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Die Zauberfloete
(魔笛)

by 「新ティトス戦記」チーム



「やあ、アッシュ。それにグウェンさま」
「ギュスとリグ。久しぶりだな」
「あの世って見た目より広いのか、ほんっとに会わねえよな」
「ア、皆サマ、オソロイデ」
「ゼダーッ。会いたかったぜ」
「ジルサンモ、向コウニイラッシャイマスヨ。ジークサマヤ、アデルサマト、ゴ歓談中デス」
「しかし、こうやって昔の冒険仲間が集まって、自分の子孫たちが活躍してるのを見られるって、うれしいよな」
「ワタクシモ、イツモ、曾、曾、曾、曾、曾孫ノ冒険ヲ、楽シミニ見テイマス。アレ、曾、曾、曾、曾、曾、曾孫ダッタッケ?」
「僕は、いたたまれない気分になることも多いよ。エリアルが皇女として帝国の行く末について思い悩んでいるのを見ると、飛んで行って助けてあげたい」
「はは、よせよ。今や、あいつらの冒険のほうが、俺たちのよりずっと長くなってるんだ。もう俺たちはとっくに超えられちまったんだよ」
「そうですわ。ギュスさんのおっしゃるとおりよ。あなた」
「確かにそうだな。僕は心配性すぎるようだ。……で、今日はどういう理由で、みんな集められたんだ?」
「なんだよ。アッシュも知らねえのか。俺たちもだよ。一通の招待状がぽんと送られてきただけで」
「【ご先祖のみなさま、ごゆっくりとオペラ『魔笛』を楽しんでください】、と書いてあるだけよ」
「今回のことはルギドの発案みたいだが、それだけに不気味だな」
「幕が開くみたいよ。見ていれば、わかるんじゃない?」




配役表:

タミーノ(王子) : 皇女エリアル
パパゲーノ(鳥刺し) : ラディク・リヒター
パミーナ(夜の女王の娘) : ジュスタン・カレル
ザラストロ(賢者) : ティエン・ルギド
夜の女王    : テアテラ女王レイア
モノスタトス   : ヴァルギス将軍
三人の少年  : ユツビ村の魔導士見習い
三人の侍女  : モニカらエリアルの侍女
門の守護者 :  封印の神殿《地の祠》のガーディアン



第一幕


 幕が開くと、ごつごつとした岩山が現れた。最初はただの書割かと思っていた観客は、見ているうちに、それが本物の岩であることに気づく。
 もっと驚くべきことは、奥行きだ。舞台の壁を突き抜けるほどの、とてつもなく巨大な空間が広がっている。そして、岩山を巨大な爪でガリと掴み、頭をもたげたのは、まぎれもなく本物の黄金竜だった。
[《イオ・ルギド》から、美味いものを食わせてやると呼ばれた。美味いものとは、おまえのことか]
 大量のよだれがボトボトと滝のように伝い落ちる。その足元には、金の髪、緑の目をした騎士装束の人間がひとり。
 剣は折れ、箙(えびら)の矢は尽き、魂を抜かれたような状態で立ち竦んでいた。
「じ、冗談じゃない。こんなの、わたしは聞いてないぞ。だ、誰か。助けてーっ」
 ブンと振られたドラゴンの尻尾を、かろうじてかわした騎士は、そのまま岩に足をとられて倒れ、気を失った。
 そのとき、舞台に槍をもった三人の侍女が現れる。
 そのうちのひとりの槍の先には、一枚の羊皮紙が突き刺してあり、すっとドラゴンの鼻先に差し出される。
[寝たふりをしろ。しないと、おまえの秘密をばらす。ティエン・ルギドより]
 世にもおそろしいドラゴンは、たちまち岩の上に、どうと崩れ落ちた。
「わあ。さすがルギドさまの魔力のこもった直筆の手紙」
「でも、無敵の黄金竜の秘密って、いったい何かしら」
「それは、本編の第四部で再対決したときに、わかることになっているみたいよ」
 侍女たちは、気絶している若武者のもとに近づいた。
「すてき……」
「こんなイケメン、見たことないわ」
「急いで陛下にお知らせしましょう。女王さまは美しい若者が大好きなんだもの」
「若い男の生き胆を吸って永遠の若さを保っているってほんと? 若く見えるけど、本当は1000歳なんですって」
「うっそーっ」
 侍女たちは、かしましくおしゃべりをしながら、去る。
 騎士は意識を取り戻して、むっくりと起き上がった。
「誰が助けてくれたのだ? このドラゴンを倒したのは?」
 そこへ、派手な鳥の羽根をあしらった帽子と服の、黒髪の若者が歩いてくる。胸には笛をぶら下げ、それを吹き吹き、軽やかな鳥のような声で歌っている。


アリア " Der Vogerfaenger bin ich ja"
俺は鳥刺しさまだ
いつも陽気だ、ほいさっさ!
俺が鳥刺しだとは
年寄り、子どもも知っている
この笛吹かせりゃ
うまいもの!
俺がご機嫌なそのわけは
鳥がごっそり取れるから

俺は鳥刺しさまだ
女の子を捕らえる網があれば
捕らえてくれるのだ! そしたら決して逃がさない
そうすりゃ女は全部俺のもの


「きみ、ちょっと」
「うわっ」
 鳥刺しの男は、岩陰に倒れている若き騎士に初めて気づき、飛び上がった。「な、なんだ。おまえは」
「きみは、誰だ」
「初対面の人間に向かって、誰だとはいい度胸だな。自分から名乗れ」
「わたしはタミーノ。隣国の……王子だ」
「王子? へえ」
「それで、きみは?」
 彼は背負っていた大きな鳥かごを下ろし、高い岩の上に身軽に飛び乗った。
「俺はパパゲーノ。星のきらめく女王さまに鳥を献上し、その代わりに食べ物や酒をもらってるのさ」
「星のきらめく女王だって? きみは夜の女王に会えたのかい」
「普通の人間が、あの高ビーに会えるものか。俺も侍女にしか会ったことはないね。鳥と交換に、酒や砂糖菓子や、甘いいちじくをくれるブスどもさ」
「そうか。きみは、そういう生活をしていて幸福かい?」
「なんで、そんなことを訊く?」
「わたしは『幸福』とは何かを、ずっと考えているんだ」
 タミーノは思いつめた表情で、岩に腰をおろした。
「こうやって旅をしているのも、その答えを得るため。民にとって幸福とは何だろう。機械文明によって便利さを得ることなのか。それとも豊かな自然の恩恵を受けながら、昔の生活に戻ることなのだろうか」
「こむずかしいことを考える奴だな。頭の脳みそが発酵してるに違いない」
 パパゲーノは胡散臭い目で、王子を見た。「こういう奴が世をはかなんで、無差別犯罪を犯すものだ。危ないから逃げよう」
「ねえ、きみ」
「うわ、近づくな」
「もしかして、この黄金竜を倒したのは、きみかい?」
「え、黄金竜だって?」
 足元に倒れて動かないドラゴンに、驚愕の目をやる。「ま、ま、まあな」
「助かった。きみは命の恩人だ」
「はは。俺さまの手にかかれば、ちょろいもんさ」
「パパゲーノ!」
 調子のいい男が恐る恐る後ろを振り返ると、三人の侍女が腰に手を当てて立っていた。
「こ、これは侍女のみなさま。今日も鳥を持ってきました」
「そう、よこしなさい」
 ひとりが鳥かごを受け取ると、
「女王さまのご褒美は、水と石と、おまえの口にかける金の錠よ」
 たちまちパパゲーノの口は開かないように、錠前を取り付けられてしまう。
「それは嘘つきの罰と、他人の功績を自慢した罰」
「おまえは本当のことを言うようになるまでは、歌うことができません」
「ふーっ」
 口のきけないパパゲーノは猫のようにうなりながら、駆け出していった。
 三人の侍女は、タミーノに向かって言った。
「黄金竜を倒して、あなたを救ったのは、この私たちです。夜の女王さまからの贈り物を持ってまいりました。王女パミーナさまの肖像画です。もしあなたがこれを見て、心を動かされたら、女王のもとにおいでなさい。幸福と名誉はあなたのものです」
「幸福だって?」
 タミーノは興味を引かれて、その絵を受け取った。


アリア "Dies Bildnis ist bezaubernd schoen"
この肖像の魅するような美しさは
誰もまだ見たことのないほどだ!
私には分かる 分かる
この神々しい肖像によって
心の中が 新しい情緒で満たされるのが
この何物かが 何であるかは分からない
しかし 火と燃え上がるのが感じられる
この気持は 恋というものだろうか


 王子は、よろよろと岩に手をついた。
「わたしはこの女性に恋してしまったのだろうか? いや、それは赦されない。だってわたしは……」
「ひとめで恋に落ちたようね」
 侍女たちは顔を寄せ合い、ひそひそ相談し合う。
「だいじょうぶなの。だってパミーナさまは……」
「かまうものですか。陛下のお役に立てばよいのよ」
 侍女たちは、居住まいを正して、おごそかに宣言する。
「美しい若者よ。心の準備を」
「夜の女王さまは、あなたをずっと見ておられました」
「そして、あなたを幸福にしようと心に決められたのです。もしあなたが、心優しく勇敢な若者であれば、わが娘パミーナを救ってくれるだろうと申されました」
「救うとは? この方はどこにおられるのです」
「強大な力を持つ悪魔のもとに、さらわれているのです」
 空がにわかに黒くなり、雷鳴がとどろいた。
「女王さまのお出まし!」
 現われたのは、星をちりばめた濃紺の衣装をまとった美貌の女性だった。
 その顔は子どものように幼げでありながら、口元に浮かぶ微笑は妖艶な魔力を放っている。
 普通の男なら、一目で虜にされてしまっただろう。だが、なぜかタミーノは平然としている。
 そのことに、女王は満足げにうなずいた。
「そなたは、私の姿を見ても情欲に惑わされぬ。思ったとおり、汚れなく、賢く、敬虔な若者です。おまえのような者だけが、私の心の深い悩みを癒してくれる。私の娘が奪い去られたあの日から、この母の幸福は消え去ったのです」
「幸福が消え去った? なんという哀れな方だ。この方が、誰にさらわれたというのです」
「あの憎むべき悪魔。魔族の王を僭称するルギド、いえ、ザラストロ!」
 女王は一瞬、燃える怒りに歯ぎしりしたが、たちまちのうちに、その表情は、水のようにあふれた悲しみに被われた。
「わたしは、あまりに無力。苦しみながら助けを求める娘に、何もしてやることができませんでした。 あなたが娘を救いに行ってやってください。勝利を収めれば、娘は永久にあなたのものです」
「あ、待ってください」
 気がつくと、タミーノはたったひとりで立っていた。
 夜の女王も侍女たちも、黄金竜の姿さえ、そこにはない。
「私は、夢を見ていたのだろうか」
 だが、その手には、パミーナ王女の肖像が残されている。
 そこに、とぼとぼとパパゲーノが戻ってくる。衣服の羽根も萎れ、すっかり打ちひしがれた様子だ。
「まだ、しゃべれないのかい。パパゲーノ」
「ふーうー」
「助けてやりたいけれど、わたしは無力だ。何もしてやれない」
「うーふーうー」
「それに、今はそれどころじゃないんだ。夜の女王から王女の救出を頼まれた。けれど、わたしにはそんな力もないし、知恵もない。いったいどうすれば、よいのだ。第一、褒美に王女をくださると女王はおっしゃったが、わたしは……」
 そのとき、三人の侍女がふたたび現われた。
「パパゲーノ。女王陛下はおまえを赦してくださる」
「もう、決して嘘はつかぬと誓うか」
 懸命にうなずくパパゲーノ。
「それではしゃべりなさい」
「ああ。これでやっと自由に話せる」
「本当のことを言うかどうか、試しに質問します。私たちは美しいですか、それともブスですか」
「もちろん答えは決まっています。お美しいお嬢さまがた」
「よろしい。心を入れ替えたようね」
「タミーノ王子よ。どうぞ、陛下からの贈り物です」
「これは?」
「魔法の笛、《魔笛》と申すもの」
「これがあれば、あなたは全能。どんな危険からも守られます」
「悲しむ人を喜ぶ人に替え、孤独な人も恋をし」
「人々の幸福と喜びを増してくれます」
「人々の幸福だって? わたしはそれを求めていたんだ!」
 タミーノは笛を受け取って、キスをした。
「パパゲーノ。おまえは王子のお供をして、ザラストロの城に急ぎなさい」
「げっ、なんで俺が。そんな役目は御免だね。ザラストロは虎みたいに情け容赦のない奴だと言うじゃないか。見つかったら羽根をむしられて、焼き鳥にされちまう」
「王子がおまえを守ってくださる。おまえは家来としてタミーノ王子に仕えるのです」
「俺は人に仕えて、へこへこするのが、一番嫌いなんだ!」
「しかたがない。この宝をおまえに与えます」
 しぶしぶ侍女のひとりは彼に小箱を与えた。
「何が入ってるんだ?」
「魔法の鐘です。開けてごらんなさい」
 小箱を開けると、小さな銀色の鐘が勢いよく跳ね、鳥刺しの口の中に飛び込んでいった。
「ぐわっ。飲み込んじまった! どうしよう」
「別に大事ないでしょう。鐘を鳴らしたければ、おまえが歌えばよいのです」
「ザラストロの城までは、三人の少年が道案内をします。彼らの言うことをよくお聞きなさい」


銀の小さな鐘 魔法の笛
これさえあれば 身は安全
さよなら 行ってきます
さよなら また会いましょう


 異国風の調度で飾られた豪奢な城の中。
 魔族たちに両腕を抱えられ、パミーナが連れられてくる。
 ザラストロの召使のモノスタトスが、いやらしい目つきで王女を舐め回すように見る。
「さあ。お入りよ。かわいこちゃん」
「ああ、なんという辱めと苦しみ」
「騒ぐと命がないぜ」
「これなら死んだほうがましです。だが、わたしが死ねば、母上はきっと嘆きのあまり亡くなられてしまう」
 奴隷たちは、パミーナを鎖でつなぐ。
「さあ、おまえたち、出て行け。俺とこの子のふたりだけにするんだ」
 そう言いながら、モノスタトスは嫌がる王女の身体をべたべた触ろうとする。
「やめて……やめろ、やめてくれ。いっそのこと殺してくれ!」
「おや、王女とあろうものが、男のようなことばを使う」
 そのとき、高窓の外にパパゲーノが現われ、こっそり中を偵察する。
「ここは、城のどこらへんだろう。部屋はきれいだが、格子がはまって、まるで牢獄だ。では勇気を出して、入ってみるか」
 彼は低く、陽気なメロディを口ずさむ。するとたちまちチロチロと喉の奥で魔法の鐘が鳴り、窓に嵌まっていた格子が、するすると外れた。
 鳥刺しは、そっと身体を滑り入れる。
「わあ、きれいな女の子だ。赤茶色のさらさらの髪。夢見るような灰色の瞳。まるで白磁のような肌……」
 そのとき、人の気配に振り返ったモノスタトスと真正面から視線が合った。
「わあっ」
「化け物!」
 パパゲーノの派手な鳥の羽根に驚いた召使は、あわてて部屋を逃げ出していった。
「化け物とは失礼な。今年最高に流行るファッションなのに」
 人の気配に顔を上げたパミーナに、パパゲーノは帽子を取ってお辞儀した。
「失礼、お嬢さん。あなたが夜の女王の娘御のパミーナ王女?」
「母を知ってるのですか。あなたは誰?」
「女王さまの使いのもの。パパゲーノといいます」
「聞いたことがあります。わたしの飼っているカナリアを届けてくれた鳥刺しさんですね?」
「はい、その鳥刺しが俺。実は何日か前、鳥を届けに行ったら、隣国の王子という男に出会っちまって、その王子をあんたのお母さんはいたく気に入られ、あんたの肖像を渡して、助けてこいと頼んだ。それを見た王子は、あんたに恋しちまったわけだ」
「恋? その王子がわたしに恋をしていると?」
「そう、恋をしている。間近で見たら、もっと惚れちまう。実物のほうが肖像よりずっと綺麗だ。でも……」
 パパゲーノはいぶかしげに、眉をひそめた。「男の俺よりも背が高いっていうのは、さすがに王女さまだなあ」
「生まれてから一度も城から出たことがなく、母と召使以外の人間に会ったことがなく、恋というものを一度も味わったことがないのです」
 パミーナは、恥ずかしげに微笑んだ。
「それは、俺も同じだ。これだけあちこち渡り歩いていても、パパゲーノには、まだパパゲーナがいないもんで」
「奥さんが、いないということですね?」
「奥方どころか、女友だちもいないと来てる。ひとりも気楽でいいけど、たまには話し相手もなけりゃ寂しいもんだ」
「きっと、いい人ができますよ。神さまが必ず用意してくださるはず」


二重唱 "Bei Maennern, welche Liebe Fuehlen"
愛を感じる男なら
心のやさしい人に違いない

この甘くやさしい本能を分かち合うのは
女の第一のつとめ

愛の喜びを知りましょう
人は愛のみによって生きるのです

愛はすべての苦しみを柔らげ
生ある者は愛に身を捧げる

愛は日々の暮らしの糧で
自然の環の中で動く

その高い目的は示す この世で高貴なものは
男と女 女と男の組み合わせ
男と女 女と男は
神性に至ろうとする


 そのころ、王子タミーノは三人の少年に連れられて、神殿の正門にたどり着いた。
 門には三つの入口があり、回廊で結ばれた三つの大理石の神殿に通じている。
「ようやく、たどり着いた。パパゲーノは一足先に、中に偵察に入ったようだ。どうしているのだろう」
「タミーノさん、ここでお別れです」
 先導していた少年たちが言った。「男らしく、勇敢に戦ってきてください」
「あ、待って」
 少年たちは煙のようにいなくなってしまい、タミーノひとりが残された。
「どうしよう。男らしく戦えと言ったって」
 王子は、自分の短胴衣の胸をそっと指先で押さえて、吐息をついた。
「わたしは女なんだ。男子に恵まれぬわが王室にあって、外国の手前、小さい頃から王子のふりをしてきたが、この歳になると身体は丸みを帯び、心は甘い夢を見るばかり」
 「だが」と首を振る。
「私は民の幸福のために、この世の真理を知るという使命がある。そして今また、かよわいパミーナを救うという使命も加わった。悪者どもめ、見ていろ」
 タミーノは勇んで、右の門から入ろうとするが、とたんに雷鳴のような「退け!」という声が響く。
 右の門から入ろうとしても、やはり「退け!」
 最後に中央の門を開けようとすると、門の守護者である、青く揺らめく光の像が現われた。
「おまえは何をしておる。この聖域で」
「ザラストロはどこにいる?」
「英知の神殿で治めておられる。何の用だ」
「奴のせいで、ひとりの女性が悲しみにうちひしがれているのだ。奴はその女性から、愛する娘を奪い去った!」
「なぜ、おまえはその女の言うことを鵜呑みにする。なぜザラストロがそうしたか、おまえは知っているのか」
「どういうことだ」
「私には語ることは許されておらぬ。ザラストロから直接聞くがよい」
「待ってくれ。ひとつだけ教えてくれ。パミーナは生きているのか?」
 僧が門の奥に消えたあと、中から海鳴りのような群集の声が聞こえてくる。


パミーナは生きている!


「彼女が生きているって。ああ神よ。感謝します。同じ女同士で、こんな感情を持つのはおかしいけれど、わたしはパミーナに強く心が結びついてしまったのを感じる。ああ、パミーナ。どこにいるのだろう」
 タミーノは敷石に腰をおろし、心をこめて魔笛を吹いた。
 たくさんの森の猛獣が集まってきて、笛の音に聞きほれた。


 一方、城の中では、パパゲーノとパミーナが脱出口をさがしていた。
「あ、あれはタミーノの笛!」
 パパゲーノは、持っていたパンフルートを吹き鳴らす。すると、合図のように笛の音が帰ってくる。
「急ぐぜ。タミーノはすぐそばにいる」
「急ぎましょう。わたしを探しているという王子に会えるんですね」
 しかし、狭い石造りの通路を急いでいると、行く手にモノスタトスが立ちふさがる。
「しまった!」
「捕まえたぞ。鉄の鎖をもってこい。さるぐつわとロープもだ。このモノスタトスをだしぬこうだなんて、太い了見だ」
「くそう、こうなったら」
 パパゲーノは口を開いて、陽気な踊りの歌を歌い始めた。
 喉の奥で奏でられる銀の鐘を聞くと、モノスタトスも手下たちも踊りだし、踊りながら通路を出て行く。
「あはは。あいつらの恰好! この魔法の銀の鐘はすごい魔力だ。これがあれば、向かうところ敵なしだ」
 高笑いしていたパパゲーノは突然、口をつぐんだ。
「ザラストロ万歳! ザラストロ万歳!」
「き、き、聞いたか、パミーナ。奴が来るぞ」
「もう、この狭い通路に逃げ場はありません」
「くそう。ネズミにでもなっちまいたい」
 パパゲーノが口に出したとたん、鐘の魔力で彼はネズミになってしまう。
「しかたがない。真実を話しましょう。パパゲーノ……あれ、いない」
 ライオンに引かれた戦車に乗って、黒いローブをまとった紅い瞳と銀髪の高貴な王がやってくる。さらにその後におおぜいの魔族たちがつき従う。
 彼は王女の前で、戦車を停めた。
「なぜ、そんなところにいる。パミーナ」
「お赦しください。わたしは逃げようといたしました」
 パミーナは膝をかがめた。「母のことが心配なのです。母を悲しませないことが、子の務めゆえ」
「ふん、母か。あのじゃじゃ馬め」
 ザラストロは、嘲るように喉を鳴らした。「母のもとに帰ったところで、そなたは幸せにはなれぬぞ」
「でも、恋しいのです。母の名を聞くだけで、なつかしくてたまらないのです」
「あれは、頑固な女だ。俺の手の中から逃げ回ってばかりいる。男なくしては、女は自分の領域からはみ出してしまうものだ」
「あなたは、わたしの母をご存じなのですか」
「知っているとも、とても良く」
 意味ありげに、ザラストロは息を吐いた。
「あいつは、息子であるそなたを縛りつけて溺愛することで、満たされぬ思いを満たそうとしている」
「息子?」
「まだ気づいていないのか。自分が女ではなく、男であることを」
「わたしが――男?」
「城から一歩も出ず、男というものを見たことがなかったゆえ、無理はない。だが、これから嫌でも知るだろう。自分の心に潜んでいる衝動と情熱を」
 そのとき、タミーノがモノスタトスに引っぱられて、やってくる。
「あの人だ」
「あの方だ」
「パミーナ王女」
「タミーノ王子」
「この人を抱きしめたい……わたしは女なのに」
「この方を抱きしめたい……わたしは男なのに」
 ふたりは抗いがたい衝動に駆られて、お互いをしっかりと抱きしめあった。
「ザラストロさまの面前で、なんと図々しい」
 モノスタトスは、ふたりを無理矢理引き離した。
「王よ。このふたりを厳重に処罰してくださいませ。それに、今はネズミとなった鳥野郎も」
 穴から引きずり出されたパパゲーノは、尻尾を掴まれてゆらゆらと揺れている。
「そして、忠実なわたしめには、それ相応のものを」
「そうだな。褒美を取らせよう」
 ザラストロは、尊大な笑みを浮かべて、言った。
「この忠実な男の足の裏を77回、鞭で打て」
「な、なんですって、ご主人さま。それはあまりに見当ちがいなご褒美で」
「礼にはおよばぬ。俺の務めだ」


ザラストロ万歳 神のような賢人!
褒めるも罰するも 公正に行なわれる


「タミーノとパミーナ」
 彼は戦車から降りてきて、ふたりの前に立った。その王威に、彼らは知らず知らずのうちに足元にひざまずく。
「いまから、そなたたちを試練の神殿に案内しよう」
「試練の神殿?」
「そこでは、当然のことが誤りとされ、隠れていたものがあらわになり、勇者が臆病に、臆病者が勇者となる。みごと、三つの試練に打ち勝ってみせよ。そうすれば、そなたたちの求めていたものが得られるであろう!」





第二幕につづく




この作品は、「魔笛」の二次創作です。
歌詞(太線の部分)は、以下の訳詞をもとにしました。
書籍 「モーツァルト全集別巻 オペラ対訳」(音楽之友社) 武石英夫 訳


iTunesで「魔笛」が試聴できます。↓
Berliner Philharmoniker, Gottfried Hornik & Herbert von Karajan - Mozart: Die Zauberfl?te

Copyright (c) 2008 BUTAPENN.

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