We Will Rock You ウィ ウィル ロック ユー


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「いらっしゃいませ」
 顔を上げた【ポンチセ】のマスターは、扉から入ってきた面々を見て、ほっと安堵の息を吐いた。
「よかった。無事だったんですね」
 しかし、互いに視線を合わそうとしないまま、カウンターにずらりと並んだ五人を見て、「あんまり……無事じゃないかな?」と首をかしげる。
「何にいたしましょう」
 とりあえず、ただひとりの新顔に目を向けると、茶色い髪の若者はにっこり笑った。
「それでは、【ブルー・サンセット】をお願いします。古い観光ガイドブックに載ってて、一度飲んでみたかったんです」
 そして両側の仲間たちを見渡して、苦笑交じりに付け加える。「みんな同じものを。今はそれどころじゃないみたいだから」
「クリフ。タオも合流したことだし、そろそろ話してくれないか」
 すっかり穏やかさを取り戻した青年航宙士が、落ち着いた声で口火を切った。「いったい何のために、【グラナトゥス】などという組織を創った。そして、何故きみは今、組織と敵対関係になっているんだ」
「話したくない」
「きみには説明する義務がある。僕たちはすっかり巻き込まれてしまったんだぞ」
「放っておいてくれ。俺の戦いに誰も巻き込むつもりはない」
 クリフォトは視線をそむけ、頑なに拒否する。「何も見なかったことにして、予定どおり明日の夜YX35便で地球に帰れ。セフィロト、おまえもだ。渋川ヒロトは必ず俺が見つけて、救い出してやる」
「ちょっと待て。今さら、そんなことが――」
 言い募ろうとするレイの制服の袖を、セフィロトがくいくいと引っ張った。
「あいつの情緒は、小学生男子並みです。隣の彼女にまかせたほうがいいと思いますよ」
「クリフ……」
 マルギットは目をうるませながら、クリフォトを見つめた。
「あたしをここで助けてくれたのは、偶然じゃなかった。最初からそのつもりだったんだね」
 訴えかけるような瞳に、クリフォトは耐えられずに目を伏せた。
「仲間がわざと隙を作って、あんたを監禁場所から逃がした」
「【グラナトゥス】内部には、おまえさんの仲間が何人かいるんだな」
 タオが口をはさんだが、クリフォトは答えない。
「じゃあ、あたしが外の階段に倒れていたというのは、嘘だったんだね」
「ああ。こっそり後をつけていた奴が、途中で気を失ったあんたを、ここに運んできた」
「ここに運んだ――ってことは、マスターも一枚噛んでるってことか」
 レイの視線を受けて、熊のような髭をはやしたマスターは、あわてて手を振った。
「わたしは仲間じゃありません。今までに二度ほどクリフォトさんから、救出した女性たちの潜伏先を相談されただけです」
「ずっと、陰からこんなことを続けてるわけか。自分の創った組織の尻拭いを」
 ふたたび口をつぐんだクリフォトに、マルギットは言った。
「どうして? 何のために誘拐組織なんて創ったんだよ」
「【グラナトゥス】は誘拐組織じゃない」
 クリフォトがさっきから、マルギットの問いにだけ答えていることに気づいたレイに、セフィロトがほくそ笑んだ。「ね、わかりやすい奴でしょう」
「【グラナトゥス】は――非合法の移民組織だ」
「移民組織?」
「地球や他のサテライトから火星に移住するには、【移民局】を通さなければならない」
「【サテライト】だって、そうだよ。厳しい審査が必要だったって、うちの親も言ってた」
「その結果、火星の人口はいつまで経っても増えない。経済が活性化し雇用を生み出し、正常な社会を営むには到底足りない」
 クリフォトはカウンターの端をぎゅっと握りしめ、うめくように言った。火星をその草創期から見てきた者のうめきだ。
「特に女性の数は男性に比べて圧倒的に不足している。なのに銀河連邦は見て見ぬふりをし、地球で食いつめた犯罪者ばかりを送りつけてくる。奴らの生み出した裏社会は犯罪の温床となり、火星はますます劣悪な環境となった」
「確かに」
 マスターは、ひとりひとりの前に青いカクテルを置きながら、つぶやいた。「年々ひどくなっていきます。ここはもう、女性の棲めるところじゃありません」
「だから、女ばかり無理やり誘拐して、男どもにあてがおうって言うの?」
「違う。力づくで拉致して来いなんて、俺は一度も命令したことはなかった」
「じゃあ、部下が勝手に誘拐を始めたってこと?」
 クリフォトはしぶしぶ、うなずいた。「連れてきた女性を使って売春をさせれば、甘い汁が吸えると目論む連中が、【グラナトゥス】を組織ごと乗っ取った」
「でも、あんたはそのとき、組織のリーダーだったんでしょ」
「セフィロトが言ったとおりだ。ロボットに支配されたい人間など、この世にはいない」
 店内は、沈鬱な静けさに包まれた。
「でも、あんたはまだ、陰から止めようとしてるんだね」
「【グラナトゥス】内部にも、まだ最初の理想を忘れていない奴らが幾人か残ってた。そいつらが、俺にこっそり協力してくれている」
 フォボスで助けてくれたナットという若者も、そのひとりだろう。だが今度の一件で、組織を裏切っていたことがバレたはず。どこかに潜伏しているのだろうか。
「最初の理想って何だ」
 レイは、蛍光チェリーの種をぷっとグラスの中に吐き出すと、言った。「あんたは非合法な組織を創ってまで、何をしようとしていたんだ?」
 黒髪のロボットは、長いあいだ言葉を探しあぐねているようだった。だが、ついに口を開いた。
「火星に住める人類を生みだすことだ」
「なに?」
「火星の環境は苛酷だ。これだけテラフォーミングが進んでも、大気中の酸素濃度はまだ0.01気圧、平均気温はマイナス50度。重力は0.38G。ドーム都市の中でさえ、0.8気圧にしかならない」
 苦汁の中からしぼりだすような声だった。
「そのせいで、火星住民の平均寿命は、たった54歳。地球の七割に満たないんだ」
 タオもレイも、凍りついたように彼を見つめる。
 【第一次火星調査移民団】の場合は、今とは比べ物にならないくらい過酷な環境だったと言える。二年後に半数が地球に帰郷、四年後に残りの半数が帰郷する予定だったが、それまで耐えきれずに死亡した団員は、二十名を越えたと言う。多くは、二十代、三十代の若者だった。
 死因のほとんどは肺気腫による慢性呼吸不全と細菌性肺炎。基礎体力の低下に、酸素供給装置の不備が追い打ちをかけた。
 その地獄を、移民団の一員であったクリフォトは具に目撃してきたのだ。永遠に生きる彼の目には、若者たちの早すぎる死はどんなふうに映ったことだろう。
「あと二百年経っても、火星は人間が住める環境の惑星にはならない――ならば、人間のほうを火星に適応させればいい」
「どういうことだ」
 彼はきっぱりと顔を上げた。
 罪を犯し、地底に閉じ込められた囚人が、はるかな高みにあこがれているかのように目をきらめかせて。
「俺が【グラナトゥス】で目指していたのは、人間の改造だ」