01. 良いクラッカー
一日の仕事を終えて帰ってくると、妻が木の扉の陰で待ち構えていた。
「誕生日、おめ......」
と大声を上げかけて、そのまま黙りこくる。手には、うんともすんとも言わぬ紙筒とちぎれた糸が握られている。
「失敗しちゃったぁ」
「ああ。泣くな、泣くな」
俺はあわてて彼女を抱きしめ、子どもをあやすように背中を叩いた。
「あなたを驚かそうと、本を見て一生懸命作ったのに」
おまえの泣き声のほうがクラッカーの音より、よほど心臓に悪い。
「今日は、俺の誕生日か」
部屋を見渡すと、暖炉にはシチューがぐつぐつと煮えているし、オーブンの上では、焼きたての黄金色のパン菓子がほかほかと湯気を立てている。
「作り直す。もう一度、外に出て」
妻はキッと眦を決すると、俺に命じた。こうなると手のつけようがない。
俺はしかたなく小屋を出て、回りの森で薪を拾いながら時間をつぶした。
自分の名前さえ思い出せない男に、誕生日があったとは初耳だ。
きっと、突然の思いつきだろう。カトリーネはときどき、妙なことを始めるのが好きなのだ。
とっぷり日が暮れてから小屋に戻り、おそるおそる扉を開けた。
「誕生日、おめでとう!」
火薬と紙吹雪をいっぱいに詰めた大きな木桶を扉に向け、妻は今にも火をつけようとしていた。
ころげるようにして、逃げ出した。
「俺を殺す気か!」
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