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ギャラクシー・オデュッセイ 11
〜 Galaxy Odyssey 11〜









 【ギャラクシー・フロンティア】号は、しばしば【ノアの方舟】にたとえられる。
 ノアの方舟は、全長300キュビト(133.5 m) 幅と高さ50キュビト(22.2 m)。三階建てであったと創世記には記されている。古代の民にとって、これほど大きな船は頭に思い描くことすら困難だったろう。
 無論、【フロンティア】号は、その巨大さを上回る。
 全長475メートル、幅82メートルの三層構造。有に小さな町がすっぽり収まるほどの広さを持つ。
 頭上を仰げば、天井の代わりに果てしない青空が広がっているように見える。
 3Dホログラフィーの技術は、無機質な天井と壁をまるごと消し、奥行きのある草原や山の稜線や、遥かな水平線を描き出すことができるのだ。
 だから、乗員たちは普段の生活では、よほどのことがない限りシップの中にいることを忘れてしまう。
 だが、いったん何かのきっかけで、自分を取り囲む壁とその外に広がる無限の宇宙を意識したとき、これほど大きな移民シップの中でも、人々は閉塞感に襲われることがあるのだ。酸素が吸えないのに似た息苦しさ。どこにも逃げることができない恐怖。
 そのきっかけとなる変事を最初に発見したのは、ハウスキーピングチーフのトシュテンだった。


「密室殺人です!」
 童顔のスウェーデン人は、興奮に頬を真赤に染めて、ブリッジに飛び込んできた。
「ああ、それなら今読んでるよ」
 サブパイロットのエーディクが、仮眠用のリクライニングチェアから上半身を起こした。
「司書のシエラさんのお墨付きミステリだろ。火星の砂丘のど真ん中に停まったランドクルーザーで発見された死体。思わずうなるほど壮大なトリックだという話だけど、まだ犯人の名は言うなよ」
「違うって。舞台はここだ。【フロンティア】号の中だ。死体は、このシップのキャビンで発見されたんだ」
「このシップの中で、殺人だと?」
 操縦席で足を投げ出して座っていたレイ・三神が、怒気もあらわに立ち上がった。
「待て待て、密室でも殺人でもない」
 続いて、白衣をひるがえして入ってきたのは、ドクター・リノだった。
「被害者はキャビンに入ろうと扉を開けたとき、背後から頭を鈍器のようなもので殴られた。あわてて部屋に逃げ込み、自分でロックした。つまり厳密な意味での密室ではない。ましてや殺人でもない。重傷だが命に別状はないからね。たった今、医務室に運び込み、ナノマシンで細胞修復処置を始めたところだ」
「いったい誰が」
「今の『誰』が被害者という意味なら、答えは簡単。フランス人のアンドレ・アルノー博士、惑星物理学チームの主任だ。犯人という意味なら、答えは『わからない』だ。いきなり後ろから殴られたので、博士は犯人の姿を見ていないと言うんだ」
 三たびブリッジの扉が開き、三人の男が入ってきた。
 先頭は、【フロンティア】号の保安主任二ザーム。その後ろに立っているふたりは、胸に警察の徽章をつけていた。
「デビッド・グレアム警部です」
 年かさのアメリカ人が、形式的に名乗った。
「ロバート・ウォン巡査部長であります」
 若い中国人が「気をつけ」の姿勢を取った。
 彼らは、【銀河連邦警察機構】から保安要員として派遣された、ふたりの警察官だ。イオに到着して、政府が機能を開始すれば、彼らが木星系殖民地における初代の警察長官、副長官に任命されることが決まっている。
 だが、これまでのところ【フロンティア】号の中は、まったく平和そのものだった。
 犯罪が起こりようがないのだ。衣食住がすべて満たされ、管理されている小さな共同体には、窃盗も万引きも、少年非行も交通事故もありえない。
 そんな場所での警察の活躍の場はそう多くはない。形だけの防犯パトロール、遺失物管理や泥酔して廊下に寝込んでいる人の保護、足を踏んだ踏まないといった軽いもめごとの仲裁などが、今までのところ、主な警察の任務だった。
 だが、その退屈で安穏とした日々も、今日から変わりそうだ。
「キャプテン。アルノー博士が何者かに襲撃されたと聞いた」
 金髪の警部が、久方ぶりの緊張に目を光らせた。「殺人未遂事件として、すぐに捜査を始めたい」
 事件が発覚してから、まだわずかに数分。キャプテン三神すら聞いたばかりの話だというのに、さすがの情報網だ。
「まずは、現場周辺に立ち入り規制を敷いてほしい。乗員全部にそれぞれの部署で待機を命じ、点呼を実施。アルノー博士の同僚および知人への聞き込みの許可ももらえまいか」
 レイはむっつりと、腕を組んで仁王立ちになっている。
 ブロッケン山の幻影の巨人さながらの威圧感。だが、さすがに刑事たちは、そんな脅しに動じるはずもない。火矢のような視線を冷静に跳ね返す。
「このシップ内の治安に関する最高責任者は、俺だ」
「わかっている」
「【航宙法】第6条によれば、『航行中のシップ内における治安・安全に関しては、船長およびチーフクルーが司法警察権を持ち、一般の警察官はそれに抵触しない範囲で活動しなければならない』とある」
「わかっている。だから、こうして頼みに来ている」
 グレアム警部は辛抱強く答えたが、苛立ちのために、わずかに声がうわずる。「われわれに、このシップ内での捜査活動の許可をもらえまいか」
「許可は出せない。捜査は俺たちシップクルーが管轄する。あんたたちは、保安チーフの二ザームの指揮下に入ってもらう――ニザーム」
「あ、はいはい」
 ひげ面の小柄なアラブ人は、そびえ立つ屈強な男たちにぎろっと睨まれて、目をぱちくりさせた。
「と、とりあえずは、保安ルームへ行きましょうか」
「まず、被害者に事情を聞くのが先ではないか」
「それは、医者として許可できんね」
 ドクター・リノが肩をすくめた。「アルノー博士は当分は絶対安静だ。尋問したいのなら、私か、ドクター・ナクラを通してもらおう」
 警部がきりっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。「では、事件現場を調べさせてほしい」
「あ、だけど、あそこはもう何も残ってないと思いますよ」
 トシュテンが無邪気に答えた。
「第一発見者は、うちのクリーナーロボなんですよね。僕が緊急連絡で駆けつけて、ドクターを手配してる隙に、ロボのやつ、廊下と博士の部屋を全部きれいに掃除しちまって、血痕はおろか、髪の毛一本まで吸い込んじゃいました」
 クルーたちの鉄壁の団結力の前になすすべなく、ふたりの刑事たちは怒りに震えている。
「やっぱり、じゃあ、保安ルームで監視カメラの映像でも調べるしか、することがないようですね」
 のんびりとニザームが提案した。「そうそう。あと五分でお祈りの時間なので、早くしてもらえると助かるんですけど」


「わずか152人の移民団に、なぜ警察が必要なのかなあ」
 ロシア人レフは、頬杖をついてコンソール画面に流れる通信データを見つめながら、ほうっとため息をついた。
「必要なんだろ。現にこうして傷害事件が起こったんだから」
 総務のミゲルは、淡々とキーボードを叩きながら答える。
「銀河連邦法によれば、『連邦法に抵触しない限りにおいて、それぞれの惑星、衛星、サテライトにおいて、独自の司法警察制度を認める』とある。これは長い宇宙移民の歴史において勝ち取られた、画期的な条文なんだ」
「そんなの、当たり前のことじゃないか」
「そうでもないぜ」
 ヨゼフ・クリューガーと勤務を交替したばかりのロシア人エーディクが、話に加わってきた。「この法律ができたのは、わずか八年前だ。それまで火星も月も植民地扱いで、独自の司法権はなかったのさ」
 エーディク自身も鎮圧に参加した、あの悲惨なる第7サテライトでの暴動は、そういう長年の不満が爆発して起きたものだ。
「ふうん。じゃあ、イオで犯罪を犯した人間はイオの司法で裁かれることが法律で決まってる……ってわけだな?」
「そのとおり。だから、この【第二次木星調査移民団】の中には、警察官だけでなく、裁判官や検事や弁護士役を務める法律学の専門家もそろっているわけだ」
 自らも弁護士出身のミゲルは、法律にくわしい。
「待ってくれ」
 レフは、まだ納得できないようだった。「このシップはまだ木星には着陸していないぞ。今はどこが司法権限を持っているんだ?」
「有名なクイズがある。月から出航したばかりのサテライトオメガ船籍のシップの中で、地球人が火星人を殺した。さて、適用される法律はどこの星のものでしょう?」
「そんなの、わかるわけないよ」
「だから、銀河連邦法が裁くことになってるのさ。いずれの星にも属さない宙域における犯罪や、ふたつ以上の星にまたがる広域犯罪の場合は、銀河連邦法によって裁かれるのが原則なんだ。そしてほとんどの場合、船長が、銀河連邦警察の捜査権を代行することになっている」
「船長は、乗員の生命と安全をあずかる最高責任者なんだからな」
 エーディクは、さも当然と言わんばかりに誇らしげにうなずいた。
「なるほど。あんないかつい顔の刑事たちがシップ内をのし歩いて、あちこちで殺人未遂だと騒ぎ立てたら、たちまち全員がパニックになってしまう」
 と言いながら画面を見たレフが、「あ」と声を漏らした。
「……もう、パニックになってるかもしれない」
「なんだって?」


「とにかく、襲われる心当たりはない」
 アルノー博士は、うつぶせの姿勢でナノマシン治療を受けながら、頑なに最初の言葉を繰り返した。
「こちらは心当たりはなくても、相手が勝手に恨んでいるってこともありますからね。カフェテリアで些細な口論などは、ありませんでしたか」
「失礼な。絶対にない」
 ドクター・ナクラは背筋を伸ばし、ふうっとため息をついて、首を横に振った。
 カーテンの陰からそれを見ていたドクター・リノは、レイに向かって肩をすくめてみせた。
「やはり、だめだね。脈拍と脳波の波形を見ても、知っていてトボけているわけではなさそうだ」
 副船長のコウ・スギタが「ううむ」とうなった。
「強盗という線は薄い。このシップ内では金を盗む意味がありませんからね。無差別テロでもない。そうすると」
「本人の与り知らぬところで、恨みを買っているということか」
 レイとコウは、医務室を出て、待合用のデッキスペースに腰かけ、今度の対策について相談した。
「過去に少しでも博士に接触の可能性があった人物を、ミゲルが今リストアップしているところだ」
「アルノー博士は気さく過ぎて、言動に遠慮がない場合がありますからね。本人に悪気がないのが、かえって始末に悪い」
「早く、犯人を見つけないと、厄介なことになりつつある」
 キャプテン三神の顔には、ありありと焦燥の色が表われている。
 関係者にすばやく緘口令を敷いたにも関わらず、傷害事件が起きたことは、たちまちシップじゅうに知れ渡っていた。
 警察官ふたりを疑いたくはないが、やはり黙っておとなしくはしてくれなかったのだろう。責めることはできない。殺人未遂犯の逮捕と民間人の保護が、彼らにとって、何ものにもかえがたい責務なのだ。
 不安な親たちは学校から子どもを引き取って部屋に閉じ込めてしまった。食事もルームサービスを用いるので、メインダイニングもシアターもがらがらだ。
「みんな、正体も動機も不明の殺人鬼に恐れをなしているんです。次に狙われるのは自分たちかもしれないと」
 スギタのことばに、レイは薄茶色の目を不快げに細めた。
「まるで、切り裂きジャックにおびえる十九世紀のロンドンじゃないか!」


「シップ内を歩くときは数人で行動しようと、暗黙のうちに決まったのよ」
 シフトの時刻より一時間遅く自室に戻ってきたユナは、夫にキスをすると、疲れのにじむ顔で微笑んだ。
「みなの様子はどうだ」
「おびえているわ。逃げ場がない恐怖だと誰かが言ってた」
「【フロンティア】号全体が、いわば、嵐に閉じ込められた古城のようなものか」
「ミステリ・アドベンチャーゲームは、私も好きだけれど、自分が実際に登場人物になるものではないわね」
 と言いながら、彼女はレイの膝の上に、自然に腰を降ろす。
「探偵さん。安楽椅子の座り心地はどうだい?」
「あまりにも椅子がステキすぎて、うっとりして推理ができないわ」
「椅子のほうも、乗客の魅力にくるくる回り出しそうだ」
 ふたりはしばらく互いの唇をついばんでいたが、やがて妻が両腕を回して、甘えるように抱きついた。
「犯人はいったい、どんな思いでいるのかしら」
「いつ捕まるかとおびえているはずだ。乗員たちがおびえる以上かもしれない」
「この狭いシップの中で逃げ場がないのは、私たちも、犯人も同じなのね」
 ユナは夫の暖かい胸の中で、唇を噛む。
「なぜ、こんなことが起きるの。ここにいる者たちは皆、目的を持って希望に燃えて乗り組んだはずよ」
「ああ。一時の憎悪と引き換えにするには、木星での十年はあまりに長すぎると言うのに」
 ふたりは胸を衝かれるような悔しさを共有して、互いの瞳を見つめた。
 もし犯人の近くに話し相手がいたら。これほど愛しい存在がいたら。こんな事件は起こさなかったかもしれない。
 そう考えると、今この瞬間も冷え冷えとした孤独を抱きしめているだろう犯人を、心の底から憎むことはできなかった。


 発生から28時間。事件は意外に早く、解決へとたどり着いた。
 お手柄なのは、ハウスキーピング班自慢のクリーナーロボだ。
 『どうしたはずみか』とトシュテンは笑いながら弁解した。事件現場で吸い込んだ塵が分解処理ボックスに送られないまま、まだフィルターの中に残っていたのだ。
 残っていた塵を検査室でDNA鑑定した結果、一本の髪の毛がひとりのものと一致した。
 エリアス・トゥイッカ物理学博士。四十歳だが、まだ大学生のようにも見える細身のフィンランド人で、アルノー博士とともに同じ惑星物理学チームに所属している。
 キャプテンルームに呼び出されたトゥイッカ博士は、レイの前でじっとうなだれていた。
 ふたりの間のテーブルには、ユナが置いたコーヒーの湯気がゆっくりと立ち昇る。
「何も言いたくないと」
「ええ、これ以上は必要ありません」
 博士は薄い笑みを浮かべて、分厚い眼鏡の奥から相手を見つめる。「犯行は認めます。わたしは、食事のときのアルノー博士の態度にかっとなり、追いかけていって後ろから殴りつけた。どんな処分でも受けるつもりです。ですから、これ以上の詮索はしないでいただきたい」
「船長の権限によって、総務のデータファイルを見た」
 レイは一枚の電磁紙を取り上げた。「2212年から14年、あなたは惑星物理学部の学生で、アルノー博士はあなたの担当教授だった。14年、博士は『イオのマントル層におけるマグマの潮流』で、連邦物理学賞を受賞した。地球に問い合わせた結果、あなたがそのとき博士論文のために全く同じテーマの研究をしていたことを、同窓生のひとりが証言してくれた」
 トゥイッカ博士の喉がゆっくりと上下した。「なんのことか、わかりません」
「あなたは、アルノー博士がこのシップに乗り組むことは知らなかったはずだ。彼が参加を決めたのは、〆切一ヶ月前だった。乗船してから彼に再会したときのあなたの気持ちは想像にかたくない。『いつまでこの男は、わたしの人生を狂わそうというのだ』と……そんなところか」
 博士は答えなかった。長い沈黙の果てに、レイはものうげにカップの縁を撫でた。
「では、ひとつだけ教えてもらえないか。このシップには人を殴るに適するものは、そう多くは積まれていない。積載重量の関係で、食器も備えつけの家具も、すべては、このカップと同じ最軽量カーボナイトでできている。いったい、アルノー博士を殴った凶器は何だった?」
 トゥイッカは一瞬、泣き笑いのような表情を見せた。
「トロフィーですよ」
「トロフィー?」
「小学生のとき、土星の観測日記で、市の科学コンテストの最優秀賞を取りました。あれが私の人生で物理学を志す最初の一歩だった。私有物の持ち込み許容量の半分を使っても、手離したくない思い出の品でした」
「そうか」
 つぶやいて、レイは頬の筋肉を固くこわばらせた。「そんな大切なものをなぜ」
「シップの研究室で顔を合わせるたびに、アルノー博士はわたしを無視していた。私から話しかける勇気はなかった。あの夜はじめて、私からダイニングで声をかけたんです。憎しみを持ったまま、イオでの十年を無駄にしたくなかった。あそこは私の科学者としての原点だ。どうやったら赦すことができるかわからないが、とにかく何か前に進むきっかけが欲しかったんです。それなのに、その再出発の旅路で……」
「彼は、あなたの気持ちを踏みにじった?」
「『どなたでしたか』と問われたんです。『どこかでお会いしましたか』と。わたしは――」
 うつろな声で彼はつぶやいた。「気がついたときは、私は部屋に戻って、トロフィーを握りしめていました」


 最上層のバー【観測ドーム】は、今夜は貸切だ。
 ストレート・バーボンのダブルをふたりの前に置いたギュンターは、船長の視線を受けて静かに退出した。
「誰も、犯罪を犯そうと思って犯す人間はいません」
 グレアム警部は、赤みがかった琥珀の液体を喉にするりと流し込んだ。
「その瞬間、そいつは正義を行なっているんですよ。悔恨というのは結局は、事をなし終えたあとの感傷にすぎません。同じ状況に陥れば、ふたたび憎しみは再燃することだってありうる」
 隣に座るキャプテン三神は、グラスをかかえこむようにして、低く言った。
「アルノー博士は、木星開発の功労者だ。彼のイオに関する論文がなければ、この【第二次木星調査移民団】も結成されなかったかもしれない。木星開拓史も、俺たちの人生も大きく変わっただろう」
「そうでしょうね。われわれがこうして酒をくみかわすこともなかった」
「だが、もし仮に、この論文の真の著者がトゥイッカ博士であるとするならば、彼を裁くことは、移民団全体の損失だ」
「そうかもしれません。それでも、トゥイッカは犯罪を犯したのですよ」
「イオでの貴重な数年という時間、彼を牢獄にぶちこむと?」
「公正な裁判の結果、そうなればやむを得ません」
「アルノー博士には告訴を取り下げ、和解書に署名してくれるように頼むつもりだ」
「うまくいくとは思いませんね」
 グレアム警部はわざと大仰に首を振った。「相手を告訴しないということは、自分の論文が盗作だと認めることと同じだ。アルノー博士は絶対に拒否しますよ」
「……」
「そうでなくとも、自分を殺そうとした加害者を簡単に赦すことなどできるものでしょうか。これから十年のあいだ、顔をつき合わせて生活することになるのですよ。トゥイッカ自身にとっても、地獄だ。犯罪者への冷たい視線の集中砲火の中で、平常に生活が営めるとは思いません。隔離したほうが、彼自身の心の安らぎにもなる」
「彼が容疑者であることは、公表していない」
「噂は、広まります。いくら止めようとしてもね。ここは田舎の村のように狭い社会なのですよ」
 キャプテン三神は、うなった。
「152人が力を合わせねば生きることがむずかしい開拓の地で、ひとり欠けることの損失を考えてみてくれ。真の贖罪とは、自分の生きる場所で自分の犯した罪を考えることではないのか」
「それなら、司法には何の意味があるのでしょう」
 デビッドは立ち上がった。「【フロンティア】号においては、あなたが司法警察権を持つ最高責任者です。わたしは従わざるを得ません。イオに着くまではお好きなように」
 彼はレイを見下ろしながら、冷ややかに笑った。
「だが、イオに着陸したとき、被害者との和解が成立していなければ、ただちに容疑者を逮捕します。いいですね」
 勝利を確信したことばを残して警部が出て行ったあと、レイはひとり無人のバーに残された。
 大地の香りのする酒を含み、深遠なる頭上を仰ぐ。
「人間の罪は、どこまで果てに行けば消えるのだろうな」
 宇宙は答えず、ただ静かにそこにあった。



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