漱石に捧げる超短編
mura
 夏、目が醒めたら、全身びっしり毛に覆われ猫になっていた。その事実よりも暑さに閉口し、水がめに飛び乗ったら足を滑らせ、水はたらふく飲めたものの危うく溺れ死にしかけた。そう、咳こむな。そう、咳こむな。こころの中で必死で自分を宥める。
 それから、僕は気分転換にうちのすぐ隣の空き地に出た。草を枕に呼吸を整えようと横たわっていたら、白く太った雌猫が赤い虞美人草を踏みしだきながらやってきて、坊ちゃん一緒に遊びましょう、だと。いやなこった、誰がおまえみたいな不細工な雌猫と、と毒づくと、あたしが女三四郎と呼ばれるわけを教えてやろうか、と、僕の胸倉をぐいとつかみ、我が家の方向に投げ飛ばした。僕は門のところでしたたか頭を打ち、顔の周りを白い文鳥がぱたぱた。耳の奥では倫敦塔の鐘がぐゎらぐゎら。
 明暗。明暗。明暗。明……そして今度こそ本当に目が醒めるのだ。
 こんな夢、十夜続けて見てる気がする。そう言うと、ぐうたら寝てばかりいるからよ、お使いにでも行って来て頂戴、と母が千円札を押し付けてきた。油、豆腐、味付け海苔ね。道草はしないで、と。
 外に出たとたんぎらぎらした日差しに襲われる。この暑さは彼岸過ぎまで続きそうだ。