ゲーム編



「ごめんなさい、セフィ。……今はまだ話せないの。
いつかきっと話せるときが来るから、それまで待っていて」
「わかりました……」
 セフィロトは寂しそうにそう答えると、オルゴールを持ったまま部屋を出て行った。
 心がちくりと痛んだ。
 彼に樹との思い出を話すことで、セフィを一人前と認めて信頼したことになるのだろうか。そして、私も話すことによって癒されるのだろうか。
 そうしたいけど、できない。今はまだ。
 樹をあまりに愛していたから、思い出すのはまだ辛すぎる。

 そのことが大変な事態を招いてしまうとは、夢にも思っていなかった。
 あれ以来セフィロトはなんとかして、樹と私の思い出について自分で調べようとしていたらしいのだ。
 樹が使っていたコンピュータに入っていたファイルを片っ端からひもといて読むことに没頭していた。
 それでも飽き足らず、応用科学研究所のマザーコンピュータ【テルマ】をはじめ、あちこちのコンピュータをいともたやすくハッキングして、樹の資料を漁り続けた。

 そして、2週間ほど経ったある日。
 朝いつものように身支度を整え、ダイニングルームに入って、後姿のセフィロトに「おはよう」と声をかけたとき。
「おはようございます、だろう? 口も満足にきけないのか?」
 信じられないような返事がセフィロトから返ってきたのだ。
「へ?」
「へ、じゃない。だいたいマスターより遅く起きるなんて、いったい何を考えている。まだコーヒーの用意もできていないじゃないか」
「へ……へ……?」
 何が起こっているのか理解するのに数分を要した。
 彼と私の地位が、一夜にしてまったく逆転していた。つまり彼は自分をマスターだと、そして私をロボットだと思い込んでしまっているのだ。
 ソファにどっかと座って、テレビをつけろ、足を揉め、あれを取れ、という矢継ぎ早の命令の数々。
 少しでも口答えすると、
「自分の立場というものをわからせてやる」
「きゃああっ」
 なんと、いきなり私を膝の上でうつぶせにして、お尻をひんむき、パチパチ叩き始めたのだ。
「い、犬槙さぁん」
 真っ赤になったお尻をさすりながら、私は犬槙さんに連絡を取った。
「なんとかしてください。セフィが変なんです」

「なるほど、これは……」
 セフィロトの検査データを手に、通信画面の中の犬槙さんは深いため息をついた。
「やっかいなことになった。セフィロトの人工知能はウィルスに汚染されているんだ」
「ウィルスですか?」
「この数日で感染したらしい。【エリイ】の記録を見ると、頻繁に古いファイルやデータをハッキングして見ていたようだね。よくあるんだよ。得体の知れないファイルから、とんでもないウィルスに感染することが」
「そ、そんな……。なんとか直らないんですか?」
「やってみるけど、難しいね。ウィルスを特定して、駆除ソフトを作るのにしばらくはかかるだろうな。
それより、胡桃ちゃん」
 笑いをこらえるのが見える。
「その超ミニの、レースひらひらのメイド服は何なんだ、いったい」
「だーかーら! セフィが着ろって強要するんですってば。もう恥ずかしいったら。外も歩けないです」
「僕の私見を言わせてもらえば、もうちょっとセフィロトにはウィルスに感染してもらってたほうが、楽しい毎日が送れるなあ」
「犬槙さん、いいかげんにしてください!」
「おい、胡桃。いつまで無駄話をしてるんだ。早く来い!」
 ソファのほうからセフィロトの尊大な命令口調が聞こえる。
「は、はい。ただいま!」
 はあぁ、私いったいどうなるの……。
 ひとり愚痴りながら、私は重い体を引きずって、「ご主人様」のもとに急いだ。
     


 No.6「ウィルスエンディング」 ―― 初期化する?

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