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ゲームノベル
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裏庭から、増築されたばかりの診察室の玄関に回る。 キルティングカバーのかかったソファ。壁はパイン材が張られ、待合室はヨーロッパの家にあるデン(私室)を思わせるような、落ち着いた内装になっている。 奥の診察室から、ドクトル・フキの笑い声が聞こえる。 そして、聖のキャッキャッとはしゃぐ声も。 ディーターは、扉を勢いよく開け放った。 ふかふかのじゅうたんが敷きつめられている、精神科医の診察室とは思えないその空間で、円香の父が、聖に「たかいたかい」をしていた。 「やあ、ディーター」 メロメロにとろけきった笑顔で、婿に向き直る。 ディーターはそののんびりした様子を見て、かっと頭に血を昇らせた。 状況は明らかだ。今までにもしょっちゅうあったことだが、ドクトル・フキは患者が来なくて暇なときは、よく聖をかまいたがる。 娘しか生まれなかった惣一郎にとって、初孫が男の子。その可愛さに、「もう、たまんねえよ」と、さすがの彼も少々壊れ気味なのだ。 おそらく緊急用に預けておいた合鍵を使ってマンションに忍び込み、勝手に聖を連れ出したのだろう。 あれほど心配したのに。 『てめえ、よくも』 怒りに我を忘れたディーターの口から、アイルランド訛りの英語で、聞くにたえないような罵詈雑言がほとばしりでた。 驚いて、わっと聖が泣き出した。 「あ……」 その泣き声で、我に返る。 「いい。もっと続けろ」 ドクトルはすっくと立ち上がって、むずかる聖を抱いたまま、慈愛に満ちたまなざしで彼を見つめた。 「俺はおまえの主治医。そして父親や。何を言っても受け止めてやる」 「……いいえ、もう」 「じゃ、ちょっと座るか?」 「はい」 勧めにしたがって、義父の隣に腰をおろす。 「その様子だと、冷蔵庫のホワイトボードの伝言は見ていないようやな。聖をあずかるって、メモを残しておいたんやが」 ――気がつかなかった。それほど彼は、聖の失踪に動転していたのだ。 「すみません、俺はひどいことばを使った」 「今、ユーウェンを開放していたんやな」 答えを促されてしかたなく、うなずいた。 「ディーター、おまえはせっかく人格統合されたと言うのに、ふだんの生活でユーウェンであった部分を極力抑えようとしていないか?」 ドクトル・フキは優しく微笑んだ。 「今みたいに、ありのままでいいんや。円香の前で出したくないのなら、せめて俺の前だけでも自分を抑えるな。ユーウェンを否定するな。ユーウェンはまぎれもない、おまえ自身なんや」 「……はい」 「それに、けっこううれしいもんやで、息子に罵られるっちゅうのも。おまえもあと十数年したら、その醍醐味が味わえる」 そう言いながら惣一郎は、彼に聖を抱かせた。 暖かいわが子の感触。頬を寄せると、ふんわりとミルクの匂いがする。 「それにしても、ドアを開けたときの血相変えた顔は見ものやったな。おまえもやっぱり人の親やな」 「もう忘れてください、ドクトル」 「あれを見て、思い出した。円香も3歳くらいのとき、俺とふたりで公園に行って、つい目を離したすきに迷子になってしもてな」 「どうなったんですか?」 「結局、さんざん探し回って、近くのタバコ屋の店先で遊んでたのを見つけたんやけどな。あのときは、生きた心地がせえへんかった。おまけに嫁さんには『なんでちゃんと見とかへんかったんや!』って、ゲンコツでぶん殴られるし」 義父は、なつかしそうに大笑いする。 「おまえも気ぃつけよ。聖のやつ、どうも性格は円香に似て「いちびり」になりそうやから、絶対あちこちで迷子になるで」 そして、円香は死んだ母親似だと言っていた。 聖がもしこのまま行方不明になって、そのことが円香に知られたら、拳で殴られたのだろうな。 ディーターは、自分の上に訪れたかもしれない運命を想像して、あらためてほっと胸をなでおろしたのだった。 終 ―― ノーマルエンディング(1) もう一度最初からはじめる |
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