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ギャラクシー・スクランブル4
〜 Galaxy Scrambles 4 〜








 入り口の扉をヒュンと開けると、ぼさぼさの金髪頭の男が眠そうに欠伸をしながら入ってきた。
「あ、今日はうちの番だったっけ」
「悪いな、トシュテン」
「全然かまわないよ。毎朝シャワーのたびに、スタッフルームめぐりも大変だね」
「もう慣れたよ。あ、おまえのシャンプー使うぜ。おまえのが一番俺の髪質に合ってる」
「あーっ。ランドール。それ特注なんだから一回5ミリリットルね」


 火星定期貨物シップYX35。『ラウンジクルー』のランドール・メレディスにとっては、二度目の乗り組みである。
 一度目のときは栄養剤の点滴なしには一日もこなせなかったような早朝から深夜までの超激務が、今回はかなり楽に感じられた。体がスケジュールを覚えて自然に動いていく。ラウンジの煌々と灯したライトの下でも平気で寝られる。
 そろそろキャプテン・三神の怒鳴り声が飛んでくるな、というタイミングまで予測して逃げ出せるようになった。まるで野生のガゼルだ。
 しかし、敵はさらにその上を行く草原の王者だった。
「てめえっ。ミーティングのときの俺のコーヒーは、机の角からぴったり18センチ、15センチの場所に置いておけと、いつも言ってるだろ」
 ゴシック様式の大聖堂に刻まれた守護獣ガーゴイルのような顔で、行く手に待ち受けている。
「こんな簡単なことさえ覚えられねえで、いったい何度火星と往復したら、てめえのの脳細胞はまともに働くようになるんだ!」
「まだたったの二度目ですよ。ついでに言えば、あんたのその不機嫌な面見るのは、今日で67日目!」
 壁ぎわに追いつめられながらも、ランドールは逆襲を試みる。
 当然拳が飛んでくるが、背筋をぐっと伸ばして、甘んじて殴られた。
「ランドール。殴られる瞬間、柳のように逆らわずに体を反らすとダメージが少ないですよ」
 副操縦士として今まで一番多く船長の毒牙にかかっていたエーディクが、対処法をアドバイスしてくれるが、ランドールは決してレイの拳の威力をかわすつもりはない。
(ユナの苦しみを思えば、こんな痛さなんでもない)
 全身で受け止めて、ただひたすら睨み返す。
 彼がユナにキスしたことを、こいつは知っているのだろうか。いや、夫が恐ろしくて、彼女の口からは絶対にそんなことは言えないはずだ。可哀そうに、逃げ出すこともできないほど怯えきっているのだから。
(何があったって、こいつに負けるものか)
 あのキスは、一時の恋情に駆られてのことではない。もっと強い決意のあらわれだ。
「中国の古いことばに『竜虎相搏つ』というのがありますが」
「まあ、まさに今の二人にぴったりですねえ」
 と通信士のチェンと同僚のロロが解説を入れながら、その模様をシップ中に実況中継している。


 実際のところ、クルーは皆、退屈していた。それほど、今回の航行には何の問題もなかった。これが地球の海ならば、さしずめ「快晴、ベタ凪」というところだ。
 火星航路は、いつも一定ではない。火星と地球の距離はそれぞれの公転軌道上の位置関係によって絶えず変わる。2年2ヶ月ごとにふたつの惑星は近づいたり遠ざかったりを繰り返している。もっとも近づくときで、約5500万km、反対に最も離れてしまうと距離はその七倍の4億kmにもなる。
 地球と火星が太陽をはさんで一直線に並ぶ、いわゆる「合」の前後には、火星間航行と通信は困難をきわめる。そのために乗客便や貨物便の運行はほとんどが休止、そのため火星市場では、銀河連邦による物価統制指定品以外は2倍に高騰することになる。
 しかしその特別の時期以外には、火星400万住民のための生活必需品を満載した貨物シップが宇宙を飛ばないときはない。
 幸いにして、現在の火星―地球間距離はわずか7000万キロ。直線航路上に、微小惑星などの障害物は何もない。
 シェフ・ジョヴァンナのうたう『流浪の民』も、のどかな春の歌に聞こえるし、タオ機関長の猥談さえ、どこか老人の茶飲み話めいている。
 キャプテン・三神の怒声が居眠りの良い目覚ましになるほど、シップの中は平和だった。船内をたえず動き回っているのは、保安主任のニザームと、そのお供のランドールだけだった。
「あ、なんだか、ここの音が変です」
 共用トイレに来て、ニザームがうれしげに黒髭を震わせて叫んだ。異常を発見することが彼にとって最大の娯楽と見える。
 指差しているのは、汚物や洗浄液を無重力空間でも完全に吸い込むためのバキューム装置。
「ここの吸気音だけが、他のに比べて妙に震えてませんか」
「俺には、全然違いがわからんが……」
「絶対ヘンです。調べてみましょう」
 装置を分解して、汚物のパイプの中に手をつっこむニザームに、ランドールはイヤそうに顔をしかめた。
「そんなのクリーナロボットにまかせろよ」
「機械のわずかな異常を見つける切り札は、最後は人間の経験と勘しかないと研修学校の教授に教わりましたから」
「ちぇっ」
 しぶしぶニザームのかたわらで片膝をつき、工具を渡そうとしたランドールの目の前で、「あっ」とアラブ人が立ち上がった。
「お祈りの時間です。すいません、あとはお願いします」
「……やっぱりそうなるのか」


 火星への到着後の貨物積み下ろしや船体チェックも滞りなく済み、5日経つと、予定どおりYX35便は地球に向けての帰路に着いた。
 帰りの航行中もなにごともなかった。
「ランドールさんが点滴に来なくなったから、暇ですわ」
 ハヌルが医務室のカウンターに頬杖をつきながら、出迎えてくれた。
「ふっ。俺の顔を毎日見られなくて寂しいか?」
「あはは。子どもが幼稚園に通うようになって寂しさを噛みしめてる母親の気分かなあ」
 なんとかしてキャプテン・三神の弱みを探るために、ランドールはこのゴシップ好きの若い看護師に狙いをしぼることにしたのだ。
 雑談しながら、さりげなく話題を船長のことに持っていく。
「『ミカミ』というのは、日本人の姓だろう?」
「ええそう、お父さんが日本人、お母さんがハンガリー人だと聞いてる」
 そこまでは、彼自身も調べをつけている。問題はその先だ。
「ふうん。じゃあ、生まれたのは、そのどちらかの国ってことかな」
「ううん。キャプテンは、イオで生まれたのよ」
 と言って、ハヌルは不安げに口を押さえた。「あれ、これは口止めされてないわよね」
「イオ? あの木星の衛星イオのことか?」
「うん」
「けど、あそこはまだ、調査移民が一回行ったきりのはずだが」
 ハヌルはしまったという顔をして、あわてて背中を向けて医療キットを整理し始めた。
 連邦標準時の深夜、人影の途絶えたラウンジで、ランドールはコンピュータの端末を開いた。
「木星の調査移民団のデータを」
 ひそやかな命令に応えて、コンピュータは検索結果を、三次元モニターに映し出した。膨大なデータがビルディングのように積み上げられる。
 ランドールは、瞬時に全体に目を走らせると、「移民団の名簿を」と言った。
 小惑星帯【アステロイドベルト】で遭難したという124人の氏名リストがぐいと正面に押し出される。
 家族単位の表示が続く中、スクロールさせていく指先がある一点で止まった。

 ヒロシ・ミカミ(惑星環境学博士・行方不明)
 マルギット・エトヴェシュ・ミカミ(地質学博士・行方不明)
 レイ・ミカミ(4歳・生存)

 ランドールは目を見張った。三十年以上前に起きた木星移民団の遭難事故のただひとりの生き残りが、キャプテン・三神だったとは。
 さらに詳細な情報を求めて、下層のデータへ移動しようとする彼の目の前で、いきなりビルディングがぐにゃりと歪んだ。
「それ以上は、見るもんじゃないな」
 振り返ると、キャプテン・レイ・三神が薄笑いを浮かべて、彼のすぐ後ろに立っていた。
 今の今まで、誰かがラウンジに入ってきた気配さえなかったのに。
「なぜ、そんなことを、こそこそ調べている?」
 その声には、悪魔でさえ瞬間凍結させるような凄みがこもっていた。
 ランドールは口元をひきつらせて、なんとかことばを返した。
「あんたの経歴を調べていたんですよ。少しほじくれば、人殺しの前科が三人や四人分、出てきそうだったんでね」
「で、自分が五人目に志願するつもりか」
「さすがにそれは、遠慮します」
 一歩近づくと、レイはいきなりランドールの襟首を片手で鷲づかみにした。
「世の中には、知らないほうが長生きできることもあるんだぜ」
「はなせよ」
 息苦しさに顔をしかめることさえ拒否しながら、ランドールは相手を睨み返した。
「こんな鬼畜を夫と呼ばなければならない、あんたの奥さんが哀れだ」
「ふうん、あのキスは、戦いの狼煙(のろし)ってわけか」
 キャプテンは、おかしそうに喉を震わせて笑った。
「知っていたのか!」
「ああ、知っていたさ」
 ふいに手を離された。ランドールはよろめくと、椅子の背でかろうじて体を支えた。
 ユナにキスしたことを、こいつに知られていた――。
 考えが甘かった。こいつは妻に尾行をつけることくらい、平気でやってのけるヤツだったのだ。
 いったいあの美しい人は、あれからどれほどの責め苦を受けたのだろう。
 はらわたが煮え返りそうな思いで、ランドールはにらみつけた。
「……いつかきっと、おまえからユナを救い出してみせる」
 レイはくるりと踝を返して、ドアに向かった。
「やれるもんなら、やってみろ」
 ついに二人の男の間で、宣戦布告はなされた。


 あと十数時間で地球管制エリア内に到達する。地球に戻れるという歓喜のときが刻一刻と近づいていた。
 機関室でタオ機関長とともに、エンジンの最終調整をしていたランドールは、ミッションボードに黄ランプが点滅しているのに気づいた。
「タオ。セクションチーフの招集だぜ」
「なんじゃろうな」
 中国人の老人は、腰を伸ばして首筋の汗をふくと、上着をはおった。「何しとる。行くぞ」
「俺? 俺は何も」
「おまえさんも、ラウンジクルーのチーフじゃろう」
「はは。ひとりだけのチーフかよ」
 ブリッジに着くと、キャプテン・三神が考え込むように顎に手を押し当てて立っており、その横で通信士のチェンが、あわただしくキーを操作し、スタッフ全員がそのふたりの動向を息をつめて注視している。
「何があったんじゃ」
 タオがブリッジの最後尾にいる総務セクションのギヨームに訊ねた。
「救助信号が入ったんです」
「救助信号? どこかのシップからか?」
「いえ、それが、【08廃棄ステーション】からなんです」
 廃棄ステーション。
 銀河連邦政府が誕生し、火星間航行が本格化した22世紀中盤、地球と火星の公転軌道の間には10基の通信・燃料補給用の無人中継ステーションが建設された。00から09までのナンバーを持つステーションは、その初期の時代のものであることを表わす。
 現在は無人中継ステーションは火星外域も含めて45まで増えているが、それら初代【シングルナンバー】は耐用年数を過ぎたとされ、次々と廃棄された。廃棄とは言え、今も火星地球間航路の上に漂ったままであることに変わりはない。
 08ステーションは、現在YX35便が航行中の宙域にあった。
 そこから救助信号が発せられている。考えられることは、航行中のシップがなんらかの原因で航行不能になり、08ステーションに緊急着陸しているということだ。
「ラムダ宙域管制に打電」
 レイは、この宙域を統括する管制基地の名を挙げた。
「この付近を航行するシップの運行計画は出ているか、問い合わせろ」
 チェンはしばらくヘッドセットで管制官とやりとりしていたが、
「キャプテン。この付近を144時間以内に航行する計画のシップは、本船以外にはありません。それ以外のシップはすでに通過が確認されています」
「エーディク。目を皿のようにしてレーダーを見ろ。08ステーションの周囲にシップは停泊してねえか」
「かけらもありません。キャプテン」
「ちぇっ」
 厄介なものに遭遇してしまったという苛立ちに、船長は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 運行計画もなく、遭難したシップの影も形も見えないということは、救助信号の誤作動という可能性が限りなく大きい。旧式の通信装置によく見られた、電磁波のいたずらだ。
 だが、わずかながら、運行計画票を出さない違法シップの遭難という線も捨て切れないのだ。
「管制の指示をあおげ」
「ラムダ管制から返信。『銀河連邦航宙法第129条第1項により、適切に処置されたい』との回答です」
「くそ。やはりな」
 航宙法129条第1項とは、救助信号が発信された付近を航行中で、もっとも最短距離にいるシップは、自船に危険が及ばない限りは、調査の上救助に赴かなければならない、というものだ。
 この法律ができたのは、燃料や労力や時間を惜しむあまり、救助信号を無視する心無いシップが続出したからである。銀河連邦にも、いちいち航路のすみずみまで救難艇を派遣するほどの膨大な予算が組めないという事情があるのだ。
「了解と応答しろ。それから08ステーションへの呼びかけを続けろ」
「ラジャー」
 チェンへの命令を終えると、キャプテン・三神は、集まったチーフクルーたちに向き直った。
「聞いたとおりだ。今から08ステーションに接近し、遭難者の有無を調査。必要に応じて救助活動を行なう」
「はい」
「近づいてみないと何とも言えねえが、中を直接に入って捜索するのが一番てっとりばやいはずだ」
「そこまでしなくとも、ロボットカメラをステーション内に潜り込ませるだけでいいのじゃありませんか」
 メカニックチーフのスギタが反論した。
「もし本当に遭難者がいたら、結局は救助を送るという二度手間になる。最初から人間を行かせるほうが確実だ」
 彼らは何か釈然としないものを感じて、互いをそっと見交わした。
「それは……そうですが」
「調査には俺が行く」
 しごく当然な顔をして言うキャプテンを、みな信じられないもののように見た。
「ご自分で、ですか」
「キャプテンがシップを離れるなんて、そんな」
「別にどうってことねえだろう。ドラゴン退治じゃあるまいし、たかが廃棄ステーションの調査だ」
 みな、この人が言い出したら聞かないことを、長年の経験から知っている。
「ひとりでは危険です。せめて同行者を」
「わ、わたしが行きます。一応、保安主任ですし」
「もうすぐお祈りの時間じゃねえのか。ニザーム」
「……」
 レイ・三神は、ひとりの男にちらりと視線を向けると、片側の口角をわずかに上げた。
「ランドール、おまえが一緒に来い」
 ランドールの頬がその瞬間、紅潮した。薄い青の瞳が怒りに燃え上がりそうになったが、かろうじて押しとどめた。
「イエッサー。キャプテン」


「ステーションからの応答、現在もありません」
「内部の数箇所から、ごく微量の赤外線反応あり。だが、生物であるかどうかは不明」
 クルーたちによる計器探査が続くなか、YX35便はゆっくりとステーションの側壁に横付けされた。
 レイとランドールは防護服に身を固めると、携帯酸素、飲料水、ワイヤーロープ、工具、熱線銃などを装着した。
「行くぞ」
 減圧が終わり、エアロックのハッチが開くと、彼らは背中に背負ったイオンジェットの力でふわりと外に飛び出た。
 【08ステーション】は、まさに宇宙開拓初期の廃墟だった。
 白金色の円筒形。建設当時は太陽に照り映え、さぞ美しかっただろう。今は数十年放置されているため、外壁パネルのあちこちが剥がれ落ち、隕石やシップでも衝突したのか、一部が大きくえぐれて内部がむき出しになっていた。
 レイたち2名は、その欠落部分から内部に侵入した。
 内部に入ると、わずかな重力を感じて床に足をつけた。太陽発電が稼動を続けているため、円筒は今も回転しながら人工重力を生み出しているのだろう。
 ヘルメット付属のライトをたよりに、真っ暗な廊下を進む。
 宇宙には、幽霊やお化けに対する非科学的な迷信など存在しないだろうと決めつける人があるが、それは間違いだ。
 踏むべき大地のない真闇の中でこそ、人間の持つ根源的な恐怖は解き放たれる。ましてや未知のエイリアンに対する恐れは、銀河系全体の探査が進み、地球外生命の可能性がほとんどなくなりつつある今でも根強く残っている。
 左に折れると、【通信室】と書かれた扉が見つかった。ノブに軽く触れる。開いたとたんに弱い風が吹きつけてきた。密閉されている屋内部分では、微量の空気がまだ循環しているのだろう。
 部屋の中は無人で、がらんとしていた。【通信室】という名前に反して、それらしき設備もない。宇宙海賊にでもごっそり盗んで行かれたと見える。救助信号を発信したものが何であれ、ここにはいないことがはっきりした。
 レイは手首に巻いた探知計で、室内の空気の成分を調べた。
「呼吸できるほどの酸素はないな」
 と言いながら、ランドールに向き直った。
 濃い遮光フィルム越しに、ふたりは互いの目を探る。
「恐いのか?」
「……なに?」
「呼吸が荒く、声が震えている。反応も鈍い。さっきから幾度となくスーツの酸素計を気にしているな。いくら深呼吸をしても息苦しいんだろう」
「ばかな……」
 ランドールは笑い飛ばそうとしたが、あまり成功したとは言えなかった。
「自分でも気づいていないのか」
「だから、何をだ」
「おまえは、宇宙を恐がっている。宇宙の暗黒を。壊れたシップを。残量がゼロに近づいている酸素ボンベを」
「……まさか」
「隕石と衝突して、24時間以上たったひとりでシップの残骸の中で救助を待っていたそうだな。そのときの体験が、おまえを今も不条理な恐怖で縛っているんだ」
「でたらめを言うな!」
「でたらめなものか。おまえはブリッジの巨大モニターさえ、いつも目をそむけていたじゃねえか」
 レイは、ランドールの防護服の肩をつかんだ。それだけで目眩を起こして、ランドールは壁際に座り込んでしまう。
「いい笑い話だな」
 ヘルメット同士をコツンと突き合せ、レイはあざけるように笑った。「航宙士ともあろうものが、宇宙を恐がって小便チビってるなんてよ」
 ランドールは、キャプテン・三神の双眸に吸いつけられたように視線をぼんやりと返した。
「俺はわざとクルーの中からおまえを選んで、ここに連れて来たのさ。理由はわかってるだろう?」
 いくら息を吸い込もうとしても、吸い込めない。頭に鉛のかたまりがぶちこまれ、耳の奥でがんがんと大音響のアンプが鳴っているようだ。
「もし、ここでおまえをわざと置き去りにしたら、どうなるかな」
「や、やめろ……」
「クク……。助けを呼んでも、もうユナは答えないぞ」
「……」
「認めろ! オレは暗闇が恐いと! 宇宙が恐いんだと!」
「ふざけるな!」
 ランドールは相手につかみかかり、防護服のジョイント部分を力の限りひねり上げようとした。真空の宇宙空間ではあってはならない暴挙だ。
 防ごうとしたレイの側に隙が生まれた。ランドールは思い切り彼の脚に蹴りを入れた。0.3Gの低重力に保たれているステーション内では、それだけで互いの体はバランスを崩して、それぞれの後方へと飛ばされる。
「おまえに――おまえなんかに、何がわかる!」
 ランドールは絶叫した。もう自分が今どこにいるかも覚えていなかった。
 ただ、この空間から逃げ出したい。得体の知れない悪魔どもがうごめく、酸素のない暗黒から。
 上下の間隔さえ失い、闇雲にドアにむしゃぶりついた。
「ランドール、待て!」
 レイの叫びが、逆に彼を追い立てるように響く。
 開いたドアから廊下に飛び出したとたん、不意に何者かの影が視界をふさいだ。大きな衝撃が腹部を襲った。
「そっちを逃がすな!」
 聞いたことのない男の声がヘッドセットに飛び込んだ。武装した宇宙服の数人がドアに殺到する。
 廊下にころがり、意識を失おうとするランドールの目に最後に映ったものは、一直線に虚空を走る、光線銃のまばゆい光だった。








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