ゲーム編



 私は、科学省に駆け込んだ。
「お願いです。セフィロトに会わせてください。もう一度だけ話をさせて」
 しかし応対に出た柏審議官は、冷たく答えた。
「AR8型は、あなたには二度と会いたくないと言っている。残念ながら、無理に命令を下しても、当省には何のメリットもありませんのでね」
「そんな……」
 門前払いされたまま、私はそれからふたたびセフィロトに会うことはできなかった。何度もメールを送ったが、返事が返ってきたことは一度もなかった。

「セフィロトは今度打ち上げられる定期シャトルに同乗して、宇宙ステーション勤務に就くらしい」
 犬槙さんが、苦労して集めた機密情報を報告してくれた。
「そうなるともう、数年は帰ってこれないと思う」
「私が……間違っていたの」
 私は両手で顔をおおい、泣き伏す。
「本当は愛していたのに……。勇気がなくて言えなかった。気持ちを伝える大切なたったひとつのチャンスを失ってしまった」
「胡桃ちゃん」
「セフィは私のことを憎んでいるわ。きっときっと今でも、憎んでいるわ」
 犬槙さんが私を抱き寄せようとしたが、私はその腕を拒否した。
 私には許されるはずのない、安らぎの場を。
 私は永久に罰せられなければならないのだ。

 数年後。種子島の宇宙管制センター。

「どうだ。様子は」
「さっき、定時連絡があったよ。今でやっと木星まで半分ってところかな」
「十ヶ月の航行か。長い道のりだな。乗組員たったひとりなんて、もし人間ならば退屈でたまらんよ」
「ロボットは退屈なんかしないだろ。あいつがステーションにいたころ何回かいっしょに仕事をしたけど、そのあいだ一度も笑ったり怒ったりしたのを見たことがないよ。ぞっとするくらい人間そっくりなのに、感情ってものがないんだな」
「どんなに優秀でも、所詮ロボットは人間とは違うさ」
「そうだな」

 暗い部屋に、突然緊急警報が鳴り響いた。
 せわしないランプの明滅。
「おいっ。どうした!」
「のぞみ11号に緊急事態発生! 内部に異常高圧!」
「AR8型! 応答しろ。いったい何があった。AR8型!」

 それを最後に、木星行き無人探査ロケット(ロボット・計測器・建築機材類積載)は一切の連絡を断った。
 原因は、隕石の衝突と見られているが、まだ詳細は不明である。
 最後に同機と交信を試みた通信員によると、緊急警報が鳴る前後に、乗務していたロボットからの報告はまったくなかった。
 ただ、3文字の意味不明の単語が、爆発と思われる瞬間に送信されたそうだ。
 その3文字とは、

「く」 「る」 「み」

 だったという。
 


 No.10「宇宙エンディング」 ―― 初期化する?

TOP | HOME
Copyright (c) 2003-2004 BUTAPENN.