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第5章「静寂の冬」
(2)
ラヴァレの冬枯れの風景は、どこかいつもの年と違っていた。
いつもなら、小麦の収穫を終えた畑はぼうぼうと雑草を生やし、干からびたまま雪に覆われていく。
だが今年は違う。最初の雪がいったん溶けた後に、そこかしこの畑で農夫たちは土を深く耕し、柔らかな黒土を整然と畦(あぜ)で仕切り、水を撒き、棒を立てて縄を張り巡らせた。
二度目の雪が土を隠す頃までに、冬蒔き小麦の種が蒔かれたのだ。
蒔いた種は芽を出し、そのまま休眠する。しかし雪の下で、ゆっくりと茎が分かれ、葉は厚みを増す。そして春になると爆発的に成長を再開する。そのため、冬蒔き小麦は、春に蒔く種よりも一ヶ月ほど早く収穫ができるという。北国の夏の長い日差しを最大限に生かした、質の良い小麦が生まれるのだ。
村々の教会堂に集められて、説明を聞いた農民たちも、最初は半信半疑だった。
「お世継ぎさまのおっしゃることなら、おれは信じるぞ」
「本当にだいじょうぶなのか。だって噂では若さまは……」
意見はふたつに割れた。旧来のやり方を捨てられない者も多く、結局は二割ほどの者が、伯爵家がすべて買い上げるとの約束に励まされて、新品種の小麦の実験に参加することになった。
これは初年度としては、まずまずの数字だった。最初からすべての農民が春蒔き小麦を捨ててしまったら、万が一失敗したときは、谷全体の収穫がゼロになってしまう。
この目論見はエドゥアールにとっても、ひとつの賭けだった。もし新品種が全滅ということになれば、村人たちは二度と若き伯爵の言うことを聞かなくなるだろう。
『やはり噂どおり、所詮は娼婦の子だよ』
という陰口がささやかれ続けるだろう。
調べものに疲れたとき、エドゥアールは雪に埋もれた領内を馬で見回った。キンと張り詰めた空気が頬や耳に痛く、分厚いブーツや毛皮張りのマントさえも貫くのが心地よかった。
「若旦那さま、そろそろ戻りましょう」
寒さに足踏みしていたダグが哀れっぽい声を上げた。「また吹雪がやってきますよ」
「わかるのか」
「匂いでわかりますよ。この谷で生まれた者はみんなそうです」
馬丁見習いの少年は、急ぎ足で馬の手綱を引っ張った。「ここの吹雪は恐いです。雪がくるくる舞って、前に進んでるんだか後ろに進んでるだか、わからなくなるんだから」
「あはは、そりゃすごいや。もみ殻の選別機みたいだ」
「用事がなければ、誰だって外になんか出ませんよ。若旦那さまだけです、好き好んで外に出たがるなんて」
「変わり者だからな」
ダグは足を止めて、まじめくさった顔で主を見上げた。
「俺はね。て言うか、俺たち下働きの連中はですね。若旦那さまのお噂を聞いて、そりゃ最初はびっくりしたけど、何ていうか喜んでるんです。遠く離れた、雲の上のようなお方じゃないんだって思えるし」
知恵をしぼって懸命に考えてきた言葉なのだろう。一息に、よどみなく続ける。「だから余計に、すごい方だなって思えるし」
馬上のエドゥアールは、しみじみした笑顔を返した。「ありがとう。うれしいよ」
「だから、元気を出してください」
「それって、俺がまるで元気じゃないみたいな言い方だな」
「だって俺はまだ馬丁見習いだけど、馬が疲れてるとか病気だとか元気のあるなしは、顔を見りゃ一発でわかりますよ」
ダグは、しばらく足元の地面を見つめながら歩いた。
「若旦那さまの笑い顔が、以前よりもさびしそうに見えるんです」
ゾーイが部屋に入ったとき、イサドラはテーブルに寄りかかり、眉間にしわを寄せて手紙を読んでいるところだった。
「お呼びですか。ミストレス」
ゾーイは半年前から、この娼館に幼い息子とともに住み込んで働いていた。今ではイサドラに代わって、中のこまごまとした仕事を取りしきるまでになっている。
「ゾーイ、悪いけど、テオ先生のところに、これを届けてくれないかい?」
手元の紙類の中から、一通の封書を取り上げる。「どうせ、夕飯前にフレディ坊やを迎えに行くつもりだろ?」
「あの、ミストレス。そのお使いは、私でなければいけませんか?」
ゾーイは、もじもじとエプロンの縁を指でいじった。「息子には、ひとりで帰ってくるように言ってありますし……。今、あの、先生のところに行くのはちょっと……」
イサドラは、「ははーん」と得心した顔になった。「テオ先生とあんたが噂になってるのを、気にしてるんだね」
「こんな年増女が入り浸ってるなんて話が広まったら、先生の将来に傷がつきます。だから――」
「いいから、お行き」
彼女のポケットにぐいと手紙をねじこむと、ミストレスはにっこりと笑った。
「あたしは、そういう話が、三度の飯より好きなのさ」
コックのガストンを手伝って、夕食用のホウレンソウ入りキッシュを準備したあと、ゾーイは髪をなでつけて、グラン医師の診療所に行った。
おそるおそる扉を開けると、小さなフレッドは特製の高椅子に腰かけて、ランプが灯った大きな診療机の片隅で、一生懸命に算数の問題に取り組んでいるところだった。
そして、テオドールは診療簿に文字を書きつけながら、ときおり「そこから垂線をまっすぐに下ろすんだよ」などと声をかけている。
彼が笑うときに眼鏡の端からのぞく優しそうな目じりの皺に、ゾーイはいつも胸が高鳴るのを覚える。
「あ、ゾーイさん」
テオドールが扉の前の彼女に気づいて、あわてて立ち上がった。
「いつもありがとうございます。先生」
深くお辞儀をして、さりげなく目をそらした。「フレッド。夕飯の時間よ。帰りましょう」
「ええ、もう? 今始まったばかりだよ」
「でも、もう時間なの」
「あの――」
テオドールは顔を赤らめながら、口をはさんだ。
「明日の晩、よろしければ、ここで夕飯を食べていきませんか。グレダさんが診察代の代わりにキドニーパイを持ってきてくれると言っていたし、フレッドも長くいられる分、勉強時間が増えます」
ゾーイは、きっぱりと首を振る。
「いいえ。ご迷惑ですわ。ただでさえ一日の診察で疲れていらっしゃるのに」
「迷惑ならば、こんなお誘いはしません」
「……」
ゾーイは唇を噛みしめる。グラン医師の気持ちはうすうす気づいていた。だが、自分は行きずりの男との間に子どもまで儲けてしまい、その子を貴族の庶子だと偽って育てている女。そんな女が、男爵の血を継ぐお坊ちゃまと釣り合うはずはない。
「あ、そうですわ」
話を逸らす良い機会とばかりに、ゾーイはエプロンから封書を取り出した。
「ミストレスからことづかって来ました。ラヴァレ伯爵という方からのお手紙です」
「ラヴァレ伯?」
テオドールは首をかしげた。「有名な家柄の伯爵だ。だけど何故僕に――」
封を切ると、一枚の紙がすべりでてきた。
「こ、これは……こんなにたくさん!」
『テオドール・ド・グラン医師の診療所への寄付』と但し書きのある小切手は、彼の借金を補ってあまりある金額の下に、振出人の署名がされていた。
【エドゥアール・ド・ラヴァレ】。
医師は、わなわなと手をふるわせながら、素っ頓狂な声でさけんだ。
「こんな見ず知らずの貴族から、寄付を受ける覚えなんてないぞ!」
このごろ午後のお茶の時間になると、若き伯爵はふらりと厨房に現れた。コックのシモンも心得たもので、彼が入ってくると、ほどよく冷ました鍋の蓋をさっとはずす。
味見をし、「塩が足りねえ」などという評をくだすと、そのまま主はテーブルの前にどっかと居座ってしまうので、午後のお茶はおのずと配膳室で供されることになった。
書斎に夜まで引きこもるよりは、ずっとましだと、執事のロジェも何も言わずに給仕を務めている。
蒸し上がったばかりの特大プラムプディングの大皿がしずしずと運ばれてきた。シモンは仕上げのブランディーをたっぷりかけると、いきなりマッチで火をつけた。
ぼっという音とともに、プディングは青い炎に包まれて燃え始めた。その美しさに見とれているあいだに、執事のロジェがティーポットを取り上げる。
温めたカップの底には、深紅のゼリー状のものがたっぷりと入っていた。
「これは?」
「野イチゴのジャムでございます」
注がれたお茶をひとくち飲むと、エドゥアールは顔をしかめた。「甘い」
「寒い国でのお茶の飲み方だそうです。甘みがほどよく体を暖めてくれるとか」
シモンが、小皿に切り分けたプディングにとろみのあるカスタードソースをかけて、エドゥアールの前に置いた。
これも、身震いがするほど甘かった。
「何カ月も前から果実や木の実を漬け込み、作りおいたものにございます。甘みは、疲れを癒し活力を与えると申します」
自慢げに胸をそらせるコックと、その隣ですまし顔の執事とに、エドゥアールは何も言えなくなった。このところ、休みもとらずに領地の経営に頭を悩ませている主を案じ、健康を気遣ってのことだろう。
甘すぎる菓子を黙々と口に運んでいるうちに、ロジェはもうひとつのプディングの皿とティーポットを銀の盆に載せ、裏の通用口から出て行こうとした。
「どこへ行く、ロジェ」
「大旦那さまのところでございます」
「親父が、外に?」
「はい」
ロジェは、にっこりと笑った。「今日のお茶は、外で召し上がるとおっしゃいまして」
エドゥアールが外に出ると、真っ白に雪化粧した庭の中央、古代風のあずまやに、エルンストが座っていた。
「ロジェに、ぐるぐる巻きにされたよ」
コートの下に毛織物のチョッキやマフラーで何重にも着膨れた伯爵は、まるでぬいぐるみを着ているようだった。
「だいじょうぶなのか。こんな寒いところで」
見れば、あずまやの四隅に置かれた火鉢で、炭が盛んに熾っている。少しでも病人が寒くないようにという使用人たちのせいいっぱいの配慮だろう。
「なに。数日前から、庭に出て少しずつ散歩はしているのだよ」
父はぐるりと回りの景色を見渡した。「急に思い立って、このあずまやでお茶を飲みたくなってね。もう何年ぶりだろう、雪景色の中でお茶を飲むのは」
ロジェは丁寧に淹れたジャム入り紅茶とプラムプディングを、老伯爵の前に置いた。
「これを食べると、冬至祭が近いことを思い出す」
エルンストは、プディングを小さく切って頬張った。まだ五十歳に満たないというのに、銀のスプーンをあやつる手は骨ばって皺だらけだ。
「プディングは、征服民族がクラインに侵入したとき、東の領土から布にくるんで持ってきたものだそうだ。日持ちがする上、栄養価が高い。わたしが留学していたリオニアでは、秋が来ると町の家々の窓から、プラムを煮るいい匂いが漂ってきたものだ」
昔話をするときの父は、青年のころを思わせる若やいだ目になる。
「わが国にはない習慣だ。だが王宮では毎年、一年かけて仕込んだ豪華なプラムプディングを食べるのだと――エレーヌが言っていた」
エドゥアールは無関心を装っている。
伯爵夫人は、庶子である彼には関係のない人であり、その名前に何の感慨も湧こうはずはなかった。たとえ、ここに伯爵と執事以外の人間がいないにせよ、母への慕情は生涯、口にすべきではない。
「エドゥアール」
エルンストは霜をかぶったような頭をめぐらせて、まっすぐに彼を見て微笑んだ。「長い間、苦労をかけたな」
若者は首をかしげるようにして、「いや」と言った。
「苦労と思ったことはない。それが一番、俺らしい生き方だったから」
「そうか」
父親は、光を反射する雪をまぶしげに目をしばたきながら見やった。「エレーヌもわたしも、事あるごとに後悔してきた。おまえを今のような立場に追い込んだことを。もっとよく考えれば、別の道があったのではないかと――」
「……」
「だがそれは杞憂だったらしい。わたしたちは、おまえを誇りに思う」
会話はそのまま静かに途切れた。しゅんしゅんと湯の沸く心地よい音だけが響く。
父の隣に座って、父が見ているものを見つめる。たったこれだけのことを、エドゥアールは十八年間どれほど切望してきたか。
ようやく、その願いがかなったのだ。もうこれ以上、望むものなどない。
「そう言えば、まだ謝ってなかったな。悪かった、あんたの進めてきた縁談をぶっ壊して」
できるだけ、茶化した言い方を選ぶ。「けど俺は当分、ひとりの女に縛られるつもりはねえんだ」
「そうか」
エルンストは何か言いたげだったが、結局口をつぐんだ。「おまえの判断にまかせよう」
ロジェが、ふたりのカップに二杯目のお茶を注ぐ。
「あんたは、ミルドレッドのどこが気に入ったんだ?」
「あれだけ美しいのに、高ぶったところがない。仕草のひとつひとつに相手への気配りが見える。利発な令嬢だと思った」
「そうか。ただの生意気な女だと思ったけどな」
父は小馬鹿にするように含み笑った。「わたしのほうが、ご婦人を見る目は確かだ」
「へえ。娼館で育った俺と張り合うつもりか」
「おまえのような若造に何がわかる」
ふたりは、ちらりと互いを見交わして、堪え切れぬ笑い声を上げた。
「冷えてきた。中に入ろう」
立ち上がろうとする息子の手に、父は老いた手をかぶせた。
「わたしは、おまえが幸せになれるのなら、何も要らないのだ」
ありったけの心情をこめて訴えかけるような眼差し。
「エドゥアール。おまえのためなら、この命も、爵位や財産や――ラヴァレの領地でさえも、惜しげもなく差し出すつもりだ」
「ああ、わかってるよ」
エドゥアールはうなずいた。「そんなこと、とっくの昔からわかってたさ」
王都の冬至祭は、その美しさで知られている。街という街、通りという通りには灯籠が立ち、夜更けまで大勢の人たちが通りにあふれる。
メレンゲを浮かした暖かいチョコレートやリンゴ酒。街路樹の枝という枝につけた飾り鈴が、しゃらしゃらと揺れる。子どもたちは目を輝かせて飛びはね、恋人たちは夜に酔いしれながら、肩を寄せ合って歩く。
モンターニュ子爵夫妻も、今夜は大切な夜会に招かれて、出かけていった。
ふさぎこんでいる娘を案じて後ろ髪引かれる様子の両親を安心させるために、ミルドレッドもいったんはジルとともに買い物に出かけたものの、久々の外出に人当たりしてしまった。
やはり、だめだった。何を見ても、何をしても、心は浮き立たない。
「気分が悪いの」とすぐに居館に戻った令嬢を、暖炉のそばのソファに寝かせると、ジルは手早く薪をくべて、部屋を暖めた。蜂蜜を入れた熱いレモネードをそっと置いてから、主人の毛皮のショールやミトンから丁寧に雪を掃い、暖炉の柵に掛ける。
甲斐甲斐しく立ち働く侍女に、青ざめた顔のミルドレッドは呼びかけた。
「ジル。あなたは私に付き合うことないわ。トマと遊びに行っていいのよ」
「お嬢さまを放っておくなんて、殺されたってできません」
ジルは怒ったように答えた。
「お嬢さまこそ、今夜は舞踏会や晩餐会の招待が山のようにあったのでしょう。どうして、ひとつもお受けにならなかったんです」
「だって……」
ミルドレッドとて、何度も試してみたのだ。だが、きれいなドレスを新調して舞踏会や観劇に出かけてみても、心は以前のように弾むことはなかった。
「ラヴァレ伯爵さまとのご縁談を、きっぱりと断わったんですって」
同年代の下級貴族の娘たちは、彼女を見ると駆け寄ってきて、あからさまな同情の口ぶりだ。
「当然よね。お生まれの卑しい殿方との結婚だなんて、いくら相手が伯爵さまでも、私だって我慢できないわ」
公爵や侯爵の令嬢たちも、優越感をひけらかしながら、しゃなりしゃなりと彼女に近づいてきた。
「おほほ。初めから、何か裏のあるお話だと思っておりましたわ」
「『そこらへん』の子爵家の令嬢に、そんな良い縁談が来るはずありませんもの」
取り巻きの貴公子たちは、彼女をちやほやと持ち上げた。
「ミルドレッド。きみがやつに肘鉄砲を喰らわせたと聞いたときは、胸のすく思いだったよ」
「やはり、きみはすばらしい女性だ。今度こそ父に頼んで、正式に申し込むよ」
だが、どんなにたくさんの相手と踊っても、ミルドレッドの心は晴れなかった。
どうしても、比べてしまう――あの人と。
いつのまにか、なつかしく思い出しているのだ。彼と見つめ合ったときの魂の底から湧きたつような感覚を。彼に腰を支えられて、くるくると回ったときの痺れるような快感を。
(何を考えているの。もう後戻りなんかできるわけないじゃない)
エドゥアールを思い出すたびに、彼の頬を叩いた右手がじんじんと痛む気がする。
(あんなことをしてしまったんだもの。私のことを憎んでいらっしゃるに決まってる。二十万ソルドの小切手を裏書なさったのも、きっと私への面当て。娼婦と同じで、金で買える女だという当てこすりなんだわ)
それなのに。それなのに、私は。
「お嬢さま?」
ミルドレッドはふらふらと、窓のそばに立った。いつのまにか、手のひらに爪を立てるのが癖になっている。血のにじむほど、強く。
冬至祭の街の景色は、小さな額縁の中の絵のように遠くて、うるんでいる。
冬至祭の前日から村人たちは、薄い素焼きの壺にろうそくを入れて、家の窓辺にずらりと並べる。あたりが暗くなる頃、明かりを灯すと、壺を透かした暖かい光で村全体が包まれる。
今日は、ラヴァレの谷のあちこちの村で、これと同じ光景が見られるはずだ。
どの家の暖炉でも、数日前から大きな丸太を燃やし続けている。この火が燃えている限り、太陽の恵みを奪い去ろうとする悪鬼が、家に近寄らないと信じられているのだ。
冬播き小麦の導入に難色を示した農民の中には、『この時期に畑に種を播いても、悪鬼にやられてしまう』という、単純で迷信じみた理由を挙げた者もいたという。
そこでエドゥアールは、水車小屋の建設のために雇っていた農閑期の男たちに頼んで、森から太い樫の木を切り出させた。切りそろえられた木は、そりに仕立てて、斜面をすべり降りて各村に運ばれる。ぶどう酒やリンゴ酒の樽、ハムやパン菓子も、たっぷりと届けた。
去年まで村人たちは、手近な森から思い思いに乱伐した丸太を、暖炉にくべていた。今年からは計画的な伐採が可能になる。
冬の谷は、雪の中に深く沈んでいる。しかし、人々は安全で暖かい部屋で冬至祭のご馳走を楽しんだ。
領館のひざ元の城下町をユベールとともに馬で見回っていたエドゥアールは、大通りを彩る家々の明かりを眺めながら、初めて見る美しい光景に胸を熱くした。
父に代わって、領民たちの豊かさと幸せだけを考える。新しい伯爵として今できることは、それだけしかないはずだ。自分のことなど考えている余裕はない。
まして、ひとりの少女の面影など心に抱いている暇はない。
教会の夜半課の鐘が鳴ると、人々はそれを合図にカンテラに火を灯し、町囲いの外へと繰り出した。
暖炉で燃えた丸太の灰は幸運を招くという。大人も子どもも行列を作って、灰を畑に撒き、果樹の根元にリンゴ酒を注ぐのだ。
カンテラ行列は、来年の豊作を祈りつつ畦道を練り歩く。ラヴァレの谷は、光の美しい模様を織りなしながら、一年で一番長い夜を迎えようとしていた。
4月18日、一部を改稿しました。
【改稿部分】(反転させてください)
最後の段落、ラヴァレの谷の冬至祭の風景のみです。村の広場で藁を燃やす大焚き火の描写が、雪深く風の強い谷の行事としては不向きであるとのご指摘を受けたためです。
ご指摘、アドバイス感謝いたします。
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