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ゲームノベル
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居間の障子を開けたディーターは、すぐに安堵した。 奥の台所から、藤江伯母さんの鼻歌に混じって、聖のキャッキャッという笑い声が聞こえてきたからだ。 「おはよう、藤江さん」 「あ、ディーター」 のれんをくぐると案の定、冬なのに顔中汗だくで料理をしている藤江伯母さんと、そのふくよかな背中にねんねこで背負われた聖が彼を出迎えた。 「ひっくん、今起きたところ。ごきげんがええのよ、ねえ」 伯母さんがからだを揺すぶると、聖はまた愉快そうに笑い声を上げた。 「聖」 「さ、ファティのところへ行くか?」 伯母さんから聖を抱き取ったディーターは、幼い息子の柔らかな頬にキスした。「よかった」 「え? 円香から何にも聞いてへんかったん?」 彼の様子に、逆に目を丸くしたのは伯母さんだった。 「円香、今朝大学に行く途中でこっちに寄ったんや。ディーターが仕事で寝不足が続いてるから、午前中ひっくんの面倒を見てくれへんかって。それでマンションの鍵あずかって、聖を連れて来たんよ。あんた寝てるといかんから、声はかけへんかったけどね。……もしかして、聖がいないってびっくりしたんと、ちゃう?」 「実は、ちょっと心配した」 「しゃあないな。ほんまに、円香っちゅう子は、何でも思いつきで行動するからな。 あ、せっかく来たんやから、昼ごはんもいっしょに食べて行き。それまでここでゆっくりしてったらええ。 コーヒー淹れるわ」 藤江伯母さんは、てきばきとコーヒーを用意し、聖のためには、すりおろしたリンゴジュースを哺乳瓶に入れてくれた。 「これ、さっき来がけに買うた屋台の石焼き芋。食べるか?」 「あ、いい。朝、食べたばかりだし」 「何言うてんの。食べ。あんたはちょっと痩せすぎや。もっと太らな、男の貫禄っちゅうもんがつかへんよ」 でも藤江伯母さんの夫・聡伯父さんは、いささか男の貫禄がつき過ぎていると思うのだが。 ディーターは、しぶしぶ焼き芋を頬張る。 藤江伯母さんは頬杖をついて、彼の様子を満足げに見ている。 「あんたな。何でも頑張りすぎるで。仕事も育児も。もうちっと、うちの惣みたいに、ぐうたらしといた方がええで」 「はあ」 でも、惣一郎みたいにぐうたらな男が増えると、それはそれで困るな、とブツブツ言いながら、伯母さんは突然、彼の頭を子どものように撫でた。 「もっと、あたしらに甘えてくれてええねんで。あんたは息子と同じやねんからな。もっと楽に生きたらええねん」 伯母さんの囁くような声と、暖かい掌の感触は、幼いころ死に別れた母を思い出させた。 ディーターは喉がつまり、あわててコーヒーを口に含んだ。 だけど、そのとき彼の喉をつまらせたものは、きっと焼き芋だけではなかったに違いない。 「それにしても」 伯母さんは、そんなことは気づきもせずにしゃべり続けた。 「あんたを見てると、いつも思うんやけど、あんた、ほんまにオナラとかすんの?」 「げほ、げほッ」 「なんだか見かけが完璧すぎて信じられへん。一度、聞いてみたいなあ、あんたのオナラ。せっかく芋食べてんのやから、いっぺんここで、こいてくれへん?」 「藤江さん〜」 窮地に陥った父親のことを知ってか知らずか、寝転んでリンゴジュースを無心に飲んでいた聖が、真っ赤な顔をしたかと思うと、ぶりぶりと景気のいい音を立てて、ウンチをした。 終 ―― ノーマルエンディング(2) もう一度最初からはじめる |
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