We Will Rock You ウィ ウィル ロック ユー


           (5)


 前も後ろも見えない。世界でただひとりになった気分。
 どうして、こんなところにいるんだろう。わずか一ヶ月前、マルギットは【サテライト】の自室で寝ころんで、コーラを飲みながらテレビを見ていた。
 それなのに今は、遠い第四惑星の赤い砂嵐の中に立っている。彼女を地球行きの密航に誘ったあげく、反対方向の火星まで誘拐した組織【グラナトゥス】。その要塞に侵入しようと、入口をさがしているところだ。
 人生なんて、いつ何がどう転ぶかわからない。ねえ、誰か教えて。あたしはこれからいったい、どういうなるの?
 隣にいた男が彼女の手を握った。マウスピースのせいで言葉は交わせない。手袋ごしの素っ気ないぬくもりだけが、かろうじて気持ちを伝える。
 口が利けるなら言ってやりたい。
(レイ、さっき地下洞窟でキスしたのは、どうしてさ?)
 どうせ暗闇が怖かっただけなんだろ。誰でもいいから抱き寄せて、心臓の音を聞いて安心したかったんだろ。まさか、あんたみたいなエリートがあたしに惚れてるなんて、そんなこと絶対あるはずないから。
『こっちだ』
 クリフォトのデジタル音声が、ヘルメットの左耳から響いてきた。左手に進むと、砂の下からようやく探し当てた排気口らしき穴がぽっかりと地面に開いている。
 何重もの防塵フィルターをくぐり抜けて斜めにすべるように降りていくと、突然床に足がついた。着地したとたん、体じゅうからぱさりぱさりと砂が落ちる。
 大勢の侵入にも関わらず、警報も鳴らず警備員の影も見えないのは、セフィロトかクリフォトのどちらかが、もうとっくに監視用コンピュータをかく乱させているからに違いない。
 彼らは、狭い通路を進み始めた。
「なんのために、こんな巨大な要塞を?」
 セフィロトが高い天井を見透かしながら、眉をひそめる。彼の目には、地表の砂の下に砲口を隠すプラズマガンやレールガンといった巨大兵器が見えているのだ。「ただの非合法移民組織の基地に、これだけのものは必要ないだろう」
「武装を始めたのは、フェルニゲシュの一派が【グラナトゥス】を牛耳ってからだ」
 クリフォトは固い声で答えた。「やつらはいずれ、地球と戦争を始める気でいるらしい」
「……本気か」
「準備が完了すれば、いずれは銀河連邦政府からの独立を掲げたテロ組織を旗揚げするつもりだ――【火星独立解放戦線】という名の」
「【グラナトゥス】を苗床として?」
 クリフォトがエレベータの前に立つと、スイッチに手も触れずに、するすると扉が開いた。
 全員が乗り込むと、エレベータは自動的に下に降り始める。
「奴らをそこまで追いつめているのは、連邦政府なんだ!」
 吐き捨てるように言うクリフォトの表情には、激しい苦悶があった。自分を裏切り、破壊テロ行為へと突き進むかつての仲間たちを一方的に悪だと断罪したくない。だが、指をくわえて眺めていることもできない。
 ふたつの思いに引き裂かれた彼ができたことは、総督府を辞めて政治の表舞台から姿を消し、かつ影からフェルニゲシュたちの邪魔をするのが精一杯だっただろう。
「その武装資金を得るために、奴らたちは女性を誘拐し、火星で売春させていたんだな」
 レイのことばに、マルギットは身震いする。今ごろ彼女も、その手駒のひとりになっていたかもしれないのだ。
「それだけ――ですか」
 刃物のように研ぎ澄まされたセフィロトの声に、一同ははっと顔を上げた。
「売春が資金源のひとつであることは、間違いないでしょう。けれど、これだけの兵器を購入するには、それでも十分じゃないはず」
 セフィロトが、どんな欺瞞も見逃さぬまっすぐな視線で、【弟】を見つめている。
「クリフ。きみはもっと重要な何かを隠している。違うかい」
「いや――違わない」
 淡々と答える。追及を逃れる気は、初めからないらしい。
 エレベータを降りた一行は、ひとつの扉の前で立ち止まった。
 この扉だけは、半端でなく厳重なセキュリティで守られているようだった。
 クリフォトはかなり長い間、解除に苦労していた。
「セフィ、頼む」
 パスワードの解読に、最後はセフィロトの人工知能を借りた。ふたりの人間そっくりのロボットが並び立ち、互いの金色の目を同期させている姿は、神秘的、あるいは宗教的な儀式とすら見える。
 ついにロックがはずれるカチリという音が響き、扉が開いた。
「ここは――」
 外から想像していたよりは、ずっと広大な部屋だった。一瞬、墓場を連想させる。墓石が等間隔で並んでいると見えたものは、小さな円筒カプセル状の機械だった。
 レイもマルギットも、こんな光景を見たことがない。
 答えを求めて後ろを振り返ると、セフィロトが驚愕の表情を浮かべていた。「なぜ、これがこんなところに」
「いったい、何なんだ」
「人工子宮――」
「これが全部?」
 三人の視線が、いっせいに答えを持つ男の顔に集中した。
「火星の未来を創る者たち」
 クリフォトはうっすらと微笑した。「新しい世代の火星の住民たちだ」
「銀河連邦の許可なしに、人工子宮でこれだけ多くの胎児を育てているのか」
「そう。火星の低い気圧にも、低い酸素濃度にも難なく適応できる身体機能を持つ子どもだ」
「まさか」
 セフィロトは震え始める。「まさか――胎児に遺伝子操作を施したということは?」
 クリフォトは、ためらうことなく平板な声で答えた。
「もちろんやったさ。百年前に古洞博士やユイを作り出した科学者と同じことを」
 止める暇もなかった。
 茶色の髪のロボットは、黒髪のロボットに飛びかかると、片手で相手の顎と首を床に押しつけた。
「おまえを破壊する。クリフォト」
 セフィロトの声は、信じられないほど低く冷たく、無機質な響きを帯びている。
 クリフォトは、まっすぐに彼を見つめ返した。


 おい そこの惨めったらしい老いぼれ
 目があわれっぽく訴えてるぜ 安息をくださいってな
 顔に泥をつけた 恥さらしめ
 誰かに おまえの居場所に連れてってもらいな

 ウィ ウィル ロック ユー(いつか 世界を驚かせてやる)!
 ウィ ウィル ロック ユー(いつか 世界を揺り動かしてやる)!






            第三話「We Will Rock You」 終