We Will Rock You ウィ ウィル ロック ユー


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 それから数秒の間に暗黒の中で起こった閃光と激しい物音は、夏の暴風雨のように、気づいたときはすっかり通り過ぎていた。
 あたりが静かになると、マルギットはそろそろと壁と資材のすき間から這い出した。セフィロトが室内の照明をつけ、【黒の洞窟】の内部を照らし出したところだった。
 ナットのほかに、ふたりの男が倒れていた。レイの反撃に乗じて、セフィロトがすばやく軽い電気ショックを与えて気絶させたのだ。
 しかし、フェルニゲシュの姿はどこにもなかった。渋川ヒロトを誘拐したままの宿敵は、今またマニを拉致して奥の通路から消えたあとだった。
「だいじょうぶか」
 レイは光線銃を懐にしまうと、ナットのそばにひざまずいた。
 ナットは床にころがりながら、身をよじって泣いていた。肘のあたりから少量の血を流しているが、命に別条はない。
 セフィロトは彼を抱き起こすと、【すずかけの家】の生徒にいつもしているように頭をなでた。
「気にすることはありません。マニを助けるためにクリフォトを撃とうとしたあなたの判断は、正しかったと思います。逆にいえば、それだけクリフを信頼してくれていた。そのことは奴もわかっているはずです」
「……う。ごめんなさい」
「しばらく安全なところに隠れていてください。ひとりで歩けますね?」
 セフィロトは立ち上がると、弟を振りかえった。「追いかけるつもりか」
「あたりまえだ! マニを取り戻すまで地の果てだって」
 と言い捨てて駆け出したクリフォトの背中からは、憤怒が立ち昇っているようだ。
 レイはマルギットを助けて立ち上がらせると、かたわらのロボットに問いかけた。「逃げた先の見当はつくのか?」
「地上へ向かっているようです」
 セフィロトは金色に瞬く目をじっと天井に上げて、あたりを赤外線探査している。「この上はクリュスシティ第七セクションですね。もしかすると、ゲートから直接ドームの外に出るつもりかもしれません」
「非常用の酸素はあるが」
 レイは口に咥えるタイプの酸素スティックを何本か取りだした。「これじゃ一時間しか持たないな。僕とマルギットには、それなりの装備が必要だ」
「手に入れられますか」
「心当たりはある。先に行っててくれ」
「でも、YX35便の出発は今夜遅くなのでは?」
「タオが何とかする」
 セフィロトは彼の固い決意を見てとって、ため息の仕草をした。
「わかりました。落ち合う場所が決まったら通信を入れます」


 航宙士の特権を使って、火星運輸局から耐熱スーツを手に入れてきたレイは、マルギットとともに、第七セクションのゲート前でふたりのロボットと合流した。背中に背負う薄い箱形の酸素濃縮キットは、太陽電池の動力を使って火星の空気を圧縮し、酸素だけを分離・濃縮する仕組みだ。
 一方、クリフォトとセフィロトは、四人乗りの小型サンドバギーを用意していた。
「どっちに向かった?」
「東だ」
 ゲートを出て、首都と航宙ポートのあるクリュス平原を離れる。サンドバギーは巨大なクレーターが点在する無人地帯を疾走し始めた。
 猛スピードで疾走するバギーの前に、そそりたつ岩壁や崖が次々と現われる。
「ひゃあ」
「気をつけろ、舌を噛むぞ」
 クリフォトはまっすぐ前を見つめながら、巧みにステアリングを操る。
 行き先を迷う必要はなかった。赤い砂の上にくっきりと残された真新しいタイヤの軌跡は何キロ手前からでも見える。それをたどるだけでよい。
 風紋のような細長い筋の入った砂丘が現われ、段差を乗り越えるたびに、ズン、ズンとバギーは空中を飛んだ。
「あはは、すごい」
 最初は目を回していたマルギットも、神経がマヒしてしまったのか、子どものような歓声を上げ始めた。「このリズム、あの曲に似てる」
 20世紀に流行し、23世紀の今なお人々に歌い継がれている、全身を揺さぶるようなリズムの歌。

 おいそこの 騒いでるガキ
 道端をふらついて、いつか大物になるつもりだろ
 顔にドロをつけた 恥さらしめ
 缶を蹴飛ばしてないで、歌え

 ウィ ウィル ロック ユー(いつか 世界を驚かせてやる)!
 ウィ ウィル ロック ユー(いつか 世界を揺り動かしてやる)!

 おいそこの ひねた青二才
 道端でわめきまくって いつか世界を手に入れるつもりだろ
 顔に血をつけた 恥さらしめ
 旗を振ってないで 歌え

 ウィ ウィル ロック ユー(いつか 世界を驚かせてやる)!
 ウィ ウィル ロック ユー(いつか 世界を揺り動かしてやる)!



 エリシウム平原は火山性の平原で、溶岩流の痕跡が複雑な模様の地形を作り出している。大昔の地球人たちは、これらを観察して「運河」や「建築物」と呼び、火星には高度な文明が発達しているとあやまって結論づけたのだ。
 だが、それから三百年経った今でも、この平原には本格的な開発の手さえ及んでいない。物好きな観光客ははるか上空を通り過ぎていくのみ。
 酸素や水の中継ステーションといった重要施設は地下に収められ、地上には無人観測所のドームがあるだけだった。
 午後の砂嵐が起こりそうな気配だ。空気が暖まると上昇気流が起こり、そこかしこに小規模な砂嵐が吹き荒れる。地球の嵐のような強風ではないが、いったん舞い上がった砂はいつまでも落ちてこない。
 サンドバギーは、風の作り出した砂壁の陰に停止した。レイとマルギットは防塵ヘルメットをかぶり、酸素パックのマウスピースを口に含んだ。
「クリフ」
 非難がましい目つきで、セフィロトがにらんだ。「きみは、奴らの行き先をあらかじめ知っていただろう」
「ここしかないとは思っていた」
「じゃあ、空中からクルーザーで先回りしたほうがよっぽど早かったんじゃ」
「プラズマガンで撃ち落とされたいならな」
「軍事要塞……なのか」
「まあ、似たようなものだ」
「そうとわかってたら、レイとマルギットを連れて来たりはしなかったのに」
「俺は来るなと言った。勝手について来たのはそっちだ」
 ロボットたちの漫才のような会話に、レイ・三神はヘルメットの下で苦笑を始めた。
「そうさ、どちらにせよ僕たちはついてきた。ここまで来たら、乗りかかったシップだ。さあ行こう」