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EWEN

ゲームノベル
ひじり失踪事件」


 カビの匂いのたちこめる雑居ビルの一室。
 4年前ユーウェンたちが、アジトとして使っていた何箇所かのうちのひとつだった。
 窓を蔽った薄暗い部屋のその奥に、かつての仲間、アリとムハンマドが立っていた。
 そして、彼らの前のほこりだらけの床には、円香と聖が横たわっていた。


「円香……聖!」
 ゆっくりと近寄り、そしてずるずると崩れるように膝をつく。
 円香は聖をかばってしっかりと抱きしめながら、事切れていた。
 銃弾は、彼女を背中から貫き、聖の小さな身体をも血に染めている。
「まどか……ひじり」
 ディーターは何度も名前を呼び続けた。まるでそうすれば、彼らが目を開けて返事をしてくれると信じているかのように。
『ユーウェン。これが俺たちのやりかただ。裏切り者には死。しかも家族を殺された絶望の果ての死だ』
 小柄な中東人が、抑揚のない声でつぶやく。


 家族。
 テロリストだった俺が、家族を持ちたいと願ったのが間違いなのだ。
 大勢の人間を殺した俺が、人並みの幸せを望んだことが間違いだったのだ。
 そして結局のところ、最後まで、自分ではまわりの誰をも信じることができなかった。
 もし、恒輝に助けを求めていたら、円香が連れ出される前に救えたかもしれない。
 もし、葺石家の人たちに、鹿島康平にすべてを打ち明けていたら。


 背の高い方のテロリストが、呆けて座っているディーターの髪の毛をぐいとつかみ、銃口で無理矢理口をこじあけた。
 横からはもうひとりが、彼のこめかみを狙った。
『おまえの神に臨終の祈りを唱えろ。妻子のもとに送ってやる』
 ディーターの翡翠色の瞳から、ひとすじの涙が流れ落ちる。
 そして、ふたりは引き金に手をかけ――。
 それを永久に引くことのないまま、壊れた人形のように、四肢をぐにゃぐにゃと曲げた。
 いつのまにか己が地面にころがっていることに気づいたふたりは、まるで信じられないとでも言うように、自らの身体を見る。しかし傷口からは一滴の血も流れてはいない。
 ディーターは無言で立ち上がった。
『ど、どうやって……』
 彼らは、焦点の合わない目でぼんやりと相手の両手にあるナイフを見上げた。
『地獄に堕ちろ』
 そのことばを発した男は、今までとは別人のような冷たい氷の瞳をしていた。


 十字架の印のついた真新しい墓石には、その下に眠っている者たちの名前が刻まれている。

 円香・グリュンヴァルト 1982−2004
 聖・グリュンヴァルト  2003−2004

 そぼふる雨の中、その前にいつまでも立ち尽くす者がいた。
「ディーター」
 うしろから声をかけた男性に振り向くと、彼はかすかに表情をゆるめた。
「今朝、釈放されたんやてな」
 ふたりは並んで、じっと墓を見つめた。
「ドクトル」
「うん?」
「あとを頼む。もう俺は二度とここには戻らない」
「何を言うんや」
「ふたりを殺した奴らは仕留めても、その背後にいるテロ組織はなくならない。俺は最後のひとりが死に絶えるまで、奴らに復讐する」
「やめろ、ディーター。ひとりで立ち向かって敵う相手か?」
「無理だろうな」
「それなら今までどおり、ここで俺たちといっしょに暮らそう。それが円香が望んでいることでもあるはずや」
「そんな資格は、もう俺にはない」
 自嘲したように笑って、背中を見せる。
「待て、ディーター!」
 彼は立ち止まると、すっと一本の指を地面に向かって突き出した。
「ディーター・グリュンヴァルトという男は、その下に埋まっている。愛した家族といっしょに」
 そして、ふたたび歩き出した。
「俺は、ユーウェンだ」
 



        完 ―― バッドエンディング

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