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AMAZING CHRISTMAS STORIES
No.1



クリスマスのお話を毎週一話ずつご紹介していきます。



4人目の賢者     作:ヴァン・ダイク


 イエス・キリストが誕生したとき、東方から3人の賢者(マギ)がはるばる長い旅をして、神の子の誕生を祝い、黄金・乳香・没薬を贈り物としてささげた話は有名である。
 しかし実は歴史の影に、もうひとりの賢者が存在したのだ。


 彼の名はアルタバン。
 仲間のカスパル、メルキオル、バルタザルとともに星の観測をしているうちに、古い預言の書に書かれた「イスラエルの王である救い主」がもうすぐ現われることを知る。
 アルタバンは、すべての財産を売り払って、救い主への贈り物にする3つの宝石、サファイア、ルビー、真珠を手に入れ、それを持ってエルサレムに向かった。


 アルタバンは、友人の3人の賢者との待ち合わせ場所までの街道を、必死で馬を走らせていた。
 10日の後、やっと約束の場所まで近づいた。
 ところが、月明かりの中、なつめやしの木の下に倒れているひとりの異国の男を発見する。
 男は瀕死の状態で、このまま放っておけば死ぬだろう。
 しかし、この男にかかわっていては、大切な約束の時間に遅れてしまうのだ。


 彼は迷ったすえ水を汲み、病人の口に薬をふくませ、手厚く介抱した。
 男は回復し、アルタバンは持っていた薬とぶどう酒とパンを男に与えると、仲間の待っている場所へと急いだ。
 だが、そこには誰もいなかった。
『われわれは先に出かける。砂漠を越え、あとから来ることを信じる』
 書置きを見たアルタバンはへなへなと座り込んだ。
 あの男を介抱したために、出発に間に合わなかったのだ。
 食糧もすべて失っていた彼は町にとってかえすと、やむを得ず持っていたサファイアを売り、ラクダを買って、旅の支度を整えた。


 砂漠の旅は過酷なものだった。
 襲い来る砂あらし。血に飢えた猛獣。
 はげしい疲れをおぼえながら、アルタバンはようやくユダヤのベツレヘムの村に着いた。
 星は3人の賢者たちを、先にここに導いていたのだ。
 仲間をさがして村を訪ね歩くと、赤ちゃんを抱いた若い母親に出会った。
 彼女の話によると、3日前に東方から来た人々が、赤ん坊を産んだナザレ人の夫婦のところにやってきて、たいへん高価な贈り物をしたということだった。
 そして彼らも、そのナザレ人一家も、あわててどこかへ行ってしまったという。


 遅かったのか。
 アルタバンが憔悴していると、不意に騒ぎが持ち上がった。
『兵隊が来た! ヘロデ王の兵隊が、赤ん坊を皆殺しにしているぞ!』
 母親は真っ青になって、赤ん坊をしっかりと胸に抱きしめた。
 戸口が開き、血だらけの剣をもった兵隊たちがなだれ込む。
 アルタバンは彼らの前に立ちふさがった。
「見逃してくれるなら、この宝石をやろう」
 兵たちは、彼のさしだした高価なルビーをひったくるようにつかむと、そのまま外に出て行った。
「神さま、おゆるしください。救い主にさしあげるための贈り物をふたつも手放してしまいました」
 母親の腕の中で、幼子は何事もなかったかのようにすやすやと眠っている。


 アルタバンはエジプトに向かった。
 あのナザレ人家族が、エジプトに逃げたということを聞いたからである。
 しかし、どこにもその姿はなかった。
 彼は、町から町、村から村へとくまなく歩き回り、彼らを捜し続けた。
 町には奴隷として売られていく人々、波止場の疲れきった船乗りたち、物乞いや病人たちがあふれていた。
 いつしか、アルタバンは貧しい人や病人たちの心がわかるようになり、自分の食べるパンを彼らに分け与えたりした。


 多くの月日が流れた。
 アルタバンはエルサレムの町の中に立っていた。
 彼はふところから、最後に残った宝石である真珠をとりだした。
 もう彼が国を出てから33年の月日がたっていた。
 黒々としたあごひげは真っ白に、手はしわだらけになっていた。


 エルサレムの町は、過越しの祭でわきたっていた。
 群集の間に不思議なざわめきが起こった。
 人々は興奮して、何かを見に行こうとしているようだった。
 アルタバンがひとりにたずねると、こういう答えが帰って来た。
「ゴルゴダの丘に行くんですよ。あなたは知らないのですか? 強盗がふたり十字架にはりつけにされることになっていて、そこにもうひとり、ナザレのイエスという人も架けられるのです。
この人はたくさんの奇跡をおこなったのですが、自分のことを「神の子」だと言ったために、祭司長や長老にとがめられたのです」


 ナザレ。神の子。
 アルタバンは悟った。
 自分はこの方に会うために、一生旅を続けてきたのだ。
 もしかすると、この真珠を、王を救う身代金として役立てることができるかもしれない。


 アルタバンは急いだ。
 ちょうどそこに、髪の毛を振り乱した若い娘が引きずられてきた。
 娘は必死にアルタバンの異国の着物にしがみつくと、
「お助けください、博士さま! 私の父もペルシャの商人でした。
父は死に、私は父の借金のかたに奴隷に売られるところなのです。どうぞ、お助けください!」


 アルタバンは身震いした。
 これで三度目だ。
 最初は、なつめやしの木の下の病人。
 2度目は、ヘロデ王に虐殺されようとしていたベツレヘムの幼子。
 そして。


 迷っていたアルタバンは、やがて懐から真珠を取り出した。
「さあ、あなたの身代金として、この真珠をあげよう。王への贈り物として大切に取っておいた最後の宝です」


 彼のことばが終わらないうちに、空を闇がおおい、ものすごい揺れが大地を襲った。
 娘を捕えようとしていた者たちは、びっくりして逃げていった。
 アルタバンと娘はその場にうずくまった。


 もう救い主に会いに行くという希望すら投げ捨ててしまった。王にささげる最後の宝も失ってしまったのだ。
 だが、これでいい、とアルタバンは思った。
 そのとき、ふたたび地震が起こり、屋根瓦が落ちてきて、アルタバンの頭を血に染めた。


 娘はアルタバンを抱き起こした。
 そのとき、どこからか不思議な声が響いた。
 かすかな細い声。それは音楽のようでもあった。


 アルタバンのくちびるが動いた。
「いいえ、違います。主よ。
いつ私はあなたが空腹なのを見てパンを恵み、乾いているのを見て水をさしあげましたか。
いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着物を着せてあげましたか。
ただただ、33年間あなたを捜し求めてきました。
しかし、一度もあなたにお会いしたことも、あなたのお役に立ったこともないのです」


すると、またあの美しい声が聞こえてきた。
『まことにあなたに言っておく。わたしの兄弟である、これらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』


 アルタバンの顔が笑みに輝いた。
 まるで少年のようにはにかみ、安心したように長い息が静かにくちびるから洩れた。


*    *    *    *    *    *    *

出典:ヴァン・ダイク作「もうひとりの博士」(新教出版社)、「百万人の福音」(いのちのことば社)  


このページの素材は「小さな憩いの部屋」からお借りしました。

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