものだよ」 「ふうん」 「それから、バーベキューパーティー。肉や野菜をグリルの炭の上でたんまり焼くんだ。本物の牛の肉だぞ。これがまた美味くてね」 彼の話はとどまるところをしらない。 「はい。もうお昼寝の時間よ。みんなお部屋に戻って」 「はあい」 30歳くらいの保育士が助け舟を出すと、彼の前に座っていた子どもたちは、はじかれたようにラウンジルームを飛び出した。 小さなスニーカーを、つるつるの床の上でキュッキュッと鳴らしながら、遠ざかる。 あの清潔な靴は一度も土の上を歩いたことはない。あの子たちは【この中】で生まれた世代なのだから。 夏を知らない子どもたち。 「コーンウェルさん。ご苦労様。いったんお部屋に戻ります?」 さっきの保育士が、いたわるように彼の肩に手をかけたので、我に返った。 「いや、ここでもうちょっと「外」の景色を眺めていきますよ」 「そうですか。用があったら、いつでもスタッフを呼んでくださいね」 彼女が出て行ったあと、彼は電動チェアを窓の方向に向けた。 広いラウンジには静かな音楽が流れ、淡い太陽光照明がふりそそいでいる。 彼のほかにも、数人の老人たちが思い思いの姿でくつろぎながら、「外」を見ている。 誰しも考えることはいっしょだ。 船の最後尾に位置するラウンジのこの巨大な窓だけが、唯一彼らのふるさとの方角に向いているのだ。 暗黒の宇宙空間。 そのはるか彼方に、彼らのふるさと地球があった。 もはやそこからすべての生命が失われたのを、誰もが知っている。シップの行政官たちは直接的な表現を避けてはいるが。 『エクソダス』プロジェクト。 人類が地球の未来をあきらめ、移民船団を連ねて宇宙の彼方を目ざして旅たってから、やがて五年。寿命から言って、彼が目的の地に着くことはないだろう。おそらくあの若い保育士でさえも。 子どもたちだけが、その靴で新しい惑星の土を踏み、楽園の住民となる権利を持っているのだ。罪なき者のみが入れる『乳と蜜の流れる楽園』の。 彼がゆっくりと目を閉じると、ひとしずくの懐かしさが頬を伝った。 瞼の裏に、もうなくなってしまった緑のふるさとが浮かぶ。 草色に染まったスニーカーを駆って、どこまでもどこまでも走って行く自分。 黒く柔らかい土の上を。 太陽の匂いを吸い込んだアスファルトの上を。 少年たちが仲間と呼び交わす声。 芝生のスプリンクラーのぬるんだ水。 日に焼けた皮膚をなでる、わくわくするような明日への予感。 永遠に季節のうつりかわることのない暗黒の宇宙のふところに抱かれながら、 老人は微睡みの中で、確かに夏の息遣いを聞いていた。 |
§5 ボクはペット 分厚いカーテンの布地をとおして朝の光の粒子が入ってくる。 部屋の隅で丸まって寝ていたボクは、うーんと身体を伸ばした。 彼女のベッドに這い寄ると、幸せそうに眠りこけている彼女のほっぺたをぺろりとなめた。 「う……ん、おはよう、フーちゃん」 「ワン!」 彼女は目をこすりながら起き上がると、にっこりしてボクの頭をなでて言った。 「もうこんな時間。おなかがすいたよね」 彼女が洗面所で顔を洗うあいだも、キッチンでごはんを作っているあいだも、ボクはひとときも離れず彼女の足元にまとわりつく。長い尻尾があれば、もっとボクのうれしい気持ちが表わせるのに、それがちょっと悔しい。 やがて、彼女はボク専用のお皿に水とエサを入れてくれた。 出来合いのドッグフードなんかじゃない、ちゃんと栄養を考えた手作りのエサだ。 ボクが床でぴちゃぴちゃ食事をしているあいだ、彼女は目を細めながらボクを見ている。 食事が終わると、お風呂場でボクのからだをきれいに洗ってくれて、朝の日課は終了。 彼女は、家で何かを書くお仕事をしている。若いけれど「先生」とほかの人間に呼ばれているらしい。 とても集中力の要るお仕事なので、彼女が机の前に座るとボクは静かにしていなければならない。退屈だ。 「ク〜ン」 玄関のドアを爪でガリガリかいていると、 「お外に出たいの?」 と扉を開けてくれた。 「うわあ、いい天気」 早い秋の訪れを思わせる高い空をまぶしそうに見上げる彼女の首筋は、とても綺麗。 「あまり遠くまで行っちゃだめよ」 「ワン!」 承諾の意味で一声鳴くと、ボクはトコトコ走り出した。 四足で歩くのがへたくそだったボクが一匹で散歩に出られるようになったのは、つい最近のことだ。車に気をつけながら、いつものコースを通る。 電柱でおしっこをしたいけど、おまわりさんに怒られたことがあるから、我慢ガマン。 通学途中らしい、制服を着た男子生徒たちに会った。 「あ、あいつ」 奴らはボクを見つけて駆け寄ってきた。 「フミアキじゃねえか」 ボクを取り囲んだ人間たちの目を、だまってじっと見上げた。 昔はボクを見ると、よってたかって蹴ったり、なぐったりしたこいつらも、彼女からもらった首輪をつけているボクには何もしなくなった。ボクは彼女のものだから。 のんびりと、長く伸びた毛をペロペロなめて身づくろいしていると、すぐに奴らは怯えたような顔をして行ってしまった。残されたボクはまた平然と、歩きだす。 「おかえり、フーちゃん」 散歩から帰ると、彼女はニコニコしてドアを開けた。 玄関で、汚れた手や足を濡れタオルでふいてくれる。 「お散歩、楽しかった? どんなものを見たの?」 ボクの5本の指の間も丁寧にぬぐいながら、彼女は話しかける。 ボクがしゃべれていろんなお話ができたら、どんなにかいいのに。そう思うと、ひどく悲しくなる。 彼女とはじめて会ったのは、線路のわきだった。 電車に飛び込もうとしていたボクを必死になって止めてくれたのが彼女。 高校の同級生の執拗なイジメに人間の尊厳をずたずたにされ、ことばを失い、教師も親も医者も怖くて、あいつらと同じ人間であることにさえ絶望したボクを、彼女は家にひきとって面倒を見てくれた。 「人間として生きられないのなら、人間以外のものになってもいいから、生きて」 彼女はボクに生きる意味を与えてくれた。 ボクは彼女のためだけに、生きられると思った。 楽しい1日が終わって彼女が眠りにつくと、ボクは暗闇の中で長いあいだ彼女の寝顔を見ている。 ときどきそっと起こさないように、彼女の白い手を舌でなめる。 「アイシテル」 そのことばを彼女に伝えたいと、いつか心から願ったとき、ボクは人間に戻れるのだろう。 |
§6 ヒカリ金融 高坂はふたりの黒服の男の前で震えていた。 無理もない。彼の前には300万円もの債務証書がつきつけられているのだ。 「わ、わたしがおたくに借りたのは、30万だったはずだ。それがたった1ヶ月で10倍になるなんて」 「ああ? なにフザけたことぬかしてんだよ」 眼前の金パツの男がテーブルをばんと叩いて、凄む。 「こちとら商売なんだよ。だいたいうちの利子が高いことくらい、百も承知だったんだろう? 借りるあてがなくてうちに泣きついてきたくせに、今さら何をしらばくれてんだ!」 彼の言うとおりだった。不況のどん底、不渡りを何度も出しかけた会社の金策に走り回って、もうカードローンも消費者金融も借りられるところはすべて借りてしまった。 あと残るのは、ヤミ金融と言われる不当な高利をむさぼる業者だけだったのだ。 「まあまあ。ミッキー」 それまで背後に隠れるようにして座っていた男が、仲間の肩をぽんぽんと叩く。 「そんなにびびらせたら、片付く話も片付かねえだろ。おまえはすぐアツくなっていけねえ」 と諭すように言うのが、通称ユーリ。黒いロン毛の男。 日本人のくせにふざけた名前だが、ふたりとも本名を知られたくないほどあくどいことをしているのだろう。 金を借りに来たときは、天使のように微笑んでいたのに。 いや、あのとき通常の精神状態ではなかった高坂にとっては、金を貸してくれる者はすべて天使に見えていたに違いない。 今は、悪魔だ。 残酷な笑いを顔にへばりつかせ、魂さえもしゃぶりつくす悪魔。 「どうするよ」 「そうだな。こいつには息子しかいねえから、娘をソープに売り飛ばすってワザも使えねえしな」 「もうめんどっちいから、車道に突き飛ばして保険金いただくってことにしようぜ」 失禁寸前なほどガクガクと膝をならしながら、それでも高坂は頭の隅で思う。 いっそのこと、本当に殺してくれたほうが、どれだけ楽になることか。 もうこの世に未練などなかった。 生きていても、社員や債権者の皆様に申し訳が立たない。 そうだ。死のう。ここを出たらすぐ、どこかのビルから飛び降りよう。 「あんたさ。今死ぬこと考えてただろ」 気がつくと、金パツの男がまっすぐに彼の目をのぞきこんでいる。 「え?」 「わかるんだよ。こういう商売やってっとさ。目がすわると言うか、影が薄くなると言うか」 「てめえだけ楽になろうなんざ、いいご身分だな」 ロン毛の男が、不機嫌に後を引き取る。 「てめえの息子が今何してるか知ってるのか。大学の友だちのところを駈けずり回って、五千、一万と借りては社員の未払いの給料を払おうとしてんだぞ」 「え……?」 「てめえの女房もな。毎日債権者の電話におびえながら、それでも平気な顔してるだろ。もう三ヶ月も給料入れてないのに、せいいっぱいのご馳走を作ってよ。てめえのその脂ぎった体が心労で倒れないのは、女房の気遣いのおかげだってことが、わからねえのかよ」 「あ、あんたたち、何を……」 金パツの男がテーブル越しに、グイと彼の胸倉を掴む。 「あんたには、その愛情に応える責任があるってことだよ。中途半端なリタイアは赦さねえ。あがいて、あがいて、みっともなく生きてみやがれ。死ぬのはそのあとだ!」 そして、高坂を突き飛ばすと、激昂してテーブルの上の債務証書をくしゃくしゃと丸める。 「300万、耳をそろえて持ってくるまでは、二度と俺たちの前に顔を出すな!」 雷鳴のようなその怒鳴り声に、高坂は鞄をひっつかむと一目散に事務所を飛び出た。 路上に出ると、さっきまで自分がいたビルを見上げる。 『光金融有限会社』 窓に張られた看板を見つめながら、高坂はひとり首をひねった。 いったい、今のできごとは何だったのだろう。 不思議なことに、さっきまでの絶望した気分はウソのように消えていた。 そうだ。早く家族のもとに戻ろう。死ぬなんてとんでもない。 3人で力を合わせれば、なんとかなる。借金は何年かかっても少しずつ返していけばいいんだ。 高坂は、瞳に新しい力をみなぎらせて、夏の灼熱の舗道を歩き始めた。 高坂が出て行ったあと、ふたりはおだやかに微笑み合った。 「ミカエルさま。堂に入ったヤミ金融業者ぶりでしたよ」 ロン毛の男がからかうように言う。 「やめなさい、ウリエル。ほめことばになっていませんよ」 「それにしても我らの主は、とんだことを天使たちにお命じになったものです。罪人たちを教会で待っていてはならない。罪のただ中に出て行って、彼らを救いなさい、とは」 「天使は人間たちの目の届かぬところで、神の命令を行うことが本業です。ウリエル。彼が置いていった10万をこっそり彼の家に戻しておきなさい。奥さんが隠したまますっかり忘れていたへそくりか何かに見せかけるのです。 それから、ラファエルが確か悪徳弁護士に偽装するのが上手でしたね。ほかのヤミ金融業者が彼を苦しめぬよう、こっそり脅かしておくように命じなさい。 なんだか、でも……」 天使の長は、コキコキと首を鳴らしてから、にっこり笑った。 「このお仕事、ヤミつきになりそうで怖いです」 |