伯爵家の秘密


第9章「第二の秘密」


(4)

 王都の商店や市場は、季節はずれの思わぬ好景気に沸いていた。
 例年なら秋の社交シーズンの始まる時期に、お屋敷に納める食材や、高級雑貨の仕入れがどっと増える。夏のあいだ領地で過ごしていた貴族たちがいっせいに王都に戻ってくるからだ。流行色の絹のドレスも、意匠をこらした帽子やバッグも、もっぱら秋口が書き入れ時だ。
 あとは冬至祭の前までは、落ち着いた商いが続くのが普通だった。
 ところが今年は、違った。秋も深まってから臨時の貴族会議の招集が突然あり、自分の領地に帰っていた貴族たちも、あわてて王都に舞い戻ってきた。
 おまけに大聖堂での結婚式が、二年ぶりに執り行われるらしい。
 結婚や葬儀のために大聖堂の使用が許されているのは、貴族でも上位の階級だ。伯爵は、ごく一部の名門に限られる。
 しかも、今度の新郎新婦というのは、突飛な言動で何かと世間の耳目を引いているラヴァレ伯爵と、社交界の花と呼ばれるモンターニュ子爵令嬢のふたり。いやがうえにも庶民の関心は高まる。
「パン屋がぼやいてたぞ。この数日で注文が三倍に増えた。寝る暇もねえって」
「おう。八百屋も言ってた。荷馬車が着いても、荷降ろしをする前に空っぽになるって」
「いったいどうなってるんだ」
 荷を積んだ馬車がひっきりなしに王都の門をくぐってくるため、品薄で値段がつりあがるということもない。
 このところ、あちこちで目につくのは、谷ユリの紋章を染め込んだ小麦袋だ。粒がそろって良質、しかも価格も安く計量も確かときている。
 そのときを境に、今までラヴァレ産の小麦を知らなかった人々にも、その名は強く印象づけられることとなった。
 ずっと後まで語り伝えられる、型破りな祝宴の記憶とともに。


 王宮の『獅子の間』は、すでに朝のうちから人で埋まり始めた。
 公侯爵や伯爵の銘板がはめられた指定席は、もちろん満員。議場の最後方、いつもなら空きが目立つ子爵・男爵用の席でさえ、ぎっしり埋まり、立ち見の台も鈴生りの人である。それでもなお議場に入り切れなかった下位貴族たちは、外の大広間に臨時に並べられた椅子に陣取り、飾り窓のすきまから漏れ出る声に耳をそばだてる。
 誰もが、今日のこの会議が、歴史に特筆される場であることを肌で感じていた。
 会議場への廊下を渡るとき、エドゥアールは柱の陰に騎士ユベールの姿を認めた。
 ユベールは、近づいてくる主の姿を見てほほえんだ。
「お疲れのご様子ですね」
「ああ、これか」
 若き伯爵は、櫛を入れる暇もなく、もつれたままの黒髪に指をつっこんで、笑った。
「明け方まで、ぎりぎりの交渉をしていた」
「それは、お疲れ様です」と頭を下げるふりをして、騎士は聞き取れないほどの小声でささやいた。
「大伯爵さまは、つつがなく王都にお着きになりました」
 エドゥアールはうなずいた。父の安否は、一番気にかけていたことである。騎士ジョルジュ主従の鉄壁の護衛があるとは言え、馬車が旅の途中で襲撃されれば、完全に逃げ切ることはむずかしいからだ。
 ほとんど唇の動きだけの情報交換は続く。
「ミルドレッドと親父さまたちは」
「お支度も整い、居館で静かにお過ごしでいらっしゃいます」
「公爵のほうは?」
「フォーレ領から夫人失踪の一報が届きましたが、別段なんの行動も起こしてはおられません」
 プレンヌ公の動向も不気味だったが、今はそれどころではない。
「あとは、よろしく頼む」
「心得ました」
 いつもにまして、丁重なお辞儀をする近侍の騎士の前を通り過ぎながら、エドゥアールは鋭い視線を議会場の正面扉に定めた。
 心は千々に分かれても、体はひとつしかない。今は、目の前にある難事をひとつずつ処理していくしかないのだ。


 議長は議壇に立ってからも、何度となく額の汗をぬぐった。
 今までは、ほとんど誰も聞いていない報告書を読みあげ、結果がわかりきっている議決を行うのが彼の仕事だった。
 だが、今日はちがう。
 七百人近い貴族たちの目が、一心に彼に注がれているのだ。
 それだけではない。バルコニーの玉座からは、フレデリク三世が身を乗り出すようにして、議場を注視している。その厳しいまなざしは、背中から射抜かれるようにさえ感じられる。
 開会のあいさつで、王は型通りの開会宣言文を記した巻物を脇に放り捨て、自分のことばで語った。
「今日、余が貴公らに望むことは、ただひとつだ。貴公らの判断がクライン国の将来を左右することを知れ。後の世がやがて、今日ここにいる貴公らに責任を問うことをわきまえよ」
 貴族たちは、驚きのあまり息をすることも忘れた。飾り物という仮面を投げ捨てた国王は、まさしく壁に掲げられたクラインの大国旗と同じく、爪を立てて獲物をつかむ獅子だった。
「ほ……本日の議題は、先日の総辞職にともなう、国務大臣の選出である」
 議長はようやく落ち着きを取り戻すと、手元に目を落として議事を読みあげた。
「王国法第12条1項、2項により、首席国務大臣の立候補者がまず立ち、他の四人を推挙する。もしその五人の中に重大な犯罪を犯したる者、外国人、放浪民族、その他不適当な者がいた場合、ただちに全員の立候補が取り消される」
 つまり、国務大臣の選挙は、五人ひと組の集団戦で行なわれるということだった。
「首席国務大臣たらんと欲し、あらかじめ届けを出した者は、国王陛下の御前に起立せよ」
 席から立ち上がったのは、ふたりだった。
 前・首席国務大臣、プレンヌ公エルヴェ・ダルフォンス。
 その子息、リンド候セルジュ・ダルフォンス。
 議場は、海鳴りに似たどよめきに包まれた。
 この国で、王家の次に最も高貴な血を持つ貴族の父と子が、互いを敵として争っている。その姿はあたかも、新旧ふたつの世代が相対しているかのようだ。
「諸公たちも、ご存じであられよう」
 まず、年長のプレンヌ公爵が、慣れた仕草で議壇から腕を差し伸べた。
「フレデリク大王亡きあと、わたしは国務大臣として四十年近くの長きにわたって、この国を導いてきたと自負している」
 そのゆったりとした物言いには、余裕さえ感じられる。
「この国が戦乱から立ち直り、繁栄を享受してきた四十年は、まさしく貴族諸公の努力と団結の賜物である。しかしながら、今この大陸は岐路に立たされている。隣国リオニアが憎むべき共和主義者にのっとられて二十年。その害毒は、王国内の民衆をじわじわと蝕み、こともあろうに、一部の貴族の心まで腐らせるに及んでいる」
 赤いコートの公爵は、その瞬間まぎれもなく、議壇の下に座るエドゥアールをにらみつけた。
「我々は、共和主義者たちの陰謀を断固として封じ込めるため、近隣諸国と一致団結しなければならない。この選挙によって、あらためて諸公らの勇気と信念とを問うものである」
 議場は、割れんばかりの拍手と大歓声に満ちた。
 プレンヌ公は、それを手で収めると、手元の名簿を読み上げた。プレンヌ公を筆頭にして、三人の公爵とふたりの侯爵。総辞職前の大臣の顔ぶれと何ら変わるところはない。
 ついで、セルジュ・ダルフォンスが代わって議壇に上がった。エドゥアールは、まるで自分もいっしょに壇上にいるかのように、彼の一挙一動を祈りをこめて見守る。
 長い金髪を優雅に掻きあげると、リンド侯爵は演説の原稿に目を落とすこともなく、時間をかけて、まっすぐに議場の議員たちひとりひとりの顔を見渡した。
「先ほどの候補者は、戦火からの復興をたいそう自慢しておられたようですが」
 父公の底深みのある低音と好対照をなす、隅々までよく通る声だった。
「その戦乱が、いずこの国からもたらされたのか、諸公は思い起こすべきです。我々に必要なのは、特定の強大国家との軍事同盟ではない。近隣諸国すべてとの和平であり、それを実現するために、クラインはさらに軍事的・経済的な国力を増強すべきであることをお忘れになってほしくない」
 計算された沈黙をはさむ。
「そのために、わたしはまず税制の抜本的改革を提案し、国王陛下の御名のもとに了承されました。改革はすでに始まっている。古き功績を誇っている前時代の方々に、爪の先ほどの改革さえ可能だとは思われません」
 広間には、遠慮がちな拍手と歓声が沸き起こった。先ほどと明らかに違うのは、年若い貴族たちが拍手に加わっていることだ。
 セルジュとエドゥアールは、可能な限り時間を割いて、王都のあちこちのサロンで下位貴族の青年たちと話し合いの時を持ってきた。
 彼らは貴族社会の差別に怒り、古い時代の因習を変えたいと心の奥では願っている。長いあいだの深い失望とあきらめゆえに、口にできなかったその願いを、ふたりはなんとかして引き出そうと熱心に説き回った。
「大臣候補者の名簿を読み上げます」
 セルジュは、見る者を鼓舞するような、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「セバスチャン・ド・ファロ男爵、エリク・ド・メシエ子爵」
 まだ二十歳をいくつも出ていない細身の男爵と、反対に軍人上がりを思わせる大柄な体躯の子爵が立って一礼した。
「男爵に子爵だって?」
 会場がざわめき始めた。もう何十年も、国務大臣に下位貴族階級の者が関わった例はない。金髪の征服民族出身の公爵と侯爵が大臣の席を独占してきたのだ。
「エドゥアール・ド・ラヴァレ伯爵。そしてフォンブリューヌ公爵アロワ・ド・ビゴーどの」
「な、なんですと」
 ひとりの恰幅のよい初老の紳士が、プレンヌ公のふたつ隣の席でひっくりかえりそうになった。彼は公爵だが、プレンヌ公の大臣名簿からは外れている。
「ほう。フォンブリューヌ公。あなたが愚息の側に寝返られたとは」
 蒼い瞳に凄絶な光をたたえて、エルヴェは微笑んだ。「それならそうと、早くおっしゃってくれればよいものを」
「お、お待ちください。わたしは何も知らない。勝手に名前を使われたんだ」
 ほとんどひれ伏さんばかりにして、かわいそうな公爵は弁解する。身の潔白はいずれ証明されようが、とにかく今は上位貴族に疑心を吹き込み、その結束に亀裂を入れるだけでよい。
「お静かに。いったい、この名簿の何がいけないのです」
 不穏な空気になりかけた場内に、セルジュは甘美とも言える落ち着いた声で語りかけた。「大臣が五人いるのは、なぜだとお思いです。すべての階級の貴族に国政の機会を与えるというのが、このクライン王国の建国の理念だった。大臣の五つの席とはすなわち、公候伯子男の五つの階級を表わしている」
 そして、とどめの言葉を放つ。
「下位貴族たちは、不当に国政に参加する機会を奪われてきたと言ってよいでしょう。わたしは建国の理念に立ち戻り、差別のない貴族社会を取り戻すために、この身を尽くしたいのです」
 全ての者は、席に座っていることができずに総立ちになった。ささやきは怒号に代わり、声なき賛同は、やがて振り上げる拳に代わる。席に登って弁舌を始める者。ののしり合い、互いの襟をつかみ合う者たち。
 下位貴族の長年のうっぷんが噴き出したのだ。貴族会議はたちまちにして、蜂の巣をつついたようなヤジや罵声の応酬に陥った。


「お見事」
 もみくちゃにされる寸前にうまく脱出し、セルジュが執務室のある回廊まで戻ってくると、エドゥアールが間延びのした拍手で迎えた。「すばらしい演説だった」
「それはそうだろう。おまえの下品な草稿を、ほとんど全部書きあらためたからな」
「もしかすると、本当に俺たち、大臣になっちまうかも」
「それはないな。フォンブリューヌ公爵が辞退を申し出るだろうから、この大臣名簿は無効だ」
「だがとりあえず、所期の目的は達した」
 目論見どおりに、貴族会議は大臣選出の議事がまったく進まず、時間切れで休会が宣言された。
 新世代と旧世代、上位貴族と下位貴族の対立という構図がくっきりと浮かび上がったのだ。
 これより後、貴族議会は長い混乱に陥り、当分は機能しなくなるはずだ。議会の代表たる大臣の権限も弱まる。
 そこで、事態を収拾するために、一時的に国王に権力を集中させる。今のフレデリク王ならば、数年で国を理想的な形に導くだろう。
 さらに、翌日は『聖アンナの祝日』。会議は早くとも、翌々日まで持ち越される。
 つまり、クライン王国は、今日から明後日まで大臣不在の状態になる。その空白の一日を利用するのが、彼らの作戦だった。
 明日、ポルタンス沖に来航するリオニア共和国の船上で、フレデリク三世の手によって和平条約が調印される。もし、この行動がプレンヌ公側に気づかれたとしても、そもそも大臣がいないのだから、誰も国王に対して拒否権を行使することができない。
「陛下のお守りを頼む」
 エドゥアールは信頼に満ちたまなざしで、僚友を見つめた。
「ああ。わかった」
「俺は今から失礼する。明日の式に備えて、よく寝てお肌を整えておかなきゃな」
「そういえば、聖アンナは結婚の聖人だったな。明日の良き日に祝福を」
「ありがとう。無事を祈っている。セルジュ」
 若者たちは軽い握手を交わして、その場で別れた。
 執務室に入ろうとしたセルジュの前に、立ちはだかる者が現われた。
 父公の子飼いの密偵、黒衣のルネだった。
「どけ。邪魔をするな」
「恐れながら、プレンヌ公爵さまが執務室でお呼びでございます」
「わたしのほうには、用はない」
「素直にお越しいただけない場合は、少々手荒なまねをいたすことになりますが、よろしいですか」
 セルジュは軽蔑しきった視線を、ルネに投げかけた。
「やれるものならな。貴様などに、指一本触れさせぬ」
 密偵は、憎悪も蔑みも慣れていると言わんばかりのうすら笑いで応えた。
「よいのですか? 今お父上のお申し出を断れば、あなたはラヴァレ伯爵の重大な秘密を聞き逃すことになりますが」
「なに?」
「そうすれば、大きな過ちをおかすことになりますぞ」
 セルジュは、ぎりりと歯を噛みしめた。どうせ父のことだ。あることないことを吹き込んで、彼らふたりの間に亀裂を入れようとの魂胆だろう。
「わかった。行こう」
 父の執務室に入ると、床に、ひとりの身なり粗末な初老の女が突っ伏し、すすり泣いていた。
 見知らぬ顔だ。唇は腫れて血を流し、顔のあちこちにひどいあざがある。
「父上。あなたというお人は」
 義憤に拳を固めて振り向くと、机の奥の椅子にゆったりと座っていたプレンヌ公は、芝居じみた笑い声を上げた。
「よく来たな。セルジュ。おまえとまた会えてうれしいぞ」
(どういうことだ?)
 今日の会議のなりゆきに湯気を立てて憤っているはずの父は、予想に反して上機嫌とさえ見えるのだ。
「おまえに対して、今まで少し言葉が足りなかったことは認めよう。ゆっくりと言葉を尽くして語らえばよかった。そうすればおまえも、このような回り道をせずにすんだだろう」
「おことばですが、それは少し時が遅すぎたのではありませぬか」
 冷たい声で、セルジュは返した。
「あなたは、わたしが本当に必要としたときに、わたしの訴えを黙殺なさった。あなたの前に敵となった今になって懐柔しようとしても、もはや遅い」
 セルジュの蒼い目は、その瞬間、母の臨終の床を映していた。何度使いをやっても父が最後まで姿を見せなかった、あの日を。
(おろかな。何を今ごろ子どもじみた感傷にひたっている)
 足元の草から露を振りはらうように、ばかげた思いを追い出す。
「とりあえず、この女に金をやって追い返しなさい。やがてわたしのものになる王宮に、父上の下賤のふるまいの記憶を刻みたくはありませんゆえ」
「まあ、待て。まだおまえは、話を聞いておらぬではないか」
「話?」
 ルネが女のかたわらにひざまずき、その前髪をぐいとつかむ。女の口から、ひいという悲鳴が漏れた。
 プレンヌ公は立ち上がった。
「もう一度、話すのだ。十九年前、おまえはどこにいた」
「わたしは……コリーヌ地方で産婆の見習いとして働いておりました」
「そこは、ラヴァレ領との境界近くだな」
「はい……はい。お赦しください」
 ルネがぎゅうぎゅうと髪を引っ張って顔を上げさせるので、女はぼろぼろと涙を流した。
(いったい、何を言わせようというのだ)
 セルジュのみぞおちに、吐き気に似た不快なものがわだかまる。
「十九年前の十月、おまえは何を見た?」
「近所の貧しい農婦のお産に立ち会いました。手を尽くしましたが死産でした。翌朝になって弔いのために、わたしたちは赤子の死体を教会に運び――」
「そこで、何があった」
「ひとりの騎士さまがおいででした。その方は、赤子の父親に遺体をゆずってほしいと」
(死産の子?)
 あまりに異常な状況に、貴公子の思考はうまく回らない。
「売ったのか」
「いえ、翌日、多額の謝礼とともに遺体は両親のもとに丁重に返されて……」
「余計な口をきくな!」
 密偵が拳で頭を殴りつけると、女は気絶して床に倒れ伏した。
「セルジュ」
 父は晴れやかな笑みを浮かべていた。「どういうことか、わかるな」
「いったい、なんのことです」
「『誰か』という問いならば、こう答えよう。神の御前に死体売買の罪をおかした騎士とは、ラヴァレ家に仕えるアンリ・ド・カスティエだ」
「……え?」
「次に『いつ』という問いには、こう答えよう。十九年前の十月十六日。エレーヌ姫がラヴァレの領館で死産あそばされた日だ」
 そのことばに、全身が総毛立つ。
「最後に『なぜ』という問いだ。ラヴァレ伯爵はこっそり、この産婆が取り上げた赤子の死体を、エレーヌ姫がお産みになった子とすりかえた。それはファイエンタールの血を引く子を、世間の目から隠して、ひっそりと育てるためだった」
「……まさか」
 セルジュはこわばった頬の筋肉を無理に引き上げた。「父上。あなたはまだそんなことを」
「今度こそ、まことでございます。侯爵さま」
 ルネが代わりに返答した。
「姫の御子を取り上げたのは、デュプレという医師でした。伯爵家から資金の援助を受け、留学という名目で北方の国に逃げていたのを、わたくしめが探し当てました。確かに健康な男子を取り上げたと言い残しました」
「言い残した?」
「できるだけ拷問の手は緩めたつもりでしたが、ついうっかりして息の根を止めてしまいました」
 白い顔に浮かぶ爬虫類を思わせる笑みには、人間性のかけらもない。
「わかるか。セルジュ。はじめから、おまえに王位を継ぐ資格など欠片もなかったのだ。王位継承権保持者は、あのラヴァレの倅ただひとり」
「エドゥアールが……」
「奴は真実をひた隠して、おまえをだまし利用していた。王と結託し、おまえを手玉にとり、ふたりで笑っていたのだ」
「……うそだ」
「まさに道化だな。かわいそうな息子よ。わたしはおまえを、こんな形で傷つけたくなかったのに」
 予想もしなかった真実に呆然と立ち尽くす嫡子に、プレンヌ公は近づいて、やさしく耳にささやきかけた。
「エドゥアールを殺せ。さもなければ、おまえは一生、奴の足元に這いつくばる虫だ」





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