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The Chronicles of Thitos
ティトス戦記

Chapter 5


 サルデス王から簒奪した玉座で尊大に足を組み、勇者たちが入ってくるのをじっと見つめている銀髪の男。
 アシュレイたちは彼を一目見るなり、立ち止まった。
 これまでその紅い瞳を燃やしていた憎悪・侮蔑・傲慢の炎が消え、哀しみの光を帯びているようにすら見えたのだ。
 しかし口を開いたときの彼の言葉には、そんな弱さは微塵もなかった。
『よく来たな。尻尾を巻いて逃げ出したものだとばかり思っていたぞ』
『生憎だな。招待にはきちんと応ずる性分なんだ』
 アシュレイには珍しく、軽口で応酬する。
『確かにおまえたちと饗宴を開くのに、これ以上ふさわしい場所はない』
 ルギドは立ち上がり、玉座の階段を数歩降りて、床を差した。
『ちょうどこのあたりだな。俺がサルデス王の心臓を食らったのは』
『……!』
『悔しいか。非道の所業だと思っているな』
 多くの人の血を吸い取ったかのような蘇芳(すおう)色の絨毯を踏みしめ、近づいて来る。
『だがおまえたちとて、豚や牛や兎を食らっている。夜毎この王宮の食卓に登っただろう、数え切れない家畜の肉が。たらふく食っては大量に残す。
俺たちも同じだ。人間を狩って食う。それが魔族のやり方だ。何も違いはない』
『違う!』 アシュレイが叫んだ。
『人間には心がある。仲間を愛し、いたわり、その死を悲しむ心は家畜にはない。
神に似せて創造された人間を餌とする魔族は、神に逆らっているんだ!』
『心だと? フ……』
 ルギドが冷笑した。
『俺が人間の村で見て来たのは、自分が助かるためなら他人を蹴落とし、少しでも人より多くの食糧を奪い合い、尊厳などかなぐり捨てておべっかを使い、 仲間を裏切っては挙句殺し合う姿だ。
愚鈍で能無しで最低の人間どもに、心があるだと?』
 全身から青い炎が燃えだし、空気がぴりぴりと振動した。
『それなら俺たち魔族の方がもっと上等な心を持っている! 忠義を重んじ、自分の死をもいとわず、相手の身を思う心なら、俺たちにだってある。
おまえらがけだもののように恐れ憎み、皆殺しにして踏みつけ、勝利の祝杯をあげるだけの存在だと思っている俺たちにもな!』
 ギュスターヴの持っていた杖が戸惑ったようにわなないている。
「ルギド、おまえ……」
『俺は魔族全部の尊厳をかけて戦う』
 そのことばをさえぎると、ルギドは剣を鞘走らせた。
『おまえたちも人間の尊厳をかけて戦え』
『わかった』
 うなずくとアシュレイも剣を放つ。
「いくぞっ。ギュス。アローテ」
「おおっ!」
「はいっ」
 ふたりの魔導士が詠唱に入った。アシュレイは摺り足でルギドの利き手と反対側に移動しようとする。
 しかしルギドは剣を下に垂らしたまま、それを見ようともしなかった。
『貴様らがこの間言っていたリュートという人間のことだが……』
「……?」 アローテの呪文が一瞬止まる。
「アローテ。魔法に集中しろ!」
「え、ええ」
『そいつのことがわかったぞ。そいつは自分が魔王に負けたことを恥じ、もっと力がほしいと願い出たそうだ』
「……」
『魔王はその願いをかなえた。奴は下等な人間を捨てて高等な魔族の姿となることを受け入れた。
 だが自分の仲間を平気で裏切るとは、俺の知る中でも最低の人間だな、そいつは』
『ルギド!』
 アシュレイは怒りでも悔しさでもなく、何かせつない感情に突き動かされ、大声を上げて切りかかった。
 構えを何も取っていなかった上に、剣を持つ手の反対から仕掛けられたのに、ルギドは一瞬のうちに受け止めた。
「『蒼き雷(いかずち)よ、天駆ける御者(のりて)なき戦車(いくさぐるま)よ』、……行っけええっ!」
「『アジレートラ』!……アッシュ!受け取ってぇ!」
 同時に唱え終わったギュスターヴとアローテの呪文は、それぞれの目標に向かって吸い込まれるように空を飛んだ。
 アシュレイの剣をさばくため、魔法への迎撃が間に合わなかったルギドは、右の小手で雷を振り払った。
 バチバチと何かが焼ける音がした。
『チッ……』 ぎりっと歯をきしませる。
「やり! 当たった!」
 ギュスターヴが跳び上がる。
 間髪を入れぬアシュレイの速攻が続く。アローテの素早さを上げる呪文の効果で、鬼神のごとき速さだ。
『少し腕前を上げたな』
 剣戟の合間にルギドがつぶやいた。
『当たり前だ! 怪我が治ってから1ヵ月、3人で血のにじむような修行をしてきたんだ。おまえを倒すためだけにな!』
 アシュレイは毛筋ほどのためらいもなく、打ちこみ続ける。
『どうだ。これで魔法剣を使う暇はないだろう』
『フッ。そんなもの、おまえらごときに必要ない!』
 ルギドが大上段から振り下ろした剣を、難なくアシュレイはかわした。
 いける! 彼はぞくぞくする希望に突き動かされた。
 1ヵ月間彼らがひたすら、昼も夜もぼろぼろになるまで特訓したのは、3人が一瞬も止まらず間断なき波状攻撃を仕掛け、敵に息つく暇さえ与えないようにすることだった。
 アシュレイの剣。ギュスターヴの氷結呪文。アローテの霧(ミスト)。
 また、アシュレイの剣。ギュスターヴの真空。そしてアローテの唯一の攻撃呪文である聖風(ホーリーウィンド)。
 はるかにレベルが違うと思っていたルギドが、一時間も経つ頃には息を切らせ始めた。
『さすがに勇者のパーティだな。この前と数段手応えが違う……』
 アシュレイの連続攻撃を受け止めながら、黒鎧の魔族は切れ切れに話しかける。
『たった1回やり合っただけなのに、おまえは俺の剣の癖をすべて見抜いている』
(リュートと同じなんだよ)
 そう言い返してやりたかったが、喉がカラカラで声が出ない。
『魔法も発動させたい時間から逆算して詠唱に入っている。綿密な計算が必要なはずだ』
(毎晩徹夜して表を作ったんだ)
 ギュスターヴはせわしい息の中で思う。
『何よりも、白魔導士が背後にいて全体を把握していることで、攻撃の威力は2倍にも3倍にもなる。多少無茶をしても、必ず回復してくれると信じているからだ』
(でも、もうだめ……。魔法力が……)
 アローテも、地に吸い込まれそうな疲労に身を屈めている。
 ルギドをここまで追いこみながら、実は力尽きていたのはアシュレイたちの方だった。
 ついに、攻撃の手が途切れた。
 広間にぜいぜいと4人のあえぐ息だけが響く。
『戦いでこれほど疲れたのは初めてだ……』
 ルギドは汗にまとわりつく銀の髪をうざったげに掻き上げた。
『よくやったと誉めておこう。黄泉の皇帝の前で自慢するがいい』
 その右の掌で赤い球が燃え上がり、柄を握り直した剣が炎を帯びる。
「くっそお。ここまでうまく行ったのに……」
 ギュスターヴがうなった。動けない。魔法力の尽きた魔導士は、石ころのように無力なのだ。
「まだ――まだだっ!」
 アシュレイはなおもあきらめない。猛る闘争心を緑の目に宿し、叫ぶ。
「来い、ルギド!」
「アッシュ!」 アローテの甲高い悲鳴。
『燃え尽きて死ね!』
 炎の剣が紅の残像を従わせ、勇者に襲いかかる。
 金色の聖剣が空気を切り裂きながら、魔族を迎え撃つ。
「きゃああっ!」
 顔をおおったアローテの隣で、ただひとりギュスターヴがその光景を網膜に焼き付けた。
 ルギドの黒い魔剣がアシュレイに触れる直前、キラリとひるがえり、その炎の色を消した。
 皮袋の破裂するような空気の振動。人間の本能が悪寒にひきつる音。
「ルギド……」
 放心したギュスターヴが呟く。
 アシュレイの剣は、深々と敵の懐にもぐりこんでいた。
「へたくそ……」
 ルギドは小柄な騎士の肩に顎を埋めて、かすかに笑った。
「突きが……甘い。もっと腰を、いれろって……いつも……言っ……た……ろ……」
 震える両手でアシュレイの腕を掴むと、思い切りその体を引き寄せた。
 鈍い音とともに剣は背中に突き抜けた。
「おまえ……まさかっ!」
 ぐらりと傾く体を抱きとめながら、アシュレイが怒鳴った。
「自分からわざと!」
「あああっっ! リュート!」
 絶叫とともにアローテが駆け寄る。
 ルギドは勇者の胸に真っ黒な血を吐くと、誰かを捜し求めるように天を仰ぎ、そして目を閉じた。
「いやああっ!」


 崩れかけた壁の隙間から差し入る日光の中で埃が舞い踊っている。
 どこかで大勢の人々のさんざめく笑い声。バタバタと走る子どもたちの足音が通りにこだまする。
「気がついたか」
 ギュスターヴが窓際に置いた椅子から腰を浮かせた。枕元に立って様子を確かめると、物問いたげな視線を察したのか、窓の外に顎をしゃくって見せた。
「サルデスの街だ。崩れ残った城壁の中の、どこかの娼婦が使っていたらしい箱部屋の中にいる」
 そして、部屋の隅を指差した。
「アローテはその毛布にくるまって寝ている。アッシュはどっかそこらへんにころがってるだろう。
2人ともちょっとやそっとでは起きないぞ。3日間交替で、回復魔法を使いっぱなしだったからな」
 ギュスターヴはいたずらっ子のように、白い歯を見せて笑った。
「まったく魔族の体ってのは、出鱈目にできてるよな。心臓を串刺しにされて、肺まで貫いてたんだぞ。それなのに助かっちまうんだからな」
「なぜ……助けた?」
「あ? うん、そうだなあ」
 困ったように、二房にねじりあわせた黒髪を引っ張る。
「戦う前はアシュレイ坊やも、絶対赦さん、殺してやるなんて息巻いてたんだけどな。
おまえが意識を失った後、わあわあ泣き出しちまってさ。回復呪文を真先に唱え出したのもあいつさ。
ま、俺たちはリーダーには従わないとな」
「甘いな、あいつは……。俺は敵なんだぞ」
「そうか。結構おまえも詰めが甘いと思うが」
 口元の笑いをこらえて言う。
「俺たちの攻撃が効いてるふりは堂に入ってたけどな。最後の最後でわざと剣を受けたことは、アッシュにさえばれちまってたぜ」
「わざとでは……」
「いいよ。もう済んじまったことだし」
 ルギドは肘で体を支えながら、ようやく身を起こした。
 藁の上にありあわせのぼろきれを敷いただけのベッド。身につけているのは、奴隷か囚人でも着るような、袖なしの麻の長服だ。
「ああ、おまえの剣と鎧は王宮の奴らに没収されたよ」
 ちらっと窓の外を見遣りながら、ギュスターヴが説明した。
「今日は戴冠式で町中にぎわってる。この数日でなんとか城の修復を終えて、とりあえず形だけの式だが、サミュエル王子が新王に即位するんだ。
みんな大喜びだよ。近隣の村や町からも人が集まって、どんちゃん騒ぎだ」
「おまえたちは行かなくていいのか? 魔王軍を追い払った功労者が」
「うん。いいんだ、俺たちは」
「そんなことだろうと思った」
 ふらつく足元を手近な家具で支えて立ちあがる。
「今からでも遅くない。俺を王宮に引き渡せ……」
「何言ってるんだ!」
「俺が生きていれば、おまえたちが裏切り者とされる。何故俺を助けた? 何故ここにいる? 一生、反逆者の烙印を背負って生きたいのか?」
「僕たちは、そう望んだんだ」
 部屋の隅から声がした。アシュレイが寝不足の頭をこんこん叩いている。
「どちらにしろ、もう遅い。王宮との話し合いはすでに決裂している。もう僕たちはれっきとした反逆者だよ」
「私たち、あなたとともに生きたいと思ってるの」
 アローテも起きあがって微笑んでいた。
「元通り、4人よ。4人で力を合わせて魔王軍と戦いましょう」
「……頭でもおかしいのか」
 ルギドは彼らの眼差しを避けて、顔を伏せた。
「俺は魔族だぞ。魔王軍の三個師団を束ねる指揮官だ。その俺に、人間のために魔王軍と戦えだと?」
「魔王軍に戻るつもりなのか」
 彼は首を振った。
「今更戻っても、俺も裏切り者だ。……さぞかし魔将軍の奴らが口を極めて俺をののしっていることだろう」
「それなら……」
「なぜ、そんなことができる?」
 紅い瞳を燃え立たせ、3人をにらむ。
「俺が人間に何をしたのかわかっているのか。家を燃やし、泣き叫ぶ女や子どもの首を刎ね、肉を食らったんだぞ。数え切れん人間を笑いながら殺したんだぞ!」
「……」
「その俺に人間のために戦え、だと……。そしてまた、数え切れん魔族たちを殺せというのか。俺とともに戦った部下や家臣たちを……」
 アローテが目に涙をいっぱい溜めて駆け寄り、彼の腕にすがりついた。
「リュート! お願い、もうやめて。……自分をそんなに責めないで」
「リュート」
 アシュレイが静かに立ちあがった。
「僕は今まで、おまえの犯した罪を赦せないと思った。おまえの死をもってしか、この罪は償えないと思ってきた。
……でも、違った。おまえの罪は死をもってしても償えないほど、深く重い」
「……」
「おまえは死を選ぼうとした。だがそれは逃げることでしかない。おまえは一生罪の重さにのた打ち回りながら生きていかなくてはならないんだ。
僕たちもそれをともに背負う。4人なら背負えるはずだ。だから、今まで殺した、そしてこれからも殺すであろう多くの魔物の生命を、僕たちといっしょに背負ってほしい。
そうすれば、僕は……」
 アシュレイはしばし、祈るように目を閉じうなだれた。
「御神と王より賜った、この勇者の名において、おまえの罪を赦そう」
 彼は何も答えなかった。
 すぐに答えを出せるような問いではない。また、答えを出せるような器用な男ではない。
 彼らが諦めかけたとき、ルギドは閉じていた目を開いた。
「……条件がある」
「何だ」
「俺をリュートと呼ぶな。もはや俺は人間には戻れん。リュートは死んだ。魔族としての俺が必要だというなら、ともに行く。――それでいいか?」
「わかった。ルギド。魔族のおまえが必要だ」
『わが主(あるじ)アシュレイ』
 彼はひざまずくと、両の拳を床に押し当て、頭をすりつけた。
「や、やめろ、ルギド、僕たちは……」
「これが魔族のしきたりだ。俺たちには仲間という概念がない。強い者に従うという上下関係があるだけだ。……黙って見ていろ。
『わが主アシュレイ。我が命のある限り、汝とともにあり、汝を助け汝に忠誠を誓わん』」
 主とされた者の足首に接吻する。
「なんだか、結婚の誓いみたいよねえ」
 アローテはわけもなく赤くなっていた。


 アシュレイは王宮の門に立った。
 先刻、勇者に対する召喚の触れが町中を駆け巡ったのである。
「待て! そこまでだ」
 鋭い声が響き、開け放たれた門の内側に槍を突き出した近衛隊が一列に並ぶ。
 ひとりの男が門の外に現われた。
「オルデュース……」
「新任の近衛隊隊長、オルデュース・ド・ラプリスである。貴殿に陛下のご意志を伝える!」
 懐から出した巻物を広げて、彼の前に突き出す。
「 「サルデス国の名誉ある騎士にして、神の勇者アシュレイ・ド・オーギュスティン。汝、我らの仇敵にして、 先王また数多の国民を殺戮せし魔族に加担し、それを匿わんとする行状、赦しがたし。
 ここにサルデス国王の名において、 勇者の称号ならびに騎士の称号を剥奪し、王家に伝わる勇者の剣を没収し、国外に永久追放とするものなり」 」
「……陛下の御意、承りました」
「ア……アッシュ」
「アッシュ!」
 後ろに控えていた魔導士たちが叫んだ。
「待てよ。勇者の称号を奪われて、俺たち魔王軍と戦えるのか? もう一度話し合った方が……」
「いいんだ!」
 アシュレイは一歩進み出て、腰に帯びていた剣を鞘ごと引き抜くと、オルデュースに差し出した。
「残念だ。アシュレイ。同期の誇りだったおぬしがこのような形で……」
「いつかきっと、わかってもらえる日がくるよ。オルデュース」
 彼はかつての親友の憎悪に満ちた眼差しを辛そうに受け止めた。
「最後の頼みを聞いてくれないか。せめて、サミュエル陛下とグウェンドーレン王女に拝謁を……。 一目会ってお別れを言いたい」
「ほざくな! 反逆者が王宮に一歩たりとも踏み記すこと、まかりならん! 赦しを請いたければ、あの悪魔の首を差し出すんだな」
 近衛隊長は踵を返して、兵の壁の向こうに入ってしまい、アシュレイの前には槍の穂先が突きたてられた。
「行こう……。ギュス、アローテ」
 王宮前広場から大通りへの長い階段では、都の人々が遠巻きに睨んでいた。
 最初はひそやかな呟き。恐れと不審。次第に口々の罵声。
「人殺し! 裏切り者!」
「人間の敵! 勇者のくせに」
 やがてうねりとなる怒り。一個のそして何十もの石つぶて。
「魔物め! 父ちゃんを返せっ」
「死んじまえー。反逆者!」
 ギュスターヴはアローテをローブの袖で庇うと、茫然とするアシュレイに叫んだ。「走れっ。一気に抜けるぞ!」


「用意はできたか。みんな」
 編み上げ靴の紐をキュッと絞めて、アシュレイが立ちあがる。
 ルギドは、ギュスターヴが手に入れてきた真っ黒なフード付きローブをすっぽりと羽織り、残りの者たちもそれぞれ冬の旅装を整えている。
「あとの準備は、国を出てからするしかないな……。薬草類とか」
 アイテムの点検をしているのはギュスタ―ヴ。
「そうだっ」 アローテが跳び上がった。
「忘れてたものがあるの。みんなついて来て!」
 一行は娼婦の部屋を出ると、人目につかぬよう城壁の内部を伝って、地下に降りた。
「実は1年前、ここの武器屋に預けていったものがあるの」
「アローテ。こんだけ荒らされてたら、預けたものなんて……」
 言いかけたギュスターヴはあっと叫んだ。
 めぼしい物はすべて掠奪された空っぽの暗い部屋の奥に、埃にまみれて転がっている剣があったのだ。
「リュートの鋼の大剣だ」
 懐かしい旧友に再会したように、アシュレイは体をぶるっと震わせた。「お、とと、重いっ」
 うやうやしく捧げ持つしぐさも芝居じみる。
「何だ、これは」
 ルギドは目を剥いた。
「こんなやたらとでかい、安っぽく切れ味の悪そうな剣が……俺の剣だったのか?」
「リュートが聞いたら、怒るぜえ」
 ギュスターヴがけらけら笑った。
「あいつは毎晩1時間かけて、そいつを磨いてたんだからな」
「ああ。そいつを持ったら、やっぱりおまえはリュートなんだな」
 憮然としているルギドに、アローテはにっこり微笑んだ。
「持ってかない? 泥棒さえ盗んで行かなかった剣だけど?」


 見送りも歓声もなく、今まで得たすべてのものを失って、反逆者の汚名を帯びての旅立ち。
 冬の冷厳たる大地は、行く手を阻むものもない。
 時に、旧暦3642年天馬月。長い戦いはまだ始まったばかりだった。

Chapter 5 End

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